第七十話
ウィークサイド…ディフェンスから、サイドライン側のことをこう呼びます。(多分)
(あれ…。神谷さんが、外に…?)
能勢は、和城が初めて見せたオフェンスパターンに困惑した。それまで外でボールを貰ってもパスを回す仕事しかしていなかった神谷。彼が、スリーポイントラインの上に立ち、他の選手は逆サイドに寄る。アイソレーションだ。
神谷はドリブルを始める。フロントチェンジ、レッグスルー。その滑らかなドリブルに能勢は度肝を抜かれた。
(上手い…!)
しかしそれを快く思わない人がいた。和城の監督だ。
「こらっ!何をやってる!俺がそんなプレーをしろとお前に教えたか!?」
…その声に、神谷は何の反応も示さない。そして、仕掛けた。
神谷はクロスオーバーで、ウィークサイドを抜いていく!しかし、ヘルプに来るのは、絶好調の大賀。
大賀は自分のマークマンを置いて、全力でブロックに跳ぶ。神谷のレイアップに対し、高さは十分。タイミングも完璧。
…しかし、神谷はレイアップのボールを一度下げ、ブロックを避けながらリングの下を通過し…、レイバックを決める!
「何…!?」
大賀、能勢だけではない。この会場にいる誰もが度肝を抜かれた。何しろ、これまでこてこてのセンターだと思っていた選手が、急に流麗なドリブルを見せ、鋭いドライブを見せ、そして華麗にダブルクラッチを決める。そんなプレーを誰が予想しただろうか。
予想した人間がいるとすればただ一人。
…小倉だろう。
彼は顔色一つ変えず、手をパチンと叩いた。
「さ、切り替えてこーぜ。」
そういう彼の顔はどこか嬉しそうで、まるで拍手をするかのように、また手を叩いた。
「だ、ダブルクラッチなど!そんな派手なプレーをばかりしていて勝てると思っているのか!」
和城の監督は尚も怒るが、語感には動揺が見られる。そして、その叫びはまだ続くこととなる。
「だから、インサイドを起点にして攻めろ!ドライブをしろなんて言っていない!」
「確率の高いプレーをしろと言っているんだ!ミドルシュートの得点効率については教えただろ!?」
「俺の言う事が聞けないなら、ベンチに下がるか!?」
その声は選手達にことごとく無視される。
(本当に下げる勇気なんて無い癖に。)
神谷はまたアウトサイドでボールを貰う。そして、ドリブルを開始。
…すると見せかけ、そのままジャンプシュート!
能勢のブロック。その手を飛び越えて、ボールはネットをくぐる!
和城の得点に三点が追加され、50-47と、三点差まで和城が詰め寄った所で、3Qの終わりを告げるブザーが鳴る。
「スリーまであるのか…!」
私は、神谷という選手の底知れない能力に、恐れを覚えた。
ドライブに、プルアップジャンパー、プットバック。そしてスリー。様々なオフェンススキルを駆使して攻め立てる神谷は、このQ、一人で21点を荒稼ぎしていた。
さらにこちらは、小町はシュートはどうも入らず、替わった五島もツインタワーにドライブが阻まれ攻められぬ状態。大賀も体力の低下からかそれまでのアグレッシブなプレーは鳴りを潜めており、能勢も神谷をマークしているせいで消耗が激しい。小倉は、どこか遠くで試合を眺めているかのように、オフェンスには積極的に絡んでこなかった。
(この場面の打開策を考えるんだ。どうする…!?)
神谷という選手を野放しにしている訳にはいかない。しかしこちらの選手で一人で神谷を止められる選手はいないので、ダブルチームが作戦として考えられる。
当初はランゲームを仕掛けることを想定していたが、この試合展開からか皆体力の消耗が激しい。
オフェンス面でも、何かの起爆剤が必要だ。
…そして私が考えた結論。
「…小倉、お前は、あのディフェンスを一人で打ち破る自信があるか?」
3Qはろくに働いていなかったが、現状オフェンスで最も信頼できる選手は彼だ。
「…言われなくても、やるつもりだよ。」
「良し。それじゃ…メンバーを替えるぞ。1番から、柳、小倉、大賀、能勢、そして…。」
「高田。」
高田が目を点にしてこちらを見る。そして、聞き間違いが何かだと思ったのか、「え、刀?実力行使っすか?」などと訳のわからないことを言っている。
「高田、そして能勢。お前ら二人で、神谷にダブルチームだ。」
皆が信じられないという表情をしていた中、小倉一人だけは納得したように頷いた。
「良いんじゃないか、それで。」
「良いんじゃないかって、神谷に二人つけたら、どこかで絶対にノーマークが出来るじゃないか。もう一人の190の嘉藤には大賀が付くとして、和城のバックコートの三人を俺とお前二人で止めなきゃならない。」
柳はそう言う。和城のバックコート陣はドライブはほぼ仕掛けないが、ジャンプシュートは平均以上のものを持っている。これまでの鋭いパス回しを仕掛けられたら、シュートを抑えきる事は不可能だ。
「心配ない。あいつはダブルチームに付かれたって、周りに頼るより先に自分で点を取りに行くよ。まずはそこを潰すべきだ。」
「そ、そうなのか?じゃあ、それで良いか…。」
柳は心配は残るが、同じ中学の小倉が言うならそうだろうと、ひとまずは納得したようだ。
「高田、お前からアグレッシブさを取ったら何も残らないんだ。とにかく全力で走って全力で跳びなさい。」
「は、はい!」
そうさ、奴は一人で点を取りに来る。
奴が目指した、俺がそうだったように…。
『西商』も遂に七十話。特にキリが良いわけでもありませんが、ここまで読んでくださってありがとうございます!




