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1.はじまり

「貴方には才能があるわ」

 花粉症のぼくには辛いサクラサク季節の夕方。

 春風駘蕩にぽやぽやとした暖かい日差しが長く伸びた影で、教室に黒とオレンジのコントラストで変に黄昏ちっくな雰囲気を醸し出している。

 そんな新学期の頭に早々と皆が帰った教室で、彼女は唐突にそんなイタイ台詞を吐いた。

「は?」

 桃色の新しいスタートを切る時に、間違い無くクラスで可愛い女の子の部類に入る彼女に、放課後に呼び出しを受けるというときめきイベントフラグを取得したぼくは、ときめきから遥か遠い言葉を投げ掛けられて、意味も無く呼気の様な返事をする。

 細い肩に流した黒髪は艶やかで、夕日の照りでも褪せないビロードの様な光沢は、それだけで出来るなら自由に触れる立場になってみたいと思う相手なのだけれども、幾ら何でも想定外の切り口には動揺せざるを得ない。

 いやだって。

「貴方には才能がある」

 これだよ?

 繰り返された言葉に聞き間違いという僅かな可能性と自分の聴覚のイカれ具合を期待して、ぼくは今一度言葉の真意を訊ねる為に言ってみる。

「え……えーっと……よく聞こえなかったのでもう一回言ってもらっていい?」

「二回も繰り返させてそれで聞こえなかったって言うの?」

 かっ、と学校指定の革靴にしては何故かやけに迫力のある音を響かせながら彼女はぼくに近付いた。

「貴方に付いているその耳は何かしら? 他人の言葉を聞く為のものじゃないのかしら?」

 耳元で覗き込む様に彼女は囁く。その声はぼくの耳に這入り込み、耳を湿らせそうな程に近い吐息が当たって揺れる鼓膜に妙に背徳感が生まれて思わず背筋が伸びた。序でに女の子の甘い匂いも鼻の中に侵入してきて頭の中をくすぐり、体温を持つ人間同士が近くに居るせいだけではない理由で少しぼくは顔を赤くする。

「え、あ、いや。そ、そうだけど。ちょ、ちょっと近くなァ!?」

 蹴られた。

 爪先で。

 脛を。

 いってぇ……!! 何コレ何なの!? 今そういう流れだったっ?!

「他人の言葉を訊いてそれを理解出来ないなんて屑にも程があるわね……」

 何か酷い理由で酷い事言われてるけどそんな事より痛いんですけど。ぼくはこんな理不尽の星の下に生まれてきた覚えはありませんわよ奥様。

 そのままぼくは痛みを和らげる為に座り込んで脛を摩り、ちょちょ切れる涙のままに彼女に文句を言った。

「いきなり何するぶへぇあ?!」

 今度は頬に平手打ちです。

 こ、今度は頬に平手打ちです?! ぼくのほっぺは老人の方の為の紅葉マークを付ける場所じゃないですよ!? 何がどうなればこんな一方的なコンボを決められないといけないんだ。

「非を認めず口答え? 犬でも躾ければやっていい事と悪い事を理解するのに、人間の貴方がそれすら出来ないなんて、躾がなってないわよ」

「……あ、はい。ご、ごめんなさい」

 口切れてるわー。いたーい、あとで口濯がないとなー。

 あとで思ったが、人間は意外と思考を放棄しても表面上の会話は適当に出来るらしい。この時のぼくは明らかに現況から既に考える事を止めた方がいいと判断して、この状況を切り抜けた後にするべき事しか考えていなかった。

「――いいわ。やっとまともに話を訊ける様になったみたいね。順応性の高いところを見ると、やっぱり貴方には才能があるわ」

 仕掛け人まだ? 早くよくある『ドッキリ大成功!!』って看板持ってきてよ。何かもう許してあげるからさ。

「本題に入るわ、真麻(まそう)安孝(やすたか)くん。私の恋人として下僕になりなさい」

「…………」

「…………」

 ネタばらしは無かった。

「……返事は?」

 ただ、少しだけ不安そうに顔を赤らめる彼女――佐渡(さど)真子(まなこ)の声だけが教室に響いた。

 夕方の教室で、ビンタされて尻餅をついて床に座り込んでいたぼくは、春風に揺れる彼女の長い黒髪と桜に混ざる女の子の匂いに頭がやられていたのか。それともその時は本気で夕日を受けて眩しそうな目で恥ずかしがる白い綺麗な顔に心奪われていたのか、

「あ、はい」

 あとで後悔する事になる返事をしてしまった。

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