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第五十三話

フェイスアップ…顔を上げてゴールを見る動作。

ピポット…軸足じゃないほうの足でステップすること。

「さて、3Qだ。今日は小町のシュートタッチがいいみたいだし、五島と小町を交代させる。あとはもとのスタメンのままだ。」

「はいっす。」

 小町は途中出場で、スリー2/2で決めている。いまいち目立たない五島より貢献してくれるはずだ。

「ディフェンスについて確認するぞ。相手が2Qの時のようなパスランでオフェンスしてくるなら、声を出してマークを外さないようにしよう。相手も疲れてるから、そう長いことあのオフェンスを仕掛けてはこないだろうが…。」

「1Qみたいに、寺原メインで攻めてきたら?」

「それは…。」


「3Qは、寺原メインでオフェンスを組み立てよう。向、さっきのようにシュートを決めてくれよ。」

「は、はい。」

 向は汗を散らしながら頷く。

「先生、寺原のところは西商は止めようとしてくるでしょう。さっきみたいなパスランでいいんじゃないですか?」武田が聞く。

「止められねーよ。あの程度のディフェンスじゃ。」

寺原はうすら笑いを浮かべながらベンチにもたれかかっている。

「そう簡単には止められないさ。何より、寺原がボールを持っているのが、うちにとってのベストポジションなんだ。」

「ベストポジション?」


 一般的に、優秀なガードに求められる能力として、球離れの良さが挙げられることは少なくない。しかし、寺原のプレースタイルは、それと真逆。圧倒的にボールを保有している時間が長い。

 しかしそれは、翠高校にとって寺原がボールを持っている状態が、最も得点に繋がりやすいポジションだという特殊な状況がそうさせているのだ。

 寺原は自ら得点する能力ももちろんのこと、味方の位置とディフェンスの位置を把握する能力もずば抜けている。自分のドライブでどこがフリーになるか。フェイクでどうディフェンスがずれるのか。寺原のその能力は、彼の持っているセンスとしか言いようがない。感覚のままプレーし、得点に結びつけることができる。それが寺原だった。


「寺原が入学してきてから、何度も練習試合を行い、統計を取ったんだ。私は統計学を専攻していたからな。…寺原から始まるオフェンスの成功率の高さは、うちのチームの中で最高だった。向以上だ。つまり、寺原のところにボールがある時が、うちにとってのベストポジションと言えるわけだ。」

「…そうなんすか。」

 武田はその説明を受けても、どこが不満げな表情をする。反して寺原は得意満面といったところ。

「さあ、3Qが始まるぞ。コートに行きなさい。」




 3Qは西商ボールから始まる。柳がボールを受け取り、3Qが始まった。

「ヘイ!」

 能勢がハイポストで面取りをする。柳はパスフェイクを何度か入れてから、能勢にパスを入れた。

 能勢はハイポストの位置から、振り向いてフェイスアップ。ジャブステップから、ポンプフェイク。ここで向が反応して体を起こしてしまう。

 その隙を能勢は見逃さずドライブ。一色のヘルプの上から、打点の高い、フローター気味のシュートで捻じ込む。

「高い…!」

 能勢のシュートに跳ぶことすらできなかった一色は悔しそうに呟く。

「簡単に抜かれんなよ…。」

 寺原はスローインを受け取り、敵陣にボールを運ぶ。

(さて…どうするかな。)

 周りを見渡す。そして、ディフェンスと距離をじわりと詰める。

 …すると。

「なっ!」

 マークマンだった小倉、そして柳がダブルチームを仕掛ける!寺原は、思わずドリブルを止めてしまう。

(パス…!)

 寺原はパスの出しどころを探す。しかし、柳の手が視界を塞ぎ、小倉の足が軸足を挟んでいるので、ピポッドを踏むこともできない。視界の端に移った武田にパスを出そうとすると、そのパスは小町にカットされた。

「速攻!」

小倉がスタート。小島も付いて行こうとするが、小倉のスピードにぶっちぎられる。小町は小倉にパスを出し、速攻に二点を獲得した。

「よし一点差だ!」

 西商ベンチが盛り上がる。


「ダブルチームはだりいよ。武田、運んでくれ。」

「はあ?」

 寺原はボールを武田に。武田は嫌そうな声を出したが、ボールを受け取らないわけにはいかない。そのままボールを運ぶ。

 今度は向がローポストでポストアップをした。武田はそこにパスを入れる。

 向は味方の位置を確認。他の見方は皆スリーポイントライン上で待機している。つまり、向のポストオフェンスで攻めろという意味だ。

(決めなきゃ…!)

 向はごりごりと能勢を押し込む。そして、ゴール付近で体を半回転させフックシュート。

(弾道…高!)

 そのフックは、ボードの頂点よりも高く上がり、垂直に近い角度でゴールへ向かう。しかし、ボールはリングに弾かれ、リバウンドは大賀が取った。

「くそっ…!」

「どうしたんだ、向!しゃんとしろ!」

 翠ベンチから声が飛ぶ。

 ボールは大賀から柳へ。そして、柳から、また能勢へと渡った。

 能勢が立っている位置はスリーポイントラインの外。しかし能勢は構わずシュートを放った。

「早いだろ!」

 大賀が叫ぶ。リバウンドを取れるポジションに味方がいない状況のシュートだ。良い判断とは言えない。

 …しかし能勢は、このシュートを決めた。47-45で、西商が逆転する。

 会場がにわかに盛り上がる。観客はほぼ他校の選手だ。

「翠って、島上と競ってたところじゃん…そこに西商が競ってるのか。」

「西商すげえな!」

 歓声も、やや西商寄りになってきたかもしれない。


「…寺原メインのオフェンスで来たら、ダブルチームで潰す。後ろの三人は声を掛け合って、パスが出たらカットを狙え。」

 ハーフタイムに、そう指示を出した。…よし。まず、ディフェンスで寺原を潰し、流れを変える作戦。成功したと言えるだろう。


 …しかし先ほどの能勢のスリー。彼は前半から消極的なプレーが続いていたのに、どういう風の吹き回しなのか。

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