第二十五話 足の差
小倉と大賀がコートに入ると同時に、歓声が湧き上がった。ギャラリーはそんなにこの二人を待っていたのかと思いきや、歓声が二人に向けられたものではなく、隣のコートのプレイヤーに対してのものだった。
「すげぇ、あの15番ダンクしたぞ。」
「かっこいい。」
隣のコートでは翠高校と島上高校の試合が行われている。どうやらその島上高校の15番がダンクをしたようだ。遠目なのでよく分からないが、身長は180よりちょっと上ぐらいだ。試合は残り四分で、89-71で島上高校がリードしている。
「次の相手は島上高校で決まりかな。」柳が呟く。
「今はこの試合に集中しろ。」
44-50。負けているのはこちらだ。次の試合のことを考えている余裕はない。
試合は西商のスローインから再開した。ボールは田部から小倉へ渡る。
(やべえな…正直超疲れてるけど…。)
小倉は、ディフェンスの一人目を単純なインサイドアウトで抜く。そして、二人目をクロスオーバーで置き去りにした。
(最ッ高に気持ち良くなってきた!)
右サイドから一気にゴールまでドライブ。秋元がゴール付近でディフェンスに来るが、これに小倉はわざとタイミングを合わせて、シュートに行く。秋元の体と小倉の肩が激しく接触するが、小倉の体勢は崩れない。右手でボールを放った。
審判がディフェンスファールの笛を鳴らすと同時にゴールが決まった。バスケットカウントワンスローだ。
「分かったかよ、これがまともなバスカンの取り方だ。」
小倉は、宇野を睨みつけながら言い放った。
「何が言いたいんだ?」宇野も突っかかる。
「お前らのやり方じゃ、勝ち上がっていけるわけがないって言ってんだ。」
宇野は何も言わない。フリースローの為、選手たちがゴール付近に集まった。
小倉はボールを貰い、三回ドリブルをついてからフリースローを放つ。小倉のフリースローは外れた。植木がリバウンドを取る。
「俺達だって別に、やりたくてやってるんじゃないんだ。」
誰かがそう呟くのが、聞こえた気がした。
南北のオフェンスでは、小町がスクリーンに引っかかって、関がフリーになる。そこに宇野からパスが来て、関はスリーを決めた。これで連続三本目だ。
「ここで向こうのアウトサイドが当たり始めてきたのは、ちょっとまずいな…。小町もかなり足に来ているみたいだ。」
「いいハンデだと思いますけど。」
三谷が試合を見ながら、ボソッと呟いた。
また小倉がドリブルでプレスを突破する。コーナーに誘導するディフェンスを南北はしていたが、小倉はその逆をついて、見事にディフェンスを翻弄していた。ボールをフロントコートまで運ぶと、小倉は即スリーを放った。低い弾道だったが、ゴールは鈍い音を立てながらボールを吸い込んだ。これで49-53だ。
「乗ってきたぜ!」小倉が叫ぶ。
「一本、落ち着いて行こうぜ。」
宇野が南北メンバーに声を掛ける。どこか力無い声だった。そして宇野がふわっと出したスローインを、小町がスティールした。
「あっ!」
「このボケがっ!」熊代監督も叫ぶ。
小町はゴールから少し離れた位置。後ろから小倉がボールを要求する声が聞こえる。小町は小倉へすぐパスをしたが、ここも小倉がスリーを放った。このシュートは、外れる。
すると、コートを突き破るかのような音を出しながら、大賀が跳んだ。外れたボールは、まるで吸い込まれるかのように大賀の手中に。そして、大賀はそれをゴールへ直接叩きこんだ。
反射的に私は立ちあがった。それは西商ベンチ、全員も同じだった。ギャラリーは爆発的な歓声を上げる。日本人のプットバックダンクなど、そうそう見られるものではない。
「大賀の最高点のジャンプに、ピンポイントで外れたボールが来たって感じですね。もう一回やれって言ったって多分無理ですよ。」と、三谷は言う。
しかし、例え偶然だとしても、それをここで成功させたのは大きい。流れは、確実にうちに来ている。
(この試合、勝てるぞ!)
私だけではない。西商の部員、全員がそう思った。
「パスだ!」
西商の選手は全員足を止めていた。それを見て、宇野が走った。自ゴールには誰一人いない。すぐにロングパスが入って、宇野がレイアップを決めた。
「同じ二点だぜ。」
宇野は、やっと追い付いた田部の方向にボールを弾いた。
「そこで足を止めているようじゃ、俺達には勝てない。」
ここから残り一分まで、一進一退の攻防が続いた。小倉が連続でミドルジャンパーを決めると、植木が華麗なステップからフェイダウェイを決めた。大賀がファールを貰ってワンスローのみ決めると、宇野もファールを貰ってツースローをきっちり沈めた。両チームとも得点を重ね続け、64-65で西商一点ビハインドとなった。
両チームともタイムアウトは取らなかった。こちらからすると作った流れを切りたくないし、向こうからしても相手を休ませたくはないのだろう。選手たちに、残り一分間全てを委ねた。
「この一本は絶対外せないな。」
西商のオフェンス。ボールは小倉に預ける。彼は4Qの5分のみで11得点を上げている。
小倉はレッグスルーとショルダーフェイクを混ぜながら、マークマンの池原を揺さぶる。すると、田部をマークしていた宇野がダブルチームに来る!小倉は不意を突かれたが何とかボールをキープし、フリーになった田部にパスを出す。
これが、読まれていた。まだそんな足が残っていたのか、と思うほどの瞬発力でゴール下から植木が飛び出し、パスをカットする。そのまま自らボールを運ぶ。小倉はダブルチームを掛けられた状態で進路を塞がれ、帰れない。
植木の飛び出しを見ていた大賀が一番に反応して、全力で帰る。植木は聞こえてくる足音で不安を感じながらも、レイアップを放った。
このボールを、大賀がボードに叩きつける!…と同時に、植木の体も吹っ飛ばした。審判が笛を鳴らす。
「あっ。」と、三谷が声を上げる。
「どうした?」
「大賀、これでファイブファウルで退場です。」
「しまった…足がもう動きませんわ。ストップできなかった。」
大賀はベンチをつぶすような勢いで座り込んだ。
「これでフリースローが一本でも落ちてくれればな…。」
今の点差は一点だが、フリースローを二投決められると三点差となり、ワンゴールでは逆転できない。延長戦になれば疲労の色が濃い西商が圧倒的に不利だ。ここは外れるのを祈るしかなかった。
植木はフリースローラインでボールを貰い、バックスピンを掛けながらボールを落とし、キャッチ。そして二回ドリブルをついてから、シュートを放った。パスっと小気味良い音が聞こえ、ボールは綺麗にゴールに収まった。植木は息を吐く。かなり緊張しているのが見てとれる。
二回目のフリースロー。これを全員、固唾を飲んで見守る。
ガゴッ!とボールはリングにぶつかる。外れてくれ、と祈るもこのボールはリングの上を何度か跳ねて、ネットをくぐった。
三点差。残り40秒。スリーを狙うか、二点確実に取ってファウルゲームに持ち込むか、その判断は選手たちに任せた。
再び小倉にボールが渡る。すかさずダブルチームが来るが、ここは落ち着いて田部に戻す。田部はシュートフェイクをしてディフェンスを引き付けてから、小町にパスを出した。すぐにヘルプが寄ってくる。
しかし小町はそのクイックリリースでスリーを放った。ヘルプに来た冬元の手も届かず、ボールはゴールへ向かう。
このスリーは、入らない!しかしリバウンドは能勢が取る。ゴール下で一対一の状態だ。能勢なら二点確実だろう。…と思っていたが、能勢は外にパスを戻すことを選択。ボールは田部に渡る。田部のマークマンはずれたままで、フリーの状態だった。
「打てっ!」
柳がベンチで叫んだ。田部はボールを構える。
一歩目の瞬発力。それは南北の練習が生んだものか彼の勝利への執念が生んだものかは分からないが、宇野が、この日一番のスピードで田部にチェックに来た。
「こっちだ!」
小倉が、田部の後ろに走り込んできてパスを要求する。田部はシュートのモーションから、後ろにボールを投げた。小倉はそれをキャッチし、ワンドリブルしてから、スリーを放った。
※プットバックダンク…オフェンスリバウンドを取り、それをそのままダンクでゴールすること。
ショルダーフェイク…ボールを特別には動かさず、肩の動きでディフェンスを揺さぶるフェイク。




