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西商バスケ部監督物語  作者: のぶし
まとめ
5/99

15-19話まとめ

15

 大鷲先生と飲んだ後、私は一人で歩いて家に帰っていた。夜風は涼しく、火照った体を癒してくれる。ちなみに、大鷲先生はタクシーで帰って行った。

 歩きながら、これからの練習方針について考えていた。次の大会で当たる南北高校というチームは、かなり小柄のチームだがおそらく機動力を重視したバスケットをするのだろう。しかし、今の西商は体力のない選手が多い。先発PGの柳もハンドリングは素晴らしいが、スピードはそこまで速くなく、体力がない。オールコートでプレスをかけられた時、落ち着いてボール運びができるだろうか?

「危ない!!」

考え事をしていたこと、さらに酔っていたことが重なり、私は気付かぬうちに車道を歩いていた。そして、前方から車が走ってくる。誰かの声のおかげで、すんでのところでかわす。

しかし、情けないことながら足がもつれて転んでしまった。先ほど声を掛けてくれた人が手を差し出す。私はそれを掴んで、立ち上がる。

「あ、危なかった…。すみません。」

「いえ、気を付けてください。…あれ?黒沢先生ですか?」

 そう言われてその人の顔を見ると、西商女バスの監督である佐藤先生だった。相変わらず凛々しい顔立ちだ。

「あ、佐藤先生…。お恥ずかしいところを見られてしまいました。」

 そう言って私は笑ったが、彼女は笑っていない。それどころか、鋭い視線を私に突き刺してきた。

「先生、こんな日に飲んでいたんですか?練習試合で負けたその日に。」

「いや、これは…その相手高校の先生と、」

「あの子達の何人かは、試合が残った後も自分達で残って練習してたんですよ!」

 それは知らなかった。試合が終わった後、入念にストレッチして帰りなさいとだけ伝えて私は帰ったのだ。部員達はそんなに悔しかったのだろうか。

「もっとチームの未来のことを考えてください!」

 そう言って、佐藤先生は帰って行った。いつの間にか酔いは醒め、寒風が身にしみてきた。



 次の日、日曜日も練習だ。部員達を一度集める。

「全員揃ったか?…ん?柳はどこに行った。」

「用事があるとかで、来ていません。」

 そう答えたのは三谷だ。

「用事?具体的なことは、何か言っていたか?」

「いえ。」

 サボりか?いや、例え用事があったにせよそれが何かも伝えずに休むのは良くない。部員全員に私の電話番号を渡し、休む際は連絡をするように言った。


「さて、まずはこれを皆に渡す。」

 皆に渡したのは普通のノートだ。

「このノートに、毎日の練習で思ったことを書いていきなさい。課題に感じたこと、明日練習したいこととかだ。定期的にチェックするので、忘れず書くように。」

 部員達の中には、露骨に嫌そうな表情をする者もいた。しかし、毎日課題を持って練習すれば練習効率も上がるし、モチベーションも上がるはずだと考えて、このノート制を作った。

「私の指導のモットーは、『練習で苦しみ、試合で楽しめ』だ。これからは厳しい練習をさせていくが、それはきっとお前たちの力になり、楽に試合で勝てるようになるだろう。では、さっそく練習を始めるぞ。まずはストレッチから、フットワークの練習だ。」


 ストレッチは、怪我を予防するためにも重要だが、柔軟な体を持っていることはバスケをする上で非常に役に立つことだ。なので、私自身がメニューを考えてそれをやらせた。特に、股関節や肩関節を柔らかくするのを重視したメニューだ。

 そして、フットワークの練習を始めた。バスケでは、フットワークを見るだけで強豪か弱小かを判断できるとも私は思っている。

「全員、集まれ!」

 フットワークを途中で止め、部員を集める。

「お前らのフットワークは、惰性でやっているほとんど意味のない練習になっている。スライドの練習は、何のためにあるんだ?ディフェンスで素早く反応できるようにするためだろう。なのに、ふわふわと体を浮かせながらスライドして何の意味があるんだ。」

 スライドだけではない。部員達の数名は、疲れないようにフットワークをしていた。フットワークを鍛えることはバスケをする上で、非常に大切なことだ。ただ、疲れるから、それを中途半端にやろうとする人間も多い。

 再び部員達を練習に戻す。皆少しは意識したようで、動きがキビキビとし始めた。

「ようし、ラストダッシュ三本だ!いいか、ランニングじゃない。ダッシュだ!」

 部員達に全力でダッシュをさせる。この辺で、体力のある選手とそうでない選手がはっきり分かれてきた。

 一番早いのが小倉だ。次に、能勢。さらに田部、大賀、五島、小町。そして大きく遅れて藤原が走っている。

 五島は足が速いのに体力はないようだ。逆に田部はそこまで足が速くないが、しっかりスピードを落とさずに走っている。問題は藤原だ。遅すぎる。既にヒイヒイ言いながら走っている。

「藤原、頑張れ!まだいけるぞ!」

 声を掛けるも、結局他の部員に一気に置いていかれ、走り終わった時には膝をついてしまっていた。

「こら、休む時は、座ったり壁にもたれかかったりしたら駄目だぞ。歩きながら、呼吸を整えなさい。」

 藤原は、病人のように立ち上がる。大丈夫か、こいつ…。


「次は、オールコート1on1の練習だ。コートの左端を使って、ボールマンは向こうのエンドラインまで運んで、ディフェンスはそれを止めるんだ。ただ、手を使わずに体を正面に入れて止めるようにすること。多少のプッシングやブロッキングは構わない。倒れた方が負けだ。エンドラインまで行ったら、逆サイドから攻守交代して帰ってきなさい。では、始め!」

 だいたいスピードが同じくらいの部員を組ませて、練習を始めた。フットワークの練習の直後なので、全員、かなりきつそうだ。

「疲れてるからって、腰を浮かせるな!やや落とすぐらいの形をキープしろ!」

「足だけ動かしても意味がないぞ!体で止めるんだ!腰を先に動かすイメージだ!」

「もっと速く!!」

 私は、試合中に怒鳴り声を上げるタイプではないが、練習の時はあれこれ口を出すタイプだ。『練習で苦しみ、試合で楽しめ。』ということだ。


16

 オールコート1on1の練習が終わったら、休憩の意味も兼ねてフリースローの練習だ。ただし、二本決めるまでうって、落とした本数分ダッシュさせる。ここでも藤原は二本決めるまでに四本のフリースローを落とし、ダッシュなのかよく分からないスピードで走っていた。

「三分休憩しよう。」

 さすがに藤原の状態を見かねて休憩の時間を取る。藤原だけでなく、ほぼ全員がかなり疲れていた。元気そうなのは小倉ぐらいだった。

(まだまだだな、もっと体力をつけないと。)

 体力をつけることにより、試合では長くプレーできるし、練習の質も上がる。本当は最初は基礎体力作りのみの練習をしたかったが、大会が近いのでそうもいかない。


「よし、次はシュートの練習だ。小倉、スリーのやや内側に立て。五島はゴール下だ。」

 そう言って部員たちを動かす。私は、トップの位置でボールを持った。

「ここから私が小倉へパスを出す。五島は、パスが出ると同時にチェックに行くんだ。」

 実際にやってみせる。小倉は五島にチェックされながらシュートをうち、外した。

「二人組で別れてやってみよう。三谷、反対側のゴールでパス出しをしてくれ。」

「分かりました。」


 やはり思った通りだ。このチームには流れの中でシュートをうてる選手が小町や五島ぐらいしかいない。小倉や田部もシュートはうまいが、キャッチ&シュートとなると確率が悪くなるようだ。

 キャッチ&シュートは、まずシュートはボールを貰うところから始まっている。人によって、縫い目が横になるようにボールを持ってシュートをうつ人や、縫い目が縦になるようにボールを持ってシュートする人がいる。そんなの意識しないという人もいるが、多くの人はシュート練習をする時にもボールの持ち方を決めているのではないだろうか。

 持ち方を決めている人は、キャッチのままうつと、普段と指のかかり方が変わってうち辛いと感じるはずだ。小倉などはドリブルからシュートをうつことが多いが、シュートモーションの際にボールの縫い目が横になるように直してからうっている。キャッチ&シュート(しかも、足の速い五島がチェックにくる。)だと、それを直すことができないのでうち辛そうにしているようだ。自分のうちやすいボールの持ち方をよく分かっていないのかもしれない。田部もドリブルからのシュートよりはずっとうち辛そうだった。

 しかし小町は、キャッチと同時にボールを持ち直しており、リリースが早いのでチェックの影響をあまり受けていない。優れたスポットシューター(セットオフェンスなどでパスを貰ってからのシュートが得意な選手)であることが分かる。


「監督、ちょっといいですか。」

 ここで声を掛けてきたのは大賀だ。相変わらず低い声で威圧感を醸し出している。

「何だ?」

「能勢はともかく、俺と藤原はアウトサイドシュートは仕事じゃないんで、別の練習をした方がいいんじゃないですか。」

「うん、そうか。そのことにはついては、皆に話しておきたいな。よし皆、一旦集合!」


「私は、小さいからガードとか、大きいからセンターとかいった考え方はしていない。そして、これはガードの仕事、あれはセンターの仕事というくくりも考えていないんだ。」

「今は大賀や能勢をインサイドプレーヤーとして使っているが、はっきり言って全国には能勢より10センチも20センチも高い選手がいるんだ。また、お前らが将来大学やプロでプレイしたいと思ったとき、インサイドでしかプレイできない180代の選手なんて活躍できないだろう。それを考えたら、背の小さいお前らは様々なスキルを身に着ける必要がある。」

「俺が、スリーをうったりしなきゃならないってことですか?」

そう大賀が聞き返した。

「それもやるだろう。というか、私は全員スリーがうてるチームにしたい。例えばスペインの選手は、ビッグマンでもシューターが多いし、ほとんど皆シュートは決める能力があるだろう。」

「でも、NBAのレイジョン・ロンドとかは下手くそですよね。」

「あれは…例外だ。」

 賛否両論のある選手だが、そのロンドという選手はガードというポジションながらジャンプシュートが非常に下手だった。さらに、改善の兆しすら見えない。それでも抜群の身体能力、ハンドリング、そして視野の広さで得点やリバウンド、特にアシストを量産する特殊な選手だった。少なくても私は、部員たちに彼を目指してほしいとは言えない。


「要するに、ポジションの枠組みにとらわれるなということだ。スリーがうてれば、シュートフェイクからのドライブなど、オフェンスの選択肢が広がる。実際、ディフェンス側としてはビッグマンをゴール付近に置きたいところだが、マークマンがスリーのうてる選手ならそいつを外に引っ張り出すことができる。そうすれば中が空いて攻めやすくなる。なんだかんだ言って、シュートは全てのオフェンスの基本なんだ。分かったか?」

「…はい。」

「よし、練習に戻れ。」


 この日から、同様にフットワークやオールコートを走る練習、そしてキャッチ&シュートの練習を続けた。キャッチ&シュートが入るようになってきたら、今度はそこから1on1の練習へと発展させた。また、ウェイトルームを男バスは月曜と金曜に使っていいことになったので、そこでフィジカルを強化させた。しかし、柳、藤原は練習を休みがちだった。柳は「家庭の事情」、藤原は「体調不良」ということを理由としていたが、無理に追及することもできなかった。


そして一週間ほど過ぎた月曜日、部員たちに渡したノートを回収しようと思い、練習前に集めさせた。


 ざっと要点をまとめて、読んでみた。


柳『足がパンパンで痛いです。筋肉は休めないと成長しないそうですよ。ジャンプシュートは大事ですね。』

 うちの部は毎日休みなしで練習している。ここの学校は、文科系を除くほとんどの部活がそんな感じだ。柳はサボりたいのかもしれないが、この意見は一理ある。ところでこいつはジャンプシュートの確率を上げることを他人事だと思っているのか?


小倉『キャッチとミートを一緒にすることで、シュートリリースが速くなる。これをもっと極めたい。また、練習試合でフィジカルの弱さを痛感したので、もっと鍛えたい。』

 こちらはちゃんと自分の課題を考えて、克服しようとしているようだ。


大賀『シュートは未だ下手くそだが、まずミドルシュートの確率を上げてからスリーの練習をしたい。また、監督の言葉の意味を考え、ハンドリングを身に着けていくことが重要だろうと思った。』

 正しいことを考えている。


中野『僕は初心者なので監督が何を言っているのかよくわかっていないかもしれませんが、とりあえずシュートの確率を上げたいです。あと厳しい練習にもついていきたいです。』

 彼は初心者だが、運動神経はかなり良さそうなので、地道に行けば高校のうちにでもかなり良い選手になるだろう。


田部『自分のシュートがまだ未熟だと思いました。また、練習試合では何度もスティールを決められたので、ボールキープ力やハンドリング、正確なパスを出す力を身に着けていきたいです。』

 インサイドプレーヤーでもシュートを鍛えると言ったことで、彼は新たな課題を見つけたようだ。スモールプレーヤーだが、安定感のある試合運びができるようになれば柳の代わりを任せられる。


小町『シュートがうまくなりたいです。』

 なんだ、これだけか。さてはこいつ今まで書いていなかったな?あとでダッシュ十本だ。


五島『シュートが上手くなりたいです。』

 おい!!『うまく』が『上手く』になっただけか!!一年の不真面目さがうかがえる。ダッシュ二十本だ!


 さて、最後は藤原のノートだ。どれどれ…。


藤原『もう辞めたいです。』




 …なんだと。



17

 部活を辞めたい、とノートに書いていた藤原を放課後に呼んで話し合うことにした。ただ職員室だと気が引けるだろうと思ったので、普段使われない特別教室に来なさいと告げた。

 もしかすると来ないかもと思ったが、陰鬱な表情をしながら藤原は教室に入ってきた。用意していた椅子に座るように促す。


「さて…。昨日、ノートを読んだんだが…辞めたいというのは本当なのか?」

 藤原はしばらく黙っていた。そして、三十秒程経ってから言った。

「はい。」

「どうして?」

 部活の時のような言い方ではなく、あくまで柔らかい話し方を意識する。

「えっと…、俺、正直そんなに高校ではガチなバスケとかするつもりじゃなかったし。こんなきつい練習ばっかりなら、俺、やりたくないです。」

「練習がきついなんて、バスケなら当たり前のことだろう。藤原、お前はバスケが好きじゃないのか?」

「別にバスケが嫌いなわけじゃないんですけど、そもそも中学の頃、でかかったから誘われてやってただけで…、でも高校だったら俺そんなにでかいほうじゃないし、先生の言うポジションに縛られないバスケって言われても、俺センスないからドリブルとかシュートとか全然上手くならないし…。向いてないんですよ、バスケ。」

「向いてるとか向いてないとかは、結局頑張らない奴の言い訳だ。お前は、そんなことで辞めていいのか?バスケが好きなら、続けるべきじゃないのか。」

「だって、俺足遅いから練習が終わるのも遅くなって、体重重くてどんくさいから皆の足踏んで痛い思いさせたこともあるし、やっぱり皆に迷惑かけるし…。皆のこと考えたら、俺なんて邪魔者ですよ。」

 駄目だ、優しく説得したかったが、どうも抑えられない。

「お前、皆の迷惑になるから辞めるなんてよく言えたものだな。お前が辞めることが、皆にとって一番の迷惑だとは思わないのか!うちの部員の誰かが、お前に辞めてほしいなんて言ったのか!」

 藤原は涙目になりながら言った。

「い、言ってませんけど…皆そう思ってるような気がして…辛いんです…。俺、もう…。」

 ここで、藤原が泣き始めた。必死に声を抑えようとしているが、涙が止まらない。


「分かった。それがお前の決断なら、俺は止めはしない。明日、気持ちが変わらなかったなら、退部届を書いて私に渡してくれ。」

 藤原は少し落ち着いたが、顔は涙の痕と鼻水で汚くなっている。私は退部届とティッシュを彼に渡した。

「…はい。」

「でも、言っておくが、お前に辞めてほしいなんて思っている部員は一人だっていやしない。それは確かだ。それを忘れるなよ。戻ってきたかったらいつでも戻ってきなさい。」

 藤原は返事をしなかった。




 藤原は考えていた。部活を辞めて、何をしようか。勉強なんかまだ一年だからやりたくないし、他の運動部といっても、西商はどこも練習がきついそうだ。じゃあ、文化部?うーん、俺には向いてない気がする。

 …でも、辞めるんだったらまず先輩に挨拶ぐらいしとかなきゃいけないかな。ちょっと気が引けるけど…。

 藤原はとぼとぼと歩きながら、部室の前まで来た。しかし、部室に入る勇気がない。何て言おうか、怒られたら嫌だな。いや、喜んでくれるかも…。

 すると、部室の扉が開いて、柳と小倉が出てきた。

「おっ、藤原ちゃんじゃん!今日は体大丈夫か?無理そうだったら休んどけよ~。」

 柳先輩は明るく接してくれたが、小倉先輩は怒ったような表情で言う。

「いや、休むなよ、来いよ。」

「…えと、その…。」

 返事に悩んでいると、小倉先輩が続けた。

「お前がいねえと、練習が捗らねえんだ。」


 えっ?


「お、俺がいたら、むしろ練習の迷惑になるでしょ?」

「は?迷惑?なるかそんなもん。俺はもっとフィジカルを強くしたいんだけど、大賀と練習すんのは嫌だし、能勢は軽いし、お前と練習するのがちょうどいいんだよ。」

「あ、えと…ありがとうございます。」

「お礼なんからいいから、練習でろって。今は練習がキツイかもしれないけど、どうせ夏が終わるまでの辛抱だと思えば、楽なもんだぜ。夏さえ乗りきりゃ、だいたい楽になってくるだろ。逆に今頑張ってないと、夏本番を乗り越えられないかもな。」

「そ、そうだぞ、頑張れよ。」

 柳先輩も気まずそうに言った。柳先輩も練習をちょくちょく休んでいるのだ。


 そして、先輩達は体育館に行った。部室には誰もいなくなった。


鞄から、退部届を取りだす。


「もうちょっと、頑張ってみるか。」


 退部届を手で握りつぶしながら、藤原はそう言った。



18

 結局、その日藤原は練習に来ていたし、翌日に退部届を持ってくることも無かった。涙すら見せた彼に何があったのかは知らないが、彼の気持ちを動かしたのは、おそらく部員の誰かだろう。私にとっても、良い部員に恵まれたものだと、嬉しくなる。


 練習は、ランメニューと、マンツーマンディフェンスを鍛える練習を増やした。いまのところ、ゾーンディフェンスを練習させる予定はない。どんなディフェンスも基本のマンツーマンが弱くては話にならないからだ。

今日は4月21日。春大会の一回戦は4月26日にあるので、あと練習できるのは五日間のみだ。大会までにはディフェンスをそれなりのレベルまでにはしたかった。しかし、部員達にはそれを不満に思う人もいた。


「先生、もうちょっとシュートの練習も増やした方がいいんじゃねえの?このままじゃ大会の時もシュートが入らなさそうだ。」

 そう言ってきたのは五島だ。

「ジャンプシュートの練習なら手軽に一人でできるだろ。昼休みとか、朝練の時間にできる。せっかくチームで練習できる時間なら、それを有効に活用する方が大事だ。」

「先生、朝練はしちゃいけないって決まってるんだぜ。」

 ・・・え?

「何でだ?この学校の方針なのか?」

「いや、先生知らないの?去年の十月ぐらいから、学生の学力の低下を防ぐとかの理由で、山岡県の高校では朝練が禁止になったんだ。週に一日は絶対完全休養日を入れなきゃいけないって条例も、そろそろ決まるかもしれないって話だけど。」

 知らなかった。しかし、そんな馬鹿な話があるか?

「朝練があるから学力が低下する?だから朝練廃止・・・そんな話、私はおかしいだろ。体を動かすことが脳に良い影響を与えることも証明されているし、何より部活を頑張りたい高校生たちの気持ちを考えていないのか?」

「俺に言われても知らねえよ。」




 聞けば、この朝練禁止の条例は山岡県が他県に先駆けて始めたらしい。よって、他の県では普通に朝練をしてもよいのだ。納得がいかない。他県勢に比べて山岡県の部活のレベルは低くなることが予想される。確実に不利になる。朝練をすることによって睡眠時間が短くなることは確かにあるかもしれないが、最近の学生の睡眠時間が短い一番の原因はパソコンなどが主な原因なのではなかったか?それに、ゆとり教育を実施しておいて、その所為で下がった学力をこんな形で取り戻そうとするなんて…。


「馬鹿馬鹿しい。」


 結局その日はコートを使える時間にシュート練習を増やし、それが終わったら学校の外を走らせることにした。

 練習時間が足りない。山岡県の高校はおそらく、どこもこの問題に悩まされているのだろう。すぐに廃止にしてもらいたい。

 …というが、確かに教育者の立場からすれば、授業中の昼寝を防げるかもしれないので、ただ悪法と決めつけるべきではない。子供の成長において睡眠は非常に大事なことでもある。学力の低下は、非常に悩ましい問題だ。

 しかし、高校生の頃の一番の思い出と言えば、多くの人が部活動を挙げるのではないか。それを制限されるのは、フラストレーションが溜まる学生も多いだろう。少し、可哀そうだとも思った。




 結局この五日間、ランメニューを外周で補い、ディフェンスとシュートの練習はコート内で、という形で練習をした。


 そして、今日から春大会が始まる。今日の相手は光雲高校だ。会場は駅から近く、コートも広い広近高校が選ばれた。試合開始は二回戦で10時半からだが、着替えやアップの時間が必要なため、8時半に集合するようにと伝えた。一回戦のハーフタイムの時間にはコート内アップの時間もあるので、それまでに体を温めておかなければならない。


 私は、ボールやユニフォームなどの運搬を車で行うことにしたので、八時には学校に着いていた。広近高校は、私立の学校で非常に校舎が綺麗だった。真っ白な壁に、花壇には色とりどりの花が植えられている。広い駐車場があることも西商とは違う点だった。

 羨ましいことは、体育館がコート三面分の広さがあることだ。西商含め、多くの学校はは二面分しかない。広近高校はそうした力を入れていることもあってか、バスケ部は県内でベスト8クラスの力を持っている高校だった。

 しかし、強豪校はほとんど私立という今の時代に、公立高校でインターハイを目指すというのは大変なことだ。体育館や練習器具などを買う金も十分にないし、もちろんスカウトや、スポーツ特待生などにかける金もない。

 さて、今、九時だ。一回戦がそろそろ始まる。やっと、柳と小町が到着した。何故もっと集合時間を早くしなかったのだろう。うちには遅刻常習犯が二人もいるのに。


「道が混んでたので。」

「柳、お前電車から、歩きでここまで来たんだろ?何が混んでたんだ?」


「寝坊しました。」

「分かった、寝てろ。試合には出さないけどな。」


 柳、小町。今日のプレイタイムは半分にしよう。


19

西商スターター

PG柳 167

SG五島 170

SF小倉 177

PF大賀 184

C 能勢 186


光雲スターター

PG光原 160

SG十才 165

SF友田 169

PF新谷 174

C 金子 188


「一人かなりサイズがある奴がいるなあ。…しかし、あの腕の細さと白さは一体なんなんだ。」

「光雲高校は進学校ですからね。多分、ガリ勉の奴ですよ。」


 光雲高校は県内トップクラスの進学校だ。しかし、バスケ部は全くと言っていいほど目立っていない。万年一回戦負けというチームだ。

「こいつらに負けるようなら、バスケを辞めた方がいい。」とまで言われている。県下最弱を争うチームだと言っていい。西商の二回戦進出はほぼ確実と見られていた。




 試合は1Qから予想通り一方的な展開になった。光雲は十才のスリーが二本決まったのみで、西商はビッグセンターの金子をものともせずに得点を重ね続けた。大賀がチームハイの十得点、さらに五島と小倉が八点ずつを決めて、全員の得点を合わせて36-6。


 しかし、2Qから試合は異様な展開を見せ始める。


「2Qはベンチメンバー主体で行くぞ。田部、小町、小倉、中野、藤原の五人で行く。いいか、勝ってるからといって油断したり手を抜いたりするんじゃないぞ。最後まで全力で点を取りにいけ。」

「分かりました。」

 田部らがそう答える。

「この試合、150点取ろうぜ。」

 柳が茶化す。しかし、私もそれぐらいはできなければ県大会に行くのも難しいだろうと考えていた。向こうの選手は全員素人とほぼ変わりない。苦戦する要素はどこにもなかった。


 2Qが始まる。光雲高校はアウトサイドシュート主体のオフェンスをしていた。フリーなら、とにかくうつ。そんな感じだ。

 そのスリーが、開始二分で三連続で決まる。十才が一本と友田が二本決める。しかし、こちらも負けずに田部のスリー、小町のカットインで得点する。

「楽にシュートをうたすなよ!ディフェンスの距離を詰めろ!」

 そう指示した。しかし、さらに光雲高校のスリーが加速する。また十才がスリーを決めると、中野がターンオーバーをしてしまい、光雲ボール。今度はインサイドで金子が得点すると、返すディフェンスでは金子が小倉のレイアップをブロックする。

 次の光雲高校のオフェンス、タイムクロックぎりぎりで、PGの光原がスリーのラインから2mほど後ろでボールを無理やり投げると、それがボードに跳ね返ってゴールに沈んだ。光雲高校に謎の流れが来ていた。私は、慌ててタイムアウトをとる。41-23。


「何本決められてるんだ。何のためにあれだけディフェンスの練習をしたんだ。しっかりチェックして簡単にうたせるな。」

「いやでも、あんなのほとんどまぐれでしょ…、特に最後のシュートなんか。」

「お前たちは二点差の場面であのシュートが決まって負けた時でも、まぐれなら仕方ない、で済ますのか?」

 選手たちは黙る。

「今まで走る練習をしてきた成果を見せよう。オールコートプレスだ。光雲高校に、このQでもうオフェンスの機会を与えるな。メンバーはスタメンに戻す。」

 柳は、うげーという表情をしたが、緩んだ空気はもう無かった。


「オールコートプレスね…、でもその前に、借りは返しとくぜ。」

 小倉が、クロスオーバーで友田を一瞬で抜く。ここでわざとスピードを落とした。

 金子が若干チェックに来る。基本光雲高校はヘルプディフェンスをしない。するスタミナもスピードもないのだろう。しかし、金子だけはディフェンスの要ということなのか、ドライブが来た時は反応して来ていた。

 小倉は金子に向かってドライブして、目の前でストップした。視線はゴールで、シュートを構えた。金子がブロックに跳ぶ。

 しかし小倉はシュートはうたず、ここからステップイン。金子の接触を受けながら、レイアップシュートを決める。ディフェンスファウルの笛が鳴り、バスカンとなる。


 フリースローが決まると同時に、西商はオールコートプレスを仕掛ける。光雲チームは慌てて、ターンオーバーを連発。光雲にはプレスを避けきるほどの運動力は無かった。ドリブルでも突破を許さず、前に出るパスはほとんどカットした。皆、前と比べると動きが俊敏になっていた。

(これだ、このディフェンスだ。)

 黒沢は微笑んでいた。このオールコートプレスを仕掛けていると、敵陣でボールをスティールできた場合、すぐ近くにゴールがあるので、攻撃に転じやすい。つまり、守りながら攻めているということだ。このディフェンスは、チームにとって大きな武器となる。黒沢はそう考えていた。

(あ、五島が抜かれた。)

 ただし、突破されてしまうと相手チームにとってはゴールの近くにディフェンスが少ない状態なので、今度は相手にとって攻めやすい状態になる。しかし、運動量で西商は光雲を圧倒している。そもそもオフェンスのパターンがほぼスリーポイントを狙うことしかない光雲にとって、例えボールを運べても高い確率でシュートを決めることはできなかった。


(…また五島が抜かれた。あいつやる気あんのか!)




 気付けば試合終了。140-33。圧勝だった。

 すぐに次の試合に出る選手たちが入ってきて、アップを始めた。すぐにどけなければならない。

「お前たち、とりあえず着替えてから、私の車の前に集合だ。」

「ういーす…。」

 柳は死にそうな顔で歩いている。結局プレイタイムをおもいっきり与えることを遅刻の罰とした。小町も3Qと4Qをずっと出ずっぱりにしてあげたので、ふらふらしながら歩いている。




 駐車場に行くと、太陽がさんさんと降り注いでいた。今はだいたい正午ぐらいだ。じわじわと気温が上がってきている。

「よし、皆とりあえず今日はお疲れ様。ディフェンスの練習の成果が出たな。」

「まさか光雲相手にこんなに消耗するとは思わなかったですよ…。」

 柳はまだ疲れているようだ。

「ほう、今日くらいでそんなに消耗したのか?鍛え方が足りなかったようだ。ランメニューはもっと増やさないとな。」

「えっ、ちょっ!それはやめてください!」

「柳にだけ特別メニューでいいでしょ。疲れてるのはこいつぐらいですよ。」

 中野がそう言った。それを聞いて、小町も疲れているだろ、と小町の顔を見るが、平然としている。汗ももう止まっているようだ。疲れているのは間違いないはずだが、こいつのポーカーフェイスぶりは一体なんなのか。

「とりあえず、明日が本番だ。今日は早く家に帰ってしっかり休みなさい。もちろん今日各自が感じた課題をノートに書いておくように。ちなみに、明日の南北高校戦に勝てば、その三試合後にまた、翠高校と島上高校の勝者と試合がある。その気持ちで試合に臨むように。」

「「「はい!!!」」」

 そうしてすぐ部員達は帰り支度を始めた。おい、まだ言うことは終わっていない。

「ちょっと待て。言っておくが、ランメニューを増やすというのは別に冗談で言ってわけではない。今後さらに増やしておくから覚悟しておいてくれ。明日の南北高校はサイズのある選手のいないチームらしい。まあお前らの方がよく知っているかもしれないが、おそらくかなり走ってくるチームだろう。ここに走り負けないことを目標にしよう。」

 柳、藤原辺りが非常にダルそうな表情をしている。

「では、解散。」




「南北高校かあ、俺、やだなーあそことするの。」

 柳と田部は一緒の電車に乗って帰っているところだ。

「そんなに強いんですか?」

「強いっていうか…ほんとやり辛いよ。」

「大芸より、やり辛いかもな。大芸だとすぱっと倒してくれると思うけど、南北はどこでも接戦に持ち込もうとするからな。最後まで気が抜けねえ。」

 田部は少し緊張した表情をした。明日、覚悟して試合に臨まなければならない。


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