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第三十四話

「じゃあ話を始めましょうか。えっと、体罰を巡る指導についてでしたね。」

「ちょ、ちょっと待って下さい西谷先生。」

 江藤が焦ったように西谷先生の話を止める。

「朝練禁止を知らなかったって、どういうことですか?」

「ははは、まだその話してたんですか?」

(なんなんだこの人?)

 独特な風貌、そして独特な雰囲気がある。外国人?イントネーションが独特なので、外国暮らしが長かったということなのだろうか。

「私は校長センセイに、指導に関しては私の好きなようにやりなさいと言われているので、好きなようにしているだけですよ。」

「好きなようにって…、それは駄目なんですって。条例で決まったんですから。」

「へえ、そうなんデスか。分かりました。朝練禁止、ですね。ごめんなさいね、今まで知らなかったもので。」

「ちゃ、ちゃんと守ってくださいね。」

 ゴホン、と一つ江藤が咳払いをした。

「えー、では、話を始めましょうか。」


「まず、体罰ですね。これはみなさん、ゼッタイにしてはならない、と思いますか?」

 会場が少しざわつく。

 私も隣の佐藤先生に話しかける。

「どうなんでしょう。実際私も大鷲先生に殴られたことぐらいはあるんですが、別に今となっては恨みもなにもありませんし…。」

「そうなんですか?私はされたことがないので、よく分かりませんけど。…でも、やっぱり傷付く子もいるんじゃないですか?」

 ここで、手を上げて最初に発言したのは、大鷲先生だ。

「俺は、場合によっちゃあっても仕方ないと思ってる。そういう厳しさも選手の成長にとっては必要なんだ。」

「はい。」

 西谷先生は笑顔で答えるだけで、反応は特にない。

「『監督は嫌われてナンボ』という言葉もある。監督が選手にとっての畏怖の対象になることで、選手も真剣に練習するようになるんだ。」

「ふーん。じゃあ、次の方。」

 大鷲は西谷先生の態度にムッとする。悪気があるのかは分からないが…。

「わ、私は体罰は絶対に良くないと思います。」

 次に発言したのは、小太りの男性だ。おどおどとした雰囲気で、話し始めた。

「体罰を受けた子が精神的に傷ついて、心身ともに良くない影響が出ることも決して少なくはないと思います。えっと、た、例えば、七年前に私が勤めていた学校では、部活がつらくて不登校になった子がいます。こ、高校生と言ってもまだ子供で、不安定な時期です。体罰に耐えうる人ばかりではないと思います。」

「なるほど。」


「では、私の意見も言いましょう。私は、体罰は絶対にするべきではない、そう思っています。」

「ほう。」と、大鷲先生。

「バスケットボールにおいて、選手を成長させる為に必要なもの、それは何だと思いますか?」

 少し間があったが、誰も返事はしない。大鷲先生も腕組みをして見ている。


「私は、この三つが大事だと思っています。それは、自尊心、思考の柔軟性、そして想像力です。自尊心がある選手ほど、自信を持ってプレーをします。まあこれは私の経験上の話ですが、他の人の顔色を気にせず、自分のしたいことをする選手は、伸びます。逆にいつも遠慮がちにプレーしてる選手は今一つ伸びませんね。」


「次に、柔軟に物事を考えることが出来れば、選手としてより一層成長します。監督や仲間からのアドバイスを真摯に受け止めたり、何か行き詰まった事があればやり方を変えてみるなど、自分を変えることを怖がらない選手も、成長していくのが早いですね。ちなみに、自尊心ばかりあって、思考の柔軟性に欠ける選手は自分勝手で伸びません。」


「さらに、想像力があれば、相手にどんなフェイクが有効かとか、味方や敵がどう動いて行くか、どのプレーを選択するのが正解か、などを自分で考えながらプレーができます。また、決まった型に囚われずに、自分の発想で動くことができます。様々なプレーを経験することで、スキルを磨いていくことが出来るので、これは、選手の成長にとって、非常に大事なことですよね。監督に指示されたことをするだけでは、大きな成長は見込めませんから。私は、想像力が最も大切だと思っています。」


 西谷先生の話し方は、今までとは全く違う、流暢なものだった。一瞬、本当に西谷先生が話しているのか疑ったほどだ。

 西谷先生は少し間を空けてから、悲しそうな顔になって言った。

「そして…、体罰は、これら全てを選手から奪ってしまうのです。体罰で選手は自分を抑えられ、むりやり考え方を押しつけられ、どうすれば殴られないかを考えた結果、監督の指示に従うだけのロボットになってしまうのです。」

「ちょっと待ってくれ。」

 声の主は、案の定大鷲先生だった。

「別に俺は体罰で選手を締め上げてるわけじゃない。まあ体罰を使うべきだなんて言うつもりはないが、体罰も、使いようってことじゃないのか?」

「どう使うんですか?」

「例えば、体罰は、練習をサボったりだとか、いい加減なことをしている奴に使うんだ。体罰なんて誰だってされたくない。されたくなからこそ、必死に練習するんだ。」

「先生、それは間違ってますね。」

 そう言って西谷先生は、鼻で笑った。

「体罰なんて使わないと真面目に練習もできないような環境を作ってしまっている時点で、指導者としての資格はありませんよ。そもそもそういう選手は監督の見てないところでサボろうとするので、結局上達しませんから。」

 大鷲先生は、チッと舌打ちをして後ろを向いた。私と目が合う。

 おい、黒沢。お前も何か言え。…そう目で言われた気がする。


「ちょっと、良いですか。」

 勇気を出して、手を挙げる。

「はい。」

「私は西商の新しい監督になった黒沢です。どうもよろしくお願いします。」

 そう言って一礼。

「私は昔大鷲先生の教え子でした。当時、実際に大鷲先生に暴力を振るわれて、本当につらくて、辞めようと思った時期がありました。大鷲先生から『やる気がないなら辞めろ!』と言われたことさえあります。」

 大鷲は再び前を向いた。話しやすいようにという配慮だろうか。

「しかし、反骨精神といいますか。辞めろと言われると、何故か辞めたくない。辞めなかったら先生も自分を見直すだろうか。そんな感じに思いまして、結局三年間続けました。」


「辞めたいと思っていた時期を、一度乗り越えると、人間は強いものです。なんとしてでも続けよう、先生を見返してやろう、そう思ってがむしゃらに練習しました。結局練習のしすぎで怪我をしてしまいスタメンになることはありませんでしたが、先生にあんな風にきつく当たられなければ、こんなにバスケットボールに打ちこむこともなかったと思います。ある意味では、体罰があったからこそ、今の私があるんだと思います。私は決して体罰に賛成ではありませんが、そういうケースもあると、知っておいてもらいたかったので、話させていただきました。聞いていただきありがとうございます。」




 結局、その後は何とも言えない雰囲気のまま、簡単な質疑応答や、ルールの再確認などが行われて、今回のコーチクリニックは終わった。


 帰り際に佐藤先生に良い話でしたと言われたり、大鷲先生にお前はドMなのかとか言われたりしたが、思った通りのことを言えたのは満足した。

 難しい問題だが、正解不正解があるわけではない。子供の扱いにマニュアルなんてないのだから。ただ、少しでも子供の気持ちを読み取り、それに合った指導をしていくことが、良い指導者への道だろう。そんな思いで、山岡大学を後にした。


別作品の連載を始めようとしています!

本当はこっちが終わってから書こうと思っていたんですが、かなり長くなりそうだったので、息抜きにそんなに長くないやつを、と思って。

そのため今回の更新から、こっちはちょっと更新ペースが遅くなると思います。



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