第二話 西商バスケ部
「私の名前は黒沢信吾。二十五歳だ。市立南山中学校から転任してきた。バスケットボールは小学校の頃からやっていた。君たちもいきなり先生が変わって困ることも多いかもしれないが、私はこのチームを本気で強くしたいと思っている。君たちも強くないたいと考えるなら、私についてきて欲しい。以上だ。」
ここは体育館。私の周りには、総勢十人のバスケットボール部員達が並んでいる。
一人は隣のコートで活動している女子バレー部を横目でチラチラ見ている。
もう一人は俯いたまま、寝ているようにも見える。
ある二人は、こづき合いながら、口喧嘩をしているように見える。
「聞いているのか?」
怒りのこもった口調でそう言うと、一人が元気よく声をあげた。
「はいはーい!聞いております!ええと、南山監督でしたっけ。」
「黒沢だ。」
「えっ?黒沢って名前なんですか?」
「黒沢は名字。名前は信吾だ!」
「じゃあ南山監督って誰ですか。」
「こっちが聞きたいくらいだ!南山は私が前いた中学校の名前だ。」
すると、部員達が一斉に笑い始めた。
「何言ってんだよヤナ!」
「ジョークに決まってるっしょ!ね、南山監督?」
「ヤナ、だから違うって!話聞けよほんと!」
ヤナと呼ばれた部員がさらにはやし立てる。笑い声は止むことなく、部員達は私がここにいることなど知らないという様子で世間話さえし始めた。
「黙りなさい。」
笑い声は止まらない。
「そういえば黒沢って言えば昨日タレントの黒沢がテレビ出てたな!」
「あ、それ俺も見た!超おもろかったよな!」
「それ僕も見ましたよ!刑事ドラマでしょ?」
「黙れ!」
声を荒げると、部員達は一斉に話を止めた。
皆ばつの悪そうな顔をしている。しっかり私の顔を見ているのは半数もいないようだった。俯き加減で、なにやらぶつぶつ呟いている部員もいる。
「まず一人ひとり自己紹介してもらいたいところだったが、気が変わった。私は帰る。あとは適当に練習しておいてくれ。」
そう言って、振り返りもせずに教官室に入った。
体育館には、校舎についている教員室とは別に、主に体育教師やスポーツ部の顧問が利用する教官室という部屋がある。数学の教師としてこの学校に来た私だが、バスケットボール部の顧問ということでこの部屋にも机が与えられている。
憮然とした表情で腰を乱暴に下ろし、ため息をついた。すると、前の席に座っていた女性教員から声をかけられた。
「黒沢先生。」
中性的というか、かなり男前な顔をした人だった。最初、ジャージ姿の彼女に会った時は男性だと勘違いした。彼女は佐藤奏という名前で、体育教師であり女子バスケットボール部の顧問でもあるという。
「随分声を荒げていましたね。どうされたんですか?」
「ああ、部員が随分といい加減な奴らで、人が話している最中にも騒ぎ始めるんですよ。こんなこと、私が高校の頃にしたらぶん殴られていましたね。」
「そうでしょうね。一応私も女バスの顧問ですので、先生が来るまでは私が彼らを指導することもあったんですが、もう、練習になんかなりませんよ。練習を始めて三十分後には部員が座り込んだり、部室に帰ったりしてるんですもの。」
彼女はそう言って笑ったが、私にとっては笑いごとではない。そんな荒れている部とも聞いていなかった。
「あの子達を指導するのは大変だと思いますよ。ところで、練習を見なくていいんですか?」
「ええと、これは僕が高校の頃の先生がよくしていたんですが、頭ごなしに怒るのではなくて部員達に反省させる時間を与えるんです。僕たちも練習中に熱くなって喧嘩をすることもあったんですが、それが先生に見つかると、先生は怒って帰ろうとするんです。先生が帰りそうになると、喧嘩してた奴らが必死でそれを止めに行くんですよ。それで、先生が説教して、練習再開。そうすると喧嘩してた奴らも互いに謝ったりしていて、良い雰囲気で練習できるんですよね。」
今でも覚えている。私は山岡私立大芸高校というところのバスケ部に入っていた。男バスの監督の先生、大鷲先生が授業の関係でまだ来ていなかった時の練習中の話だ。ゲーム形式の練習中にある選手が非常に自己中心的なプレイばかりしていたのだが、そのことで私と彼が口論になって、彼が掴みかかってきたのだ。その様子は隣で練習していた女バスの監督から男バスの監督へと伝わり、監督は体育館に来るなりこう言った。
「今日は何か揉め事があったそうだな。誰と誰の間で何があったのか、言ってみろ」
しかし、私も彼も何も言わなかった。別に先生が見ていたわけではないし、怒られたくないと思ったからだ。
少しの間があった。そして、先生はおもむろに溜息をした。
「もういい、今日はもう帰る。あとは適当に練習しておけ。」
そういって教官室に戻って行った。部員達は顔を見合わせ、「おいどうする」、「練習始めるか?」、「いや先生に謝りにいくべきだ」などと騒ぎだした。誰かがテストで赤点を取るとその日から一週間ひたすらきついランメニューをさせるような先生だ。あったことを正直に話したら、何をされるかわかったものではない。
「正直に言おう。おい、黒沢。行こう。」
そう彼は言った。私も少しためらったが、そうするべきだと考えて教官室に入った。
先生は椅子に座って待っていた。帰り支度などをしている様子はなかった。そして二人の間にあった事と、それを隠したことを謝った。先生は何も言わず立ち上がり、再びコートに出た。そして部員達に話し始めた。
「お前たちに伝えたい事が二つある。一つは、怒るのは俺の役目だということだ。お前たちも本気でやっていればぶつかり合う時もあるだろう。しかし敢えて言う。怒るな。それは俺がするんだ。お前たちは感情的になるんじゃない。俺のいない時に何か気に入らないことがあったなら、納得するまで話し合うんだ。部員全員でだ。練習を中断しても構わない。二つ目は、俺とは隠し事はしない、という約束をしてほしい。揉め事は真っ先に俺に言え。体に痛いところがあったら正直に言え。家庭内の問題でも何でもいい。俺に相談しに来てほしい。必ず力になるから」
良い先生だったと今でも思う。そして私たちのチームは、この年全国大会へと進んで、ベスト8まで進んだ。
「黒沢先生は大芸出身でしたね。強豪の監督はすることが違いますね。」
「ええ、監督から学んだことを少しずつでもうちの部員達に伝えていきたいと思います。」
「でも、部員、来ませんね?」
そうなのだ。こうして話している間にも、部員達が謝りに来るだろうと思っていた。しかし、誰も来ない。言われた言葉通りに適当に練習しているのだろうか?
「もしかしたらもう、帰っているかも。」
不安になった。佐藤先生の言うとおりかもしれない。そっとカーテンを開けて、コートの様子を見てみた。




