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西商バスケ部監督物語  作者: のぶし
まとめ
3/99

1~8話まとめ

「ここが山岡県立西商業高校か。」

 校門の周りには桜が咲いている。校門をくぐると、すぐに駐車場があった。適当なスペースに車を止める。

 グラウンドから元気な声が聞こえる。おそらく野球部だろう。確か、ここの野球部は去年甲子園に出場したと聞いた。なるほど素晴らしいエネルギーを感じる。

 季節は春だが、まだ少し肌寒い。足早に来客用の入り口まで移動した。

 今日から、私の職員生活が始まるのだ。


「あなたが黒沢信吾君ですか。よく来てくれました。私は校長の土師といいます。」

「お見知り置きありがとうございます。今日からこの西商業高校に努めさせていただく黒沢です。よろしくお願いします。」

 校長は豊かな白ひげを蓄え、薄い目でにこやかな表情を作っていた。その風貌はとあるファストフード店のマスコットを思わせる。

 学校に入るとすぐに校長室に案内された。校長室には様々なトロフィーや賞状が飾っており、すこし重々しい雰囲気を感じて緊張したが、校長の柔らかな雰囲気がすぐそれを打ち消してくれた。

「まだ寒いですが、グラウンドの方が元気ですね。先ほども野球部の元気な声が聞こえていました。」

「そうでしょうそうでしょう。我が校の野球部は強豪ですからな。…野球がお好きなのですか?」

「まあ、少しは。」

「そうですか。スポーツはいいものでしょう。我が校は野球部だけでなく、バレー部も去年は県大会準優勝です。他に、ソフトボール、陸上、卓球、テニスなどでも県内で優秀な成績を残しております。公立高校としては、誇らしい限りです。」

「存じ上げております。部活指導に力を入れているのだなと思っておりました。」

「ええ。…しかし、我が校にもずっと弱小の部活があるのです。あなたには、そこの顧問になっていただきたいと考えているのです。」

 初耳だった。私はこの高校に来る前は山岡県内の中学校で三年程教えていたのだが、部活の顧問などあまりやる気がなかった。しかし一応人手の問題で、活動の少ない美術部の副顧問をやらされていた。そんな私が、何かの部活の顧問としてスカウトされたのか?そんなこと、考えもしていなかった。

「私が部活動の顧問に?…ええと、それは一体何部なのですか?」

 校長は、細い目を一層細くして言った。

「男子バスケットボール部です。」



「私の名前は黒沢信吾。二十五歳だ。市立南山中学校から転任してきた。バスケットボールは小学校の頃からやっていた。君たちもいきなり先生が変わって困ることも多いかもしれないが、私はこのチームを本気で強くしたいと思っている。君たちも強くないたいと考えるなら、私についてきて欲しい。以上だ。」

 ここは体育館。私の周りには、総勢十人のバスケットボール部員達が並んでいる。

 一人は隣のコートで活動している女子バレー部を横目でチラチラ見ている。

 もう一人は俯いたまま、寝ているようにも見える。

 ある二人は、こづき合いながら、口喧嘩をしているように見える。

「聞いているのか?」

 怒りのこもった口調でそう言うと、一人が元気よく声をあげた。

「はいはーい!聞いております!ええと、南山監督でしたっけ。」

「黒沢だ。」

「えっ?黒沢って名前なんですか?」

「黒沢は名字。名前は信吾だ!」

「じゃあ南山監督って誰ですか。」

「こっちが聞きたいくらいだ!南山は私が前いた中学校の名前だ。」

 すると、部員達が一斉に笑い始めた。

「何言ってんだよヤナ!」

「ジョークに決まってるっしょ!ね、南山監督?」

「ヤナ、だから違うって!話聞けよほんと!」

ヤナと呼ばれた部員がさらにはやし立てる。笑い声は止むことなく、部員達は私がここにいることなど知らないという様子で世間話さえし始めた。

「黙りなさい。」

 笑い声は止まらない。

「そういえば黒沢って言えば昨日タレントの黒沢がテレビ出てたな!」

「あ、それ俺も見た!超おもろかったよな!」

「それ僕も見ましたよ!刑事ドラマでしょ?」


「黙れ!」


 声を荒げると、部員達は一斉に話を止めた。

皆ばつの悪そうな顔をしている。しっかり私の顔を見ているのは半数もいないようだった。俯き加減で、なにやらぶつぶつ呟いている部員もいる。

「まず一人ひとり自己紹介してもらいたいところだったが、気が変わった。私は帰る。あとは適当に練習しておいてくれ。」

 そう言って、振り返りもせずに教官室に入った。


 体育館には、校舎についている教員室とは別に、主に体育教師やスポーツ部の顧問が利用する教官室という部屋がある。数学の教師としてこの学校に来た私だが、バスケットボール部の顧問ということでこの部屋にも机が与えられている。

 憮然とした表情で腰を乱暴に下ろし、ため息をついた。すると、前の席に座っていた女性教員から声をかけられた。

「黒沢先生。」

 中性的というか、かなり男前な顔をした人だった。最初、ジャージ姿の彼女に会った時は男性だと勘違いした。彼女は佐藤奏という名前で、体育教師であり女子バスケットボール部の顧問でもあるという。

「随分声を荒げていましたね。どうされたんですか?」

「ああ、部員が随分といい加減な奴らで、人が話している最中にも騒ぎ始めるんですよ。こんなこと、私が高校の頃にしたらぶん殴られていましたね。」

「そうでしょうね。一応私も女バスの顧問ですので、先生が来るまでは私が彼らを指導することもあったんですが、もう、練習になんかなりませんよ。練習を始めて三十分後には部員が座り込んだり、部室に帰ったりしてるんですもの。」

 彼女はそう言って笑ったが、私にとっては笑いごとではない。そんな荒れている部とも聞いていなかった。

「あの子達を指導するのは大変だと思いますよ。ところで、練習を見なくていいんですか?」

「ええと、これは僕が高校の頃の先生がよくしていたんですが、頭ごなしに怒るのではなくて部員達に反省させる時間を与えるんです。僕たちも練習中に熱くなって喧嘩をすることもあったんですが、それが先生に見つかると、先生は怒って帰ろうとするんです。先生が帰りそうになると、喧嘩してた奴らが必死でそれを止めに行くんですよ。それで、先生が説教して、練習再開。そうすると喧嘩してた奴らも互いに謝ったりしていて、良い雰囲気で練習できるんですよね。」

 今でも覚えている。私は山岡私立大芸高校というところのバスケ部に入っていた。男バスの監督の先生、大鷲先生が授業の関係でまだ来ていなかった時の練習中の話だ。ゲーム形式の練習中にある選手が非常に自己中心的なプレイばかりしていたのだが、そのことで私と彼が口論になって、彼が掴みかかってきたのだ。その様子は隣で練習していた女バスの監督から男バスの監督へと伝わり、監督は体育館に来るなりこう言った。

「今日は何か揉め事があったそうだな。誰と誰の間で何があったのか、言ってみろ」

 しかし、私も彼も何も言わなかった。別に先生が見ていたわけではないし、怒られたくないと思ったからだ。

 少しの間があった。そして、先生はおもむろに溜息をした。

「もういい、今日はもう帰る。あとは適当に練習しておけ。」

 そういって教官室に戻って行った。部員達は顔を見合わせ、「おいどうする」、「練習始めるか?」、「いや先生に謝りにいくべきだ」などと騒ぎだした。誰かがテストで赤点を取るとその日から一週間ひたすらきついランメニューをさせるような先生だ。あったことを正直に話したら、何をされるかわかったものではない。

「正直に言おう。おい、黒沢。行こう。」

 そう彼は言った。私も少しためらったが、そうするべきだと考えて教官室に入った。

 先生は椅子に座って待っていた。帰り支度などをしている様子はなかった。そして二人の間にあった事と、それを隠したことを謝った。先生は何も言わず立ち上がり、再びコートに出た。そして部員達に話し始めた。

「お前たちに伝えたい事が二つある。一つは、怒るのは俺の役目だということだ。お前たちも本気でやっていればぶつかり合う時もあるだろう。しかし敢えて言う。怒るな。それは俺がするんだ。お前たちは感情的になるんじゃない。俺のいない時に何か気に入らないことがあったなら、納得するまで話し合うんだ。部員全員でだ。練習を中断しても構わない。二つ目は、俺とは隠し事はしない、という約束をしてほしい。揉め事は真っ先に俺に言え。体に痛いところがあったら正直に言え。家庭内の問題でも何でもいい。俺に相談しに来てほしい。必ず力になるから」

 良い先生だったと今でも思う。そして私たちのチームは、この年全国大会へと進んで、ベスト8まで進んだ。


「黒沢先生は大芸出身でしたね。強豪の監督はすることが違いますね。」

「ええ、監督から学んだことを少しずつでもうちの部員達に伝えていきたいと思います。」

「でも、部員、来ませんね?」

 そうなのだ。こうして話している間にも、部員達が謝りに来るだろうと思っていた。しかし、誰も来ない。言われた言葉通りに適当に練習しているのだろうか?

「もしかしたらもう、帰っているかも。」

 不安になった。佐藤先生の言うとおりかもしれない。そっとカーテンを開けて、コートの様子を見てみた。



 我が西商業高校のバスケ部員は全員で十名。去年の新人戦では地区予選の二回生で敗退…。黒沢監督は名門大芸高校の部員だったそうですな?向こうの大鷲先生とは私も親しくさせてもらっていますが、黒沢先生は素晴らしい部員だった、彼は良い指導者になるでしょうと言っていましたよ。私もとても期待しています。とりあえず、次の夏の大会では県大会ベスト8ぐらいを目指してもらいと思っております。大丈夫、部員達もちゃんとした指導者がいれば力を発揮できる子達ばかりですから…。


 校長先生は赴任当日にそうおっしゃっていた。私もその期待に応えたいと考えていた。しかし、この現実はどうだ。先生がいなくなっただけで、部員が半数まで減っている…。

 窓越しに見たのは、五人の部員が好きに練習している風景だった。シュート練習をしている者や、1on1の練習をしている者もいる。

 こんなチームで勝てるのか?私は先ほど部員達に言い放った言葉も忘れてコートに出た。


「どうも、先生。」

 ドアを開けた瞬間に声を掛けられた。すぐ隣に部員が座っていたらしい。

「…何をしているんだ?」

「僕は怪我してるんで練習できないんです。」

「そ、そうか…。他の部員はどこに行ったんだ?」

「多分部室に行ってますよ。サボり癖のある奴らばっかなので。」

 県大会ベスト8を目指せと言った校長の顔が浮かび上がる。何だこれは。無理だろ。

「自己紹介しますね。僕は三谷寛太。うちの部で唯一の三年生です。さっきも言った通り怪我しちゃってて。もう事実上マネージャーみたいなものですね。」

 ただでさえ少ない部員。しかも怪我人までいるのか…。

「とりあえず、他の部員達のことを教えてもらえるか?」

「ええいいですよ。まず二年生から言っていきますね。」


 まず、PGの柳良太。ヤナって呼ばれてて、部室に行った組の一人ですね。身長は167cmで、ハンドリングとパスのセンスはとびきりです。派手なプレーが大好きな奴です。足はそんなに速くないんですけど。

 次に、SG/SFの小倉心。珍しいでしょ、男でこころって名前も。皆からもこころって呼ばれています。ほら、そこでシュート練習している奴で、身長は177cmです。彼はハンドリングとミドルシュートがとても得意で、ドリブルからのストップジャンパーが武器です。パスも出せる能力はありますが、イライラしてくるとひたすら1on1を仕掛け始める困った奴ですね。

 PFの大賀大河。184cmで、一番ゴツイ奴です。タイガって呼んでます。身体能力が高くて、ゴール近辺では非常にフィニッシュ力がある選手ですね。ディフェンスも得意です。ただ…さっきのこころとは仲がめっちゃ悪いです。お互いにパス出そうとしないんですよね。

 あとは、SFの中野新太郎、178cmです。シンタローって呼んでます。高校からバスケを始めた奴で、運動能力は高いんですけど、スタミナはあんまりないですね。リバウンドへは積極的に飛び込んでいきます。

 他の一年生はどんなプレイヤーなのかは分かりませんけど、とりあえずポジションと名前と身長を言っておきますね。


 G、小町啓介 172cm

 C、能勢球児 186cm。岡山市選抜の選手だそうです。

 G、田部安秀 160cm

 G、五島正弘 170cm

 C、藤原さとし 180cm


「以上です。」

「ありがとう。とりあえず、部員をもう一度集めてこないとな…。」

すると、教官室のドアが開いた。

「黒沢先生、お電話です。」


「おう、元気にしとるか!」

 電話口からは愉快そうな声が聞こえてきた。

「大鷲先生ですか?お久しぶりです!」

「お前、西商業高校で教師になったんじゃろ?しかも、バスケ部の顧問になったって聞いたで!」

「ええ、お陰様で…。先生も元気そうですね。」

 大鷲先生は今年で60歳になるはずだ。どこからこんな元気な声が出るのだろうと不思議になる。

「おお、すこぶる元気じゃわ。うちの部員達にエネルギーもらっとるからな。…そんで、西商とうちで練習試合をしようと思ってな、今日電話かけたってわけよ。」

「えっ…うちと?もう春大会がすぐそこですよね。しかも大芸みたいな強豪がうちみたいな弱小と?」

「大丈夫、その日は一年しか連れて行かんから。俺も一年の能力は見てみたいし、お前の采配も見てやるわ。」

「はあ…。」

 新年度になって初めての大会は、春大会と呼ばれている。この大会では優勝しても全国に行ったりするわけではないが、ここで良い順位を取っておくと夏の大会の組み合わせが有利になる。それが、既に二週間後に迫っているのだ。

「次の土曜日でいいか?体育館は使えるよな?」

「ええ、午後なら使えます。」

「なら、良し!その時間に行かせてもらうからな!ほんじゃな!」

 そう言って電話は切られた。まだするって言ってないじゃん…、しかし、そういった強引なところも高校から変わってないところで、懐かしく感じた。

 次の土曜日。つまり三日後だが、そこまでの間にどれだけこのチームをまとめられるだろうか。一年主体といっても、おそらく大芸高校の一年ならば中学の頃の市選抜や県選抜選手が多くいるだろう。勝つのは難しいかもしれないが、監督を始めて初の試合だ。少しでも実のある試合にしよう、と思った。



 とにもかくにももう一度部員を集めて話し合うべきだ。部室に行ってしまった部員は、柳、小町、五島、藤原の四人だと聞いた。練習試合はまでもうほとんど時間がない。

 三年生の三谷に部室まで案内してもらった。彼は松葉杖をついて歩いていたので他の部員に頼んだ方が良いと考えたが、「他の部員の練習の邪魔をしたくないし、別に歩くのがつらいということはないですから。」と三谷が言ったので、案内役は頼むことにした。


 部室は一分程度歩いたところにあった。ドアの傍に立つと、中から愉快そうな声が漏れているのが分かった。一応ノックをしてから、ドアを開いた。

「あれ、先生。帰ったんじゃないですか?」

真っ先に反応したのは確か先ほどヤナと呼ばれていた男だ。半笑いの顔をこちらに向けてくる。

「確かに帰るとは言ったが、気が変わった。もう一度体育館に集合しなさい。」

「えーっ。」

「なんだよそれ…。」

「眠いんだけど。」

 部員達は口ぐちに文句を言っている。誰もすぐに動こうとはしなかった。

「三谷、お前から何か言うことはないのか?」

 三年生の方が監督より発言力がある、という部もあるはずだ。そう考えたが、彼は笑顔のまま、「いや、僕はこいつらの好きにやらせてますから。」と言って立っているだけだった。

「いいから!早く体育館へ来るんだ!」

「はーーーい。」

「ちょっと待って、バッシュどこいった?」

「十分寝かせて。」

 やはり動こうとしない。すると、後ろから急に大声が発せられた。

「おい!お前ら練習だ!早く体育館に戻れ!」

 二年生の大賀だった。私よりずっと大柄で、低い声を発する彼はかなりの威圧感を放っている。彼は部室の部員を一通り睨んだのち、「いいな!」と叫ぶとくるりと向きを変えて帰って行った。

「はいはい。」

「オヤジには逆らえませんわ…。」

「目ぇ覚めた。」

などと言って、次々に部室から出始めた。私などいなかったような素振りで。




 …なんなんだ。私の何が行けないんだ。


 あれか、私の身長が160ちょっとしかないのが悪いのか!




 黒沢信吾、彼もまた身長にコンプレックスを持ち続けてきた人間の一人である。



「よし、皆集まったな。今度は騒ぐんじゃないぞ。発言する時は手を挙げるんだ。」

「先生ってなんか教室の時と雰囲気違いますよね。」

 そう言ったのは一年の五島だった。私は彼のクラスの副担任を務めている。大鷲先生の影響を受けているのだろうか、確かに授業中はにこやかに生徒に接しているが、今は常にしかめっ面をしている。

「言ってるそばから要らんことを言うんじゃない。えー…本来ならもっとしっかり練習させて、その姿を見て君たちがどれだけの選手なのかを見ていきたいと思ってたのだが、ごたごたしたせいで時間があと三十分しかない。なので、十分はアップの時間にして、残り二十分で紅白戦をしたいと思う。それが手っ取り早いと思うからな。」


 本来なら、平日はまずバドミントンが三十分練習して、そこから男バスと女バスが練習する。その練習する時間が特殊で、偶数の日は男バスが二時間半使って女バスは一時間半使う。(男バスが一時間オールコートで練習できる。)そして、奇数の日はその逆という形になる。ただ、今日は奇数の日だったが、三十分だけ女バスに無理を言ってオールコートを使わせてもらうことにした。


「紅白戦?ええと先生、今バスケ部は僕が怪我してるんで全員で九人しかいないんですよ。一人足りないじゃないですか。」

「その穴は私が埋めよう。ふふ、お前らは私のことをただのチビのおっさんだと思っているのかもしれないが、私は大芸高校のバスケ部にいたんだ。お前らに引けを取らない自信はある。」

 おお、と部員達から声が漏れた。大芸高校は山岡県で何度もインターハイに出場している強豪だった。山岡県のチームは皆大芸高校を倒すことを目標にしていると言っても過言ではない。これで部員達も私のことを尊敬してくれるだろう。

「あの身長で…。」

「マネージャーだったんじゃないか?」

「先生はスタメンだったんですか?」

「…いや、ベンチウォーマーだった。試合には一度も出してもらえなかったけどな…。」

 しまった、いらないことを言った。部員達から「なるほど…。」という空気が流れ始めている。その場を取り繕う様に大きな声で言った。

「Aチームが私と二年生。Bチームが一年生だ!さあ、早くアップを始めるぞ!」




「…なあ。」

「うん?」

 ストレッチをしている最中に、小倉が柳に声を掛けた。

「大芸高校の部員って四十人ぐらいいるよな?」

「あー、いっつも観客席にもたくさんいるな。それがどうしたって?」

「いや、あのおっさん。あの身長でベンチに入ってたってだけでも、結構すごいんじゃねぇか…?」

「いやあ…、うん、雑用係とかそんなんじゃね!?」

 柳は軽口を叩いたが、すぐ真面目な顔になって言った。

「…まあでも、あのバッシュを見たら相当練習したんだなってのは分かる。」

 黒沢が履いていたバッシュはもうボロボロで、使える限界の状態のようだった。



「アップ完了したな、じゃあ始めるぞ!」

 黒沢がコートの中央で号令を掛けた。


二年生チーム

黒沢 163cm

柳  167cm

小倉 177cm

中野 178cm

大賀 184cm


一年生チーム

田部 160cm

五島 170cm

小町 172cm

藤原 180cm

能勢 186cm


 試合は1Q8分で、休憩2分を挟んで2Qやる予定だ。タイマー、得点は怪我をしている三谷に任せている。

 とりあえず三年生チームを集めて指示を出す。

「いいか、俺は積極的に攻めるつもりはない。あくまでお前らのプレーを見るためにここにいるんだ。本気を出せよ。」

「分かってますから。よゆーっすよ、よゆー。そこそこやりそうなのは能勢ぐらいでしょ。…大賀、止めろよ~。」

 柳が大賀の背中を叩く。

「一点も取らす気はない。」

 その言葉を聞くと、小倉が大賀を睨んだ。

「言うじゃねぇか。じゃあ、一点でも取られたら腕立て三百回な。」

「俺はお前が一点も取れなくて泣いてしまうんじゃないかと心配してる。」

「…はぁ?誰が泣くって?」

 小倉が今にも大賀に掴みかかりそうな雰囲気を出した。それを中野が制する。

「やめろってこころちゃん、オヤジさんも落ち着いてくれよ。始めようぜ。」

 中野、良い奴だな…。とにかく時間もないので、始めることにした。

「ボールは私が上げよう。」

 両Cがポジションをとる。

「先に言っておく。怪我するようなプレーだけはするなよ。」

そしてタイマーの三谷からの合図に合わせてふわっとボールを上げた。



 ジャンプボールに勝ったのは能勢だった。大賀もかなりの跳躍を見せたが、能勢の腕が少し上をいった。

(腕長いなコイツ!)

 大賀は能勢の腕を見たが、膝の近くまで届いているのがわかった。身長以上に高さを感じる。


 そのまま田部がボールを運び、すぐに能勢がローポストで面を張った。そこにパスが通る。

 注目の一年生のポストアップだ。皆、その動きに集中した。その刹那、逆サイドのコーナーから小町がゴール下に飛び込んできた。能勢は長い腕を生かして大賀の上から楽にパスを通す。小町がシュートを決めて一年生チームが先制した。

「小倉ァ!」

「分かってるようっせーな!」

 大賀と小倉の間でいきなり火花が散り始める。

(完全に視線の裏から動かれた、くそが…!)

「一本とられただけでそんな怒んなって~。」

 柳が半笑いでボールを運ぶ。八秒たっぷりかけて相手コートに入った。

「こころちゃん、任せた。」

「…オウ。」

 そう言って小倉にパスをする。そして皆、コーナーや小倉の逆サイドである左サイドに寄った。


 …アイソレーションだ。


 小倉はマークマンの小町の前でドリブルを始めた。そのボールのつき方だけで、彼がかなりのボールハンドラーであることが分かる。

「やり返してやるよ、小町。」

 小倉の右手からインサイドアウト、からのクロスオーバー!小町は反応できずあっさりと抜かれる。そしてフリースローラインからストップジャンパーを沈めた。

「なんじゃ、たいしたことないディフェンスじゃな。」

 小倉は笑いながら自コートへ戻る。

 小町は普段と変わらぬ、半開きの目をして能勢を呼んだ。


「能勢っち、ちょっと来て。」

「え、何?」

「ごめん、俺じゃーあの人は止められないっす。ヘルプ頑張って欲しいっす。」

「う、うん。ごめん。」

「謝んなくていいっすよ。」

「うん、ごめん。」


「おっけー気にすんな!取り返すぞー。」

 一年で声を出しているのは田部だった。身長が部一小さい彼だが、ドリブルもそれほど上手くないように見える。再び能勢のローポストにボールが入る。そこでドリブルを二回ほどついてから、ターンしてフェイダウェイの体勢に入った。

「うたせねぇよ!」

 大賀がブロックに飛ぶ。完璧なタイミングだった。そしてシュートは…ブロックの腕の横を通り抜けた。

「…は?」

 ゴール下でリバウンドの準備をしていた小倉が声を出した。能勢が放ったのはシュートではなく、パスで、そのボールを逆サイドのコーナーのスリーポイントラインで待っていた小町がキャッチする。

「ナイスパス。」

 小町のシュートはジャンプと同時に放たれ、ゴールに吸い込まれた。

 特殊なモーションだ。黒沢は、あれはブロックし辛いフォームだと、小町のシュートフォームを見てそう思った。異常なクイックリリースだ。


「取り返したるわ!」 

 何が言いたげだった大賀を尻目に小倉は自らボールを運んでそのまま突っ込む。小町を難なくかわし、ヘルプに来た能勢の目の前でストップしてシュートの構えを見せた。能勢はつられて飛んだが、小倉はそのままステップインしてスタンディングレイアップを放った。

 ガァン!と大きな音が鳴った。小倉のレイアップを、能勢がブロックしてボードに叩きつけた音だった。

(さっき飛んだんじゃねぇのかよ!)

 そのまま一年生チームの速攻だ。先頭を走っていた五島にパスが渡る。

(こいつ…速え!)

 五島は柳、大賀を振り切る。中野がゴール下で待っていたが、手前でフローターシュートを綺麗に決めた。


「なかなかやるじゃん、一年のくせして。」

 柳の顔から半笑いが消えた。ゆっくりしたボール運びではなく、スピーディーにドリブルをついていく。

「俺が決めてやるよ!」

 柳はボールを運ぶや否や即スリーを放った。


 しかしボールはリングにも当たらずにコートの外に出て行った。




 試合の流れを掴んだ一年生チームは五島の1on1や能勢のアシストを中心に点を決め続けた。二年生チームは小倉のドライブと大賀のポストプレー中心に点を取るものの、スコアは1Qを終えて20-13と、七点差をつけられていた。

「俺達、一年生に100点ゲームやられるくらい負けてるぞ。」

柳は茶化すように言ったが、大賀と小倉は二人とも黙っている。一年にやられていることに落胆しているようだった。

「そんな落ち込むなっての!」

 柳は皆を元気づけようとしているようだが、小倉にはそれが気に障ったようだ。

「じゃあお前は悔しいって思わんのか!?あんなに五島にスパスパ抜かれて!」

「…別にまだ負けたわけじゃないし。っていうか、勝てるよ、次のクォーターで余裕で逆転できる。」

 柳の顔はまた半笑いに戻った。

「俺、分かったんだよ。」



「あいつらね、ディフェンスできるやつが能勢しかいないんだ。田部、小町も横の動きが遅いし、五島はディフェンスのやる気がないようにしか見えない。藤原もデブでパワーはあるみたいだけど、やっぱり動きが鈍い。」

「…で?その能勢のせいでドライブが何本か止められてるんじゃろ。一番ディフェンスを抜けてもその後のシュートが決まらんから苦戦しとるんじゃが。」

 小倉は自分も分かっていたといいたげな表情で反論した。

「それは、小倉がドライブからシュートうつばっかでパス出さんからやろ。ま、俺に任せろって。気持ちよくシュートうたせてやるよ。」

 柳はそう言って立ちあがった。休憩の時間の終わりを告げるブザーが鳴った。

「あと、先生もフリーならシュートうってね。」

 前半一本もシュートをうたなかった私に対して柳が言った。まあ、負けてる内なら私が攻めてもいいか…。

 一年生チームは三年の三谷のところに集まって作戦会議をしているようだった。三谷は作戦ボードを使って何かを指示している。


 後半は三年生ボールからだ。柳がトップの位置でボールを貰う。マークマンは五島だ。

 柳がドリブルのスピードを上げた。ストリートボーラーがやるような華麗なドリブルで股下、膝下を抜いていく。

「上手いもんすねー。」

「お前もやってみるかい。」

 五島に対して柳がボールを投げた。

「えっ?」

 そのボールは五島の手前で地面に当たると、前方にホップし、五島の股下を抜いていく。それを柳がすぐにキャッチしてレイアップにいく。五島は全く反応できない。能勢がヘルプに来るが、ビハインドバッグパスでフリーになった大賀に渡す。大賀は楽にシュートを決めた。

「やべえな…何アレ。」

 五島は笑うしかなかった。能勢がエンドから田部にパスした。

「次は止めよーぜ!」

 田部は元気よく声を出す。しかし田部が前を向いた瞬間、ボールが弾かれた。

「もらいっ!」

 柳のスティールだ。そのままドライブして、能勢のヘルプに対して、またビハインドバッグパス…ではなく、ボールを体の周りで一回転させて、レイバックを決めた。これで20-17。

「慎重に、慎重に行こう。」

 田部も声が小さくなる。まだまだだな…と黒沢は思った。一回のミスでポイントガードが弱気になるべきではない。


 小町がスリーを狙うも外れ、中野がリバウンドを取る。前を走る柳にパスを出し、小倉、柳、黒沢で速攻を仕掛けた。柳が今度は、ビハインドバッグパスに見せてエルボーパスを出す。しかし、ボールは走っていた黒沢の後に飛んでいった。

「何処に出してんだ!」

 黒沢は何とかキャッチするも、ディフェンスが戻ってきたので速攻は成功しなかった。

「先生、フリーやで。」

 黒沢は周りを見た。ディフェンスはまずゴールを守る意識で中央に集まっており、黒沢のいる左四十五度には誰もいなかった。黒沢は少し間を開けてからシュートをうつ。

 そのシュートの弾道は高く、綺麗な回転だった。そして、リングにかすりもせずに小気味良い音を立てながらゴールに吸い込まれた。

 このスリーで、同点になった。すると、三谷が声をあげた。

「次、言った通りにやれ!」

 一年のオフェンスは、藤原がローポストで攻めるもチャージングを取られ、またも失敗する。一年はすぐディフェンスに戻った。

「おっと…?」

 柳が一年のディフェンスを見た。…ゾーンディフェンスだ。1-1-3の形で守っている。三谷が教えていたのはこれだったのか。

「アウトサイドシュートが重要になるよー、先生頼むよー。」

「私は負けている時以外シュートをうつ気はないぞ。」

「マジっすか。いや、先生以外スリーうてる奴いないんですよ。」

 しかし柳は余裕そうな表情を崩さない。

 あのゾーンは、ゴール下に能勢をおき、さらに両ローポストにも二人いるので、ポストを張れないし、インサイドでの合わせのプレーがし辛い。コーナーからの攻めにも強い。さらにトップの位置に足の速い五島がいるので、リバウンドからすぐに速攻に移れる。しかし上のディフェンスが二人しかいない為四十五度やトップからのスリーには弱いが、相手にシューターがいなければ非常に強力なディフェンスになる。

「ゾーンに対するセットプレイの練習とかは今までやったことはあるか?」

「いや、あんまり…。そもそも今までいた顧問で俺達にちゃんと教えてくれる人はなんていなかったし。」

「そうか…、分かった。なら、俺がゲームメイクをしよう。」



 Cの大賀、PFの中野を両ローポスト、そしてトップに黒沢、四十五度に柳と小倉という形にまず動かす。

「大賀、ハイポストに上がってこい!」

 大賀がハイポストに上がる。と同時に、ローポストをディフェンスしていた藤原がそれにつられてハイポストに出てきた。

(あれ、これ、中いけるんじゃね。)

 柳がそう思って切れ込もうとした瞬間、黒沢から絶妙なリードパスが来る。一気にゴール下まで来たが、能勢がヘルプに来る。

「大賀飛び込め!」

 黒沢の声と同時に大賀がハイポストから下りてきた。そこに柳からのアリウープパスが出て、これを大賀が決めた。


(なんだこれ…めっちゃ簡単やん。)

 高校に入ってからセットオフェンスなんてろくにしなかった柳は、そう思った。


「藤原、そこは付いていかなくていいんだ!ゴール下固めとけ!」

 三谷が藤原に声を掛ける。やはりこの一年チームは、ゾーンの動き方などは分かっていないようだった。

 一年チームは、能勢のハイポストから展開しようとするも、柳が隙をついてスティールする。そのまま速攻で攻めると、小倉が田部からバスケットカウントを取り、ワンスローも決めて、スコアは25-20。

「ごめんね、田部くん。」

「能勢はそんなこと気にしなくていいから。がんがんパス回すぞ!」

 残り時間は三分だ。再び能勢がローポストに張る。

 田部はいつものようにそこにパスを、入れはしなかった。パスフェイクを2,3回入れ、デフェンスが距離を開けたとみるとスリーを放った。これがリングの上を一回跳ねた後、ゴールに収まった。

 しかし二年チーム優勢の流れは変わらない。今度は小倉がミドルレンジジャンパーを決めると、一年チームは藤原が大賀にブロックされる。さらに二年はセットプレイから柳がスクープショットを決めるなど、得点を決め続けて、29-23。


「最後だ能勢!点を取りに行け!」

 三谷が声を上げる。自分が考案したゾーンディフェンスで点を取られ続けているのだから面目なしといったところか。

 能勢はスリーのラインでボールを受けた。大賀は念のためスリーを警戒して、べったり付く。

 しかし能勢は、ジャブステップで少し距離を作り、フェイダウェイでスリーを放つ。美しい回転だった。大賀が慌ててチェックに行き、手を叩いてしまう。能勢はその勢いで倒れてしまった。

 それでもボールはリングにかすりもせずにゴールに突き刺さる。スリーでのバスカンだった。いわゆる四点プレイだ。

「おい能勢!お前スリーうてたのか!」

「やべえ!まじやべえ!俺こんなシュート初めて見た!」

「いける!まだ逆転できるで!!」

 一年チームの士気が上がっているのが分かる。衝撃的なプレイだった。当の本人は「いや…まぐれだよ…。」と恥ずかしそうにしている。

 能勢はワンスローも決めて、点差は二点差になった。残り五十秒だ。

「ヘイ!パース!」

 柳が走っていた。一年チームは気が緩んだせいか、柳の動きにすぐに気付けなかった。中野がベースボールパスで一気に飛ばす。すこしパスが流れて、シュートが遅れる。その一瞬で五島が距離を詰めて、ファウルで柳のシュートを止めた。


 柳は最初のフリースローを外した。中野が「一本決めよう!」と声を掛ける。

 そして二本目も外した。点差は二点差のままだ。柳や中野は体力的にかなりきているようだった。

 能勢はリバウンドから自分でボールを運んだ。センターとは思えない俊敏な動きとハンドリングだった。小倉が止めに来たが、スピンムーブでかわす。さらにゴール付近で止めに来た大賀に対して、ギャロップステップで抜き去り、ポンプフェイクを入れる。大賀はそれに思い切り反応し、体ごとぶつかっていった。能勢は押されながら、右手で回転をかけたシュートをうった。

 そのシュートはボードに当たり、そのまま綺麗にゴールに吸い込まれていった。二連続のバスカンだ。

「くそっ!」

 大賀が悔しそうに顔を歪める。一年チームは能勢を中心に盛り上がっていた。

 能勢はワンスローを決めた。残り三十秒で、29-30と一年チームが逆転した。五島が「勝ったっ!」と言った。

 相手が勝利を確信した瞬間は、相手が一番油断している瞬間だ。こちらにとっても最大のチャンスとなりうる。ここは時間を使わずに攻めるべきだと考えた黒沢は、ボール運びからトップスピードを出した。

 一年チーム、いや、このコートにいる全員がそのスピードに驚愕した。のんびり帰っていたディフェンスを次々と抜き去る。五島は遅れながらも反応したが、追いつけない。それどころか、さらに距離を離されて、黒沢にレイアップを決められた。

(俺より足が速い奴、初めて見た…。)

 五島は驚きの表情を隠せなかった。油断していたとはいえ、自慢の足の速さで負けたことはショックだった。

「さあ一点差だ、守るぞ!」


 また能勢がスリーのラインでパスを貰う。前半までで彼は非常にパスも上手い選手だということが分かっているので、迂闊にダブルチームにも行けない。

 大賀のディフェンスに賭けるしかない。

 残り八秒。能勢がドライブを仕掛ける。しかし、大賀がぴったしと付いていき、ゴールに近寄らせない。すると能勢がステップバックから、フェイダウェイを放つ。

 大賀は、先ほどの四点プレイのことが一瞬頭を掠めるも、ブロックに跳んだ。しかし、手はボールに届かない。

 このシュートは外れた。しかし、中野は疲労のせいかリバウンドに跳べない。それは一年の藤原も同じようだったが、上背のある分藤原が手を伸ばして、リバウンドをキープした。残り三秒。迷わずシュートを撃とうとする。

しかし、黒沢がそのシュートモーション中にボールを弾いた。床に転がったボールを中野が拾うと同時に、試合終了のブザーが鳴った。

 30-31。二年生チームの勝利だ。

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