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第三十六話

 正心高校との練習試合を翌日に控えた金曜日の学校。放課後に、教員室で授業で使うプリントをまとめていると、柳が訪ねてきた。

「あの…すんません。」

「どうした?」

「えっと…明日の練習試合、休ませてもらえませんか?」

 柳はいつものへらへらとした顔を止めて、申し訳なさそうな表情をする。

「…また家の手伝いか?最近多いみたいだが、何か大変なのか。」

「ええ、ちょっと。」

 柳はちょくちょく家の仕事の手伝いという名目で練習を休んでいる。そうした理由があれば無理に練習に参加させることはできないので、今までそれは許してきたが、最近その休みの頻度が増えているのだ。

「助けられることがあったら、何かしてやるが。」

「いやいいです。こっちの問題なので。」

 いつものことながら、柳はそれ以上のことは何も言ってこない。教員としては何かしてやりたい気持ちはあるが…。

「まあ、分かった。大変だろうが、頑張れよ。」

「ありがとうございます。」

 柳はそそくさと教員室から出ていく。

 …サボりの口実でなければいいのだが。柳は見た目から軽薄そうなイメージがあるので、ふと疑ってしまうが、部員を信じないわけにはいけない。自分にそう言いこませて、再びプリントをまとめる作業を始めた。


 そして土曜日。試合会場は西商ということになったので、正心高校の選手たちが訪ねてくる形だ。部員達を早めに体育館に来させ、ベンチや得点版をセッティングする。

 しばらくすると、学校に大型の車が乗り込んできた。運転手は庄先生ということが分かったので、来客用の駐車場へと案内する。

「本日はどうもよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。…ええと、まだ来ますか?」

「いえ、これで全員です。」


 車から出てきたのは、庄先生を除くとたったの五人。やっとバスケができる人数だった。

「…五人、ですか。」

 しかも、一人を除いて皆小柄、というか細い体つきの選手ばかりだった。これは…。

「すみません、四月からできたばかりなので。」

「あ、いえいえ。…体育館はこちらです。」

 選手たちは二階で着替えるように指示し、庄先生と私は教官室へ入った。


「四月からできたばかりというのは、先生が作ったという意味なんですか?」

「いえ、あの子たちがバスケがやりたいと私に言って来たんですよ。うちはがちがちの進学校なので、運動部はバドミントンとか卓球くらいしかなかったんですね。」

 そんな学校もあるのか…。

「彼らは経験者なんですか?」

「ええ、一応…。と言っても公園で遊びでやっていたぐらいみたいです。中学校の頃にあるマンガを読んで興味を持ったらしいですよ。」

「何て名前のマンガですか?」

「ええと、なんでしたっけ…スライムダンク?みたいな名前の。」

「な、なるほど。」

ぷっと私は吹き出した。スライムダンク。ピキーとか鳴きながらボールの代わりにされるスライムを想像してしまった。

「私はあまりバスケに詳しくないので、ちゃんとした指導はできていませんが…、でも、走らせることだけなら十分にやらせましたよ。走りっぱなしのスポーツだと聞いていたので。…そもそもあの子たちはバスケが大好きみたいなので、特に何も言わなくてもストイックに練習してくれていましたが。」

「なるほど…。十分でしょう。バスケが好きなら、きっと成長しますよ。」

「そうですか。まあ、指導法などはこれからも勉強ですね。」

「ええ、お互いに。」

 

 年が近いのもあってか話が合い、二人でそれから少し話しこんでしまった。

 しばらくして、正心高校の選手が教官室に入ってきた。

「先生、まだですか?」

「ああ、今行く。あと、その前に黒沢先生に挨拶をしなさい。」

「あ、はい。」

 教官室に入ってきたその選手は、五人の中で最も体の大きい人だった。体つきも一回り違うようだ。

「正心高校で一応キャプテンやってる鯉幟と言います。本日はよろしくお願いします。」

 こいのぼり君か…、珍しい名前だ。

「よろしく。怪我だけはないようにしましょう。」

「はい。」

 そう言って鯉幟は一礼し、教官室から出て行った。

「黒沢先生、とりあえず最初は合同練習という形でいいですか?どんな練習をやっているか見せてもらいたいので。」

「ええ、分かりました。」

 

 まず体をあっためる為に軽いランニング。コートを五周ほどしてから、ストレッチ。時間を20分程、たっぷりと取る。

 そして、フットワークの練習だ。四月の頃と比べると随分動きが良くなってきた気がする。

 次はハンドリングの練習だ。まずエンドラインに並び、一人ずつドリブルを突きながら走りだす。バックコートのフリースローサークル、センターサークル、フロントコートのフリースローサークルを回り、レイアップでフィニッシュ。

これは、スピードが出た状態でのドリブルの練習だ。また、サークルを回りながら走るのは、思ったよりも体の筋肉を使う。

 これを右ドリブル、左ドリブルの両方をこなすと、今度はオールコートの1on1。この辺りから、藤原や五島などがスタミナ切れをおこしてくる。しかし、ここで休ませては意味がない。

「ほら、頑張れ!」

 発破をかける。正心の選手たちも緊張もあってか少し疲れているようだったが、ここは心を鬼にする。

 オールコート1on1の練習を終えると、スリーメンを始める。これは、エンドラインに三人立ち、パス交換をしながらコートをサイドラインを往復しながらボールを運ぶ練習だ。とりあえず、結構走る練習だと想像して貰いたい。

「パスは走ってる人の前に出すんだ。飛び付かせろ!」


 こうした速攻の練習を、南北に負けた日から繰り返していた。おそらく南北ほどではないが、前と比べれば随分走れるようになったはずだ。

 スリーメンを終えると、フリースローを打たせ、二本決めた人から休憩だ。フリースローが下手な藤原や大賀は休憩時間が短くなってしまうのだが、二人にはここから向上心を持ってもらいたい。

「ただ走る練習と言っても、やり方がいろいろあるんですね。」

 庄先生が何やらメモを取りながら、話しかけてきた。

「そうですね。ドリブルやパスを交えて走るのは、バスケの練習としては一般的です。」

「そうなんですか…。私はただ走らせればいいのかと。」

「ダッシュをひたすらやらせる、とかをされたんですか?」


「そうですね、1セット30往復ぐらいをやらせてましたね…。」


 えっ?30?


 庄先生、部員達死にますよ、それ。



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