第十話 五島
五島は私の担当しているクラスの生徒だったが、何かと職員室でも話題になる生徒だった。まだ授業が始まって数日だが、授業態度は悪い、提出物は出さない、言葉づかいも良くない。しかし新入生テストでは学年トップだった。数学の先生はカンニングを疑って、彼に授業中かなり難しい問題を答えさせたが、スラスラと解いてしまったそうだ。
紅白戦の次の日の練習、彼は来なかった。スタメンに選ばれなかっただけでそんなにやる気を失ってしまうものだろうか。むしろ、スタメンを目指してやる気を出すべきではないのか。…口では簡単に言えるが、実際のところどうやる気を出させればいいのか分からなかった。
「おっす、五島」
「…ああ、田部か。どうした。」
「昼飯一緒にどうかな、って思って。」
そう言って田部は五島の隣の机から椅子を引っ張ってきた。
「同じクラスの奴と食えばいいだろ。」
「ちょっと話したいんだけど。」
五島は溜息をつきながら鞄から弁当を取りだした。
「今日も部活来ないの?明日練習試合なんだけど」
五島は、やっぱりそれか、という表情をした。
「もうずっと行かねえかも。もうあの先生も俺を使う気ないだろうし、空気悪くしちゃうしな。」
「それはないでしょ。五島のオフェンスの上手さは先生も認めてるよ。『シックスマンとして、小倉や大賀の代わりを務めろ』って言ってたじゃん。かなり期待されてると思うけど。」
「…でも、俺のディフェンスはお気に召さないみたいだぜ。」
「五島だって足があれだけ速いんだし、ディフェンスもやればできるんじゃないの?」
「やだよ。したくない。ディフェンス頑張って相手にシュート外させたところで、数字には残らないじゃん。」
五島は続けて言った。
「俺は、結果が欲しいんだよ。何点取ったとか、何アシストとかっていう。ベンチからちょこっと出て、ちょこっと点取るだけの役割なんてごめんだね」
少し間を開けて、田部は反論した。
「それは、自分勝手じゃん。」
五島は箸を止めた。
「自分が何点取ったとか、何アシストしたとか、チームの勝利には何の関係もないじゃん。それに、ディフェンスで頑張って相手を止めれば、数字には残らないかもしれないけどチームは勝利に近づけるよね。一つの得点がチームの流れを変えることもあるし。」
「チームの為にバスケしろって?」
五島は弁当をしまい始めた。まだ半分も食べていない。
「監督みたいなこと言ってんじゃねえよ。」
五島は席を立とうとした。その腕を田部は掴む。
「またそうやって逃げようとする。」
五島は舌打ちをする。
「あの先生だって、正直まだ僕らのことは何にも知らないと思うよ。五島の代わりに小町がスタメンになったのも、あの紅白戦一試合見ただけの結果でしょ?」
「見返してやったらいいじゃん。俺はこれだけ活躍できる選手だってことを。スタメンは自分でもぎ取るものでしょ。逃げてたら、何にもならないよ。」
「…それで、使ってくれる監督だったらいいんだけどな。」
五島は、掴まれた腕を乱暴に振り払うと、また椅子に座った。
「うちの中学のバスケ部、三年から監督が変わったんだけど、チームオフェンスをホントに重視する先生だった。個人練より、セットプレイとかを練習する時間の方が長かったな。俺は、そのことにも反発した。そしたら、二年の時はスタメンだった俺はベンチに回されたんだ。『お前はこのチームに合わない』って言われた。結局その監督の指揮でうちの中学は初めて県大会まで行けたんだけどな。ただ…、」
五島は目を合わさずに喋り続けた。
「ただ?」
「その時のスタメンだった奴らは、今は皆バスケ辞めてるよ。笑っちゃうよな、スタメンだったのに俺なんかよりずっと下手くそなんだ。そりゃセットプレイばっか練習したって上手くならねーわな。」
「そう…そうだね。その指導は僕もおかしいと思うな。でも、その監督と今の監督は違うよ。」
「あの先生が俺に言ったことと、俺が中学の時に言われた『お前はこのチームに合わない』って言葉、どれだけ違うんだ?」
田部は反論できなかった。なんとか言葉を探すが、何も出てこなかった。あの監督がどんな指導をするのか、自分だって知らない。
周りで楽しそうに昼飯を食べている同級生が騒いでいた。
「でも…。」
五島が話を続けた。
「お前に免じてもうちょっとはやってやるよ。ただ、あの先生がやっぱり俺を使う気がないんなら、辞めるけどな。」
五島はそう言って恥ずかしそうに笑った。
「あ、あ、ありがとう。」
田部は少し涙目になりながら言った。五島をそれ見て噴き出す。
「なんでお前ちょっと泣いてんだよ!おかしいだろ!」
「ごめん、ちょっと、嬉しくて。…じゃあ速くご飯食べよう!もう時間あんまりないよ!」
「おう。」
今日の練習も終わった。基礎練習がメインで、最後はまたチームを替えて紅白戦をしたりした。
五島が帰ってきてくれたのは嬉しかった。何故帰ってきたのかは分からないが、おそらく部員の誰かが声を掛けたのだろう。しかし、その為に自分が何かするべきだったのではないかと、黒沢は少し悔しい気持ちも覚えた。
そして、練習試合当日。
「お久しぶりです、大鷲先生。」
「おお黒沢か、相変わらずちっこいな。どうだ、そっちのチームは?」
大鷲先生が、昔より体が小さくなっているような気もしたが、口には出さない。
「ええ、才能のある選手がいますよ。」
「ふーん。まあ、悪いがこれから三年間は間違いなくうちの時代だ。とてつもないルーキーを手に入れたからな。」
大鷲はニヤリと笑った。
「…あのU-15の選手ですか?」
「おう、将来が楽しみだあ。」
「うちにだって、期待のルーキーはいますよ。…いい試合をしましょう。」
「試合後、泣くなよ?」
そういって握手をする。手が痛くなるほど強く握ってきた。
…果たして、どんな試合になることやら…。
黒沢はまだひよっこの先生なので大目に見てあげてください。




