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西商バスケ部監督物語  作者: のぶし
まとめ
10/99

45-59話まとめ

45

「この高校、広いなー。体育館どこだよ。」

「柳先輩、急ぎましょうよ。もう九時ですから!」

 柳と能勢は自転車で、校内をうろついていた。校内で体育館をずっと探しているが、見つからない。

「あ、あれじゃない?バスケの音が聞こえるし。」

「あ、本当だ…。でも、何か小さくないですか?」




 6月14日。今日は夏の県総体地区予選の一回戦が行われる。西商の一回戦の対戦相手は白家高校だ。会場は、竿山さおやま高校が選ばれた。竿山高校は中高一貫校で、中学の校舎も同じ敷地内にあるので、体育館が二つある。今日は一つはメインコートとして試合を行い、もう一つのコートでアップができるという環境で大会が行われる。

 今日の日程は三試合目に白家高校と対戦し、勝てば六試合目に翠高校と対戦する予定だ。つまり、一日に二試合が行われるのだ。

 当然、ここで勝ちあがるには体力が大きな課題となる。

 今は九時を過ぎており、コートでは一試合目が始まっている。会場内から漂う熱気で、私も既に汗をかいている。試合を見ていると、二人の選手がボールを取り合って双方転んでいた。二人が転んだ場所が汗で濡れたので、すぐにモッパーが拭きにいく。

 汗で濡れた場所を放置しておくと、滑って転んでしまうので、すぐに拭かなければならないのだ。暑い時期は試合を行うだけでもコート上が濡れてくるので、それがプレーに影響を及ぼしてくることも少なくない。

 今日も大変な試合になりそうだ。

 ところで、九時には集合と言ったのだが、いつあいつらは集まるのだろうか…。



「西商の奴ら、誰も来てないじゃん。もしかして俺ら一番乗り?」

「なわけないでしょ、もう集合時間過ぎてるのに…。ここ、違う体育館なんじゃないですか?」

 柳と能勢の二人はアップ用のサブコートに来ていた。複数の選手たちが雑多に練習を行っている。もちろん試合会場ではないコートだ。

「あ、もしかして…能勢?」

 不意に、後ろから声を掛けられた。

「あ、寺山君…。」

「おっす!やっぱり能勢じゃん!何か腕長い奴がいると思ったら!」

 そう言って能勢の腕を叩いた。能勢は笑いながら、久しぶり、と言った。

「能勢、知り合い?」

 柳は能勢に聞く。

「前話してた、翠高校に行ったうちのキャプテンですよ。寺山っていいます。」

 寺山と呼ばれたその男は、細い目を一層細くして笑った。浅黒い顔で、眉毛を全て剃っている。

「寺山っす。能勢の先輩っすか?」

「おう。柳って名前だから、ヤンバルクイナとでも呼んでくれ。」

「分かりました。略してヤナさんっすかね?身長同じくらいだしPGっすか?」

「いやCだよ。PGは能勢だ。」

「何なんすか?能勢がガードやれるわけないじゃないですか。撹乱ってやつですか?騙されるわけないでしょ!」

 寺山は顔は笑っているが、口調には少し怒気が見られる。

「本当だよ。まあ俺のCはCでもCuteのCだけど。」

「柳先輩、こいつ短気なんで、あんまりからかわない方がいいですよ。」能勢が耳打ちする。

「冗談言ってるだけじゃん。」柳は特に相手にしない。

「でも、能勢ぐらいのセンターがチームにいるって羨ましいっすわ!うちの先輩なんか雑魚ばっかで、ほーんと雑魚ばっかで!嫌になっちゃいますよ。別の高校に行けば良かった。」

 寺山は、周りにも余裕で聞こえるぐらいの声量で話す。周りにその先輩とやらがいるのかどうかは知らないが、気にしないのだろうか。

「変わってないなあ…。」能勢は半笑いで返す。

「能勢、行こうぜ。時間無いし、別の体育館だと思うし。」

「あ、もう行くんですか?西商なら今日当たるかもしんないですよね。その時はよろしくお願いします!」

 寺山はまた目を細めて笑う。柳は何も言わずに体育館の外へ出た。能勢は慌てて付いて行った。


「あーいう奴、なんか嫌いだな…。」

 柳は歩きながら能勢に話しかける。

「ちょっと生意気なところがありますからね。昔は誰にでもタメ口でしたから、敬語使ってるだけ成長してるかもしれませんけど。」

「そういう問題じゃねーよ。」

 柳はかなりイライラしているようだ。能勢は気まずく感じながらも、返事を探す。

「ああ、味方を雑魚とか言っちゃうガードって、確かに嫌ですよね。」

「そうじゃないって。俺の渾身のギャグをサラッとかわしやがったじゃん、アイツ。何か反応しろよって感じ。」

 いや、そういう問題かよ!能勢は突っ込みたくなったが、先輩なのでぐっとこらえる。


 少し歩いていると柳の電話が急に鳴り出した。発信先は、大賀だ。

「もしもし。」

「おいお前ら!どこで油売っとるんだ!早く集合せんと、今からこの高校で外周させられるらしいぞ!」

「はっ!?」

 竿山高校。前にも言ったが中高一貫校で、高校と中学の校舎が同じ敷地内にある。山岡県でもその広さはトップクラスだ。

「やべえええ!」

「急げよ馬鹿!」

 柳と能勢は走り出す。少し離れた場所で、ブザーと笛の音が鳴り響くのが聞こえた。


46

「お前ら、アップは完了したか?」

 竿山高校の体育館。試合まで残り二分のところで、全員を集める。

 今日は前回の春大会の日と同じような晴天だ。ただ、気温は前よりも数段と高くなっている。体育館の中はさらにその数段上だろう。

「水分補給を忘れるなよ。今日もこの暑さだ。今日は二試合こなさなくちゃならんし、熱中症で倒れられても困る。」

「吐きそうなくらい飲みました。」柳が言う。

「よし吐いてこい。遅刻の罰だ。」


「さて、初戦の相手の白家高校の話をしよう。まず、ディフェンスはマンツー。オフェンスはパスを使った連携を重視していこう。今日は次の試合に備えてスタメンをできるだけ温存したい。控え選手にもどんどん時間を与えていくから、覚悟しておくように。」

「ところで、スタメンは変えねーの?」五島が聞く。

「スタメンは、前と同じく柳、小町、小倉、大賀、能勢だ。」

 チッと五島が舌打ちをする。

「いや…そうだな。今日は五島をスタメンに入れてみよう。」

「…なんだそりゃ?適当だな。」

 小倉が呆れたような声を出す。

 五島を入れたいと思ったのは、一つ実験がしてみたいと思ったからだ。

「オフェンスでは、序盤はスリーをどんどん狙っていい。この体育館の感覚を掴むんだ。やり慣れない体育館だと最初はシュートが入りにくいものだからな。」

 小町は無言で頷く。

「体力を温存すると言っても、何も遠慮することはない。練習の成果をどんどん出していこう。全力で倒しに行くぞ。」

「分かってます。こんな所でてこずってる暇はねえし。」

 小倉が言う。

「もちろん。俺達の目標は大芸を倒し、インターハイに行くことなんだからな。」

 大賀も続く。

「インターハイに行くことが目標?優勝じゃねえのかよ。」

「一々うっせえのう。」

 大賀がうんざりとした顔で言う。この二人の仲の悪さは何とかならないものか…。

「よし、じゃあ、とりあえず皆集まれ。」

 三谷が部員を呼ぶ。ベンチの前で、総勢11人が固まる。

「気合い入れてこうぜ。」

 11人、全員が拳を合わせる。


「行くぞッ!」

「「「オウ!!!」」」


「よーっしゃあ!」

 柳が手を叩きながらコートへ入っていく。

「前の大会でやった口笛のやつは止めたのか?」

 三谷に聞いてみる。

「いやあ…あれをやるほどの相手でもないでしょう。今日のは。」

 何だ、相手の強さで変えているのか?

「そんなに余裕なら、お前を試合に出してもいいぞ。」

「いつでもどうぞ。」

 靭帯を怪我している三谷はそう言って笑った。 

 しかし、彼の怪我はいつ治るのだろうか?三谷が次のウィンターカップまでプレイするのかどうかは聞いていないが、このままだと三年生の時に一度も公式戦に出れずに終わってしまいそうだ。

「あと、五島。」

 コートに入ろうとしていた五島を呼びとめる。

「何?」

「お前はこの試合、シュート禁止。」

「はあ!?」




 ジャンプボール。能勢はボールを柳の方に弾いた。

「じゃあ、行こうか。」

 柳がゆっくりとハーフラインを越える。こうして試合が始まった。


「小町、こまち。」

 高田が隣の小町に声を掛ける。何故か巨体をすぼめて、覗き込むように小町の顔を見た。

「何すか?」

「俺のポジションってどこになんのかな?」

「そりゃ、センターかパワーフォワードじゃないっすか。でかいし。」

「敬語じゃなくていいけど。」

「いや、これ俺の標準語スから。」

 高田はへえ、と言って試合を見始めた。しかし、数秒後にまた小町に話しかける。

「センターってあれだよな。中で仕事する選手。それって、うちのスタメンだと誰になんの?」

「能勢君か、大賀先輩っすね。まあ能勢君はアウトサイドでもプレーできますけど。」

「大賀先輩ってあのゴツイ人だよな?ふーん…。能勢とあの人か…。」

 そして高田はまた試合を見始める。しかし、数秒後には何故かキョロキョロし始めた。

「落ち着いて見れないんすか?」

「いや、テンション上がっちゃって。ん!?」

 高田の視線が観客席に向かった。

「あれ、桜ちゃんじゃね!?」

「あ、ほんとだ。…大賀先輩を見に来たんすかね?」

「やべえ!桜ちゃんに見られるのか!…って、え?今何て言った?」

「大賀先輩を見に来たのかな、って。」

 困惑した表情の高田は桜ちゃんと小町を交互に見て、最後に大賀の方を見る。

「…何で大賀先輩?」

「だってあの二人、付き合ってますし。」

 それを聞いた高田の黒目は綺麗に一回転した。

「えっ…?いや…嘘だろ?」

「ほんとっすよ。」

「おおおお大賀?何で?いや、ふざけんなよ!!」

 巨体でベンチをガタガタ揺らしながら高田は叫ぶ。

「え…高田君?どうしたんすか?…まさか?」

(な…泣いてる…!?)

「うわああああ!!」




「小町…大賀先輩って、俺とポジション被ってるって言ってたよな?」

「は、はいっす。」

「小町…俺…スタメンになるよ…。そんで、あの野郎をスタメンから引きずり降ろす!」


「なんかベンチがやかましいな…。」

 大賀は走りながら、一つくしゃみをした。


47

「シュートを打つな、か…どういうことだよ…。」

 西商のオフェンス中。五島はコーナーで半腰の姿勢で足を止めていた。

(面白くないな…。)

 小倉が切れ込んでシュートを決めた。五島はそれを見て、歩くようにディフェンスに戻る。

 続くディフェンスでも、五島は簡単に抜かれる。しかし能勢のヘルプにより、得点されるのは防いだ。

「おい五島、やる気ないならすぐにでも下がれよ。邪魔だ。」

 小倉が辛辣な言葉を告げる。

「そうしましょうかね…。」

 五島はちらっとベンチの方を見る。

(…いや、わざわざ言うこと聞く必要あるか?別に攻めてもいいだろ。)

 五島は左四十五度の位置で、柳からパスを受け取る。

 そして、即ドライブ!

「速っ!」高田が叫ぶ。

(いける!)

 五島はコートを一瞬で切り裂き、レイアップのモーション。

「ヘイ!」

 そこで大賀が野太い声を張り上げてパスを呼ぶ。五島にヘルプディフェンスがいって、大賀がフリーになっていた。

(しゃあねえな!)

 五島はレイアップを中断して大賀へパス。大賀はボールを受け取ると、力強くパワードリブルを突いてゴール下シュートを決めた。

 序盤から12-4と突き放された白家は、たまらずタイムアウトを取る。


 ベンチで大賀が五島に声を掛ける。

「どうした五島、らしくないな。お前が呼ばれたからってパス出すなんて。」

「シュート打つなって言われてるんですよ。おもんないっす。シュート打たない俺なんて、両輪のない自転車みたいなもんですよ。」

 五島は私にも聞こえるように言う。その例えを聞いて、私は少し笑った。

「ふん、そうかもしれないな。…で、お前が自転車の本体だとするなら、チームメイトは何になる?」

「チームメイト?」

「そう。それこそが、自転車の両輪じゃないのか?」

「……!」

「さっきのようなパスを、また頼むぞ。」


(ポイントガードでもやれってのか?)

 五島コーナーで柳からパスを受けた。五島は膝を落とし、自然にシュートを構えた。

 そのフェイクにつられて白家のディフェンスが一人飛び出してくる。それをかわしながら、ドライブを仕掛ける。ヘルプディフェンスを見ながら、ハイポストへノールックパス!

 ハイポストには、スクリーンを使って小倉が入ってきていた。

 しかし、このパスは小倉の足にぶつかり、白家の選手に奪われる。そして、そのまま速攻を決められた。

「低すぎんだよ!変なパス出してんじゃねえ!」

「いや、いい判断だぜ、五島。」

 小倉が怒り、柳は褒める。

「あそこが見えてたんなら十分。あとはパスの正確性だけだ。小倉は足が速いんだから、さっきのはバウンズパスじゃなくてチェストパスで合わせれば良かったんだ。」

 柳がボール運びをしながら、五島にアドバイスする。

「…りょーかいっす。」

(そーいうこと考えながらしなきゃいけないのか…。)




 前の南北高校との対戦で、控えPGの層が薄いことは大きな課題だった。

 田部はシュートは上手いものの、サイズがないし、ハンドリングやスピードも優秀だとは言えない。パスが上手いというわけでもない。

 その点五島は、ハンドリングは十分だし、スピードは非常に優秀なレベルだ。今までのプレースタイルのせいかパスはまだ苦手なようだが、これから伸ばしていけば良いガードになれる。

 何より彼は、非常にクレバーな選手だ。


「ここだ!」

 五島から、ローポストの能勢へ速いパスが通る。若干パスが外へ逸れていたので、能勢が腕を伸ばしてボールを取る間に、ディフェンスが距離を詰めてきた。

(くそ、またパスミスか。)

 五島は舌打ちをする。しかし能勢はディフェンスに背中を向けたまま、ボールを取った片手をそのまま振り降ろし、エンドライン際を通るビハインドバウンズパス。ゴール下に跳び込んできた大賀に合わせる。

 少し観客から声援が上がる。大賀は確実にシュートを決めた。

「ナイスパス!」

 大賀が能勢の手を叩く。

(ボールを受け取る前に、もう見えてたってことか?)

 五島はさっきの場面を思い出しながら考える。

(俺から能勢へパスがいって…パスが逸れたから能勢がちょっと外に開いて、その空いたところに大賀先輩が飛び込んできたんだよな。さっきのパスは、見えてたって言うよりほとんど予測か?足音でも聞いたのか?)

「あー…パスって難しいな。」


 現在2Q残り三分で、38-21で西商がリードしていた。

「点差が開いてきたな…。よし、メンバー交代だ!田部、小町、中野、藤原、それと高田準備しとけ!」

「はい!」

「よしきたあ!」

 高田が勢いよく上着を脱ぎ捨て、ユニフォーム姿になった。

「高田、あんまり張り切り過ぎて怪我するなよ。お前にとっては初めての試合なんだから。」

「初めてだから張り切るんじゃないすか!」

「無茶なことしそうなら、試合には出さんぞ。お前の怪我も怖いし、お前が相手に怪我させるのも怖い。」

 実際、まだ基礎もできていない選手を試合に出すのはあまり好ましいこととは言えない。キャッチ技術の悪い選手なら突き指などの怪我をする可能性もあるし、ファウルの基準がよく分かっていない選手は無茶なディフェンスやリバウンドへの飛び込みをするので、危険だ。

 まあ、彼が入ってから数日ほどはとにかく基礎を教え込んだので、何とかバスケをしてくれることを期待しよう。


 交代のブザーが鳴り響く。コートから戻ってきた五人は、試合展開が楽だったこともあってか疲労の色はそれほど見られない。

 五島の成績は、4得点(速攻での得点)8アシスト6ターンオーバー。得点に結びつくポイントにパスを出せてはいるものの、球筋が安定しないのが弱点だろうか…。


「ゴール下で手を上げて、誰か突っ込んできたらジャンプしてプレッシャーを与える。外れたシュートの球を取る。これだけやってくれたらいいっす。」

 小町が高田にアドバイスをする。

「プレッシャーを与える?ブロックでいいんだろ!バレーで鍛えた跳躍力を見せてやるよ!」

 高田は屈伸運動をしながら答える。

「いいところを見せて、大賀先輩を蹴散らして、桜ちゃんに振り向いてもらうんだ!」

 小町はやれやれといった感じで溜息を吐く。


 白家高校のオフェンスが始まる。

 白家のスモールフォワードが、ドライブを仕掛けるも中野が止める。苦し紛れにローポストのセンターにパスを出す。そのセンターがシュートを構えた。

「とうっ!」

 高田が跳んだ。


 ガァン!とボードが震えて音を出す。

 …高田はボードに頭をぶつけて、倒れていた。


48

 目を開けると、白い天井が見えた。あれ?さっきまで確か体育館にいたのに…。

「どこ、ここ?」

 周りは白いカーテンで覆われている。それを開けて、外に出てみる。

「おっ、やっと起きたか、高田。」

 三谷先輩が、椅子に座って本を読んでいるのが見えた。

「三谷先輩…?えっと、ここ、どこですか?」

「保健室だよ。」

「保健室?何で?」

「お前、試合中にボードに頭ぶつけて倒れたんだぞ。覚えてないのか?」

「頭をぶつけて…倒れた?」

 試合中のことを思い出そうとする。確か、コートに立ってからすぐのディフェンスで、敵センターのシュートをブロックにいって…。

 そうだ。ここで頭に衝撃が走ったのだ。ボードにぶつかったからだったのか。

「ボードに頭ぶつける奴なんてそういないぞ。お前、ホントにジャンプ力あるよなあ。」

「はは、そうすね。…ん?」

 少し笑って、そして思い出した。そうだ、さっきの試合には桜ちゃんが見に来ていたではないか!

「うわ、恥ずかしー!」

「そんなに恥ずかしがるなよ。試合には勝ったし、お前のおかげで盛り上がったからな。」

「いや、頭ぶつけたのが恥ずかしいんじゃなくて、それを見られたのが…!…えっ?」

 一呼吸置いて、確認する。

「勝ったんですか?」

「うん、勝ったよ。」


 西商対白家。結局、70-55で西商が勝利した。途中ハプニングがあったものの、西商は終始自分達のペースで試合を進め、一度もリードを許さなかった。

 この試合で目立ったのは序盤に突き放す際にインサイドを支配して、前半だけで17得点を挙げた大賀。そして矢のようなパスでアシストとターンオーバーを連発した五島だった。

「能勢。」

「…あ、寺山君。」

 能勢に、次の西商と対戦相手の翠高校のPG,寺山が話しかける。寺山はくちゃくちゃと音を鳴らしながらガムを噛んでいた。

「何か、眠たくなるような試合ばっかだな。うちの試合も俺が出たのは最初の2Qだけだったし。正心だっけ?聞いたこともねえような雑魚校だったよ。」

「そ、そうなんだ。」

(正心…鯉幟君のところか。)

「だから後半はずっとお前のところの試合見てた。てか、お前手抜きすぎじゃね?高校に上がったら好きにすりゃいいって言ったじゃん。」

「…。」

「別に俺のせいとか言わないよな?確かに中学の頃はきつく言ったけどさー。」

「うん、別に寺山君のせいなんかじゃないけど…。僕はこのプレーが好きなんだ。」

「ふーん…。まあ好きにすりゃいいけど。でも、次の試合では本気だせよ。俺が面白くねーから。」

 そう言って寺山は手を差し出す。能勢は握手かと思って手を握り返す。

 すると、寺山はガムの包み紙を能勢の手に入れてきた。

「じゃ。」

 そして寺山は帰っていく。能勢は、手の中のゴミを茫然と見つめていた。


「111-49ですか…。」

「はい。いやあ、流石に力の差がありましたね。」

 私、黒沢は正心の監督、庄先生と話をしていた。

「それで、翠高校はどんな戦い方をしていたんですか?」

「えっと、前半はほとんど15番が一人でボールを持って、指示を出しながら仕掛けていくという感じでした。彼が下がってからは、各々の選手が好き勝手にやるという感じでしたね…。」

 15番…能勢の話していた選手だろうか。

「15番の選手はどんなプレイをするんですか?」

「そうですね、なんでもできるって感じで…。身長は170ちょっとぐらいでしょうが、ドライブやジャンプシュート、リバウンドにも参加していました。パスが上手くて、周りを上手く使っていましたね。」

 周りを使いながら、自分でも点が取りにいくという選手か。マッチアップは柳になりそうだが、果たして止められるだろうか…。

「夏の大会でリベンジするという目標は結局叶いませんでしたけど、黒沢先生、私は西商を応援しますよ。」

「そ、そうですか。ありがとうございます。」

「選手たちも今回の試合でさらに成長したと思います。リベンジは、次の大会で。」

 次の大会は、ウィンターカップか。果たして本当に対戦できるかは分からないが、庄先生はやる気いっぱいという感じだ。

「では、そろそろ次の試合なので…。」

「はい、頑張って下さい。」

 そう言ってステージ上の役員席を降りようとした時に、庄先生の手元をちらっと見る。そこには、先ほどの試合のスコアシートがあった。


4 .鯉幟 36P22R 0A 7B 3S


 はっきりと成長の証が見てとれる成績。

 次のウィンターカップか…。油断できないな。


49

 49

 西商

 PG柳167

 SG五島170

 SF小倉177

 PF大賀184

 C能勢186


 翠

 PG寺山172

 SG武田176

 SF小島170

 PF一色(いっしき)180

 C向(むかい)185


 西商対翠。試合前のアップの時間で、柳が能勢に話しかけに行った。

「能勢、向うのあのデブ見てみ。」

「デブ?…うわ!でかっ!」

 柳が指差したその先には、非常に大柄の男がいた。ゴール下でシュートの練習をしている。

「あれが、翠のセンターの向ってやつ。横幅はお前の二倍ぐらいあるぞ。」

 能勢は、向の自分の体を見比べる。二倍…決して冗談ではないほど、向の体は大きかった。しかも、上背も十分ある。

「あいつはあの体して、この地区じゃトップクラスの技巧派センターって言われるほどの選手だから、油断すんなよ。去年の翠校はほとんどあいつのワンマンチームだったから。」

「技巧派なんですか!?へー…。」

「あ、ちなみに三年だからタメ口使うなよ。」

(“デブ”とか“あいつ”呼ばわりしといて、この人は…。)

 しかし、あのサイズで技巧派。一体どんなプレイヤーなのか…。能勢は楽しみというより、不安が頭をよぎるのを感じた。

(ただ、あいつを雑魚呼ばわりする寺山ってやつは一体どんな選手なんだか…。)

 柳もまた、別の不安を感じていた。


「今回は難しいことは言わない。今までの練習の成果を出していこう。今回は体力を温存する必要もないんだ。思いっきりやろう。」

「了解です。」

「ちなみに高田は保健室で寝てる。もともと使う予定なんてなかったが、あいつみたいに怪我するなよ。」

「誰もあいつみたいな怪我の仕方、できませんて…。」

 柳が苦笑しながら言う。さらに中野も続く。

「能勢、向の体に押しつぶされても、誰も助けられないからな。倒れたあいつを起こせる人間なんていないぞ。」

 一同、笑う。二試合目ということもあってか、全員リラックスできているようだ。

「能勢とあのでかいセンターなら、スピードのミスマッチで攻められるだろう。ディフェンスでは、能勢一人で止められなさそうなら大賀がヘルプに行ってくれ。その際、ローテーションを確かにしよう。五島、忘れるなよ。」

「ちなみに今回はシュート打っていいんだよな?」五島が仏頂面で言う。

「今回はまあいいだろう。しかし、チームの流れを壊すようならすぐに変えるからな。」

 五島は何も答えず、目を閉じながら頷く。本当に分かっているのか?

「さて、じゃあ今日も気合入れていこう。」

 三谷がまたもベンチ前に人を集める。もはやお馴染みの光景になってきたな…。


「123!」

『All out!!』


 …三パターン目か。何種類あるのだろうか。

 しかし、All out…“全てを出し切れ”。この場にぴったりな掛け声だ。

「よし、いこうぜ!」

 柳がコートに向かう。それと同時に、翠の選手たちもミーティングを止め、コートに向かった。翠の監督が手を叩いている。

 翠の監督は、薄い白髪で、もう50か60はきている男性だ。話す機会がなかったので分からなかったが、一体どんな監督なのだろう。


「よろしくお願いします。」

「よろしく。」

 向と能勢がセンターサークルに入る。

 ジャンプボール。これは能勢の圧勝だった。向は太っている分、運動能力は低いようだ。

 西商のファーストオプションは、小倉のアイソレーションだ。小倉以外の選手は左サイドに寄り、小倉は右サイドでドリブルを始める。

(何だ、コイツ…。)

 小倉のマークマンの小島は、翠校のスタメンで最も身長が低い選手だが、腰を思い切り落とし、低い姿勢で構えている。五厘刈りの坊主頭が、照明を反射していた。

(腰落としゃディフェンスができるってわけでもねえだろ!)

 小倉は連続でレッグスルー、クロスオーバーを繰り返し、最後はストレートドリブルで仕掛ける。しかし、小島がしっかりと体で受け止め、ゴールに近づけさせない。

「小倉!」

 小倉で止められたと見るや柳がボールを受け取りにいく。小倉は、一旦柳の方を見た後、スピンで強引に小島を振り切りにいく!

 しかし小島はこれにも反応し、小倉はボールハンドリングを誤りボールをエンドラインの外へ出してしまった。

「くそっ!」

 小倉は悔しそうにディフェンスに戻る。

 翠校は、寺山がゆっくりとボールを運ぶ。八秒じっくりかけて、ハーフコートまで運んだ。

(まあ、向がいるからランゲームにはしたくないんだろうな。)

 柳が分析した通り、翠は向がゴール付近に入ってからオフェンスを開始した。

 寺山が独特なリズムのドリブルを始める。

 そして、背中側からレッグスルー。柳の目の前にボールがふわっと出てくる。

(取れるか?)

 柳が少し上半身を倒した刹那、寺山は右手で強くボールを弾くように前に出す。そのボールは柳の体スレスレを抜いて行き、寺山も一歩でボールに追いつく。

「ヘルプ!」

 柳の叫びに応じて能勢が飛び出す。それと同時に寺山は一瞬フリーになった向にビハインドバックパス。向はボールを貰ってから、シュートフェイク。

 このフェイクに向のヘルプに行った大賀が引っかかり、派手に跳んでしまう。そして向は落ち着いてシュートを決め…なかった。

「は!?」

 向が外したボールを能勢がリバウンド。

「おいこら下手くそ!あの程度のシュートも決められねーのか!」寺山が叫ぶ。

「おいおいあいつ、先輩に向かって何て口のきき方だよ。」

 柳も呆れるが、このことに反応したのは柳だけではなかった。

「うっせー寺山!先輩にはちゃんと敬語使いやがれ!」

 声の主は翠校のSG、武田だ。

「いや、いいから…。俺のミスだ。すまん。」と、当の向は半笑いで二人を制する。


「あの武田も一年だな。武田と寺山、翠のスタメンには二人も一年が入って来たのか。」

「でも、仲悪そうですね…。」

 早くも空気が悪い翠校。対する西商も、不安要素を抱えていた。

(最近、小倉の無理な攻めが多いな…。)

 双方、ミスから始まったこの試合。この1Qを動かしたのは、両チームのPGだった。


50

 西商のオフェンス。柳から小倉へ、小倉から五島へとパスが渡る。五島はシュートフェイクからドライブを仕掛ける。

 しかしマークマンの武田は、遅れながらも手で押すような形でついてくる。

(ファウルじゃないのか!?)

 五島はベースライン際へ追い込まれてから、ペイント内にいた能勢に苦しいパス。これを向に弾かれる。

「よし速攻!」

 武田はゴール下から、こぼれ球へ向かって走り出す。しかし、一瞬柳が早くボールを奪い、そして武田の体の横をすり抜けるようなパス!武田が飛び出した為ゴール下でフリーだった五島へ渡り、五島は楽にシュートを決めた。

「ナイスパース。」敵である寺原が口笛を吹きながら言う。

 翠のオフェンスは、またも寺原がゆっくりボールを運んでから始まる。

「やり返してやろっと。」

 寺原がまたドリブルのペースを変える。緩いフロントチェンジを二回入れた後、レッグスルーをしながら大きく右にステップした。柳も右についていこうとする。その瞬間、最速のクロスオーバーで柳を抜く!

 そしてペイント内から、外にいた武田にパスを出す。五島が寺原の方を注目しすぎていた為、完全にフリーの状態だった。

「五島シュートチェックだ!」

 五島は大賀の声を受けながら、持ち前の瞬発力で武田との距離を詰める。しかし武田はワンフェイクを入れて、ワンドリブルで五島を抜き去りジャンプシュート。これをバンクシュートで沈める。

「シュート遅えよ!スリーでいいだろ!」

「うっせえ!もっと取りやすいパス出してから言いやがれ!」

 寺原、武田がまたもぶつかる。オフェンスは成功しているというのに…。

「ん?」

 柳は大賀からスローインを受けた後、自陣のフリースローラインの辺りでドリブルを止めた。

 そして、高い弾道のチェストパス。これを取ったのは、既に敵陣のゴール下にいた能勢!ボールを空中でキャッチして、そのままシュートを決める。

 寺原が、また口笛を吹く。

「この距離のアリウープパスか…上手いっすね、ヤナさんでしたっけ?」

「ああ。」

「ヤナさんって、どっかで見たことあるんすよね…。昔、何かの大会に出てませんでした?」

「知らね。」

 柳はぶっきらぼうに答える。寺原は面白くなさそうに顔をしかめた。


 翠校はまた寺原にボールを預ける。寺原は手で押しのけるような動作をしながら、味方を右サイドに寄らせて、自分は左サイドに移動した。

 寺原でのアイソレーションだ。

(目にもの見せてやるよ。)

 寺原は、一つレッグスルーを入れてから、低い姿勢で潜り込むようにドライブ!柳の体の横をすり抜ける。

 ディフェンスは大賀がヘルプに出てくる。さらに能勢が長い腕を活かして、向と一色のパスコースを塞いだ。

(良いディフェンス!)

 寺原は0度からレイアップに行く。その跳躍は高く、手がネットに触れるかという高さだった。

 しかし、大賀の跳躍はさらにその上を行き、ボールに向かって腕を振り下ろす!

 バシッ!!

「なっ。」

 声を漏らしたのは大賀だ。寺原はボールを体の横に隠し、大賀の腕は寺原の肩を叩いた。

 そして寺原はゴール裏を通り、回転をかけたボールを放る。そのボールはボードを跳ね、リングに吸い込まれた。そして、審判が笛を鳴らす。

「バスケットカウントワンスロー!」

 歓声が会場に響く。

「翠のオフェンスは、ここまで全部寺原のドライブからオフェンスを組み立ててますね。」

「ああ。確かに攻撃力はあるんだろうが、いくらなんでもワンパターンすぎやしないか?」

 そう三谷と話しながら、翠校の監督を見る。…ん?翠校の監督のあの黒縁メガネ、どこかで見たような気がする。そのメガネの奥から、ギラギラとした目を覗かせている。


 1Qはしばらく互角の展開が続いた。残り10秒で大賀がファールを貰ったところで、寺原が柳に近づいてきた。

「ヤナさんって、もしかして『Count-one』の大会で優勝してたチームの人じゃないですか?」

「な、何言ってんだよ。知らないって。」

「いや、絶対そう!今日のプレー見てて確信したっすよ!」

「声がでかいって!」

 …何やら柳と寺原が揉めているようだ。話の内容は聞こえないが…。

「その試合見てから、俺も毎週水曜はそのチームに行って練習してるんすよ!」

「だから知らないって!」

 大賀が二投目のフリースローを外した。リバウンドは一色が取る。

「ほら、試合に集中しろよ。」

「試合後に話しましょうよ!」

「集中しろって…!」

 一色が寺原にパスを出す。そこで柳が急反転し、そのパスをカットする。しかしゴール付近にはまだディフェンスが密集しているので、ドライブはできない。柳が左四十五度へ移動した。寺原が慌ててマークしてくる。

(あと七秒?じゃあ、仕掛けてみるか。)

 その四十五度の位置で、柳が連続で高速レッグスルー!ドリブルの音がコートに響く。

(1on1か?いや…。)

 寺原はレッグスルーに囚われず、柳の視線を探る。パスコースを探しているようにも見えた。

 そこで、柳がレッグスルーから、アンダースローでパスを出す!

(やっぱりパスか!)

 寺原は振り向いてパスを出先を探す。

 …しかし不思議なことに、どこにもボールがない。

 何故か、皆こちらの方を向いて目を見開いている。

「…え?」

「ばーか。」

 柳が、ボールを寺原の背中にぶつけて、ドリブルを再開した!そして足を止めているディフェンス達の前から、スクープショットでゴールを射抜く。それと同時に、1Qの終了を告げるブザーが鳴った。

 観客がざわつく。スーパープレーに感動した、というわけではなく、ただ驚きの声が響いた。

「…何今の。」

 寺原が呆気に取られながら、柳の背中を見る。その姿を見て、武田が話しかけてきた。

「あの人、レッグスルーの時にボールを足に挟んで、腕だけ振ってパスを出したように見せかけたんだよ。」

「…ええ?」

 …信じられない。ボールは完全に俺の視界から消えていたのに…。

 寺原は非常に驚いたが、顔は笑っていた。

「…やっぱりあのチームの人でしょ、ヤナさん。」


 22-19。柳のストリート仕込みのプレーにより、西商三点リードで1Qが終了した。


51

「練習の成果が出せてないな。」

 1Qが終わり、2分間の休憩の時間が与えられる。その二分の間にミーティングを行う。「特にディフェンス。柳は簡単に抜かれ過ぎだし、そこからのローテーションが悪いから簡単にパスで繋がれて点を取られている。向が一本も決めてないのに救われているだけだ。」

「いやあ、あいつは早過ぎっす…。でも、外を捨てるなら多分止められます。」

「確か、試合前に庄先生が言っていたが、寺原はジャンプシュートも打てるらしい。外を捨てるのは上策ではないな…。」

 かといって、寺原に好き勝手やらせ続けるわけにはいけない。五島にマークを変更させるか…?いや、昔よりは幾らかマシになったものの、五島はまだディフェンスで期待できる選手ではない。

「…そうだ。」

 私は、一つ対策を思いついた。


「あーあ、誰かさんのせいで負けてるな…。楽なゴール下シュートなのに、四連続で外すとか、やる気あんのかなあ…。」

 寺原が、隣に座っている向に聞こえるように嫌みったらしく言う。向は、溢れ出る汗を拭いながら、俯いている。

「寺原、雰囲気を悪くするようなことを言うな。しかし向、お前のところは80%は決めてくれなきゃ、この試合計算できん。」

 翠の監督、糸井が、黒縁メガネを光らせながら言う。

「私の計算では、これから向がFG60%以上まで持ち直してくれなければ、この試合に勝つのは難しいぞ。…とりあえず一旦向を下げよう。金、代わりに出ろ。」

「は、ハイ。」

 金と呼ばれた選手が上着を脱ぎ、ユニフォーム姿になる。細身の選手だが、身長は180cmを超えている。

(何やってんだ俺は。この試合は俺にとって、最後の試合だぞ…!)

 向はタオルを握りしめる。向が座っている二人分のベンチから、ミシミシと音が鳴った。


 2Qの始まりを告げるブザーが鳴る。その音を聞き、再びコートに両チームの選手たちが出てくる。

 向こうのメンバーが変わったのにいち早く気付いたのは柳だ。

「向が下がったのか。スタミナのある選手じゃないし、調子悪かったみたいだしな…。」

「代わりに出てきた人は、どんな選手なんですか?」能勢が聞く。

「知らね。一年じゃね?まあ、お前より小さいし細そうだ。お前のとこにボール集めてやるから、点取ってくれよ。」

「え、はあ…。」

 能勢は気の乗らなそうな返事をして、ベンチの向を見る。ああしてベンチで俯いている姿を見て、能勢は心が痛むのを感じた。


 翠校は再びボールを寺原に。ここまで全てのオフェンスに寺原が関わってきている。彼は1Qで、自ら八得点を決め、5アシストと味方の得点も演出していた。

「お?」

 寺原は、目の前のディフェンスを見て素っ頓狂な声を上げる。

 彼のマークマンは小倉に替わっていた。

「ここで俺に来るってことは、ディフェンスに自信がある感じかな?だりーなあ。」

「嬉しそうに言ってんじゃねえよ。」


 今、西商でペリメーターのディフェンスが一番出来るのは小倉だ。スピードのある選手だし、この夏にウェイトトレーニングをストイックにこなし、身体も一層強靭になった。

 そして、小倉のもともとのマークマンである小島は170cmで、ここまでほぼオフェンスに関わっていない。それならば、柳に小島をマークさせ、小倉を寺原に当てればいいと考えたのだ。

(しかし、もし小倉でも止められなかった時はどうする?)

 一抹の不安を感じながら、2Qが始まる。


 寺原は武田にパス。武田はローポストの金にパスをし、金は逆サイドに小島にパスを出した。

(急に、球回りが良くなったぞ。)

 翠はパス回しを繰り返す。そして、トップの高い位置にいる寺原を除く四人が、スクリーンを掛け合いながらポジション移動を繰り返した。

「金ゴールへ切れろ!」

 寺原は味方に手や声を使って指示を出す。金が、能勢の逆をついてゴール下へ飛び込んだ。そこへ小島から絶妙なパスが入る。大賀がヘルプに行くも届かず、金がシュートを決めた。

「さっきの、セットプレーか?」

「かなあ。走り回ってるだけにも見えたけど。」

 無秩序なパスラン。それを一声で得点に繋げた寺原。翠は、まだオフェンスのパターンを隠し持っているようにも見えた。


 西商のオフェンスでは、小倉のスリーが外れ、リバウンドは武田が拾う。武田はすぐに寺原にパスを出した。

「走れ!」

 寺原はボールを受け取った瞬間フルスピードで駆け上がる。西商は、今までのゆっくりとした翠オフェンスの意識があったせいか、ディフェンスに戻るのが遅れている!

 寺原、小島、武田に対し、小倉と五島で三対二の状況が作られる。寺原が小島にパスを出すと、小島はそれをタッチパスで寺原に返す。さらに寺原がまたタッチパスで、ボールを武田に送る。このパス交換で小倉と五島のディフェンスラインは崩れ、武田がレイアップを決めた。

 22-23。開始一分で翠に逆転された。

「向がいなくなってから、オフェンスのスタイルを変えてきたな。」

「器用なチームですね。小倉を寺原にぶつけたのも、ここまでは特に効果もないですね。」三谷が、スコアシートを書きながら言う。

 機動力の無い向がベンチに下がれば、それまでのハーフコートバスケットを止めて、パスランをメインにしたラン&ガンのスタイル。

「ペースを変えられるチームってのはやはり強い。単調なペースのままで勝てるのは、力の差がある時だけだからな。」

「うちも結構ディフェンスは練習したはずなんですけどね…。」

「そうだな、皆、反応が遅くなっている。」

 寺原が声を出した瞬間に足を止めて寺原の方を見た能勢。ディフェンスに帰るのが遅かった三人。小島からタッチパスで寺原にボールが帰って来た時、過剰に飛び出した五島。

 ハーフコートバスケットで、ひたすら寺原がゲームを組み立てていた1Qの印象が強く残っており、意識を中々変えられないことに原因があることは明らかだった。

 コートの中で、大賀のパスアウトが小島にカットされる。再び、翠の速攻が始まった。

(早めのタイムアウトが必要になるかもしれない。)

 スタートから嫌な雰囲気な2Q。どこまで彼らが対応できるだろうか。


52

 翠がトランジションゲームを始めてから、点の取り合いの時間が始まった。翠はその後寺原がスリーを沈め、武田がミドルシュートとゴール下へのカットインで得点を決めると、西商は小倉のドライブと能勢のポストプレーで得点する。寺原がフリースローを貰うと、柳がユーロステップでディフェンスを翻弄しながら大賀の得点を演出した。

しかし、2Q残り三分頃には、30-35と5点差を開けられていた。

(しまったな…タイムアウトを取るのが遅かった。)

 結局西商はここでタイムアウトを取る。

「いいかお前ら、このまま点の取り合いを続けてもこの流れは変わらない。流れを変えるのは何だ?言ってみろ柳。」

「え?えーと…派手なプレイ?」

 何だと…。私は目を閉じて溜息を吐く。聞く相手を間違ったか。

「小倉!」

「ディフェンスです。」

 私は頷く。

「そう。ディフェンスだ。ディフェンスで相手の流れを止めて、こちらの流れに持ってくる。和馬というプロバスケ選手も言っていた。『ディフェンスとは、防波堤のようなもの。激しい波を止め、そして、跳ね返すのだ。』、と。」

「よし、皆ディフェンスの意識高めていこうぜ。パスランでディフェンスが崩されるのは、気を抜いているからだろ。マークマンがボール持ってなくても、常に声出して足動かして、皆でディフェンスしていこうぜ!」柳がそう言いながら拳を突き上げる。

「よし。」

「やりましょう!」

 何故、先ほど頓珍漢な答えをした柳が皆をまとめるんだ?しかし、チームの士気は上々だ。

「盛り上がっているところすまないが、一旦メンバー交代をしよう。二試合目だから疲労も大きいだろうしな。田部、小町、中野、藤原、出てくれ。ええと、一人残さなくちゃならんが、誰が残る?」

「俺が残ります。」

 そう言ったのは、大賀だ。

「インサイドがいいようにやられとったのは、やはり俺の責任ですわ。速攻についていくこともできなかったし…。」

「いや、俺が残る。」

 大賀の声を遮ってそう言ったのは、小倉だ。

「寺原にやられたままでベンチに座りたくねえ。絶対に俺が残る。」

(またこいつらか…。)

 私はうんざりしながら、コートを見る。既に、翠の選手たちはコートに集まっている。

「じゃあ、間をとって能勢だ。行けるな?」

「えっ?」

「ちょっ。何でそうなるんだ?間って何の間だ?」

 大賀は不満げだが、私は耳を貸さない。

「時間ないんだから、ほら、早く行きなさい。」

 田部に押されるようにして能勢はコートへ行く。

 それを見送ってから、小倉と大賀に話しかける。

「悔しいと思うなら、3Qに見せつけてやれ。向こうもベンチメンバーを出してきているし、寺原もいない。そんな時間に勝ったって仕方ないだろう?」

「あ、ああ…。そりゃあそうだが…。」

「私たちにできるのは、一点でも点差を詰めてくれるよう応援するだけだ。」


 2Qの残り時間は、小町がスリーポイントを二本連続で決め、能勢のオフェンスリバウンドを取ってのシュートや、中野がパスカットからの速攻を決めて得点した。

 しかし、再びコートに立った向が力強くゴール下やミドルシュートで得点を重ね、追いつくまでには至らなかった。結局、2Qを終わって40-45と5点ビハインドは変わらなかった。

「向さん…1Qは全然圧力を感じなかったのに…。」

 能勢は汗を拭きながら言う。

「やっと本調子かな。スタメンに戻されたら苦しくなるかも。」

「そうだな、あれは能勢一人じゃ止められないかもな。」

 去年の向を知る柳と小倉はそう評する。しかし、能勢は別のことを考えていた。

(多分、向さんは寺原君と一緒にプレーしてる時間は自分のプレーが出せなくなるんじゃないかな…?)

 向の1Qの頃の苦しそうな表情を思い出す。しかし、先ほどは点を決める度に笑顔が見えた。




まるで…、中学の頃の僕みたいだ。




 こら能勢ェ!シュート外してんじゃねえ!

 走れよ!足止めんな!

 パス出せよ!俺フリーだったぜ!?



 …あーあ、あそこでお前がシュート決めてたら、準決勝まで行けてたのにな…。

 パス出さなきゃ良かったよ。


 …いや、もう言わなくてもいいや。


 どうせ同じチームではもうやらねーし。



 中学の頃、寺原から言われた言葉がフラッシュバックする。準々決勝で、決勝のシュートを外して敗退した時のことを思い出す。

 最後のパスは寺原から来た。コーナーの、スリーポイントのラインの少し内側の位置だ。

 そのパスはジャンプシュートを打たせるには低すぎるパスだった。しかし、時間が無かった。


 彼は今も何も変わっていない。能力は一流かもしれない。しかし、自分の思い通りにならなければ罵声を吐き、他人の気持ちなんて考えない。

 …正直、彼と再び会いたいとすら思っていなかった。確か今朝会った時に、彼は「能勢ぐらいのセンターがいるなんて羨ましい」などと言った。その時は少し、彼も性格が変わったのかな、と思っていたが、今思えばただの皮肉だったのだろう。


 準々決勝が終わった後、僕は何も言い返せなかった。最後のシュートを外したから?いや、寺原が怖かったからだ。

 今、この試合でも消極的なプレーしかできなかった。寺原の存在が、心の中で大きなプレッシャーになっていた。


「…何か悔しいな。」

 タオルで顔を覆い、めちゃくちゃに汗を拭う。そして僕は、タオルの中で密かに笑った。

 …見返してやろう。


53

「さて、3Qだ。今日は小町のシュートタッチがいいみたいだし、五島と小町を交代させる。あとはもとのスタメンのままだ。」

「はいっす。」

 小町は途中出場で、スリー2/2で決めている。いまいち目立たない五島より貢献してくれるはずだ。

「ディフェンスについて確認するぞ。相手が2Qの時のようなパスランでオフェンスしてくるなら、声を出してマークを外さないようにしよう。相手も疲れてるから、そう長いことあのオフェンスを仕掛けてはこないだろうが…。」

「1Qみたいに、寺原メインで攻めてきたら?」

「それは…。」


「3Qは、寺原メインでオフェンスを組み立てよう。向、さっきのようにシュートを決めてくれよ。」

「は、はい。」

 向は汗を散らしながら頷く。

「先生、寺原のところは西商は止めようとしてくるでしょう。さっきみたいなパスランでいいんじゃないですか?」武田が聞く。

「止められねーよ。あの程度のディフェンスじゃ。」

寺原はうすら笑いを浮かべながらベンチにもたれかかっている。

「そう簡単には止められないさ。何より、寺原がボールを持っているのが、うちにとってのベストポジションなんだ。」

「ベストポジション?」


 一般的に、優秀なガードに求められる能力として、球離れの良さが挙げられることは少なくない。しかし、寺原のプレースタイルは、それと真逆。圧倒的にボールを保有している時間が長い。

 しかしそれは、翠高校にとって寺原がボールを持っている状態が、最も得点に繋がりやすいポジションだという特殊な状況がそうさせているのだ。

 寺原は自ら得点する能力ももちろんのこと、味方の位置とディフェンスの位置を把握する能力もずば抜けている。自分のドライブでどこがフリーになるか。フェイクでどうディフェンスがずれるのか。寺原のその能力は、彼の持っているセンスとしか言いようがない。感覚のままプレーし、得点に結びつけることができる。それが寺原だった。


「寺原が入学してきてから、何度も練習試合を行い、統計を取ったんだ。私は統計学を専攻していたからな。…寺原から始まるオフェンスの成功率の高さは、うちのチームの中で最高だった。向以上だ。つまり、寺原のところにボールがある時が、うちにとってのベストポジションと言えるわけだ。」

「…そうなんすか。」

 武田はその説明を受けても、どこが不満げな表情をする。反して寺原は得意満面といったところ。

「さあ、3Qが始まるぞ。コートに行きなさい。」




 3Qは西商ボールから始まる。柳がボールを受け取り、3Qが始まった。

「ヘイ!」

 能勢がハイポストで面取りをする。柳はパスフェイクを何度か入れてから、能勢にパスを入れた。

 能勢はハイポストの位置から、振り向いてフェイスアップ。ジャブステップから、ポンプフェイク。ここで向が反応して体を起こしてしまう。

 その隙を能勢は見逃さずドライブ。一色のヘルプの上から、打点の高い、フローター気味のシュートで捻じ込む。

「高い…!」

 能勢のシュートに跳ぶことすらできなかった一色は悔しそうに呟く。

「簡単に抜かれんなよ…。」

 寺原はスローインを受け取り、敵陣にボールを運ぶ。

(さて…どうするかな。)

 周りを見渡す。そして、ディフェンスと距離をじわりと詰める。

 …すると。

「なっ!」

 マークマンだった小倉、そして柳がダブルチームを仕掛ける!寺原は、思わずドリブルを止めてしまう。

(パス…!)

 寺原はパスの出しどころを探す。しかし、柳の手が視界を塞ぎ、小倉の足が軸足を挟んでいるので、ピポッドを踏むこともできない。視界の端に移った武田にパスを出そうとすると、そのパスは小町にカットされた。

「速攻!」

小倉がスタート。小島も付いて行こうとするが、小倉のスピードにぶっちぎられる。小町は小倉にパスを出し、速攻に二点を獲得した。

「よし一点差だ!」

 西商ベンチが盛り上がる。


「ダブルチームはだりいよ。武田、運んでくれ。」

「はあ?」

 寺原はボールを武田に。武田は嫌そうな声を出したが、ボールを受け取らないわけにはいかない。そのままボールを運ぶ。

 今度は向がローポストでポストアップをした。武田はそこにパスを入れる。

 向は味方の位置を確認。他の見方は皆スリーポイントライン上で待機している。つまり、向のポストオフェンスで攻めろという意味だ。

(決めなきゃ…!)

 向はごりごりと能勢を押し込む。そして、ゴール付近で体を半回転させフックシュート。

(弾道…高!)

 そのフックは、ボードの頂点よりも高く上がり、垂直に近い角度でゴールへ向かう。しかし、ボールはリングに弾かれ、リバウンドは大賀が取った。

「くそっ…!」

「どうしたんだ、向!しゃんとしろ!」

 翠ベンチから声が飛ぶ。

 ボールは大賀から柳へ。そして、柳から、また能勢へと渡った。

 能勢が立っている位置はスリーポイントラインの外。しかし能勢は構わずシュートを放った。

「早いだろ!」

 大賀が叫ぶ。リバウンドを取れるポジションに味方がいない状況のシュートだ。良い判断とは言えない。

 …しかし能勢は、このシュートを決めた。47-45で、西商が逆転する。

 会場がにわかに盛り上がる。観客はほぼ他校の選手だ。

「翠って、島上と競ってたところじゃん…そこに西商が競ってるのか。」

「西商すげえな!」

 歓声も、やや西商寄りになってきたかもしれない。


「…寺原メインのオフェンスで来たら、ダブルチームで潰す。後ろの三人は声を掛け合って、パスが出たらカットを狙え。」

 ハーフタイムに、そう指示を出した。…よし。まず、ディフェンスで寺原を潰し、流れを変える作戦。成功したと言えるだろう。


 …しかし先ほどの能勢のスリー。彼は前半から消極的なプレーが続いていたのに、どういう風の吹き回しなのか。


54

 第3Q、残り八分。翠のキーマンである寺原にダブルチームを仕掛ける作戦が成功し、47-45と西商二点リードとなった。

 翠のオフェンスで寺原がボールをハーフコートまで運ぶと、再び柳と小倉がダブルチームを仕掛ける。

(ダブルチームくらいで、この俺を完全に止められると思ってるのか?)

 寺原はステップバックで一旦距離を取る。そして、柳と小倉の体の間に潜り込むような低空ドリブル!

(抜いてやったぜ!…あっ!)

 寺原が姿勢を直そうとした瞬間、目の前に立っていた選手とぶつかる。小町だ。

 小町は大げさに倒れ、審判が笛を吹く。寺原のチャージングだ。

「はあ!?」

 寺原は気に入らないという声を出すが、タイミングは完璧にオフェンスファール。審判は取り合わない。

「ナイスディフェンス!」ベンチ陣も盛り上がる。

 翠の監督、糸井は苦い顔をする。

「三人目だと…!?」

 寺原にダブルチームが仕掛けられることは、翠にとって想定内ではあった。しかし、西商の、ダブルチームが破られた後の三人目の対応は驚きであった。

「…これも作戦の内か?」

 糸井は黒沢の方を見る。


「今のは、小町の独断だな。」私は三谷に話しかける。

「あいつは意表をつくプレーをしますよね。いつの間にか視線の外にいる。」

「ああ。そしてあいつの動きが一番活きるのが、ハーフコートオフェンスだ。」


(この小町って選手は、スクリーンを使うのが上手そうだな。)

 先ほどの2Qの終わり頃、小町は連続でスリーを決めている。どちらのスリーも、小町はスクリーンを利用してフリーになってから、シュートを放っていた。

 そのことを見ていた武田は、小町の動きとスクリーンに目を光らせる。

「…スクリーン!」翠の誰かが、スクリーンが仕掛けられたと声を出す。

 武田は一瞬、自分にスクリーンが掛けられたかと、後ろを見る。しかし、スクリーンはPGの寺原の方へ掛けられたものだった。

 そして、小町の方に視線を戻す。…しかし、誰もいない。

「あっ!」

 武田が気付いた時にはもう遅かった。小町はゴール下に飛び込み、柳からパスを受けていた。

 インサイドの要、向は、マークマンの能勢がスクリーンを掛けに外に出て行った為、外に釣りだされていた。小町はノープレッシャーでシュートを決める。

「す、すみません!」

 武田はチームメイトに謝る。いち早く反応したのが寺原だ。

「ディフェンス気ぃ抜いてんじゃねえ!」

 他の三人は、仕方ないといった感じだ。


(…お前だってミスしてるじゃん。偉そうに。)

 武田は心の中で毒づく。


 その後も翠は攻めあぐねる展開が続く。西商はダブルチームに行く二人を除いた三人は、ゾーンディフェンスのような形で守っていた。インサイドは能勢と大賀で守りながら、ジャンプシュートの得意な武田は積極的にカバーする。翠の小島や一色はシュートが得意でないが、結局ディフェンスの薄い二人にボールが集まり、彼らが仕方なく打つというオフェンスになっていた。当然、得点が伸び悩む。

 その中、西商のオフェンスでは一人の男が躍動していた。


 小倉のスリーが外れる。そのリバウンドを、能勢が腕を伸ばして取った。そのままシュートを決める。

(創造以上に手が長い…!スクリーンアウトの外からでもリバウンドを取られてしまう。)

 向は機動力がない分、パワーを活かしたポジション取りによりリバウンドを取っていく選手だ。しかし、能勢はそれをものともしない。

  背中側からでも、腕を伸ばしてリバウンドを奪う。

 再び、小町のスリーが放たれる。向はとにかく外に能勢を押し出そうとする。

 しかし、向が能勢を押す瞬間、能勢はスピンして向の前に回り込む。そのまま、逆に能勢が向をスクリーンアウトした。

 小町のスリーは、リングに当たって遠くに跳ねた。そのボールは調度、向の方へ落ちていく。

(危ない、また取られるところだった。)

 向は安堵する。

 しかし能勢は、上半身を逸らしながら、指先でボールを巻き込むようにしてリバウンドを奪取した。

 そして再び、ゴール下シュートを決める。

「何本やられるんだよ!」寺原がまた噛み付く。

 向は茫然として能勢の後ろ姿を眺める。

(手が長いだけじゃない。指も長い…いや、指先でボールを掴む力が強いのか。)

 向は自分の手を見る。短くて太い、不器用そうな指だ。

「才能か…。」

 向は目の前を走る一年生を見ながら、呟いた。


 翠は次のオフェンスも失敗した。外れたボールを、能勢が取る。

「ヘイ!」

 柳がボールを呼ぶ。しかし、能勢はそのままドリブルを付いて、猛然と駆け上がった。

「能勢!?」

 驚く柳を数歩で追い越し、能勢は速攻のトップを走った。今までの西商とは違うリズムに、翠のメンバーも反応が遅れ、付いていけない。

 …ただ一人を除いては。



 能勢は、スリーポイントのライン辺りでドリブルを止め、右足、左足で踏みきる。

「調子に乗んなッ!」

 その能勢の後ろから、寺原が跳んだ!

「高い…!」

 172cmの寺原が、リングに手が届く程の跳躍を見せた。

 まさか、PGが能勢をブロックするのか?私は、ベンチから立ち上がった。




 ドガッッ!!!

 能勢が、寺原を吹き飛ばしながら、リングにワンハンドダンクを叩きこむ!


「ダンクだ!」

「ダンクが出たー!」

 会場が熱気で包まれる。皆、信じられないといった表情で能勢を見つめる。

 能勢は黙って、倒れた寺原を見下ろしていた。

(勝った。寺原君に!)


 寺原はうつ伏せで倒れたまま、震えながら地面を見る。

「能勢が…この俺を?」

 能勢は、ダンクを打つ手とは逆の手で、寺原の手をなぎ払った。その際に寺原はバランスを崩し、派手に転倒してしまったのだ。

「この…くそ!」

 寺原は怒りのままに立ち上がろうとする。その時に利き手を地面につけると、手首に鋭い痛みが走った。

「いてえっ!」

 寺原はそう叫び、手首を抑える。不審に思った審判が駆け寄った。

「大丈夫かい?」

「いや…。」

 寺原は手首を抑えて、顔を歪める。その姿を見て糸井がタイムアウトを取った。


「寺原は怪我みたいだな。」

 西商ベンチで、柳が言う。

「寺原は試合を続行するのか一旦ベンチに下がるのか知らないけど、利き手を怪我したんじゃ、もう満足にプレーはできないだろ。向は不調で、寺原は怪我。こりゃ、勝ったも同然だな。」

 実際、既に55-45と、十点差をつけていた。流れは完全に西商にある。

(良かった、こんなところで負けていては、また校長にどやされる。)

 得点板を眺めながら、私はそんなことを考えていた。


「どうした?」

 翠ベンチで、糸井が聞く。

「手首が痛い…倒れた時に、無理な受け身をしたのかもしれねえ。」

「分かった、無理をするな。一旦ベンチに下がって氷で冷やしておけ。」

「でも…!俺がいねえと…!」

 寺原は糸井を見る。

「大丈夫だ。お前がいなくても勝てるはずだ。」

「はずだ、って何だよ!勝たなきゃいけねえだろ!」

「勝つ。なんたってうちには…。」

 そう言って糸井は向を見る。

「向がいるんだ。負けるはずがない。」

 そう言って向の肩に手を置いた。


 誰より驚いたのは向だ。今日のパフォーマンスでは、チームのお荷物と言われても仕方がないはずなのに。

「向って…何の気休めにもならねえよ。こいつに任せて勝てるわけねえだろ!」

「勝てるさ。このチームで一番努力してきたのは誰だと思ってる?」

 努力?その言葉を聞いて、向は先ほど能勢の才能をひしひしと感じたのを思い出す。努力をしてきたからといって、あの才能に敵うのだろうか?

「向。今日のお前は調子が悪いかもしれない。統計学の観点から言っても、今日はお前を使わない方がいいことは誰にでも分かる。向こうのセンターの能勢は、一年生とは思えない程のプレーヤーのようだ。しかし、お前が今までしてきた努力を、俺を知っている。お前の三年間を、俺は信じてもいいか?」

 俺の三年間…。向は思い出す。

 一年生の頃、俺は体がでかいだけの何もないプレーヤーだった。チームで一番下手で、走ることもできない。バスケのような走りっぱなしのスポーツに、俺みたいなデブは向いてない。毎日、辞めようと思っていた。

 しかし、バスケが嫌いには、どうしてもなれなかった。毎日、吐きそうになりながらも練習を続けた。

 二年生のいつだったか。俺は山岡市内トップクラスの技巧派センターと言われ、翠校の中心選手として扱われるようになった。

 決して悪い気分ではなかった。技巧派という言葉にはどこか知的な響きがあったし、俺のような図体のでかい選手が技巧派なんて、それだけでおかしいではないか。俺が三年になる来年には、翠校は強豪校になっているだろうというのがもっぱらの評判だった。

 しかし、いざ三年になってみると、チームは変わってしまった。一年生の寺原の加入により、俺はチームのエースではなくなってしまったし、彼とするバスケは息苦しかった。

 結局春大会でも、本来の力を出し切れずに島上高校に負け、地区予選敗退となった。

(俺は…どうしてまだバスケを続けているんだ?)


 答えは決まってる。バスケが大好きだからだ。

「俺は、いや、俺達は勝つ。信じてくれ、寺原。」

 誰がエースかなんて、どうでもいい。俺はバスケが好きだから、ゲームに勝ちたいからプレーしているんだ。寺原を変に意識する必要がどこにあるんだ。

 才能がある方が勝つと決まっているわけではない。勝利への執念。何より大切なものを、俺は忘れていたようだ。


 寺原は、向の堂々とした眼差しに声を失った。糸井はそれを見て頷く。

「よし、それでは寺原を一旦交代。PFには金を入れて、他のポジションは一つずつずれろ。ディフェンスはマンツー。オフェンスは向にボールを集めろ。この時間が正念場だ。気を引き締めろよ。」

「よし行こう!」

「オス!」

 向が先導し、翠メンバーはコートに入る。

(さあ、ここからがバスケの楽しい時間だ。)

 向は楽しそうに肩を回した。


55

 3Q、残り三分で57-45。西商12点リード。

タイムアウト前の能勢のワンハンドダンク。その際に寺原の手がファウルを吹かれていた為、能勢のワンスローから試合が再開となる。

 寺原は手の負傷によりベンチへ。翠はこれまで、ほぼ全ての時間帯で寺原がゲームを組み立てていた。そのキープレイヤーがいなくなったことにより、西商の勝利は盤石なものに見えた。

 西商は選手交代を行い、柳、小町、小倉を下げて、田部、五島、藤原がコートに入る。翠は寺原の代わりにSFに金を入れ、武田がPG、小島がSGとなる。


 能勢がワンスローを落ち着いて決める。金のスローインを武田が受け取る。

 武田は糸井監督の言葉を思い出す。


 いいか、ゲームを組み立てようとか、余計なことは考えなくていい。

 今はただ、向にボールを集めろ。


 ゆっくりとボールを運び、向を待つ。

 向がローポストに入る。

 豊満な肉体で能勢を押し込み、面を張る。武田はシュートフェイクからパスを入れる。

「ふんッ!!」

 向はパワードリブルで能勢を押し込む!能勢は倒れそうになるのを何とか踏ん張る。

(この人はノーチャージエリアまで入れたら駄目だ…!)

 能勢は力を振り絞って向を押し返そうとする。

 そこで向が、巨体を揺らしてスピンムーブで能勢をかわす!

「うわっ!」

能勢は勢い余って前方に倒れてしまう。向は楽にゴール下シュートを決めた。

「よっし!」

 向はガッツポーズをしながらディフェンスに戻る。その間、武田や一色などとハイタッチをする。

「上手い…というか…速い…?」

 能勢は立ち上がりながら呟く。あの身体でこんな機敏なプレーをするとは思ってもいなかった。

 次の翠のオフェンスでも、数度のパス交換の内に、向にパスが入る。

 ボールを貰った瞬間、凄まじい勢いでハーフスピン!その勢いに、先ほどのスピンムーブが頭をよぎった能勢は一歩引いてしまう。

 その一瞬で向は逆にターンし、左手でフックを放つ。そのフックは、3Qの始め頃に見せたものと同じように高い弾道を描き、垂直にゴールに吸い込まれた。


「向、調子上げてきたじゃん。ほっとくと止められなくなるぜ?」

 柳がベンチで水を飲みながら言う。まるで他人事だ。

「早めにスタメンに戻すかもしれない。気を抜くなよ。」

 まだたった二本だ。ただのまぐれに違いない。だが、まさか…と考えていた私を、歓声が襲う。

 田部のスリーポイントが決まる。まさに意表をつく形で打ってきた。マークマンの小島は信じられないという顔をする。

「よし!ナイシュー!」

 61-49で、点差はまた12点差となる。しかし…。

「ドンマイ!」

 向が手を叩いてチームを鼓舞する。それにつられたように翠ベンチも盛り上がる。

「大丈夫!取り返すぞ!」

「スリーチェックしてもう打たせないようにしよう!」

「流れはまだこっちですよ!」

 そんな中、寺原は一人むすっとしていた。

(そんな気楽なバスケで勝てるのかよ…。)

 寺原は、ベンチで手を冷やしながら呟く。

(三年間努力してきた?それを信じる?三年間続けてきたことが勝利の条件になるなら、三年がいるチームならどこでも優勝候補じゃねえか。そんな楽なことはねーだろ。ほんと、気休めにもなんねー…。)

 心の中で毒づく。

 しかし、無意識にも、目は向を追っていた。


 金は、180cmというサイズの割に非常にハンドリングのある選手で、金のドリブルに藤原のフットワークでは為す術もなかった。藤原が抜かれると、大賀がヘルプに出る。

 そこで、金はペイント内でフリーになった一色へパス。一色はボールを受け取るとゴールを見るフリをして右コーナーの向にパスを入れた。

 能勢は、一色にヘルプに出ようとしていた為、パスへの反応が遅れる。しかし、向との距離はそう離れていなかった。

「パスが無駄に早過ぎ。」寺原が呟く。

(ブロックできる…!)

 能勢は少し離れた位置からブロックに跳ぶ。しかし、向は構わずシュートを打った。

 向のシュートは異常な弾道だった。先ほどのフックと同じく、能勢の手より高く、非常に高い弾道を描き…そして、リングに当たりもせずにネットに吸い込まれた。

「連続三本!」

「上手すぎです、向先輩!」 


 糸井は、柄にもなく自分が興奮しているのを感じた。

(向は、自分のことを才能の無い人間だと思っているようだったが…。)

 あの体格での機敏なスピン。柔らかなフック。そして正確なジャンプシュート。

 たった三年の努力だけで、それらのスキルをここまでのレベルにまで高めることなんてできやしない。

(間違いなく天才の域に入る。向は…。)


 4Qが始まっても、試合はほぼ向の独壇場だった。

 ポンプフェイクを織り交ぜられた向のフックは、能勢一人で止められるものではない。しかし、大賀がヘルプに行けば空いた一色、金が飛び込んできて、向は正確にそこにパスを通した。

 向はディフェンスでも鬼気迫るプレーを見せる。100kg級のプレーヤーがブロックに飛んできて、プレッシャーを感じない人間はそういない。西商は五島のミドルシュートで一本返したものの、残り七分で63-58。まだ五点差とはいえ、さらに翠ベンチはヒートアップする。


 熱い。暑さのせいじゃない。寺原は、何か…胸の奥から何かが込み上げているのを感じた。


56

 4Q残り七分、五点差。追い上げられている西商はタイムアウトを取った。

「向にボールを持たせるな。ポストを張られたら前に立ってパスコースを塞げ。裏にパスが出たら後ろの奴がヘルプに行け。」

 焦りが出てき始めた西商ベンチ。私、黒沢がせわしなく指示を出す。

 流れが向こうにある時は、疲労が来るのも早い。特に能勢は荒い息を吐いていた。あの向と体をぶつけあっているのだから、消耗は一番激しいだろう。

「能勢、大丈夫か?」

「監督、向があと七分スタミナが持つとも思えんし、一旦能勢を下げた方がいいだろう。向には俺がつく。」

 大賀がそう提案する。確かに、向は持久力がありそうな選手にも見えない。

 しかし、能勢を下げてしまうのはペイント内のディフェンス力の低下という不安があった。

「先生、向を止めなきゃ勝てないって、そう勘違いしてないか?」

「何?」

「俺が突破口を開いてやる。」

 そう言ったのは、小倉だ。小倉は今日の試合ではミスも多く、プレーが非積極的になっており、ほとんど目立っていない。

「やれるのか?」

「任せろ。」

「…分かった。とりあえずメンバーは柳、小町、小倉、中野、大賀で行こう。中野、足を止めるなよ。」

「は、はい!」

 PFに、もともとインサイドプレーヤーでもない178cmの中野を置くのは不安があるものの、足を使ってくる金や一色には藤原では対抗できない。

(向を下げてくれると嬉しいんだが…。)


 しかし、私の期待は現実にはならなかった。向は普通にコートに入ってきた。その顔は心なしか生き生きとしているようにも見える。

 西商ボールで試合が再開される。柳がボールを受け取る。

 柳は手を振ってチームを動かす。

(小倉のアイソレーションか。今日はあの小島に止められっぱなしなんだけど…。)

 ゲームメイクの視点で言えばあまり好ましくないが、柳は小倉の言葉を信頼して、パスを出す。

(今日はたった四得点。エースは点を取るのが仕事なんだ。チームが勝っても、点を取れないエースは批判される。)

小倉は小島と正対する。

(このまま終わってたまるか!)

 小倉は、この日、最速のドライブ!小島を一瞬で抜き去る!

 しかし、ヘルプに向が来る!

「うおっ!」

 小倉は、向に真正面から突っ込む!激しく接触し、互いに吹き飛ばされた。小倉は苦し紛れのシュートを放つも、リングに届きもしなかった。

「馬鹿、あいつ…!」柳が目を手で覆う。

 笛が鳴る。

「ディフェンスファール、白四番!」

「は!?」

 何と向のファールが宣告される。タイミングはオフェンスファールでもおかしくはなかった。当然翠の選手は抗議する。

「いい、大丈夫だ。」

 向がチームの皆を制する。そして、三人がかりで助け起こされながら立ち上がった。

「小倉、強引すぎだ!怪我したらどうする!」大賀が叫ぶ。

「強引すぎる?」

(違う、エースは強引であるべきだ。寺原もそうだし、先ほどまでの向もそうだったじゃないか。…能勢は、エースなんかじゃない。)

 小倉はそう思ったが、言葉にはせずに大賀に背を向ける。そして、フリースローラインの前に立った。


 小倉はフリースローを二投きっちり決めた。

 そして翠オフェンス。大賀は指示通り向の前に立ってパスコースを塞いだ。武田はパスが入らないと見るや、ハイポストの一色へパスを出す。

 一色はその位置からすぐに向へパス!

「それだ、角度を変えたパス!」

 糸井は嬉しそうに叫ぶ。練習通りのプレーを教え子がすると、監督としては嬉しくなるものだ。

 しかし、そのプレーは成功しなかった。中野がパスに飛び付き、そのボールをキャッチした。

「下手くそ…。」寺原がベンチで毒づく。

「よし、ナイスカット!」

 小倉がスタートを切る。中野は前にパスを投げた。

 小倉のスピードに誰も付いていけなかった。楽に速攻を決める。


(九点差か…。)

 向は得点板を見る。残り五分で、67-58。時間的、少し厳しくなってきた。

 翠オフェンス。またも大賀は向にパスを入れさせないように、身体を張って止める。

「くそ…!」

 スリーポイントのラインまで開いて、向はパスを貰う。しかし大賀がすぐに距離を詰めてきたので、シュートは打てない。

 向は背中を大賀に押し当てて、ドリブルで押し込む。しかし、大賀も全力で止めに行く。

 ここで、また向がスピンムーブ!だが、簡単に入り込めずに、結局ボード裏で止められてしまう。

 向は外にパスを捌くも、24秒計が鳴って西商ボールとなる。

(くそ、この人は能勢君みたいな高さはないけど、パワーがあるな…。)


 西商は、また小倉がボールを持ち、アイソレーション。

(大丈夫か…?)柳は不安に思う。

 小倉は緩いフロントチェンジから、レッグスルー、そしてクロスオーバーで小島を揺さぶる。そして小島がずらされたところで、少しステップバックしてゴールを見る。

 シュートを打たれると思った小島が前に出たところを、小倉は抜いていく。ヘルプにはまた向が来ている。

「小倉、ストップ!」

 柳が叫ぶ。パスの出しどころも塞がれ、シュートコースも無い。

 しかし、小倉は尚も突っ込む!また向と接触する。右手でレイアップと見せ、左手に持ち替えてまた狙う。

「甘いッ!」

 向が、そのクラッチに動じずに小倉をブロック!地面でワンバウンドしたボールを、向が掴む。

「さあ一本!」

 向は武田にパス。翠のオフェンスが始まる。


 寺原は左手を冷やしながら、試合の流れを見る。

「これじゃただのワンマンチームだ。こんなチームで勝てるわけがないだろ…。」

 また向にボールは通らず、武田のジャンプシュート。しかし、これも外れる。

「全く…。」

 外れたボール。これを向が巨体を躍動させて掴んだ!着地した瞬間、ミシッと体育館の床が軋んだのが聞こえた。そしてそのままシュート。

「させるか!」

 大賀がブロックに飛ぶ!向と大賀が、激しく接触した。


 …しかし、この大賀を吹き飛ばして向はゴールを捻じ込む!

「バスケットカウント、ワンスロー!」

 審判がコールすると同時に、向も吠える。

「うおおおおっ!」

 その声は観客にも連動する。叫び声がこだましているようだ。


「…糸井監督。」

「ん?」

「俺を出して下さい。今のこのチームには、向さんをバックアップする選手が必要だ。」

 そう言ったのは、何と寺原。

 向さん?まさかの物言いに、糸井は大げさに瞬きをする。

「監督!この試合に勝つためには、俺が出なきゃ駄目なんだ!」

 寺原の声に、糸井は驚いて少し固まる。

「…手は?大丈夫なのか?」

「シュートを打ちに行くわけじゃないっすよ。ドリブル、パスぐらいなら左だけでも十分。」

 そう言って寺原は左手で胸を叩く。

「…よし、行ってこい!」

 そう言って糸井は寺原の尻を叩いた。


57

 67-60。西商七点リード。

 審判の笛と同時に、小島と交代して寺原がコートに入ってくる。

「手は…?大丈夫なのか?」

 私は寺原がコートに立ったことというより、寺原の怪我の状態を心配する。

「思ったより軽いけがだったのかもしれないですね。まあ、足と違って手の怪我くらいならバスケを続けられないことはありませんし。」

 それは、そうかもしれない。しかし、普通利き手を怪我した選手を使わないだろう。シュートは打てないし、ドリブルが片手でしかできないというのであれば、ガードとしての役割をこなせない。

「左手一本で何ができると言うんだ?」


(またでしゃばってきたのか?)

 武田はコートに入ってきた寺原を見てげんなりする。怪我をしてるのだから、ベンチで休んでいればいいのに。

「おい、寺原…。」

「武田、フリーだったらパス出すから、迷わず狙えよ。」

 そう言って寺原は武田の肩を叩く。武田は言葉に詰まった。

「お、おう…。」

 寺原は武田の横を通り過ぎて向の元へ向かった。

 そして、腕を突き出す。

「向さん、勝ちましょう。」

「……。」

 向は一瞬目を見開く。目の前の男から聞き慣れない敬語が出てきたことに驚愕した。

 しかし、すぐに微笑み、寺原の腕に自分の腕をガシッとぶつける。

「もちろんだ。」


 向はボーナススローをきちっと決めた。67-61となる。

「くれっ!」

 すぐに小倉がボールを呼んだ。能勢は思わず柳を無視して、小倉にパス。

 小倉は一人で、ドリブルで駆け上がる!


「あいつ、スイッチ入っちゃってるなあ…。」

 三谷が呟く。

「スイッチ?」

「あいつ、たまに周りに目もくれず点を取りに行こうとする時があるんですよ。南北と対戦してた時の終わり頃もそんな感じでしたけど。ちょっと今日の調子だと、良くないことが起こりそうですね…。」

「おいおい…。」

 小倉を見ると、なるほど確かに目がひたすらリングを追っている。

「小倉、ちょっと落ち着け!」

 私はベンチでそう声を出すも、彼には聞こえていないようだった。


小倉は一人でボールを運ぶ。ディフェンスには寺原、武田の二人が帰っている。

小倉はスピードを緩めず、ベースライン方向に寺原を抜き、武田の前でジャンプシュート。

 …しかし、これはリングに弾かれる。だが、そのリバウンドを取ったのは大賀!同時に金がヘルプに寄ってきたので、大賀は外の柳にパスを戻す。

「小倉ぁ!何でこの場面でそんなに急いでシュートに行く必要があるんだ!」大賀が叫んだ。

「うっせ、静かにしろ。」


 小倉は大賀に一瞥もくれず、コーナーに開いた。大賀は顔に血管を浮かび上がらせ、今にも爆発しそうな顔をしたが、試合中なのでそうもいかない。

(空気悪いな…。ちょっとペース落とそう。)

 柳はドリブルをしながら、足を止めて、回りを見る。その隙を、寺原が見逃さない。

 ボールが地面を跳ねる瞬間、寺原が飛び出す。不意を突かれた柳より速く、ボールを奪った。

「ナイススティール!」翠ベンチが騒ぐ。

 しかし、寺原は左手一本でのドリブル。ハーフライン付近で少しファンブルし、速攻はならず。柳が帰ってくる。

「危ね…!」

 柳が寺原の目の前で構える。寺原は一度足を止めて、すぐにまたドライブを開始!

 しかし、左ドライブしかできないということを読んでいた柳は左へスライドステップをして、寺原の進行を阻む。そこで、寺原は左手一本でのスピン!逆サイドへ展開すると、ゴールは目の前。柳を背にして、レイバックでゴールを狙う。

 だが、小倉も帰ってきていたことに寺原は気付かなかった。

「させるか!」

 小倉がブロックへ跳ぶ。右手に持ち替えることもできない寺原は、ノールックで外にパスを出した。

 …そのパスを受けたのは、向!

(嘘だろ、そのタイミングでパスが出せるのか!というか、ドンピシャで向の元へ行くパスって…!)

(向さんの位置なんてすぐに分かるさ。あの足音だぜ?)

 向はドリブルで一歩距離を詰めて、スリーポイントを放つ。このシュートも、綺麗にゴールに吸い込まれた。

 67-64。ついに三点差まで追いつかれた。

「ナイスパス。」

「あざす。」

 向と寺原は再び腕をぶつけ合う。

(今までの「決めろ!」というとげとげしたパスじゃない。柔らかいパスだ。寺原、変わったな…。)

 向はそう感じた。実際、今まで感じていた寺原との「やり辛さ」を、今は不思議と感じなかった。

(残り四分、三点差。いけるぞ…!)


 翠校の追い上げにより、翠校に流れが傾くかと思われたが、試合はその後も互角の展開が続いた。柳のアシストで大賀が得点すると、翠は寺原のアシストで武田がミドルシュートを決める。次に小倉がファールを貰い二投きっちり決めると、向がローポストからフックシュートを決めた。しかし、互いにディフェンスが良く、それ以上の得点はなかった。

 そして71-68。三点差のまま残り一分を迎える。


 西商は中野を降ろして能勢を戻していた。

 寺原がゆっくりとドリブルをつく。

(左手が重い…片手だけってのはやっぱり無理があるぜ。)

 ここまで寺原は右手を全く使わずにプレー。しかし、なんとターンオーバーは一度も犯していなかった。しかし、左手の負担は非常に大きかった。

 寺原の疲労には柳も気が付いていたが、積極的にディフェンスを仕掛けるほどの体力も残っていない。両者、相手の出方を窺う。

 先に仕掛けたのは、思いもよらぬ所。

 一色が武田にスクリーンをかけにいった。

 武田のマークマン、小町は綺麗にスクリーンに引っかかる。武田はゴール下へカットしたが、一色のマークマンである大賀は遅れながらもついていく。

 しかし、ゴール下にも向のスクリーンが!大賀はどうしようもなく行く手を阻まれ、武田はそのままコーナーへ向かった。

 そこへ寺原からのパスが通る。

(何回も練習した動き…!絶対決める!)

 武田のコーナーからのスリー。そのボールはリングに当たり、…そしてネットをくぐった。

 71-71。遂に翠が西商を捉えた。


「先生、タイムアウトは…。」

「待て。」

 翠にはやっと追い付いたという気の緩みがあった。ボールがゴールに入るのを、ほとんどの人間がゆっくりと眺めていた。

 そして、一人走っていた小町のことに気付くのが遅れた。

「パス!」

 スローインは能勢。小町めがけて、思い切りベースボールパスを投げた。


 しかしそのボールは、必死に手を伸ばした向に阻まれる。

「あっ!」

 ゴールの真下で、そのパスを弾いた向。そのボールを自ら拾い、そのままシュート。

 能勢は必死にチェックに行くが、そのボールは驚くほど簡単にネットをくぐった。


 強豪校も、出だしが悪く格下の相手にやられることはある。その時は、「もしかしたら、番狂わせがあるかもしれない。」という期待が会場に現れる。

 しかし、結局強豪校が追いつき、たった二点でもリードしてしまうと、その期待は消えてしまう。地力がでればもうこの点差をひっくり返すことはできないと、多くの人間は知っているからだ。

 今、会場には「結局こうなるのか。」という空気が漂っていた。


 西商はタイムアウトを取った。残り1分で3点リードだったのが、残り三十秒になる頃にはもう2点ビハインドになっているのだ。チームの動揺は計り知れなかった。

「よし、よくやった向。とっさの判断が生きたな。あとはここを守り切ろう。」

 糸井は嬉しそうに言う。向も照れくさそうに笑った。

「三年間の努力が実を結んだってことだな。皆も向のような選手になるんだぞ。」

「糸井監督、浮かれ過ぎでしょ。まだ勝つと決まってもいないし、むしろそんな楽な展開でもない。」

 寺原に制されて、糸井は一つ咳払いをする。

「そ、そうだな。よし皆、残り三十秒だ。一本取られてもオフェンスする時間は残る。気を緩めるなよ。」

 そう言って再び眼鏡をクイッと直した。


「二点差になったのはしょうがない。ここはセットプレーで確実にゴールを狙うぞ。」

 そう言ってボードを使ってプレーの確認をする。

 選手たちはみな黙ってボードを見ている。

 その雰囲気は、興奮よりは緊張が勝っている。

 無理もない。「本当にミスできない場面」というのはそうそう味わうものではないし、この歳でこの場面に落ち着いていられる人間などそうはいない。

 このプレーはスクリーンを二か所同時に行い、小町か小倉をフリーにするプレー。そこでシュートチャンスがなければ、インサイドで能勢がポストアップを行い、そこからゴールを狙う。

 その説明をしている時に、驚くべき人間が声を発した。


「先生、俺を出してください。」

 その声の主は、私がこの場面で出すことを最も想定していなかった人間。

 ……三谷だった。


58

「…三谷、今何て言った?」

 私は驚きのあまり目を見開く。

「俺を試合に出して下さい。そこの自棄になってる奴よりは活躍してみせます。」

 そう言って三谷は小倉を指差す。小倉も、驚きの表情だ。

「試合に出るったって、お前、怪我は大丈夫なのか?大丈夫なら何故今まで言わなかった。」

「出る気はありませんでした。足は治ってたけど、今更俺がしゃしゃり出るより、こいつら経験を積ませたかったから、このまま引退するつもりでした。でも…。」

 三谷は今まで、見たこともない表情を見せた。普段は穏やかに皆を見つめながら微笑を浮かべているのに、今は真顔で眉間に皺を寄せている。

「もー、我慢の限界です。小倉お前、見ててイライラする。自分勝手もたいがいにしろ。試合の流れを考えろ。柳も小倉を甘やかすな。パスを要求されても出さなくて良い。お前のせいで空気が悪くなってるようなもんだ。ゲームメイクを考えろ。大賀、能勢は向のマークを何で外すんだ。スリーを打たれたり、リバウンド取られたり。学習しろ。小町、お前は存在感なさすぎ。」

 三谷は早口でまくしたてる。一同、口を開けてそれを眺めていた。

 そして三谷は来ていた上着を脱ぎ、ユニフォーム姿になる。背番号は、「4」。キャプテンの数字だ。

「ってことで、小倉、交代な。」

「ちょ、ちょっと…!」

 小倉が何か言おうとしたところで、タイムアウトの終了を告げるブザーが鳴る。三谷は涼しい顔でコートに入った。

「ちょっと待て、三谷!」

 私は慌てて三谷を呼ぶ。彼は首だけで振り向いた。

「引退の思い出に、なんてつもりじゃないだろうな?」

「もちろん、試合に出たいから出るんじゃなくて、試合に勝ちたいから出るんです。」

 そう言って三谷は笑った。


 私は三谷のバスケを全く知らない。

 彼がどれだけ努力してきたかは、知りようがない。

 しかし、彼がこれまで、どれだけ裏でこの部活に貢献してきたかは知っている。

 水のボトルはいつの間にか補充されており、ボールも空気が適度に入っていた。逐一スコアシートをつけたり、率先して審判をやったりする。普通最上級生がそんなことをしないだろう。彼の真面目な人柄を私は信頼していた。


「小倉、三谷は怪我する前はどんな選手だったんだ?」

「え、えーと、ミドルシュートとかは上手かったっすね。他はそんなに目立つ選手じゃなかったけど…。」

「ミドルか…。」

 小倉だって、ミドルは得意だ。三谷は、小倉に打たせるよりは自分で打つ方が良いと判断したのか?ろくにアップもしてないのに。

「あ、でも、三谷先輩は怪我する前はすごく厳しい人で、努力家でしたよ。ミドルシュートの練習は練習が終わってからも何百本もやってましたから。そのせいでか、怪我が多い人でしたけど。」

「……!」

 そんな努力家が、なんの裏付けもなしにこの場面で試合にでようなんてしないだろう。この選択は間違っていない。私は、そう信じることにした。


「四番…?今になってキャプテンか。思い出出場ってとこか?」

 糸井は困惑した目で三谷を見る。三谷は見た目、大柄でもないし、線も細い。何より、ずっとベンチに座っていたことから、戦力として出されたわけではないだろう、と考えた。

 そう考えたのは翠のメンバーも同じだった。

「ディフェンス、九番(能勢)と十番(小町)を離すなよ!スリーは絶対に止めろ!」

 寺原が指示を出す。スリーを決められると一発逆転だ。スリーの打てる選手を離してはいけない。


 スローイン。柳がボールを持つ。スリーのラインより遠い位置で、ドリブルをしながら止まった。

(24秒を使いきろう…。そうすれば残り六秒だから、反撃を受ける可能性は低い。)

 両チーム、静かに時間を動くのを待つ。24秒計が残り十秒の場面で、両45度にいた小町と三谷が走り始めた。

(三谷、走り方がすごくぎくしゃくしてるな。怪我か、それとも緊張か?)

 両ローポストの二人はスクリーン。さらに三谷がゴール下でスクリーンを張り、三枚のスクリーンを使いながら小町が逆サイドに行く。

「スイッチ!」

 小町のマークマン、武田はスクリーンに掛かってしまい、動きを封じられる。代わりに、大賀をマークしていた一色が小町についていく。

 次いで、三谷がスクリーンを解除して、能勢のスクリーンを使いながらまた別サイドに開く!

 その走りは、先ほどのぎくしゃくとしたものではなく、俊敏そのもの。マークしていた金が一瞬で置いて行かれた。

「まさか…!?」

 三谷はフリーのまま、スリーのラインまで開いた。

「向、行け!」糸井から指示が飛ぶ。

 能勢のマークマンの向が遅れながら三谷へチェックに行く。

 そして、柳からパスが出た。


 …能勢に!

 能勢はローポストで金を背負っている。残り3秒、能勢は真正面からシュートに行った。

「やらせんッ!」

 …しかし、向がブロックに跳ぶ!


 能勢から放たれたボール。

 それは、リングに当たるでもなく、向の手に当たるでもなく、

 …三谷の手に渡った。

「パスだと!?」


 24秒計、残り一秒、完全フリーだった三谷から放たれたボールは、ブザーの音をバックにしながら、ネットをくぐった。


「決まったあああ!」

「西商、逆転だ!」

「キャプテンのブザービート!」

 会場の熱気が急上昇する。かく言う私も、体中から汗が吹き出した。

 …何て綺麗なフォームだ。

 そのフォームは、一朝一夕で身に付けられるものじゃない。きっと、練習はどこかで続けていたんだろう。

 三谷を信頼して、本当に良かった。


 試合は残り六秒、西商リード。翠がタイムアウトを取っていた。


 西商ベンチは総立ちで三谷を迎えた。三谷は照れくさそうに笑う。

「三谷、良いシュートだった。練習していたのか?」

「ええ、あの、三好川の河川敷にあるコートで、毎日やってました。照明が壊れてて薄暗いからほとんど勘に頼って練習してましたけど。」

「…ああ、あそこか。」

 山岡市にある川沿いには、テニスコートや、野球をするグラウンドなど、複数のスポーツ施設が敷設されている。その中にはバスケットコートもあるが、ネットはちぎれており、スリーのラインも昔のままだ。しかし、バスケ好きたちが毎日集まって好き勝手にプレーしている。

 しかし、夜はほぼ真っ暗で、その時間にあんなところで練習したいとは思わないだろう。しかしその練習が、このスリーの実を結んだのだ。

「何にしても残り六秒、絶対に守らなければならない。一番チェックしなければならないのは、向のところだ。絶対にボールを渡すな。」

「寺原も不気味だよな。もしかしたら仕掛けてくるかも。」

「あの、武田の所も要チェックだ。外のシュートがあるぞ。」

 あれやこれや意見が出る内に、ブザーが鳴る。すると、三谷が言った。

「俺はもう抜けます。小倉と交代してください。」

「…やはり、怪我のせいでディフェンスはできないってことか?」

「いや、こいつに汚名返上のチャンスを与えたいんで。」

 三谷は小倉を見る。

 小倉は少し間を置いて、言った。

「いいんですか?」

「早く行ってこい。もうブザーが鳴ってる。」

 小倉は慌てて立ち上がる。

 すると、三谷はその小倉の首を引きよせて、言う。

「仕事してこいよ。エースなんだろ?」

「……!」

 ディフェンスの場面なのに、何故エースの肩書きを気にしなければならないんだ?小倉は不思議に思いながら、コートに向かった。


 スローインは、一色だ。寺原がトップで待っている。

 心臓の音が聞こえるようだ。審判が少しためてから、一色にボールを渡す。


 一色は、寺原へのパスフェイクの後、すぐにゴールに向かってアリウープパスを出す!

 不意をつかれた能勢、大賀は反応できない。それをよそに、向がボールをキャッチする。


 私は息を呑む。頼む、止めてくれ!


 向はボールはキャッチできたのものの、パスはゴールより少し離れた位置に逸れていた。向はディフェンスに肩をぶつけながら一回ドリブルを突いた後、フックシュートを放った。

 ブロック不可の高弾道フック。能勢は手を上げることしかできない。


 寺原が叫んだ。

「向さんストップ!」


 向のフックは、ボールが手から離れた瞬間に、小倉の手によりブロックされた。

 転がったボールは、大賀がキャッチする。大賀はボールを頭の上に上げて、キープする。

 そして、試合終了のブザーが鳴り響いた。


59

 コート中央に集まる十人。

 西商メンバーはしっかり前を向いているが、翠校メンバーの顔色は多様だ。

 寺原は目を細めて、下を見ている。武田は瞳に涙を浮かべている。小島や一色は落ち込んでいる表情だ。

 そして向は、顔の汗を拭って、目を見開いて前を見据えていた。

「74-73、西商の勝利です。」

 審判は笛を吹いて、西商側の手を上げた。それと同時に選手たちは簡単に礼をして、反対側のベンチへ向かった。


「ありがとうございました。」

 三谷とスタメンの五人が、翠の監督、糸井の前へ立つ。三谷と糸井は握手をする。

「お疲れ様。良いゲームだったね。」

「ありがとうございます。」

「君たちならもっと上へ行ける。今日はうちも良い経験をさせてもらった。監督個人としてもね。バスケは数学で答えを出せるものではなかった。うちの寺原も、バスケの本当の楽しさに気付いたみたいだ。」

 そう言って糸井は笑う。三谷は何のことなのかよく分からなかったが、生返事をして一礼し、西商ベンチへ向かった。


「ありがとうございました!」

 向が私の目の前で、深々と頭を下げた。しかし、目の前に立たれると威圧感が感じてしまうな。喧嘩をしてもまず勝ち目のない体格差だ。

「こちらこそありがとう。良いプレーをしていたね。ウィンターカップまで続けるのかい?」

「…もちろん続けるつもりです。僕、こう見えても頭良いんで。」

 向は笑う。爽やかな笑顔だった。

「それは、怖いな。じゃあ、次当たる時を楽しみにしているよ。」

「こちらこそ。じゃ、今日はありがとうございました!」

 そう言って向ら翠メンバーは帰っていく。


 その両チームが、オフィシャル席付近ですれ違う。その際に、寺原が左手で能勢の胸をドッと叩いた。

「今回は運が良かったな。俺が怪我するなんて…な。」

「……。」

 能勢は思い出す。ブロックにきた寺原を跳ね飛ばし、その際に寺原が怪我をしたことを。半ば、能勢が怪我をさせたようなものだ。

「次当たる時は覚悟しとけよ。絶対負けねーから。」

 覚悟?まさか、反撃してくるというのか?…と、能勢は一瞬勘ぐったが、それは寺原の表情により打ち消された。彼は、非常に良い笑顔で能勢を見ていた。




 試合後に、私は糸井監督に声を掛けられた。しかし、黒縁メガネをかけている人間は誰もあの芸人のように見えてしまうのは何故だろう…。いや、それは今は関係ないか。

「今日はお疲れ様です。暑かったし、さぞお疲れでしょう。」

「いやあお疲れ様です。」私は会釈をする。

「緊迫した試合でしたねえ。しかし、あの二点差の場面で、急にマネージャーかと思っていた選手が出てきて、しかもスリーを決めるんだから…。正直、あれが決まるまでは負ける気なんてなかったのに。今回は采配負けしましたね。」

「いや、采配負けだなんて…。」

 だって、あれはほとんど三谷が独断で試合に出たようなもので、私はセットプレーの指示を出しただけなのだ。私の采配が優れていたわけでは決してない。

「バスケの面白さというのは、スターターだけで試合が決まるということはない点でしょうね。スターター五人だけで勝っていくチームというのは、本当の強豪にはありえないでしょう。無論、一人の力だけで勝つことなどできない…。」

 糸井は一度そこで言葉を止めて、続けた。

「寺原も、一人だけで勝つことはできないということに気づけたみたいです。バスケは、チーム全員の力を集合させて勝つものだ。そうやって勝つから、楽しいんだ…、と。…多分、ですけどね。」

「ちゃんと分かってくれたと思いますよ。寺原君は、最後の時間のプレーがそれまでで最も良い動きが出来ていた。」

「そうだと嬉しいですね。こうしたたった一つの気付きが、人間の性格をガラッと変えてしまうこともある。まだ高校生なんだから、当然ですね。私たち教員は、生徒にそれを気付かせる機会を何度も与えてあげなければならない。…あなたもまだ若いし、覚えておくと良いでしょう。」

「ご教授感謝します。誰かに言われたことより、自分で気付くことが大切ですからね。」

「その通りです。…それでは。」

 糸井はあっさりと帰って行った。見れば、翠校のメンバーが既に集まっている。…そうか、彼らの夏大会は、これでもう終わりなのだ。向は引退しないそうだが、三年生はここで引退する人間も少なくない。

 しかし、寺原の成長、向の続投により、ウィンターカップではかなりの有力校になりそうだ。もしその時に対戦することになれば、果たして勝てるだろうか…。


 今日の試合に勝ったことで、西商は県大会への切符を手に入れたことになる。県大会が始まるのは、早いもので、来週からだ。地区予選の開催が例年より遅れたらしいので、急ピッチで試合をこなしていくらしい。

 今日は勝つには勝ったが、最後までどちらが勝つか分からない展開だった。白家高校との対戦も含めれば二試合こなしたことになる。部員達の疲労も相当なものだろう。できれば休ませてやりたいが、この日程ではなかなか難しい。

 今日は、長い時間話をするのは悪いと思い、各自で早く帰るようにと指示を出した。その代わり、明日はバスケノートを提出するようにと言っておいた。明日は軽い練習と、反省会でいいだろう。


(うちの選手たちも大きく成長しただろう。)

 小倉の不調や、五島のプレースタイルの変化によるターンオーバーの増加など、不安要素もあるが、今日の試合は良い経験になったはずだ。

 明日、五島と小町がしっかりノートを書いてくることを祈っておこう…。


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