第五十八話
「…三谷、今何て言った?」
私は驚きのあまり目を見開く。
「俺を試合に出して下さい。そこの自棄になってる奴よりは活躍してみせます。」
そう言って三谷は小倉を指差す。小倉も、驚きの表情だ。
「試合に出るったって、お前、怪我は大丈夫なのか?大丈夫なら何故今まで言わなかった。」
「出る気はありませんでした。足は治ってたけど、今更俺がしゃしゃり出るより、こいつら経験を積ませたかったから、このまま引退するつもりでした。でも…。」
三谷は今まで、見たこともない表情を見せた。普段は穏やかに皆を見つめながら微笑を浮かべているのに、今は真顔で眉間に皺を寄せている。
「もー、我慢の限界です。小倉お前、見ててイライラする。自分勝手もたいがいにしろ。試合の流れを考えろ。柳も小倉を甘やかすな。パスを要求されても出さなくて良い。お前のせいで空気が悪くなってるようなもんだ。ゲームメイクを考えろ。大賀、能勢は向のマークを何で外すんだ。スリーを打たれたり、リバウンド取られたり。学習しろ。小町、お前は存在感なさすぎ。」
三谷は早口でまくしたてる。一同、口を開けてそれを眺めていた。
そして三谷は来ていた上着を脱ぎ、ユニフォーム姿になる。背番号は、「4」。キャプテンの数字だ。
「ってことで、小倉、交代な。」
「ちょ、ちょっと…!」
小倉が何か言おうとしたところで、タイムアウトの終了を告げるブザーが鳴る。三谷は涼しい顔でコートに入った。
「ちょっと待て、三谷!」
私は慌てて三谷を呼ぶ。彼は首だけで振り向いた。
「引退の思い出に、なんてつもりじゃないだろうな?」
「もちろん、試合に出たいから出るんじゃなくて、試合に勝ちたいから出るんです。」
そう言って三谷は笑った。
私は三谷のバスケを全く知らない。
彼がどれだけ努力してきたかは、知りようがない。
しかし、彼がこれまで、どれだけ裏でこの部活に貢献してきたかは知っている。
水のボトルはいつの間にか補充されており、ボールも空気が適度に入っていた。逐一スコアシートをつけたり、率先して審判をやったりする。普通最上級生がそんなことをしないだろう。彼の真面目な人柄を私は信頼していた。
「小倉、三谷は怪我する前はどんな選手だったんだ?」
「え、えーと、ミドルシュートとかは上手かったっすね。他はそんなに目立つ選手じゃなかったけど…。」
「ミドルか…。」
小倉だって、ミドルは得意だ。三谷は、小倉に打たせるよりは自分で打つ方が良いと判断したのか?ろくにアップもしてないのに。
「あ、でも、三谷先輩は怪我する前はすごく厳しい人で、努力家でしたよ。ミドルシュートの練習は練習が終わってからも何百本もやってましたから。そのせいでか、怪我が多い人でしたけど。」
「……!」
そんな努力家が、なんの裏付けもなしにこの場面で試合にでようなんてしないだろう。この選択は間違っていない。私は、そう信じることにした。
「四番…?今になってキャプテンか。思い出出場ってとこか?」
糸井は困惑した目で三谷を見る。三谷は見た目、大柄でもないし、線も細い。何より、ずっとベンチに座っていたことから、戦力として出されたわけではないだろう、と考えた。
そう考えたのは翠のメンバーも同じだった。
「ディフェンス、九番(能勢)と十番(小町)を離すなよ!スリーは絶対に止めろ!」
寺原が指示を出す。スリーを決められると一発逆転だ。スリーの打てる選手を離してはいけない。
スローイン。柳がボールを持つ。スリーのラインより遠い位置で、ドリブルをしながら止まった。
(24秒を使いきろう…。そうすれば残り六秒だから、反撃を受ける可能性は低い。)
両チーム、静かに時間を動くのを待つ。24秒計が残り十秒の場面で、両45度にいた小町と三谷が走り始めた。
(三谷、走り方がすごくぎくしゃくしてるな。怪我か、それとも緊張か?)
両ローポストの二人はスクリーン。さらに三谷がゴール下でスクリーンを張り、三枚のスクリーンを使いながら小町が逆サイドに行く。
「スイッチ!」
小町のマークマン、武田はスクリーンに掛かってしまい、動きを封じられる。代わりに、大賀をマークしていた一色が小町についていく。
次いで、三谷がスクリーンを解除して、能勢のスクリーンを使いながらまた別サイドに開く!
その走りは、先ほどのぎくしゃくとしたものではなく、俊敏そのもの。マークしていた金が一瞬で置いて行かれた。
「まさか…!?」
三谷はフリーのまま、スリーのラインまで開いた。
「向、行け!」糸井から指示が飛ぶ。
能勢のマークマンの向が遅れながら三谷へチェックに行く。
そして、柳からパスが出た。
…能勢に!
能勢はローポストで金を背負っている。残り3秒、能勢は真正面からシュートに行った。
「やらせんッ!」
…しかし、向がブロックに跳ぶ!
能勢から放たれたボール。
それは、リングに当たるでもなく、向の手に当たるでもなく、
…三谷の手に渡った。
「パスだと!?」
24秒計、残り一秒、完全フリーだった三谷から放たれたボールは、ブザーの音をバックにしながら、ネットをくぐった。
「決まったあああ!」
「西商、逆転だ!」
「キャプテンのブザービート!」
会場の熱気が急上昇する。かく言う私も、体中から汗が吹き出した。
…何て綺麗なフォームだ。
そのフォームは、一朝一夕で身に付けられるものじゃない。きっと、練習はどこかで続けていたんだろう。
三谷を信頼して、本当に良かった。
試合は残り六秒、西商リード。翠がタイムアウトを取っていた。
西商ベンチは総立ちで三谷を迎えた。三谷は照れくさそうに笑う。
「三谷、良いシュートだった。練習していたのか?」
「ええ、あの、三好川の河川敷にあるコートで、毎日やってました。照明が壊れてて薄暗いからほとんど勘に頼って練習してましたけど。」
「…ああ、あそこか。」
山岡市にある川沿いには、テニスコートや、野球をするグラウンドなど、複数のスポーツ施設が敷設されている。その中にはバスケットコートもあるが、ネットはちぎれており、スリーのラインも昔のままだ。しかし、バスケ好きたちが毎日集まって好き勝手にプレーしている。
しかし、夜はほぼ真っ暗で、その時間にあんなところで練習したいとは思わないだろう。しかしその練習が、このスリーの実を結んだのだ。
「何にしても残り六秒、絶対に守らなければならない。一番チェックしなければならないのは、向のところだ。絶対にボールを渡すな。」
「寺原も不気味だよな。もしかしたら仕掛けてくるかも。」
「あの、武田の所も要チェックだ。外のシュートがあるぞ。」
あれやこれや意見が出る内に、ブザーが鳴る。すると、三谷が言った。
「俺はもう抜けます。小倉と交代してください。」
「…やはり、怪我のせいでディフェンスはできないってことか?」
「いや、こいつに汚名返上のチャンスを与えたいんで。」
三谷は小倉を見る。
小倉は少し間を置いて、言った。
「いいんですか?」
「早く行ってこい。もうブザーが鳴ってる。」
小倉は慌てて立ち上がる。
すると、三谷はその小倉の首を引きよせて、言う。
「仕事してこいよ。エースなんだろ?」
「……!」
ディフェンスの場面なのに、何故エースの肩書きを気にしなければならないんだ?小倉は不思議に思いながら、コートに向かった。
スローインは、一色だ。寺原がトップで待っている。
心臓の音が聞こえるようだ。審判が少しためてから、一色にボールを渡す。
一色は、寺原へのパスフェイクの後、すぐにゴールに向かってアリウープパスを出す!
不意をつかれた能勢、大賀は反応できない。それをよそに、向がボールをキャッチする。
私は息を呑む。頼む、止めてくれ!
向はボールはキャッチできたのものの、パスはゴールより少し離れた位置に逸れていた。向はディフェンスに肩をぶつけながら一回ドリブルを突いた後、フックシュートを放った。
ブロック不可の高弾道フック。能勢は手を上げることしかできない。
寺原が叫んだ。
「向さんストップ!」
向のフックは、ボールが手から離れた瞬間に、小倉の手によりブロックされた。
転がったボールは、大賀がキャッチする。大賀はボールを頭の上に上げて、キープする。
そして、試合終了のブザーが鳴り響いた。
決着。
長くなったので一旦切ります。
小倉の意識変革はまだ先になりそうです。




