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9.フラスコ

 どうも、久し振りに出番を貰って張り切ってる五百旗頭鬨日出です。

 早速ですが、袖に引っ込みたくなりました。

 何故かと訊かれりゃ答えるけれども、その原因は、

「五百旗頭君、そこのゴミ捨てておいて」

「……うぃっす」

 佐渡嬢と二人切りだからだ。

 オレは機械的に塵取りでゴミを集めて、ゴミ箱に運ぶ。先刻からずっと繰り返しこの動作をしているオレはというと、佐渡嬢と掃除当番でバッティングした訳だった。

 他の男子諸君からは佐渡嬢と二人切りで掃除当番だなんて羨ましいだの、代わってくれてもいいんだぜだの、好き勝手抜かすが(未だに真麻との関係は知られてないらしい)、ところがどっこいオレは佐渡嬢の正体を知ったのでもうガクブルもんです。

 クラスの中じゃ『黒髪』・『寡黙』・『クール』なんて感じのキーワードで高ランク評価をキープしている佐渡嬢だが、しかし如何せん怖いんだよ。

 いやもうマジで怖い。

 普段から無表情なのがまた文学系少女(文学少女ではないらしい)で、トルストイとかドストエフスキーとかツルゲーネフとか読んでそうなイメージとしてまた受けているらしい。何で全部ロシアの作家なのかは知らん。

 だけどさ皆、あの人面と向かって「死ね」って言うんだよ? 「死ね」って? しかもそれで傷付くと悦ぶの。喜ぶんじゃなくて悦ぶの。頭怪訝しいよあの人絶対。上手ーく猫被ってるのか何なのかは知らないけど、少なくとも他人の前で同じ様な事してなかったし、オレだけあんな態度取られるの。

 真麻は真麻で「慣れればエロいよ?」とか訳判んねぇ事言ってて、特殊な性癖みたいな頼りにならん事言い始めてるし、末期だ末期だ。あいつはもう手遅れだ。

 んで、本日掃除当番代わりたいという方々に、じゃあ是非とも代わってもらおうと思ったらさ。

「…………」

 って、無言で三メートル横から睨んでるのあの人。無言の圧力って普通さ、対面で会話してる人にするものだよね、横からやられるなんてオレの人生で初体験だよ。それにオレは屈して放課後残った。

 当然ながら『これは明らかに何かされるであろう』という覚悟を持って、オレはずっとビクビクし通しのチキンハート。近寄られるだけでビビる。

 だが、

「あとは机を戻すだけね」

 予想に反して、

「そこ少しずれてるわ五百旗頭君」

 何かする訳でなく、

「これで全部終わりね、帰りましょうか」

 佐渡嬢はさらりと掃除を終えた。

 ……あれ、マジでノーイベント?

「じゃあ、私は先に帰るわね」

「いやいやいやちょっと待って佐渡さん!!」

「何かしら」

 何でしょう。

 思わずノリで引き止めてしまったけど何も無い。佐渡嬢はオレが何か言うのを待ってじっとこちらを見ている。あれ不味くね、自分で死地を作っちゃったよ。

「早くしてくれないかしら」

 少し苛立っていらっしゃる様にも見えるし、何か適当に話題を繋いで急場を凌ぐしか無いか……

「あの、さ。佐渡さんは何で真麻と付き合おうって考えたん?」

 うん、まぁ、割と気になってた事だし嘘じゃないからいいとしよう。

 オレの問いに佐渡嬢は、ほんの少し首を傾げると教室の中に戻り、適当な椅子に座った。

「ホムンクルスって、知ってるかしら五百旗頭君」

「え、『からくりサーカス』でなら」

「まぁ、それでもいいわ。出来るなら『ハガレン』の方がよかったけど」

 意外と漫画読んでるんですね佐渡嬢。

「で、それが何か?」

 全然話題と関係無い様な気が。

「フラスコの中の小人」

「はあ?」

「ホムンクルスの事よ。狭い狭いフラスコの中でしか生きられない哀れな生き物」

「あぁ、まぁそんな説明してたな漫画でも」

「私にとっては世界はそのフラスコと一緒なの」

「狭いって事か」

「あら、意外と物分りがいいのね五百旗頭君。真麻君はもっと要領が悪いのに」

 まぁ、そこが可愛いんだけどね――佐渡嬢は無表情のまま惚気た。意外と、は余計なお世話だっての。だが言えない俺はチキンハートです。そして「だから」と続ける。

「私はフラスコの中で見つけた貴重なものを逃す気は無いの。世界は広いなんて言うけれど、実際は限定的よ」

 自嘲しているのか、それとも冷笑しているのか馬鹿にしているのか特に意味は無いのか、佐渡嬢は薄く微笑う。

「その貴重なものが真麻? 別に何処にでも居る様な奴だとは思うけどなぁ、大袈裟じゃね?」

 言ってから、うっかりと普段のノリで適当に適当な事を言ってしまった事に気付いて、オレは慌てて「あ、個人的な見解です」と付け加えた。

 だが佐渡嬢は特に気を害する訳でもなく、椅子から立ち上がった。思わずそれに反応してオレは少し距離を取る。

「それよ、五百旗頭君。貴方のその態度。殆どの男子は私がつい虐めをすると、その後怯える。だけど真麻君は違うの」

 佐渡嬢はそのまま教室の扉に向かい手を掛けた。

「私の世界で見つけた初めての貴重品。それこそ、私を受け容れられる唯一のね。愛が重いと言われても構わないわ、私は自分の小さな世界、せめて気儘に生きたいと思っているから」

「佐渡さん、真麻は別に普通の奴だけど……何か勘違いしてねぇ?」

「それでも別にいいわ。傷付くのは私の勝手だし、傷付けるのも私は楽しいから」

 その一言を最後に、また明日、と佐渡嬢は何も無かった様に帰っていった。

 何だか随分、真面目でどうでもいい事を聞いて、オレは損した気分になった。

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