第五十七話
実は、25話で翠対島上の試合をほんのちょっとだけ書いていたのですが、ここを勘違いしており、翠の15番がダンクしたとか翠が勝ちそうとか書いていたのですが、これはどちらも島上の間違いでした。ちなみに島上はその後南北を破り、春の県大会ベスト8まで進んでいます。
混乱してしまった人がいれば、すみませんでした!
夏の県大会はこの辺を混乱しないようにトーナメント表などを作りたいと思います。
67-60。西商七点リード。
審判の笛と同時に、小島と交代して寺原がコートに入ってくる。
「手は…?大丈夫なのか?」
私は寺原がコートに立ったことというより、寺原の怪我の状態を心配する。
「思ったより軽いけがだったのかもしれないですね。まあ、足と違って手の怪我くらいならバスケを続けられないことはありませんし。」
それは、そうかもしれない。しかし、普通利き手を怪我した選手を使わないだろう。シュートは打てないし、ドリブルが片手でしかできないというのであれば、ガードとしての役割をこなせない。
「左手一本で何ができると言うんだ?」
(またでしゃばってきたのか?)
武田はコートに入ってきた寺原を見てげんなりする。怪我をしてるのだから、ベンチで休んでいればいいのに。
「おい、寺原…。」
「武田、フリーだったらパス出すから、迷わず狙えよ。」
そう言って寺原は武田の肩を叩く。武田は言葉に詰まった。
「お、おう…。」
寺原は武田の横を通り過ぎて向の元へ向かった。
そして、腕を突き出す。
「向さん、勝ちましょう。」
「……。」
向は一瞬目を見開く。目の前の男から聞き慣れない敬語が出てきたことに驚愕した。
しかし、すぐに微笑み、寺原の腕に自分の腕をガシッとぶつける。
「もちろんだ。」
向はボーナススローをきちっと決めた。67-61となる。
「くれっ!」
すぐに小倉がボールを呼んだ。能勢は思わず柳を無視して、小倉にパス。
小倉は一人で、ドリブルで駆け上がる!
「あいつ、スイッチ入っちゃってるなあ…。」
三谷が呟く。
「スイッチ?」
「あいつ、たまに周りに目もくれず点を取りに行こうとする時があるんですよ。南北と対戦してた時の終わり頃もそんな感じでしたけど。ちょっと今日の調子だと、良くないことが起こりそうですね…。」
「おいおい…。」
小倉を見ると、なるほど確かに目がひたすらリングを追っている。
「小倉、ちょっと落ち着け!」
私はベンチでそう声を出すも、彼には聞こえていないようだった。
小倉は一人でボールを運ぶ。ディフェンスには寺原、武田の二人が帰っている。
小倉はスピードを緩めず、ベースライン方向に寺原を抜き、武田の前でジャンプシュート。
…しかし、これはリングに弾かれる。だが、そのリバウンドを取ったのは大賀!同時に金がヘルプに寄ってきたので、大賀は外の柳にパスを戻す。
「小倉ぁ!何でこの場面でそんなに急いでシュートに行く必要があるんだ!」大賀が叫んだ。
「うっせ、静かにしろ。」
小倉は大賀に一瞥もくれず、コーナーに開いた。大賀は顔に血管を浮かび上がらせ、今にも爆発しそうな顔をしたが、試合中なのでそうもいかない。
(空気悪いな…。ちょっとペース落とそう。)
柳はドリブルをしながら、足を止めて、回りを見る。その隙を、寺原が見逃さない。
ボールが地面を跳ねる瞬間、寺原が飛び出す。不意を突かれた柳より速く、ボールを奪った。
「ナイススティール!」翠ベンチが騒ぐ。
しかし、寺原は左手一本でのドリブル。ハーフライン付近で少しファンブルし、速攻はならず。柳が帰ってくる。
「危ね…!」
柳が寺原の目の前で構える。寺原は一度足を止めて、すぐにまたドライブを開始!
しかし、左ドライブしかできないということを読んでいた柳は左へスライドステップをして、寺原の進行を阻む。そこで、寺原は左手一本でのスピン!逆サイドへ展開すると、ゴールは目の前。柳を背にして、レイバックでゴールを狙う。
だが、小倉も帰ってきていたことに寺原は気付かなかった。
「させるか!」
小倉がブロックへ跳ぶ。右手に持ち替えることもできない寺原は、ノールックで外にパスを出した。
…そのパスを受けたのは、向!
(嘘だろ、そのタイミングでパスが出せるのか!というか、ドンピシャで向の元へ行くパスって…!)
(向さんの位置なんてすぐに分かるさ。あの足音だぜ?)
向はドリブルで一歩距離を詰めて、スリーポイントを放つ。このシュートも、綺麗にゴールに吸い込まれた。
67-64。ついに三点差まで追いつかれた。
「ナイスパス。」
「あざす。」
向と寺原は再び腕をぶつけ合う。
(今までの「決めろ!」というとげとげしたパスじゃない。柔らかいパスだ。寺原、変わったな…。)
向はそう感じた。実際、今まで感じていた寺原との「やり辛さ」を、今は不思議と感じなかった。
(残り四分、三点差。いけるぞ…!)
翠校の追い上げにより、翠校に流れが傾くかと思われたが、試合はその後も互角の展開が続いた。柳のアシストで大賀が得点すると、翠は寺原のアシストで武田がミドルシュートを決める。次に小倉がファールを貰い二投きっちり決めると、向がローポストからフックシュートを決めた。しかし、互いにディフェンスが良く、それ以上の得点はなかった。
そして71-68。三点差のまま残り一分を迎える。
西商は中野を降ろして能勢を戻していた。
寺原がゆっくりとドリブルをつく。
(左手が重い…片手だけってのはやっぱり無理があるぜ。)
ここまで寺原は右手を全く使わずにプレー。しかし、なんとターンオーバーは一度も犯していなかった。しかし、左手の負担は非常に大きかった。
寺原の疲労には柳も気が付いていたが、積極的にディフェンスを仕掛けるほどの体力も残っていない。両者、相手の出方を窺う。
先に仕掛けたのは、思いもよらぬ所。
一色が武田にスクリーンをかけにいった。
武田のマークマン、小町は綺麗にスクリーンに引っかかる。武田はゴール下へカットしたが、一色のマークマンである大賀は遅れながらもついていく。
しかし、ゴール下にも向のスクリーンが!大賀はどうしようもなく行く手を阻まれ、武田はそのままコーナーへ向かった。
そこへ寺原からのパスが通る。
(何回も練習した動き…!絶対決める!)
武田のコーナーからのスリー。そのボールはリングに当たり、…そしてネットをくぐった。
71-71。遂に翠が西商を捉えた。
「先生、タイムアウトは…。」
「待て。」
翠にはやっと追い付いたという気の緩みがあった。ボールがゴールに入るのを、ほとんどの人間がゆっくりと眺めていた。
そして、一人走っていた小町のことに気付くのが遅れた。
「パス!」
スローインは能勢。小町めがけて、思い切りベースボールパスを投げた。
しかしそのボールは、必死に手を伸ばした向に阻まれる。
「あっ!」
ゴールの真下で、そのパスを弾いた向。そのボールを自ら拾い、そのままシュート。
能勢は必死にチェックに行くが、そのボールは驚くほど簡単にネットをくぐった。
強豪校も、出だしが悪く格下の相手にやられることはある。その時は、「もしかしたら、番狂わせがあるかもしれない。」という期待が会場に現れる。
しかし、結局強豪校が追いつき、たった二点でもリードしてしまうと、その期待は消えてしまう。地力がでればもうこの点差をひっくり返すことはできないと、多くの人間は知っているからだ。
今、会場には「結局こうなるのか。」という空気が漂っていた。
西商はタイムアウトを取った。残り1分で3点リードだったのが、残り三十秒になる頃にはもう2点ビハインドになっているのだ。チームの動揺は計り知れなかった。
「よし、よくやった向。とっさの判断が生きたな。あとはここを守り切ろう。」
糸井は嬉しそうに言う。向も照れくさそうに笑った。
「三年間の努力が実を結んだってことだな。皆も向のような選手になるんだぞ。」
「糸井監督、浮かれ過ぎでしょ。まだ勝つと決まってもいないし、むしろそんな楽な展開でもない。」
寺原に制されて、糸井は一つ咳払いをする。
「そ、そうだな。よし皆、残り三十秒だ。一本取られてもオフェンスする時間は残る。気を緩めるなよ。」
そう言って再び眼鏡をクイッと直した。
「二点差になったのはしょうがない。ここはセットプレーで確実にゴールを狙うぞ。」
そう言ってボードを使ってプレーの確認をする。
選手たちはみな黙ってボードを見ている。
その雰囲気は、興奮よりは緊張が勝っている。
無理もない。「本当にミスできない場面」というのはそうそう味わうものではないし、この歳でこの場面に落ち着いていられる人間などそうはいない。
このプレーはスクリーンを二か所同時に行い、小町か小倉をフリーにするプレー。そこでシュートチャンスがなければ、インサイドで能勢がポストアップを行い、そこからゴールを狙う。
その説明をしている時に、驚くべき人間が声を発した。
「先生、俺を出してください。」
その声の主は、私がこの場面で出すことを最も想定していなかった人間。
……三谷だった。




