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第五十九話

 コート中央に集まる十人。

 西商メンバーはしっかり前を向いているが、翠校メンバーの顔色は多様だ。

 寺原は目を細めて、下を見ている。武田は瞳に涙を浮かべている。小島や一色は落ち込んでいる表情だ。

 そして向は、顔の汗を拭って、目を見開いて前を見据えていた。

「74-73、西商の勝利です。」

 審判は笛を吹いて、西商側の手を上げた。それと同時に選手たちは簡単に礼をして、反対側のベンチへ向かった。


「ありがとうございました。」

 三谷とスタメンの五人が、翠の監督、糸井の前へ立つ。三谷と糸井は握手をする。

「お疲れ様。良いゲームだったね。」

「ありがとうございます。」

「君たちならもっと上へ行ける。今日はうちも良い経験をさせてもらった。監督個人としてもね。バスケは数学で答えを出せるものではなかった。うちの寺原も、バスケの本当の楽しさに気付いたみたいだ。」

 そう言って糸井は笑う。三谷は何のことなのかよく分からなかったが、生返事をして一礼し、西商ベンチへ向かった。


「ありがとうございました!」

 向が私の目の前で、深々と頭を下げた。しかし、目の前に立たれると威圧感が感じてしまうな。喧嘩をしてもまず勝ち目のない体格差だ。

「こちらこそありがとう。良いプレーをしていたね。ウィンターカップまで続けるのかい?」

「…もちろん続けるつもりです。僕、こう見えても頭良いんで。」

 向は笑う。爽やかな笑顔だった。

「それは、怖いな。じゃあ、次当たる時を楽しみにしているよ。」

「こちらこそ。じゃ、今日はありがとうございました!」

 そう言って向ら翠メンバーは帰っていく。


 その両チームが、オフィシャル席付近ですれ違う。その際に、寺原が左手で能勢の胸をドッと叩いた。

「今回は運が良かったな。俺が怪我するなんて…な。」

「……。」

 能勢は思い出す。ブロックにきた寺原を跳ね飛ばし、その際に寺原が怪我をしたことを。半ば、能勢が怪我をさせたようなものだ。

「次当たる時は覚悟しとけよ。絶対負けねーから。」

 覚悟?まさか、反撃してくるというのか?…と、能勢は一瞬勘ぐったが、それは寺原の表情により打ち消された。彼は、非常に良い笑顔で能勢を見ていた。




 試合後に、私は糸井監督に声を掛けられた。しかし、黒縁メガネをかけている人間は誰もあの芸人のように見えてしまうのは何故だろう…。いや、それは今は関係ないか。

「今日はお疲れ様です。暑かったし、さぞお疲れでしょう。」

「いやあお疲れ様です。」私は会釈をする。

「緊迫した試合でしたねえ。しかし、あの二点差の場面で、急にマネージャーかと思っていた選手が出てきて、しかもスリーを決めるんだから…。正直、あれが決まるまでは負ける気なんてなかったのに。今回は采配負けしましたね。」

「いや、采配負けだなんて…。」

 だって、あれはほとんど三谷が独断で試合に出たようなもので、私はセットプレーの指示を出しただけなのだ。私の采配が優れていたわけでは決してない。

「バスケの面白さというのは、スターターだけで試合が決まるということはない点でしょうね。スターター五人だけで勝っていくチームというのは、本当の強豪にはありえないでしょう。無論、一人の力だけで勝つことなどできない…。」

 糸井は一度そこで言葉を止めて、続けた。

「寺原も、一人だけで勝つことはできないということに気づけたみたいです。バスケは、チーム全員の力を集合させて勝つものだ。そうやって勝つから、楽しいんだ…、と。…多分、ですけどね。」

「ちゃんと分かってくれたと思いますよ。寺原君は、最後の時間のプレーがそれまでで最も良い動きが出来ていた。」

「そうだと嬉しいですね。こうしたたった一つの気付きが、人間の性格をガラッと変えてしまうこともある。まだ高校生なんだから、当然ですね。私たち教員は、生徒にそれを気付かせる機会を何度も与えてあげなければならない。…あなたもまだ若いし、覚えておくと良いでしょう。」

「ご教授感謝します。誰かに言われたことより、自分で気付くことが大切ですからね。」

「その通りです。…それでは。」

 糸井はあっさりと帰って行った。見れば、翠校のメンバーが既に集まっている。…そうか、彼らの夏大会は、これでもう終わりなのだ。向は引退しないそうだが、三年生はここで引退する人間も少なくない。

 しかし、寺原の成長、向の続投により、ウィンターカップではかなりの有力校になりそうだ。もしその時に対戦することになれば、果たして勝てるだろうか…。


 今日の試合に勝ったことで、西商は県大会への切符を手に入れたことになる。県大会が始まるのは、早いもので、来週からだ。地区予選の開催が例年より遅れたらしいので、急ピッチで試合をこなしていくらしい。

 今日は勝つには勝ったが、最後までどちらが勝つか分からない展開だった。白家高校との対戦も含めれば二試合こなしたことになる。部員達の疲労も相当なものだろう。できれば休ませてやりたいが、この日程ではなかなか難しい。

 今日は、長い時間話をするのは悪いと思い、各自で早く帰るようにと指示を出した。その代わり、明日はバスケノートを提出するようにと言っておいた。明日は軽い練習と、反省会でいいだろう。


(うちの選手たちも大きく成長しただろう。)

 小倉の不調や、五島のプレースタイルの変化によるターンオーバーの増加など、不安要素もあるが、今日の試合は良い経験になったはずだ。

 明日、五島と小町がしっかりノートを書いてくることを祈っておこう…。


来週からまた試合とのことですが、試合を始める前に数話挟む予定です。


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