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第五十六話

 4Q残り七分、五点差。追い上げられている西商はタイムアウトを取った。

「向にボールを持たせるな。ポストを張られたら前に立ってパスコースを塞げ。裏にパスが出たら後ろの奴がヘルプに行け。」

 焦りが出てき始めた西商ベンチ。私、黒沢がせわしなく指示を出す。

 流れが向こうにある時は、疲労が来るのも早い。特に能勢は荒い息を吐いていた。あの向と体をぶつけあっているのだから、消耗は一番激しいだろう。

「能勢、大丈夫か?」

「監督、向があと七分スタミナが持つとも思えんし、一旦能勢を下げた方がいいだろう。向には俺がつく。」

 大賀がそう提案する。確かに、向は持久力がありそうな選手にも見えない。

 しかし、能勢を下げてしまうのはペイント内のディフェンス力の低下という不安があった。

「先生、向を止めなきゃ勝てないって、そう勘違いしてないか?」

「何?」

「俺が突破口を開いてやる。」

 そう言ったのは、小倉だ。小倉は今日の試合ではミスも多く、プレーが非積極的になっており、ほとんど目立っていない。

「やれるのか?」

「任せろ。」

「…分かった。とりあえずメンバーは柳、小町、小倉、中野、大賀で行こう。中野、足を止めるなよ。」

「は、はい!」

 PFに、もともとインサイドプレーヤーでもない178cmの中野を置くのは不安があるものの、足を使ってくる金や一色には藤原では対抗できない。

(向を下げてくれると嬉しいんだが…。)


 しかし、私の期待は現実にはならなかった。向は普通にコートに入ってきた。その顔は心なしか生き生きとしているようにも見える。

 西商ボールで試合が再開される。柳がボールを受け取る。

 柳は手を振ってチームを動かす。

(小倉のアイソレーションか。今日はあの小島に止められっぱなしなんだけど…。)

 ゲームメイクの視点で言えばあまり好ましくないが、柳は小倉の言葉を信頼して、パスを出す。

(今日はたった四得点。エースは点を取るのが仕事なんだ。チームが勝っても、点を取れないエースは批判される。)

小倉は小島と正対する。

(このまま終わってたまるか!)

 小倉は、この日、最速のドライブ!小島を一瞬で抜き去る!

 しかし、ヘルプに向が来る!

「うおっ!」

 小倉は、向に真正面から突っ込む!激しく接触し、互いに吹き飛ばされた。小倉は苦し紛れのシュートを放つも、リングに届きもしなかった。

「馬鹿、あいつ…!」柳が目を手で覆う。

 笛が鳴る。

「ディフェンスファール、白四番!」

「は!?」

 何と向のファールが宣告される。タイミングはオフェンスファールでもおかしくはなかった。当然翠の選手は抗議する。

「いい、大丈夫だ。」

 向がチームの皆を制する。そして、三人がかりで助け起こされながら立ち上がった。

「小倉、強引すぎだ!怪我したらどうする!」大賀が叫ぶ。

「強引すぎる?」

(違う、エースは強引であるべきだ。寺原もそうだし、先ほどまでの向もそうだったじゃないか。…能勢は、エースなんかじゃない。)

 小倉はそう思ったが、言葉にはせずに大賀に背を向ける。そして、フリースローラインの前に立った。


 小倉はフリースローを二投きっちり決めた。

 そして翠オフェンス。大賀は指示通り向の前に立ってパスコースを塞いだ。武田はパスが入らないと見るや、ハイポストの一色へパスを出す。

 一色はその位置からすぐに向へパス!

「それだ、角度を変えたパス!」

 糸井は嬉しそうに叫ぶ。練習通りのプレーを教え子がすると、監督としては嬉しくなるものだ。

 しかし、そのプレーは成功しなかった。中野がパスに飛び付き、そのボールをキャッチした。

「下手くそ…。」寺原がベンチで毒づく。

「よし、ナイスカット!」

 小倉がスタートを切る。中野は前にパスを投げた。

 小倉のスピードに誰も付いていけなかった。楽に速攻を決める。


(九点差か…。)

 向は得点板を見る。残り五分で、67-58。時間的、少し厳しくなってきた。

 翠オフェンス。またも大賀は向にパスを入れさせないように、身体を張って止める。

「くそ…!」

 スリーポイントのラインまで開いて、向はパスを貰う。しかし大賀がすぐに距離を詰めてきたので、シュートは打てない。

 向は背中を大賀に押し当てて、ドリブルで押し込む。しかし、大賀も全力で止めに行く。

 ここで、また向がスピンムーブ!だが、簡単に入り込めずに、結局ボード裏で止められてしまう。

 向は外にパスを捌くも、24秒計が鳴って西商ボールとなる。

(くそ、この人は能勢君みたいな高さはないけど、パワーがあるな…。)


 西商は、また小倉がボールを持ち、アイソレーション。

(大丈夫か…?)柳は不安に思う。

 小倉は緩いフロントチェンジから、レッグスルー、そしてクロスオーバーで小島を揺さぶる。そして小島がずらされたところで、少しステップバックしてゴールを見る。

 シュートを打たれると思った小島が前に出たところを、小倉は抜いていく。ヘルプにはまた向が来ている。

「小倉、ストップ!」

 柳が叫ぶ。パスの出しどころも塞がれ、シュートコースも無い。

 しかし、小倉は尚も突っ込む!また向と接触する。右手でレイアップと見せ、左手に持ち替えてまた狙う。

「甘いッ!」

 向が、そのクラッチに動じずに小倉をブロック!地面でワンバウンドしたボールを、向が掴む。

「さあ一本!」

 向は武田にパス。翠のオフェンスが始まる。


 寺原は左手を冷やしながら、試合の流れを見る。

「これじゃただのワンマンチームだ。こんなチームで勝てるわけがないだろ…。」

 また向にボールは通らず、武田のジャンプシュート。しかし、これも外れる。

「全く…。」

 外れたボール。これを向が巨体を躍動させて掴んだ!着地した瞬間、ミシッと体育館の床が軋んだのが聞こえた。そしてそのままシュート。

「させるか!」

 大賀がブロックに飛ぶ!向と大賀が、激しく接触した。


 …しかし、この大賀を吹き飛ばして向はゴールを捻じ込む!

「バスケットカウント、ワンスロー!」

 審判がコールすると同時に、向も吠える。

「うおおおおっ!」

 その声は観客にも連動する。叫び声がこだましているようだ。


「…糸井監督。」

「ん?」

「俺を出して下さい。今のこのチームには、向さんをバックアップする選手が必要だ。」

 そう言ったのは、何と寺原。

 向さん?まさかの物言いに、糸井は大げさに瞬きをする。

「監督!この試合に勝つためには、俺が出なきゃ駄目なんだ!」

 寺原の声に、糸井は驚いて少し固まる。

「…手は?大丈夫なのか?」

「シュートを打ちに行くわけじゃないっすよ。ドリブル、パスぐらいなら左だけでも十分。」

 そう言って寺原は左手で胸を叩く。

「…よし、行ってこい!」

 そう言って糸井は寺原の尻を叩いた。


「エース」とは何か?小倉の言う通り、ただのスコアラーという意味なんでしょうか。

やけに価値を感じる言葉ですが、その意味は僕もはっきりとは掴んでいません。

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