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第五十五話

 3Q、残り三分で57-45。西商12点リード。

タイムアウト前の能勢のワンハンドダンク。その際に寺原の手がファウルを吹かれていた為、能勢のワンスローから試合が再開となる。

 寺原は手の負傷によりベンチへ。翠はこれまで、ほぼ全ての時間帯で寺原がゲームを組み立てていた。そのキープレイヤーがいなくなったことにより、西商の勝利は盤石なものに見えた。

 西商は選手交代を行い、柳、小町、小倉を下げて、田部、五島、藤原がコートに入る。翠は寺原の代わりにSFに金を入れ、武田がPG、小島がSGとなる。


 能勢がワンスローを落ち着いて決める。金のスローインを武田が受け取る。

 武田は糸井監督の言葉を思い出す。


 いいか、ゲームを組み立てようとか、余計なことは考えなくていい。

 今はただ、向にボールを集めろ。


 ゆっくりとボールを運び、向を待つ。

 向がローポストに入る。

 豊満な肉体で能勢を押し込み、面を張る。武田はシュートフェイクからパスを入れる。

「ふんッ!!」

 向はパワードリブルで能勢を押し込む!能勢は倒れそうになるのを何とか踏ん張る。

(この人はノーチャージエリアまで入れたら駄目だ…!)

 能勢は力を振り絞って向を押し返そうとする。

 そこで向が、巨体を揺らしてスピンムーブで能勢をかわす!

「うわっ!」

能勢は勢い余って前方に倒れてしまう。向は楽にゴール下シュートを決めた。

「よっし!」

 向はガッツポーズをしながらディフェンスに戻る。その間、武田や一色などとハイタッチをする。

「上手い…というか…速い…?」

 能勢は立ち上がりながら呟く。あの身体でこんな機敏なプレーをするとは思ってもいなかった。

 次の翠のオフェンスでも、数度のパス交換の内に、向にパスが入る。

 ボールを貰った瞬間、凄まじい勢いでハーフスピン!その勢いに、先ほどのスピンムーブが頭をよぎった能勢は一歩引いてしまう。

 その一瞬で向は逆にターンし、左手でフックを放つ。そのフックは、3Qの始め頃に見せたものと同じように高い弾道を描き、垂直にゴールに吸い込まれた。


「向、調子上げてきたじゃん。ほっとくと止められなくなるぜ?」

 柳がベンチで水を飲みながら言う。まるで他人事だ。

「早めにスタメンに戻すかもしれない。気を抜くなよ。」

 まだたった二本だ。ただのまぐれに違いない。だが、まさか…と考えていた私を、歓声が襲う。

 田部のスリーポイントが決まる。まさに意表をつく形で打ってきた。マークマンの小島は信じられないという顔をする。

「よし!ナイシュー!」

 61-49で、点差はまた12点差となる。しかし…。

「ドンマイ!」

 向が手を叩いてチームを鼓舞する。それにつられたように翠ベンチも盛り上がる。

「大丈夫!取り返すぞ!」

「スリーチェックしてもう打たせないようにしよう!」

「流れはまだこっちですよ!」

 そんな中、寺原は一人むすっとしていた。

(そんな気楽なバスケで勝てるのかよ…。)

 寺原は、ベンチで手を冷やしながら呟く。

(三年間努力してきた?それを信じる?三年間続けてきたことが勝利の条件になるなら、三年がいるチームならどこでも優勝候補じゃねえか。そんな楽なことはねーだろ。ほんと、気休めにもなんねー…。)

 心の中で毒づく。

 しかし、無意識にも、目は向を追っていた。


 金は、180cmというサイズの割に非常にハンドリングのある選手で、金のドリブルに藤原のフットワークでは為す術もなかった。藤原が抜かれると、大賀がヘルプに出る。

 そこで、金はペイント内でフリーになった一色へパス。一色はボールを受け取るとゴールを見るフリをして右コーナーの向にパスを入れた。

 能勢は、一色にヘルプに出ようとしていた為、パスへの反応が遅れる。しかし、向との距離はそう離れていなかった。

「パスが無駄に早過ぎ。」寺原が呟く。

(ブロックできる…!)

 能勢は少し離れた位置からブロックに跳ぶ。しかし、向は構わずシュートを打った。

 向のシュートは異常な弾道だった。先ほどのフックと同じく、能勢の手より高く、非常に高い弾道を描き…そして、リングに当たりもせずにネットに吸い込まれた。

「連続三本!」

「上手すぎです、向先輩!」 


 糸井は、柄にもなく自分が興奮しているのを感じた。

(向は、自分のことを才能の無い人間だと思っているようだったが…。)

 あの体格での機敏なスピン。柔らかなフック。そして正確なジャンプシュート。

 たった三年の努力だけで、それらのスキルをここまでのレベルにまで高めることなんてできやしない。

(間違いなく天才の域に入る。向は…。)


 4Qが始まっても、試合はほぼ向の独壇場だった。

 ポンプフェイクを織り交ぜられた向のフックは、能勢一人で止められるものではない。しかし、大賀がヘルプに行けば空いた一色、金が飛び込んできて、向は正確にそこにパスを通した。

 向はディフェンスでも鬼気迫るプレーを見せる。100kg級のプレーヤーがブロックに飛んできて、プレッシャーを感じない人間はそういない。西商は五島のミドルシュートで一本返したものの、残り七分で63-58。まだ五点差とはいえ、さらに翠ベンチはヒートアップする。


 熱い。暑さのせいじゃない。寺原は、何か…胸の奥から何かが込み上げているのを感じた。


主人公って誰だったっけ

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