第三十一話
「ここで山神と上原投入か。」
「山神は分かるけど、なんで上原をここで出すんだ?あいつよりは矢代って選手の方が上手そうだけど…。」
練習試合で実際にマッチアップした柳が疑問を口に出す。
「ゲームメイクって点では、矢代の方が上手いかもしれないけど。」
五島が試合を見ながら答える。
「得点力では、圧倒的に上原の方が上だと思いますよ。」
交代が行われてから、直後のオフェンスで、上原はボールを持った。そして、一、二と前に出るステップでドライブを仕掛けるフェイクをしてマークマンを後ろにずらすと、即スリーを放った。
次のオフェンスでも、上原はスクリーンを使ってスリーを放つ。また次のオフェンスでも、一本目と同じようにドライブを仕掛けるフェイクから、上原が三本目のスリーを放った。伊藤が厳しくチェックに来ていたが、この三本のスリーを全て決める。84-82で、遂に大芸が逆転した。
「誰だあいつ!?」
「今年の大芸の一年、すげえ!」
大芸応援席を中心にギャラリーがさらに盛り上がり始める。上原は、涼しい顔をしながらディフェンスに戻っている。
「上原か…確か山岡県中学県大会準優勝チームのキャプテン。アベレージ15得点程度の選手だって聞いたが…。」
大河原が唸る。
「監督、俺あいつとチームメイトだったんですけど。」
不意にベンチに座っていた選手が言った。
「うん?」
「あいつ、確かに普段はそこまでスコアラーってわけじゃなかったんですが、決勝戦では50得点、FG70%を記録したんですよ。」
「何だって?」
とてつもない成績だ。
しかし、それは彼は得点力の浮き沈みが激しいという選手ということなのか。
それとも…ただ、普段は点を取りに行かないだけなのか。
「問題ない。伊藤なら止めてくれるはずだ。」
エースを、信じるしかない。
付属のオフェンスでは、赤迫がスリーを狙うも入らず、大芸ボールとなる。再び上原がボールを持つ。
ボール運びの時点で、すぐに伊藤が激しくプレッシャーをかける。上原はたまらずボールを浅井に渡した。
「ごめんね、もうシュートは打たせないからね。」
伊藤は上原がボールを持ってない状態でも、べったり付いている。
「さっきのはただのまぐれっすよ。」
「そのまぐれで負けましたって言う訳にはいかないから。」
伊藤は、あくまでも手を抜かないつもりだ。上原は、少し溜息をつき、足を止めた。
そして、一気に走りだす!ゴール下のスペースが空いていた。浅井が素早くパスを出す。
パアン!と伊藤がパスを弾いた。そのまますぐに拾い、速攻を仕掛ける。伊藤は、前を走っていた赤迫にパスを出す。しかし、これは浅井がスティールを決めた。
お互いにディフェンスに力の入った時間が続く。得点は大きく動かず、残り一分足らずで91-90。
「いける。奴ら、かなりバテてきてるぞ。」
大鷲が呟く。
そもそも付属は進学校で、バスケの練習に大きな時間を割けない。その分、スタミナに難点があるチームなのだった。
それは付属のエースの伊藤も例外ではなかった。上原はシュートは打たないまでも、ゴール下へのカットなどで走り続けて、かなり伊藤を消耗させることに成功していた。上原を厳しくマークすることを続けた結果、伊藤のそれまでのスピーディーなプレイは失われていた。
「十分、役割を果たしてくれたな。」
大鷲は満足そうに頷いた。
(足が重い…。)
上原は再びゴール下へカットした。
「またか!」
伊藤は追いかけるが、振り切られそうになる。必死に付いて行こうとした時、上原が急に方向転換し、コーナーへと走り出す。さらに、実充がスクリーンをかけて、伊藤の動きを封じた。そこに浅井からパスが入る。
(決められたら、四点差。落ちてくれ!)
上原はスリーを放つ。会場は静まり返って、誰もがボールの行き先を見つめていた。
伊藤の願いは届かず、ボールはリングに吸い込まれていった。残り三十秒ほど。大芸ベンチは勝利を確信した喜びの声を上げる。
「ここまでやってくれるとは、期待してなかったな。」
大鷲は驚きと喜びの半々が混じった顔を見せる。
大芸の選手たち、誰もが気を緩めたと言っていい。誰もすぐには気付かなかった。
伊藤が走っていたことに。
すぐにロングパスが入った。いち早く反応したのは浅井。すぐに追いかける。
(まだ走れる足があったのか…。しかし、そのスピードなら追いつける!)
浅井の足は、今の伊藤よりかなり速かった。反応は遅れたが、スリーのライン近くで伊藤のすぐ後ろまで追いついた。
ここで、伊藤は急ストップ。シュートモーションに入る。
「えっ!?」
浅井は伊藤にぶつかる直前身をよじってかわそうとするも、急には止まれずぶつかってしまう。伊藤の背中が、浅井に乗っかる形になった。
「うおおっ!」
伊藤が叫びながら倒れる。しかしその時既に、伊藤はシュートを放っていた。
弾道が低い。私、黒沢はこのシュートは外れると思った。しかしスリーショットが与えられるなら、まだ試合の行方は分からないな、と考えていた。
しかし私はその数秒後、今まで聞いたことのないような、まさに、会場が割れんばかりの大歓声を聞いた。
伊藤はシュートの行き先を確認した後、倒れたままガッツポーズを決める。すぐに付属の選手たちがのしかかるような勢いでやってきた。
「よっしゃあああ!!!」
「ナイシュー伊藤!」
「最高だぜ!」
付属の選手たちが歓喜の声を上げる。
弾道の低かったボールはボードにぶつかり、リングに吸い込まれた。スリーポイント成功、カウントワンスロー。四点プレーと呼ばれるめったに見られないプレーが、この決勝戦残り数十秒、四点差の場面で決まった。これで盛り上がらない訳がない。
伊藤は付属の選手たちに抱えられながら立ちあがった。浅井は俯いたまま、座り込んでいる。
「こらあッ!!!」
不意に大芸ベンチから大声が上がる。大鷲監督だ。
「まだ負けてねえぞッ!下を向いてんじゃねえ!」
必死の鼓舞だ。実際、今94-93で、フリースローが決まっても同点だ。付属のスタミナを考えれば、勝つ確率の方がずっと高いだろう。
選手たちがフリースローラインに集まる。伊藤は、何度かその場で屈伸を繰り返した後、ボールを貰った。
そして貰った瞬間、リングに向かってシュート。いや、ボールをぶん投げた。
ガアン!と鈍い音が響き、ボールは伊藤の真上に跳ね返り、それを伊藤が跳んでキャッチした。そしてシュートモーション。
「止めろお!」
大芸の選手たちは、まさに全員が伊藤のシュートを止めようと寄ってきていた。それを見た伊藤は、ゴール下の野山にパスを出す。野山は軽く、シュートを決めた。遂に付属が94-95と逆転した。付属の応援席からは歓喜の声、大芸の応援席からは必死の応援の声が聞こえる。
「ヘイ!」
山神がボールを呼んだ。すぐにエンドラインから実充がパスを出す。そしてボールを受けると、山神は恐るべき勢いで走りだす。
「止めろ!」
付属の監督の大河原が叫ぶ。しかし、付属の選手は既に足が動いておらず、山神はそのまま一人でボールをスリーのラインまで運んだ。
そこで山神の目の前に立ちはだかったのは、藤間。
「行かせねえ!」と藤間。
「行け!」と大鷲監督が言う。
(どうする…!?…あ!)
山神が選んだのは、逆サイドで走っていた谷川へのパス。完全フリーだった。
「だと思ったぜ!」
藤間が、飛び出してそのパスをスティール。そしてそのままボールをキープして足を止めた。
「赤ぁ!」
大鷲監督が叫ぶ。赤?おそらくファールゲームの隠語だろうか。すぐに谷川が、藤間に対してファールした。
しかし、藤間はきっちりとフリースローを決めた。その後も大芸は谷川のスリーなどで得点を狙うも、付属に追いつくことが出来ず、96-99で付属が優勝を決めた。
「面白かったよ。」
伊藤が山神に握手を求める。山神は一瞬戸惑いながら、握手をした。
「まだ春大会だろ?リベンジ、待ってるぜ。」
そう言ってさわやかに去っていった。
「自分が最強だとか、調子乗ってんじゃねえぞってことだよ。」
藤間も山神に声を掛けながら去っていく。
(俺のせいで…。)
山神は茫然と立ち尽くす。会場では、コートやベンチの片づけが始まっていた。
すると、山神の尻を誰かがひっぱたいた。
「いてっ!」
「じょぼくれてんじゃねえぞ。」
大鷲だ。
「こんなところで負けるのは初めてですってか?でもな、負けることは悲しいことじゃないし、恥ずかしいことでもないんだ。大事な大事な、経験だ。次に繋がるものだぜ。まあ、自分次第ではあるが。」
「…。」
「最後、パスしたことについては何も言わねえ。でもな、今日の試合で、自分の課題は分かっただろ?藤間に、感謝しとけよ。」
「…はい。」
「さあて、帰るぞ。夏の優勝目指して、吐くまで練習させてやるからな。」
大鷲はそう言って、歩き出す。大神は少し笑って、
「勘弁して下さいよ~。」
大鷲と一緒に、歩き出した。
春大会編をこんなに長くする予定じゃなかったので、急ぎ足で書いちゃいました。




