第二十二話 平面の闘い
会場の気温はどんどん上がってきているようだった。外が異常な快晴ということが大きいが、バスケットボールの試合が行われる会場は、外の光が選手たちのプレーの邪魔にならないようにカーテンや扉などは基本的には閉め切るのだ。中には所狭しと人が集まっているし、コートでは選手が走りまわっている。これで気温が上がらないわけがない。試合を見ているだけの私も汗をかいてきた。
「メンバーを替えよう。柳が既に2ファウルだ。柳を替えて田部を入れる。あと、五島と小町、能勢と中野を替えよう。大賀と小倉はまだいけるだろ?」
「もちろんいけます。」スポーツドリンクを飲みながら小倉が答える。
「田部一人でボール運びをするのは難しいだろうから、小倉は上手くサポートしてやってくれ。向こうのディフェンスは、シュートが入ったらオールコートプレス。外れたらゾーンをしてくる。ゾーンの時は小町と田部のスリーで攻めよう。」
「了解っす。」
小町は汗一つかかず、涼しい顔をしている。試合に出てないというのもあるが、こいつには汗腺がないのかもしれない。
「向こうはハーフコートオフェンスではほとんど点が取れてないんだ。気をつけるべきなのは、ターンオーバーからの速攻を許すこと。それさえさせなければ勝てるだろう。」
南北高校の選手に得点力がないというのは救いだった。1Qではフリーのゴール下シュートを外す場面すらあったことから、ディフェンスに特化したチームなのだろう。
2Qの開始を告げるブザーが鳴る。
(公式戦でちゃんと使ってもらえるなんて、初めてだ。)と田部は考える。
彼は小学校からずっとバスケを続けているが、スタメンになったことは無く、プレイタイムすらほとんど無かった。公式戦に出たのは、三年の引退試合ぐらいだった。
理由は、身長が非常に低いこと。さらに…。
(ミスしたら、どうしよう。南北のディフェンスか…。怖いなあ。)
プレッシャーに非常に弱いからだ。
2Qは南北ボールから始まった。
南北は、このQからオフェンスの形を替えてきた。今まではドライブからの合わせがメインだったが、トップと四十五度で、パスやドリブルスクリーンを繰り返して、とにかく走り続ける。
24秒計が残り十秒になったところで、宇野がパスフェイクから仕掛ける。田部は一歩で抜かれた。
「おい!」大賀が叫ぶ。
宇野は大賀のディフェンスを引き付け、植木にパスを出す。中野がヘルプにいったが、植木はフックシュートを決めた。
「ディフェンスだ!」
再び南北はオールコートプレスをかけてくる。田部がボールを貰い、あっさりと宇野を抜いた。宇野は遅れながらも横から付いてくる。
サイドラインぎりぎりの位置からハーフラインを渡った直後、宇野と関がダブルチームを仕掛けてきた。横にも後ろにも行けない。
(しまった…!誘い込まれた!)
「パスだ!」小倉が呼ぶ。
しかし、宇野がボールをスティールする。そのまま速攻を決めた。
「ガンガンいくぞ!」宇野はチームを鼓舞する。彼らの足に、疲労は見られない。
「小倉、運べ!」
そう指示を出す。小倉のハンドリングとスピードはガードとしても十分通用する。おそらくその能力は本職がガードの田部より高いだろう。ゲームメイクが出来るわけではないが…。
小倉はマークマンの池原に体をぶつけながらも強引に抜いていく。ハーフライン前で冬元がヘルプに来ると、フリーになった中野にパスを出した。
「あっ!」
しかし、中野がこれをファンブル!ボールを地面に落としてしまう。すぐに拾おうとしたが、植木が滑り込んでこのボールをキープする。
「ナイスハッスルプレイ!」南北ベンチが盛り上がる。
続く南北は、植木がハイポストからドライブを仕掛ける。ゴール下でストップして反転、フェイダウェイを放つ、ふりをしてまた止まった。
これに大賀が反応してブロックに跳んでしまい、体がぶつかってファウルをとられる。植木が放ったシュートは外れて、2スロー。これをきっちり決めてきた。
「大賀、手を上げておくだけでいい!ブロックは意識するな!」
身長差があるのだから、これだけで十分プレッシャーになる。ファウルトラブルだけは避けたかった。
流れは変わらない。田部と小倉がスクリーンを使って運ぼうとするも、スクリーンが来た瞬間南北ディフェンスは迷わずダブルチームを仕掛けてきた。パスを出そうとすると、他の選手がパスカットに出てくる。迷っているうちにボールを取られ、ターンオーバー。また速攻を決められる。黒沢はここでタイムアウトを取った。
14-17。まだ西商はシュートを打ってすらいない。
「柳を戻す。柳はファウルをしないように、ボール運びに専念してくれればいい。あと、ドリブルだけで運ぼうとするんじゃなくて、パスを繋いでいく意識で行こう。」
遅すぎる交代でなければ良いのだが。立体の勝負で勝てても、平面でこれだけ負けていれば勝負にならない。嬲られるだけだ。
柳達がコートに戻る。
田部は茫然と俯いている。もう、試合で何が起きたのかよく覚えてないかもしれない。プレッシャーに弱い選手は、もともと気弱であったり、過去に失敗体験がある選手に多い。彼をこんな大事な場面で出してしまったことが、今後に影響を残してほしくはない。
「気にするな。人は失敗を続けて成長していくんだ。今日の失敗は、必ず次に繋がる。」
田部は俯いたまま「はい。」と言った。そして、「分かってます。」と顔を上げる。
私は彼を勘違いしていたかもしれない。身長が低く、どこか頼りない雰囲気だったため、勝手に気弱で、このまま塞ぎ込んでしまうのではないかと思っていたが、田部の顔を見るに、決してそんなことはなかった。彼の眼は、凛とした輝きを持っている。
「よし。」
「後半、また出すからな。気持ちを切らすなよ。」
「はい。」
柳は、決してスピードのある選手ではない。では何故こんなにディフェンスの強い南北をも抜いていけるのか。
それは、彼は緩急をつけるのと、相手の重心移動の逆をつける才能を持っているからだろう。
ディフェンスが足を止めた瞬間にスピードを出す。逆に相手が素早く反応した時には行かない。または、左に反応すれば右。右に反応すれば左に抜いていく。そうして、見事に南北のディフェンスを避け続けていた。
しかし柳のマークマンの宇野も並みのディフェンスではなかった。身長は160cmしかないが、筋肉質の体をしていることがユニフォーム越しからでも良く分かる。
柳の揺さぶりに対しても徐々に反応してきているようだった。
柳がハーフ近くまで運んで、小倉へとパスを繋ぐ。小倉のドライブインから、小町へのパスアウト。素早いリリースでゴールを射抜く。2Q初めてのゴールが決まった。
ここからは均衡状態が続いたが、残り三分で大賀のオフェンスリバウンドからのゴールが決まると、徐々にシューター陣も勢いが出てきて、小倉のミドルや小町のスリーが決まり始めた。南北は、ファウルを誘いながらシュートを狙い、フリースローは全て決めてきていた。
ここで西商は能勢を再投入する。アウトサイドシュートを警戒させながら、インサイドの能勢や大賀で得点も狙う。中へのパスは全力でカットを狙ってくるので簡単に点を取ることはできなかったが、28-25と3点リードで前半を終えることができた。
ハーフタイム。コートは次の試合のチームがアップに使っている。休憩の時間ではあるが、全員滝のような汗をかいている。春だとはとても思えない状態だ。
「三谷、全員のファウルの状況を教えてくれ。」
三谷は怪我の為スコアラーをやらせている。三谷によると、柳が三つ。小倉が二つ。大賀が二つ、小町に一つだった。主力選手にばかり集中してきている。向こうがそれを狙ってやっているのは明白だった。
「柳はファウルをこれ以上するな。ディフェンスでは少々抜かれても構わない。そこは全員でカバーだ。あと、ファウルしても向こうの選手はフリースローが上手いからあまり意味がない。手だけ上げてプレッシャーを与え続けよう。」
「大丈夫だよ監督、俺は退場なんてかっこ悪いことしないって。だってさ、俺、見えたんだよ。」柳は何故か楽しそうだ。
「何が?」
「あの南北のベンチ側の二階席にいる女の子。超可愛いよ。俺、ハートがアンクルブレイクされちまった…。」
「馬鹿野郎。」
とりあえずゲンコツを入れておく。アンクルの意味を辞書で調べとけ。
しかし、そんな余裕があるなら確かに大丈夫かもしれない。後半に期待しよう。
さすがに一話で1Qのペースは遅いですか?
これからはもう少しテンポよく書いていきたいと思っています。




