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第六十話

 翠高校との一戦を終えて、その翌日。六月十五日の日曜日。

 今日は、昼前に軽い調整練習をして、昼飯を食べてからミーティングを行うことにした。昨日の疲労を考えると休ませてあげたいところだが、すぐ県大会が迫っているのでそうもいかない。

 調整練習とは具体的には、練習前のストレッチはじっくりと時間をかけて行い、そして軽くランニング。次にドリブルとランメニューを組み合わせた練習。さらにシューティング。最後に30分自主練の時間を取って、練習終了だ。全体で二時間程の練習。軽い練習ばかりではあるが、決してだらだらと練習させずに、集中して練習を行うように言っておいた。あくまで、休ませるための連取ではなく、来週の試合の為の練習だ。

 そして、練習後にバスケノートを提出させた。昼休憩の間に私が読む為だ。


 昼飯は食堂、コンビニ、弁当、個人個人で勝手に選んで食べる。我が西商の食堂は、育ち盛りの高校生でも満足できるように、値段の割に量が非常に多い。しかも、大盛りが無料だ。休日でも運動部の学生で賑わっており、バスケ部の部員達も多くがこの食堂を利用している。

 特に人気なのが、大盛り焼肉丼だ。豚肉と葱、そして温泉卵を乗っけて、甘辛のソースで味付けがされている。量、質ともに大満足の一品だ。

 しかし、この暑い中運動してきたというのに、よくこれだけの食欲がわくものだ。かく言う私も高校生の頃はこれくらい食べていた。高校生の胃袋はどの世代でも異次元のようだな…。


 …話が逸れてしまった。昼飯が済んでから、学校の一室を借りてミーティングを行うことにした。

 私は一足先にその部屋に行く。暑くむわっとした空気が立ちこめていたので、これは流石に部員が可哀そうだと思い、冷房をつけた。そして、バスケノートに目を通す。


 三谷は日々の練習の中で気付いたことをノートにまとめていた。例えば、スリーメンは先生が思っている程キツイ練習ではないので、スタミナをつけたいならランメニューを付け足す方が良いですよ、とか、筋トレのメニューは全員一緒のメニューをするより、一人ひとりにあわせたメニューを考えた方がいいんじゃないですか、などだ。なるほどなかなか参考になる意見なので、頭にいれておこう。

 最後のページには、昨日の試合のことについて書かれていた。


 “すみませんが、昨日の試合のせいでまた足の怪我が悪化しました。夏大会ではプレイタイムを貰えなくても何の文句もありません。”


 …多分、嘘だろう。彼は昨日「今更俺が出るより、後輩たちに経験を積ませたかった。」と言っていた。つまり、怪我はとっくに治っていたが、後輩たちのことを思って試合に出ようとしていなかったのだ。その彼の性格を考えれば、ここに書いてあることも嘘だろうと思われる。

 …まあ、嘘だったからといって、実際に使うか使わないかは未定だが。


 その後も全員のノートに目を通していく。小町や柳がかなり適当なことしか書いていなかったことを除けば、大体皆自分の課題について考えているようだった。

 五島は“アシストなんて数字に興味はなかったが、なかなか面白いかもしれない。”と書いていた。大賀や能勢は、向との対戦を経験して、フィジカルの重要さを感じたり、センタープレーに対するディフェンスなどを向上させていかなければならないと考えたようだ。

 小倉はただ得点力に関することを書き連ね、藤原は向のプレーを真似したいと書いている。田部はまずスリーを極めていきたい、昨日の試合でスリーを決められたのは嬉しかった、と書いていた。

 そうこうしている内に、部員達がちらほらと集まり始めた。


「よし、皆集まったな。まずはこれを見てくれ。」

 そう言って私は部員全員のプリントを配った。

 そのプリントとは、夏大会のトーナメント表だ。

「高体連の方は大忙しらしいな。昨日決まったばかりなのに、今朝にはもう送られてきた。まあ、まずは目を通してくれ。

挿絵(By みてみん)


 しばらく部員達がそれを見てざわざわとしている。

「西商、どこ?」

「No16だよ。」

「一回戦は和城…二回戦は島上か。」

「そしてそれに勝ったらアチーブだ。前大会で三位。197cmの中国人留学生がいて、平均身長では県一位のチーム。特にインサイドは苦しいだろうな。」

「インサイドって、俺のところだよな!任せとけってんだ!」

「高田、うるさい。」

 高田は柳に叱られてしゅんとする。昨日の試合で倒れた彼だが、身体には何の異常もなかったようで、ぴんぴんとしている。大事をとって今日の調整練習は休ませたのだが、一人で筋トレをしていたようだ。

「島上…。」

 小町がぼそっと呟いた。

「どうした小町?島上がどうかしたのか?」

 柳が反応する。

「いや…なんでもないっす。」

 小町は首を振ってそう言った。どこか不審げな様子が見られる。

「島上って言ったら、最近になって名前が知られてきた高校だな。前大会ベスト8か。実際に試合を見たことはないが、どんなチームなんだ?」

 私は皆に質問するも、答える者はいない。誰も知らないようだ。

「それより、まずは一回戦だろう。和城高校。女子は春大会で優勝していたチームだな。」

「そこは俺、知ってますよ。」

 小倉が答える。

「190弱のツインタワーがいるチームです。片方が俺と同じ中学なんすけど、今189あるって言ってました。もう片方も188あるらしいです。でも、その他の選手は上手い選手はいなくて、とにかく中にボールを預けて勝つチーム…って聞きました。」

 190弱のツインタワー…。最近の子供たちは随分発育がいいんだな…。

「うちにも能勢、高田、大賀がいるから高さではアドバンテージがあると思っていたが…一回戦からそんなチームと当たるのか。」

「ランゲームに持ち込めば勝てるだろ。フロントコートが弱いんだったら、オールで当たって潰せば勝てる。」

 五島がそう言う。要するに、走れる自分を使えということだろうか。

「そうだな、その戦略で行こうか。」

 そして私は、皆から集めたバスケノートを手に取った。

「ノートをさっき読ませてもらった。小町、柳以外は良いことを書いていたと思う。小町と柳以外は。」

 そう言って二人を睨む。二人とも半笑いで目をそらした。

「折角だから発表しよう。小町、“スリーが決まって良かった。疲れました”って…小学生の作文じゃないんだぞ!」

 そう言ってノートで手でパンと叩く。小町は皆に笑われながら、恥ずかしそうに俯いた。

「そして柳、“今日はそんなに疲れませんでした。もうランメニューはいいでしょう”、ふざけるな!お前が疲れてないのは基本的にお前がオフボールの時に動いてないだけで、皆はもっと疲れてるんだ!それに、お前はもうランメニューをこなしたくないからこう書いただけだろ!」

「ギクッ!」

 柳がわざとらしく声を出す。また皆に笑われる。

「仮にお前に体力がついたのなら、さらにキツイ練習をしなければならないな。今までのランメニューでは満足できないんだろう?」

「い、いや!そういうわけじゃないです!」

 柳は焦って訂正する。必死すぎるリアクションに私も笑ってしまう。

「まあ、そうだな。今日は教えたいと思っていたのは、オフボールムーブについてだ。」

「オフボール?」高田が首を傾げる。

「オフボールとは、ボールを持っていない時のこと。オフボールムーブとはボールを持っていない時の動きのことだ。昨日の試合でも、中盤に翠はボールを持っていない選手が走りまわって得点に繋げていただろう。」

「俺、見てないし…。」高田は苦笑する。

「うちの選手でオフボールムーブをちゃんとするのは小町くらいだな。特にひどいのは柳。トップからパスを出して、後は見守るだけ。そんなことで良いと思っているのか。」

「だって、疲れるし…。」

「そうだな、疲れる。だから体力をつけていかなければならない。しかし、そのモチベーションが足りない人間がいるようだ。だから、これを用意してきた」

 私は小さい冊子を皆に配る。

 冊子の内容は、歴代のバスケットボール選手の名言やエピソードをまとめたものだ。マイケルジョーダン、田臥、コービーなど。彼らののストイックさ、勝利への執念について多くまとめている。

「コービーの言葉、エピソードを読んでみろ。それだけで、練習がしたい、上手くなりたいという気持ちが湧いてくるはずだ。私も現役の頃はそれでモチベーションを保っていた。」

 部員達は黙ってそれを読み始めた。

「体力があっても走らない選手は走らない。何が足りないかというと、気持ちだろう。モチベーション次第で体力は減りも増えもするんだ。オフボールムーブは目立たないし疲れるかもしれないが、これをしっかりしないとチームとして決して強くなれない。…まあ、私からの話は以上だ。後は各自で帰りなさい。」

 そう言って、私はバスケノートを皆に返す。

 そして教室の鍵を三谷に預けて、教官室に帰った。


 しばらくすると、体育館からドリブルの音が響いてきた。


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