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11.階段

ぼくと彼女の関係は階段の距離感。

「佐渡さん!」

 ぼくが大声で名前を呼ぶと、彼女は階段の踊り場で立ち止まり振り返った。

 あら、と彼女は平然とした調子で言う。

「どうかしたのかしら、真麻くん」

 しれっと。何の負い目を感じている様子も無く彼女は応えた。

 あんな信じられない事を仕出かしておきながら、そしてそれがどういう意味を持つかを解っている様にぼくを避けていた癖に。佐渡さんは、ぼくがこうして放課後に彼女を捕まえるまでずっとこの調子を続ける事が出来ただろう。

 仮にも、ぼく達は恋人同士なのに。

「どうしたもこうしたも無いよ……」

 所詮、彼女の言う通り、ぼくは『恋人』であって同時に『下僕』でしかないのだろうか。その程度の存在で、間柄なんだろうか、ぼくと彼女の関係は。

 思わず目を伏せる。面と向かって彼女を糾弾する事に、何故か被害者であるぼくが負い目を感じ始めていた。余りにも彼女に悪気が無さ過ぎて、まるでぼくがされた事がとても軽い事で、下らない事の様に思えてくる。

「何で……、何であんな事をしたの、佐渡さん?」

 顔を上げて思い切って訊くと、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「何故?」

 階段の踊り場で、夕日の明かりを背負う彼女は言う。

「貴方が好きだからよ」

 あの日の告白とは違って、彼女は今度ははっきりと恥ずかしがらずに言う。ぼくの目を見据えて。

 なのにぼくは、西日が眩しいからだけではなく、彼女を直視する事が出来なかった。

「ぼくには判らない……判らないよ佐渡さん、何であんな事をしておきながら、ぼくにそんな事を言えるのか」

 かつん、と音が響いた。

 彼女が階段を一段降りていた。

「言ったでしょう? 私は他人を苛めるのが好き。好きな人を苛めるのはもっと好き。誰かが苦しむ姿を見るのが生き甲斐なの。それが貴方という世界で一番愛しい人の姿なら尚更に」

 判っている。彼女はぼくにずっとそう言っていた。

 ――私は、貴方に対していつまでも正直で居るわ。絶対に気持ちを隠さないわ。

 いつか彼女がぼくにそう言っていたのを思い出す。確かに彼女はぼくに自分の気持ちを隠した事は無かった。ずっと素直で、自分の事を繕わないで、ぼくに接してきた。

 ――だから、貴方もこのまま私に正直で居て。

 そう。そう望まれたから、ぼくも彼女に正直になっていた。想いを伝えてきたつもりだった。だから、ぼくは彼女の事を理解していて、彼女の事を判っているつもりだった。

 だけどぼくは彼女の事を全く解っていなかった。

 かつかつ、と音が二度鳴る。

 彼女は更に二段降りてぼくに近付く。

「ぼくは……ぼくも佐渡さんの事が好きだ。綺麗だし、ぼくにだけ見せてくれる笑顔は凄く可愛い。誰に訊かれても恋人だって、胸を張って自慢出来る人だよ」

 そう。と、彼女は吐息の様に短く答えた。

「私達は、お互いに愛し合えているのね。そこに何の不都合があるのかしら?」

「恋人でも……越えちゃいけない一線だってあるんだ」

 彼女は、とても激しい。

 それをぼくは全く解っていなかった。

 自分を成し遂げる為に、彼女は簡単に自分を踏み越えられる。眉一つ動かさず、表情一つ変えず、一言も喋らず、彼女は自分の想いを大声で叫べる。

 それを、ぼくは、全く、解っていなかった。

 気が付くと、彼女はいつの間にか階段を半分まで降りてきていた。

「私にはそれが理解出来ないわ。私は踏み込むわ、貴方が好きだから。だから貴方も私に踏み込んできても構わないのに」

「そんな事! ……ぼくには、出来ないよ」

 もしそれが、彼女を傷付けるとしたら。

 ぼくは恐怖で一歩も足を動かせない。

 彼女を失うかも知れないと考えたら――失う。そう、失う事が怖い。結局ぼくは、自分本位で考えている。彼女はそんな事関係無しに、ぼくの深くまで入り込んできているのに。

 だけど。

 それでも。

 それでもぼくは!!

 階段の一段を、踏みしめてぼくは登った。

「それでもぼくは人の小学校時代の作文をネットで曝すのは幾ら何でも酷いと思うんだけど佐渡さん?!」

「だからそれが判らないわ真麻くん。私はただ、自分の恋人の事を自慢したくて、可愛らしい作文を皆に見てもらいたかっただけなのに」

「嘘でしょ?! 絶対嘘だよね!? だってわざわざ普段の自分のキャラ変えてギャル文字使って高校の掲示板に書き込んでたじゃん!!」

 書き込み内容が『ゎたUσヵレシσ小学校σ時σ作文見⊃けた→★超かゎぃぃ!!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』って誰の台詞だよ!! 最早別人じゃなくて別人格だよ!! ビリー・ミリガンも吃驚な変貌振りだよ!!

 っていうか、普段の無表情っぷりでこれを書き込んでる佐渡さんの姿も結構なものだけどさぁ!!

 ふぅ、と佐渡さんは溜息を吐いた。

「ごめんなさいね、やっぱり惚気が過ぎたかしら。真麻くんにそんなに負担を掛ける事になるなんて」

「っていうか個人特定されてクラス中の笑い者ですよ!? 判る?! ある日急にクラスメイトが『お前の将来の夢ってアルパカだったんだな』って笑いを堪えながら言われた時の理不尽な不安感と、真実を知るまでの焦燥感!?」

 ぼくもぼくで将来の夢がアルパカって何だよマジで。

「しかもぼくのカノジョが誰かって、皆して探ってるんだからね! 無茶苦茶頭の弱い子が相手って思われてるんだからね!?」

「それは大変ね真麻くん」

 他人事の様に心配する佐渡さん。

 困った様に眉を八の字にする。珍しい表情で結構可愛かった。

 いやそうじゃなくて!

「どうするのさ、というかぼくはどうすればいいのさ佐渡さん!!」

「そうね、だったら私が責任を取る事にするわ」

「えっ」

 佐渡さんが……責任を取る? あの佐渡さんが? 他人の為に?

「で、でもどうやって」

「要は、真麻くんは自分が恥ずかしい思いをして、それがクラスから消えなくて困っているんでしょう?」

「う、うん」

「だったら、それを掻き消す程の新しい話題を私が提供するわ」

「え、それって」

 まさか、佐渡さんが自分の恥ずかしいものをネットで曝すって事……? 弱味とかそんなものとは無縁そうな佐渡さんが、しかもぼくのアルパカ作文を上回るものを出すって事?

 俄然興味が湧いて参りました。

「で、でも何を」

「ここに私のお風呂上がりにタオル一枚だけの恰好の写真があるわ」

「それは駄目です!! 何ならぼくが言い値で買いますから止めて下さい!!」

「あらそう……? 駄目かしら。じゃあ、他にどうすればいいのかしら……」

 途方に暮れた様な口振りで佐渡さんは言う。

 いやでも佐渡さんのエロい写真とか誰にも見せたくないっていうかぼくだけが見たいから駄目だ。選択肢にならない。

 あぁもう。この時点で解っているんだぼくは。

 彼女は初めから、ぼくがこうしてどう仕様も無くなる様に考えていたんだから。そしてそれが彼女の趣味で、少し変わった愛情表現だ。ぼくも彼女が好きだ。だからぼくは喜んでそれを受け容れる。

 ぼくは小さく溜息を吐いた。

「いいよ……佐渡さんがいつも通り接してくれれば、ぼくはそれで満足だから」

 佐渡さんと付き合い始めて数ヶ月。

 ぼくと彼女の関係は、説明が中々難しい。

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