第六十九話
この話でちょくちょく出てくるセレクションというものは、選考会とも呼ぶもので、NBAで言えばドラフト候補生が参加するワークアウトのようなものです。多分。
俺、神谷は小倉と同じ中学でプレーしていた。清泉中という、俺達が入るまでは弱小でしかなかった中学だ。
俺は中学入学当初から身長が170cmを超えており、周囲からの期待も高かった。そして、二年の夏頃には180を超えて、スタメンセンターの座を掴んだ。
俺を軸にした清泉中は何年ぶりかの県大会出場を果たした。結果は一回戦負けだったものの、試合後に大芸のスカウトから声を掛けられるなど、中学校内外から注目される存在になった。
そんな鼻を高くしていた俺によく突っかかってきたのが小倉だ。身長は俺よりずっと低いが、抜群のセンスを持っていることは一目で分かった。ハンドリングは既にスタメンポイントガードだった先輩を抜いていたし、シュートも上手い。ただ、素人の監督にはそんなもの分からないようで、身体が大きい先輩や俺ばかりを試合に出して、小倉はほとんど試合には出してもらえてなかった。
小倉は一人で黙々とシューティングをしていた。
小倉がやっと試合に出られるようになったのは、三年生が全員いなくなった、二年時の新人戦。そのデビュー戦では、正直俺も度肝を抜かれた。
コートを切り裂く鋭いドライブや、難しい体勢からでも難なく決めるシュート力。30点は軽く取っていただろうか。俺よりずっと小さい身体が、やけに大きく感じた。
それでもこのチームのエースは俺だ。俺は小倉と張り合うように点を取りに行った。しかし、その地区ではそこそこ有名な選手となっていた俺へのマークは厳しく、それまで身長任せのプレーしかしてこなかった俺の得点はぱったりと途絶え、代わりに小倉の得点ばかりが増えていった。
県大会でも俺達は勝ち進んだ。しかし試合をこなせばこなす程、俺は自身の無力さを感じ、小倉の頼もしさを感じた。
結局俺達はベスト4を懸けた試合に敗れた。その試合では俺の得点は一ケタ。
小倉は50点ぐらい取ってたかな…。
この大会結果により清泉中は見事強豪の仲間入りだ。練習試合の数も以前と比べて飛躍的に多くなり、俺たちは数多くの試合をこなした。
小倉は県選抜のセレクションにも呼ばれていた。結局県選抜には選ばれなかったが、その理由は、学年のせいなのか、実力不足だったのか、はたまた別の要因か…。
それでも、俺は小倉の力を認めていたし、自分の力不足を強く感じていたので、ある日小倉にこう言ったのだ。
「俺に、バスケを教えてくれ。」
俺は、小倉のようなプレーがしたかった。
小倉は最初は、バスケ部が何言ってるんだという目で見てきたが、俺が強く頼むと渋々了解し、その後公園で一緒に練習するようになった。
「お前、ボール見ずにドリブルできねーの?」
「シュートはもっと膝の力を使うんだよ。」
「前から思ってたけど、やっぱお前って下手くそ。」
小倉の言葉は厳しかったが、ドリブルやジャンプシュートの練習はとても楽しかった。元々、身体をぶつけあうインサイドのプレーは好きではなかったのだ。
俺は日々目に見えて成長していったと思う。練習試合でも力を存分に見せつけ、清泉中は夏大会の優勝候補の一角となった。
「このまま優勝して、大芸のスカウトの目に留まったら、二人で行こうぜ。」
「いいな、それ。じゃあ、俺はもっと上手くならないと…。」
小倉は大芸高校への進学を考えていた。大芸はセレクションに呼んだ選手しか部に入れない。つまり、大会で名を残してスカウトにアピールする必要があった。
しかし、とある練習試合でのこと。事件は起きた。
リバウンドを取った小倉が、着地の瞬間叫び声を上げてコートに崩れ落ちたのだ。
最初は捻挫かと思ったが、痛がり具合が捻挫のそれではない。すぐに病院に行って検査を受けた。
「これ、この白いの何か分かる?」
レントゲンに映った膝の画像。その一点を指して医者は言う。
「これね、…靭帯。ここに、ちょっと傷が付いてるみたい。まあ、残念だけど夏大会は諦めなさい。」
医者は事も無げにそう言ったが、その言葉が小倉に与えたダメージは大きかったようだ。
小倉は次の日から体育館にも、公園にも姿を見せなくなった。
俺は公園で一人で練習した。
小倉は三年時の夏大会には出なかった。しかし、成長した俺の活躍もあって清泉中は初となるベスト4へ。俺は大会ベスト5に選ばれた。
目標だった大芸のセレクションにも呼ばれた。しかし、当然そこに小倉の姿はなかった。
バスケ部を引退し、普段通りバスケをする為公園に向かうと、小倉の姿があった。
足にはサポーターを付けているが、普通に走ったり、ジャンプシュートを打ったりしている。
俺は嬉しくなって声を掛けた。
「小倉、お前もうバスケできるようになったのか!」
「ん?ああ、神谷か…。」
小倉の表情は優れない。放ったジャンプシュートが空を切る。
「ひでえ…な。」
小倉は転がるボールを追う。その足取りはとにかく不安定だ。
「神谷、お前は高校でもバスケ続けるのか?」
「ああ、もちろん。お前だってそうだろ?」
俺は期待を込めてそう言う。しかし、小倉は首を横に振った。
「結局俺は大芸には行けないし、附属に行くほど頭も良くない。アチーブは学費が高すぎるし、体育科に入りたいとは思わないから至誠報徳もナシ。四強のどこにも入れないんじゃ、山岡でバスケしてたって有意義じゃないだろ。」
「ゆ、有意義じゃないだと!?」
俺は、小倉の馬鹿にしたような態度に腹が立った。勝てないチームでバスケをすることは意味がないというのか?
「…何より、俺はもうお前が思ってるほどの選手じゃない。」
そして彼は再びジャンプシュートを放つ。しかし、これもリングに届きもしない。
「まあ、西商にでも行こうかな。あそこは公立だし、俺の頭でも楽に入れそうだ。」
「そんな…。」
小倉程のプレーヤーが、一回の怪我で全てを諦めようと言うのか。
「お前はもちろん、大芸に行くんだろ?」
「…いや、俺は大芸には行かない。」
小倉はドリブルを止めた。
「…何だって?」
「いいじゃないか。強豪に入らなくたって。むしろ、その強豪を倒すことを目指すってのも、面白いだろ?」
俺は笑うが、小倉は全くの無表情だ。
「お前、まさかさぁ…。」
「大芸に行けなかった俺に気を使って、大芸に行かなかったんじゃないか!?」
「ち、違うよ。」
「じゃあ、他に何の理由があるんだ!」
「俺は…お前と対等な勝負がしたいんだ!」
今にも殴りかからんばかりに憤慨していた小倉が、動きを止めた。
「勝負?」
「そう、お前と俺、どっちが先に大芸を倒せるか、いや、どっちが先に優勝できるかの勝負だ!」
「…何だそれ。」
小倉は呆れているようだが、俺は話を進める。
「お前が西商に行くならそこで優勝を目指すんだ。俺は、俺の行く学校で優勝を目指す。」
「待てよ、だから俺はバスケはもうしないって言っただろ。」
「そんなの、俺が許さない!俺は、お前にいつも差をつけられてた。そんな、やられっぱなしで終わってたまるか!」
「いや、今なら間違いなくお前の方が俺より上手いよ。」
「そんなの、分からないだろ!」
「分かるって…。」
小倉は疲れたかのように溜息を吐く。
…そして、少し笑った。
「まあ、確かに面白いかもな。」
…そして今、俺の進学先、和城と西商の試合中、小倉が叫んだ。
「お前、自分で言った約束、忘れたのかよ!」
「小倉…。」
「どっちが先に優勝できるか、勝負するんじゃなかったのか。だってのにお前は、ふ抜けたプレーばっかりしやがって!俺はそんなプレーを教えた覚えはないぜ!」
そうだ…そうだった。俺の目標…。
そして、俺がしたかったプレー。
「…思い出したよ、小倉。」
…ありがとう。
…さあ、見てろよ!
ハーフスコアでダブルスコアがつけられたこの試合。
リードされているチームのエースは、嬉しそうに笑った。
この話を書きながら、これを一話にして物語を作った方が良かったんじゃないかとか思っちゃいました。




