首なしJK白石さん。好きです。付き合ってください!
初ラブコメです。
ホラー要素はありません。
頭のない白石さんと、恋愛にはめっぽう弱い佐倉くんの青春を楽しんでいただけたら嬉しいです!
「白石さん。好きです。僕と付き合ってください!」
月曜日、放課後。
教室には、僕と白石さんしか残っていなかった。
窓から差し込む夕日が机と椅子の影を長く伸ばし、少し開いた窓から入り込む風が、白いカーテンをゆっくりと揺らしている。遠くから運動部の掛け声が聞こえていたけれど、今の僕にはやけに遠く感じられた。
僕は人生で初めて、女の子に告白した。
相手は白石さん。
明るくて、元気で、優しくて、誰とでも仲良くなれるクラスの人気者。休み時間になれば自然と彼女の周りには人が集まり、廊下を歩けば他クラスの生徒から声をかけられる。購買のおばちゃんにまで名前を覚えられているくらいだから、その交友関係は僕なんかとは比べものにならない。
そして──首から上がない。
比喩ではない。
緊張しすぎて顔を見られないとか、あまりにも美人すぎて直視できないとか、そういう青春っぽい表現でもない。
本当にない。
肩から上には何もなく、制服の襟の向こうには、夕日に染まった教室の壁がそのまま見えている。
初めて同じクラスになったときは、僕も驚いた。
二度見した。
三度見くらいしたかもしれない。
でも、一ヶ月もすれば慣れた。
白石さんは白石さんだったからだ。
頭がなくても、嬉しいときには両腕を大きく上げるし、怒ると腰に手を当てる。笑っているときは肩が小さく揺れるし、困っているときは身体全体が分かりやすく縮こまる。
声を出すことはできないから、いつも持ち歩いているスケッチブックが彼女の声だった。
今、その白石さんが固まっている。
普段なら一秒だって大人しくしていない人なのに、両腕を身体の横へ下ろしたまま、ぴくりとも動かない。
三秒。
五秒。
十秒。
告白した側にとって、返事を待つ時間というのは恐ろしく長い。
さっきまで遠くに聞こえていた運動部の声すら消えてしまったように感じて、代わりに自分の心臓の音だけがやたらとうるさかった。
やっぱり言わなきゃよかったかもしれない。
そんな後悔が頭をよぎったころ、白石さんがハッとしたように動き出した。
肩に掛けていた鞄を慌てて漁り、『筆談用』と油性ペンで書かれたスケッチブックを取り出す。勢い余ってペンケースまで床に落ちたけれど、それを拾う余裕すらないらしい。
ページを開く。
ペンを走らせる。
途中で一度止まった。
また動く。
そして、僕へ向けた。
『タイプじゃなくて。ごめんなさい』
「……」
終わった。
僕の初恋、終了。
いや、分かっていた。
白石さんはクラスの中心にいる人で、僕は教室の端にいる人だ。
僕──佐倉湊は、休み時間になれば一人でスマホを眺め、体育で「二人組作って」と言われれば一瞬だけ人生について考え、クラスメイトに話しかけられれば帰宅後に「あの返し、変じゃなかったよな」と一人反省会を開催する程度には陰キャである。
一方の白石さんは、誰とでも仲良くなれる。
僕が一人で昼飯を食べていれば、いつの間にか向かいの席に座っている。誰かがプリントを落とせば一緒に拾うし、クラスに馴染めていない転校生が来たときなんて、翌日には一緒に購買へ行っていた。
僕とは住んでいる世界が違う。
そんな子に告白したのだ。
だから、振られる覚悟はしていた。
していた、はずだった。
「……そっか」
どうにか、それだけを絞り出す。
白石さんは慌てたように両手を胸の前で合わせた。
ごめん、とでも言いたいのだろう。
胸の奥が少し痛んだ。
でも、白石さんは悪くない。
勝手に好きになったのは僕だ。困らせたのも僕だし、告白したからといって相手にも好きになってもらえるわけじゃない。
むしろ、ちゃんと断ってくれただけありがたい。
「ごめん。急に変なこと言って」
できるだけいつも通りに笑おうとした。
多分、失敗したが。
そのときだった。
一度下がったスケッチブックが、もう一度持ち上がる。
何か書き足されていた。
『特に顔が』
「……」
なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
いや。
待って。
振られるのは分かる。
性格が合わないとか。
友達としてしか見られないとか。
他に好きな人がいるとか。
色々あるじゃん。
なんで顔!?
よりによって顔!?
君が!?
──とは、もちろん言えなかった。
そもそも言ったら駄目だ。僕が今思ったことの方が百倍失礼である。
だから僕は、胸の中で泣きながら、
「……そっか」
と、本日二度目の同じ言葉を呟いた。
多分、一度目より三倍くらい暗かった。
すると、白石さんの両手が突然ものすごい勢いで左右に振られた。
そんなに落ち込まないで、とでも言いたいのだろうか。
白石さんは慌ててスケッチブックを自分側へ向け直すと、紙が破れそうな勢いでペンを走らせ始めた。
けれど。
これ以上、惨めになりたくなかった。
「じゃ、じゃあ……また明日」
鞄を掴んで、僕はそのまま教室を出た。
廊下を曲がるまで、一度も振り返らなかった。
──こうして僕の初恋は、顔のない女の子に顔で振られた。
◇
翌朝。
学校へ行きたくない。
別にいじめられているわけではない。授業が嫌いなわけでもない。
ただ、昨日告白して振られた女の子と、これから同じ教室で七時間ほど過ごさなければならない。
拷問では?
しかも席が近い。
昨日の夜は、布団へ入ってからもあの文字が何度も脳裏に蘇った。
『タイプじゃなくて。ごめんなさい』
ここまではいい。
いや、全然よくないけど、まあいい。
問題は次だ。
『特に顔が』
なんで追撃したの?
一発目で致命傷だったよ?
なんで倒れた相手にもう一発いったの?
死体撃ち……? 白石さんって意外と、FPSゲームで屈伸繰り返しながら死体撃ちしてくるタイプなの?
おかげで昨夜、風呂上がりに十分くらい鏡を見た。
前髪を上げた。
下ろした。
横へ流した。
スマホのインカメラでも確認した。
最終的に何が正解なのか分からなくなって寝た。
「……帰りたい」
昇降口で上履きに履き替えながら呟く。
まだ登校したばかりなのに。
教室の扉を開けると、いつものように何人かの女子が集まっていた。
その中心には白石さんがいる。
「白石、昨日放課後なにしてたの?」
『別に!』
「怪しいー」
『何もない!』
「じゃあなんでそんな必死なの?」
白石さんの身体がぴたりと止まり、つられるように僕の足も止まった。
そもそも白石さんには首から上がない。当然、目だってない。
なのに、目が合った。
──そんな気がした。
いや、無理だ。気まずすぎる。昨日告白して振られた相手と、朝一番で見つめ合うなんて僕には荷が重い。そもそも見つめ合ってすらいないけど。
何も見なかったことにして自分の席へ向かおうとした瞬間、制服の袖を後ろから引かれた。
「……え」
白石さんだった。
『おはよ!』
文字の横には雑な太陽まで描いてある。
「……おはよう」
『今日もいい天気だね!』
「雨だけど」
白石さんが完全に停止し、ぎこちなく窓の方へ身体を向ける。
大雨だった。
雨粒が激しく窓ガラスを叩き、グラウンドにはいくつもの大きな水溜まりができている。
『分かってるよ! 会話のきっかけ!!』
「あ、そう……」
そこまでして僕に気を遣わなくてもいいのに。
僕が席に座ると、白石さんは前の席を勝手に借り、こちら向きに座った。
近い。
昨日振った男との距離じゃない。
『佐倉くん』
「ん?」
『昨日のことなんだけど』
心臓が跳ねた。まさか、あれは何かの間違いだった……とか? それか、昨日の言い方はさすがに酷かったと思って謝ろうとして──。
『気にしないでね!』
「……」
あっ、はい。
『これからも普通に話そ!』
分かったから!!
もう分かったから!!
僕の初恋、とっくに息してないから!!
そんな何回も念押ししなくていいから!!
「……うん」
そう答えると、白石さんの両腕がぱっと上がった。その仕草はどう見ても嬉しそうで、昨日までと何も変わらない。まるで僕が告白したことなんて、最初からなかったみたいだった。
それからというもの、白石さんはことあるごとに、昨日までと何も変わっていないことを僕へ示すようになった。
『今日もお昼一緒に食べよ!』
「うん」
『放課後も一緒に帰る?』
「いいよ」
僕が誘いを受けるたび、白石さんは分かりやすく喜んだ。
きっと、白石さんなりの気遣いなのだろう。僕が気まずくならないように、今までの関係を壊さないように、いつも通り接してくれている。
そういう優しいところが好きだった。
だけど今は、その優しさが少しだけ苦しかった。
休み時間。
「……髪切ろうかな」
窓に映った自分を見ながら前髪を触っていると、近くにいた男子が声をかけてきた。
「ん? 佐倉、髪切るの?」
「……ちょっと切ろうかなって」
「なんで急に?」
「いや、なんとなく」
本当は、なんとなくなんかじゃない。
昨日の、
『特に顔が』
あれが、まだ頭から離れないだけだ。
少し離れたところで、白石さんの手がぴたりと止まったことには気づかなかった。
昼休み。
四時間目が終わると同時に、白石さんが僕の机へやってきた。
『購買行こ!』
「今?」
『今!』
「混んでるよ」
『だから一緒に来て!』
「僕がいたら空くの?」
『心強い』
「僕を何だと思ってるの」
白石さんの肩が小さく揺れ、その姿があまりにも昨日までと変わらないものだから、僕もつられて笑ってしまった。
購買は予想通りの混雑ぶりだった。人の多さに僕が少し手前で足を止めていると、白石さんは構わずその中へ突撃していく。一分ほどして人混みをかき分けながら戻ってきた彼女は、戦利品でも見せびらかすように二つのパンを掲げ、その片方を僕へ差し出した。
『はい!』
「え?」
差し出されたのは、僕がいつも買っているカレーパンだった。
『佐倉くん好きでしょ?』
「……覚えてたんだ」
『当然!』
以前、昼休みに食べながら「これ結構好きなんだよね」と何気なく話したことがある。それだけのことを覚えていてくれたらしい。
「でも、これ人気あるやつでしょ」
『勝った』
「何に」
『戦いに』
「購買で戦わないで」
白石さんらしい返事に苦笑しながら財布を取り出すと、彼女は受け取らないと言わんばかりに手を突き出した。
『いいの!』
「でも」
『昨日のお詫び──』
そこまで書いたところで、白石さんの手がぴたりと止まる。何かまずいことに気づいたらしく、僕が読み終えるより早くページをめくった。
『じゃなくて!』
「……?」
『なんとなく!』
「なんとなくでカレーパン争奪戦に二回勝ったの?」
白石さんは「本当に偶然だから」とでも言いたげに、両手を使って必死に肯定の意思を示してくる。なんだそれ、と思いながらも、差し出されたカレーパンを受け取った。
「……ありがとう」
手のひらに乗ったパンは、まだほんのりと温かかった。たった百数十円のものなのに、以前一度だけ口にした好みを覚えていて、わざわざ混雑した購買で買ってきてくれた。そのことが、自分でも呆れるくらい嬉しい。
だからこそ、困る。
昨日振られたばかりだというのに、こんな些細なことでまた期待しそうになる自分がいる。白石さんはただ優しいだけだと、何度自分に言い聞かせれば分かるのだろう。
教室へ戻ると、白石さんの友達が何人か集まり、スマホを構えていた。
「写真撮ろ! 佐倉も入る?」
「僕はいいよ」
さすがに女子数人の写真へ混ざる勇気はなく、少し離れたところから眺めることにする。
「白石、こっち向いてー」
呼ばれた白石さんは一瞬だけ動きを止めると、困ったように身体の向きを変えた。
『どっち!?』
「そっち!」
『こっち!?』
「だからどっち!?」
周囲から笑いが起こる。その中心で白石さんは開き直ったように大きなピースを作った。
「白石、もっと笑って!」
『無茶言うな』
今度はさっきより大きな笑いが起きて、白石さん自身も楽しそうに肩を揺らしていた。
これも、僕たちにとってはすっかり見慣れた光景だった。白石さんは首から上がないことを、こうしてよく笑いの種にする。周りも変に気を遣わず笑うし、僕だって同じように笑っていた。
だからこのときも、それ以上のことは考えなかった。
白石さんが写真を撮るとき、いつも人一倍大きなポーズを取る理由なんて──まだ、考えたこともなかった。
昼過ぎには朝から降り続いていた雨も上がり、放課後になる頃には雲の隙間から薄く陽が差し始めていた。朝にした約束通り、僕は白石さんと並んで帰り道を歩いていた。
『今日の数学むずくなかった?』
「白石さん寝てたでしょ」
『寝てない』
「先生に二回起こされてたけど」
『目を閉じて考えてた』
「目ないでしょ」
スケッチブックで腕を叩かれた。
「痛っ!」
『デリカシー!!』
「そっちが言い出したんでしょ!?」
僕も笑った。さっきまで胸の奥に引っかかっていたものを、その瞬間だけは忘れられた気がした。
けれど、少し歩いたところで白石さんが急に僕の前へ回り込み、スケッチブックを掲げる。
『今日、元気ない?』
「……」
『大丈夫?』
こういうところだけは、本当にすぐ気づく。僕が隠しているつもりでも、白石さんはいつも何気なく見つけてしまう。
「大丈夫」
『ほんと?』
「うん」
もちろん、嘘だった。
白石さんと話すのは楽しい。一緒に帰れるのも嬉しいし、僕の好きなカレーパンを覚えてくれていたことだって、本当は飛び上がりたいくらい嬉しかった。ただ、それも全部、僕が告白する前だったなら素直に喜べたのだと思う。
いっそ嫌われてしまった方が、まだ楽だったのかもしれない。露骨に避けられたなら、僕だって諦めなきゃいけないと思えたはずだ。
なのに白石さんは、昨日までと何も変わらない。今日も僕のところへ来て、僕の好きなものを覚えていて、少し落ち込んでいるだけでこうして足を止めてくれる。
僕が好きになったままの白石さんが、今日も僕に優しい。
だから、つらい。
好きな人から向けられる恋愛感情のない優しさが、こんなにも残酷なものだなんて知らなかった。
「……白石さん」
『ん?』
少しだけ放っておいてほしい。そう言ってしまえば、きっと楽になれる。
けれど、白石さんはスケッチブックを胸元に抱えたまま、僕の言葉を待っていた。僕を傷つけようとしているわけじゃない。
むしろ逆だ。
昨日の告白で気まずくならないように、今までの関係を壊さないように、彼女なりにずっと気を遣ってくれている。
そんな人に「優しくしないで」なんて、言えるわけがなかった。
「……いや。なんでもない」
『変なの!』
白石さんの肩が楽しそうに揺れた。
僕も笑った。
多分。
少しだけ、下手な笑顔だった。
◇
その日の夜、白石は自室のベッドに正座していた。手には学校でいつも使っている『筆談用』のスケッチブックがあり、開かれているのは昨日のページだった。
『タイプじゃなくて。ごめんなさい』
その下には、さらに致命的な一文が残されている。
『特に顔が』
しばらくそのページへ指先を添えていたあと、白石はゆっくりとスケッチブックを閉じた。
数秒の沈黙。
そのまま勢いよくベッドへ倒れ込み、枕に顔を埋め──ようとして、止まる。
埋める顔どころか、頭そのものがない。
白石の身体は首から上が存在しないため、仕方なく両腕で枕を抱き締めた。けれど、それだけでは到底この行き場のない感情を処理できなかったらしい。足をばたばたさせ、そのままベッドの上を転がり始める。
一往復。
二往復。
三往復目で壁にぶつかった。
さすがの白石も動きを止める。
どうやら冷静さを取り戻したらしい。
そう思われた次の瞬間、今度は反対方向へ転がり始めた。
ゴトン!!
落ちた。
もしこの場面を佐倉が見ていたら、「……何やってんの?」と言われるだろう。
数秒後、ベッドの縁から白石の手だけがぬっと現れる。その手がシーツを掴み、首から上のない身体がゆっくりと這い上がってきた。
完全にホラーだった。
なお、本人はそれどころではない。
(なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
もちろん、その絶叫が部屋に響くことはない。白石には声を発するための口も、その口があるはずの頭部も存在しないからだ。
だが心の中では、昨日からもう何百回と同じことを叫んでいた。
なぜなら──白石も、佐倉湊のことが好きだったからである。
それも、結構前から。
昨日の放課後。
「白石さん。好きです。僕と付き合ってください!」
(…………ん?)
そう言われた瞬間、白石の思考は完全に停止した。
私を好き。
誰が?
佐倉くんが?
私を?
え?
本当に?
夢?
いや、夢でもいい。
むしろ覚めるな。
(うそぉぉぉぉぉぉぉ!?)
嬉しかった。本当に、人生で一番と言ってもいいくらい嬉しかった。自分だってずっと好きだったのだから、返事なんて決まっている。
『私も好き』
『付き合いたい』
たったそれだけ書けば、すべて丸く収まるはずだった。
ところが、白石の頭の中──正確には思考の中には、これまで何度も繰り返してきたある妄想が蘇っていた。
自分から佐倉へ告白する妄想だ。
『佐倉くん、好きです!』
そう書いたスケッチブックを差し出す自分。その向こうで、佐倉が少し困ったような表情を浮かべる。
「ごめん。白石さん、タイプじゃないから」
──終了。
毎回これだった。
何度シミュレーションしても、白石の脳内恋愛シミュレーターは佐倉攻略失敗の画面を吐き出してくる。
普段の白石は、自分に首から上がないことをそれほど気にしていない。クラス写真では誰より大きくピースをするし、友達から「白石、こっち向いて」と言われれば『どっち!?』と返す。「今日メイク失敗した」と女子が嘆けば、『私なんて今日すっぴん』と書いて笑わせる。
みんなが笑えば、白石も身体を揺らして笑う。今の生活は楽しいし、友達にも恵まれている。自分が首なしであることも含めて、これが自分なのだと思っていた。
けれど、好きな人ができてから、ほんの少しだけ事情が変わった。
佐倉くんは、どんな女の子が好きなんだろう。
可愛い子だろうか。笑顔が素敵な子だろうか。それとも、綺麗な髪をした子だろうか。好きな髪型は──。
そんなことを考えている夜に限って、スマホからback nu〇berの『高嶺〇花子さん』なんかが流れてきたりする。
白石は枕を抱えながら聴いていた。
(…………ん?)
ふと、思う。
(この場合、『高嶺の佐倉くん』の方が正しいのか?)
数秒考えた。
(いや、何の話?)
自分で考え始めて、自分で分からなくなった。
そもそも、今考えるべきはそこではない。
佐倉くんは、どんな女の子が好きなんだろう。
考えるたび、どうしたって思い出してしまう。
自分の肩の上には、本来あるはずの頭がない。
髪も、目も、口も、笑顔もない。それだけは努力したところで、どうにもならない。
だからきっと、自分は佐倉のタイプではない。
ずっと、そう思っていた。
なのに昨日、その佐倉が先に自分へ「好き」と言った。
嬉しくて、信じられなくて、今まで抱えていた不安まで一気に溢れてしまった。
(佐倉くんのタイプじゃなくて、ごめんなさいと思ってた)
そんな自分を、佐倉は好きだと言ってくれた。
気づけば手が動いていた。
『タイプじゃなくて。ごめんなさい』
そして、見せた。
佐倉が固まった。
白石も固まった。
(…………あ)
違う。
違う違う違う違う違う!!
今の違う!!
『あなたが私のタイプじゃない』じゃない!!
『私があなたのタイプじゃないと思ってた』なの!!
主語!!
私!!
そっちじゃない!!
「……そっか。ごめん。急に変なこと言って」
(ああああああああああああ!!)
傷つけた。
しかも謝らせた。
白石は慌てて両手を合わせたものの、今の状況でそんなことをすれば、どう見ても『振ってごめん』である。
違う。
そうじゃない。
書かなければ。
ちゃんと、私も好きだと。
白石が佐倉を好きになったきっかけは、物語にするほど大した出来事ではなかった。
入学して間もない頃、白石は廊下で大量のプリントを落としたことがある。周りには何人もの生徒がいて、「大丈夫?」と声をかけてくれた子もいた。
その中で、一番遠くにいた佐倉だけが何も言わずにしゃがんだ。
足元に散らばったものから、廊下の端まで滑っていったものまで、一枚ずつ拾っていく。最後の一枚を手にすると、まとめたプリントを白石へ差し出した。
「これで全部だと思う」
それだけだった。
白石がお礼を書こうとスケッチブックを開いている間に、佐倉は「じゃ」と小さく手を上げて、そのまま行ってしまった。
たぶん、本人はもう覚えていない。
白石は覚えている。
それからも、佐倉のそういう『それだけ』を何度も見つけた。
先生に頼まれて一人で教材を運んでいるクラスメイトがいれば、途中から何も言わずに半分持つ。誰もやりたがらない係の仕事が残れば、面倒そうな顔をしながらも結局最後までやっている。
そして、その『それだけ』が自分へ向けられたこともあった。
ある日、友達数人と話していたときのことだった。
『それで昨日──』
そこまで書いている間に、会話は次の話題へ移ってしまった。
珍しいことではない。筆談はどうしたって声より遅く、白石が一文を書き終える頃には、みんなの話が先へ進んでしまうこともある。誰かが悪いわけではないし、白石自身も慣れていた。
だからそのときも、書きかけのページをめくろうとした。
「白石さん、さっき何て書こうとしてたの?」
佐倉だけが聞いた。
白石が身体ごと彼の方へ向けると、佐倉は何でもないことのように続けた。
「途中だったでしょ」
それだけ。
佐倉にとっては、本当にそれだけだったのだと思う。
でも、白石には嬉しかった。
会話というのは流れていくものだから、自分だけのために止まってほしいなんて思っていない。それでも佐倉は、白石が書き終わるまで待ってくれた。途中だった言葉を拾い上げて、ちゃんとみんなの会話の中へ戻してくれた。
しかも、それは一度だけではなかった。
何度も、何度も。
そんな小さな『それだけ』が積み重なって、気づけば白石は佐倉を探すようになっていた。
優しいところが好きだった。不器用なくせに、困っている人を放っておけないところも好きだった。何より、自分がそういう人間だということに本人だけが気づいていないところが好きだった。
そして──。
顔。
そう。
顔!!
白石は佐倉の顔がめちゃくちゃ好きだった。
少し長めの前髪も、どこか眠そうな目も、普段は目立たないくせに、笑うと少しだけ目尻が下がるところも。
全部好き。
特に顔が好き!!
──その思考と同時に、白石はペンを走らせた。
そして、焦りすぎていた。
まだ文章が完成していないにもかかわらず、いつもの癖で反射的にスケッチブックを佐倉へ向けてしまった。
『特に顔が』
「……そっか」
(あ。)
白石の時間が止まった。
違う。
待って。
まだ途中。
『特に顔が好き』
なの。
あと二文字。
あとたった二文字なの!!
(…………いや待って)
一瞬だけ冷静になった。
(てか告られて『特に顔が好き』って、返しとしておかしくない!?)
おかしい。
普通は『私も好き』だ。
なんで告白された直後に、相手の顔面の感想を伝えようとしているのか。
(違う!! 今それはどうでもいい!!)
問題はそこではない。
少なくとも『特に顔が』で止めるより百倍マシだ。
白石は慌てて両手をぶんぶん振った。しかし佐倉の表情は、なぜかさらに曇っていく。
(伝わってないぃぃぃぃ!!)
慌ててスケッチブックを自分側へ向け直し、紙が破れそうな勢いで続きを書く。
「じゃ、じゃあ……また明日」
(待って!!)
佐倉が鞄を掴んだ。
(あと二文字だから!!)
白石は手を伸ばした。
しかし、間に合わなかった。
佐倉はそのまま教室を出ていった。
残された白石は、
『特に顔が好き』
まで完成したスケッチブックを両手に持ったまま、その場で五分ほど動かなかった。
そして今日。
朝一番で訂正するつもりだった。
『佐倉くん』
ここまではいい。
『昨日のことなんだけど』
ここもいい。
あとは書くだけだ。
『昨日のあれ、間違い』
『私も佐倉くんが好き』
たったそれだけで、全部解決する。
ところが佐倉がこちらを見た瞬間、白石の決意は音を立てて崩れた。
昨日、「好きです」と言ってくれた、その顔で。
(…………無理ぃぃぃぃぃ!!)
『気にしないでね!』
(違う!!)
『これからも普通に話そ!』
(違う違う!!)
その後も白石の行動は、訂正とはまったく別の方向へ突っ走った。
昼休みには、気づけばカレーパンを二つ買っていた。以前、佐倉が好きだと言っていたのを覚えていたから。
放課後には一緒に帰った。少しでも長く隣にいたかったから。
そのたびに佐倉は応じてくれたけれど、ときどきほんの少しだけ寂しそうな様子を見せた。
自分のせいだということくらい、白石にも分かっている。
それなのに、肝心なことだけが言えない。
(……馬鹿)
白石は抱えていた枕へ、ぎゅっと力を込めた。
(佐倉くんの馬鹿)
一拍置く。
(私の大馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!)
再び両足がばたばたと暴れ始めた。
しばらくそうして悶えたあと、白石は枕を胸元へ強く抱き寄せた。本当なら顔を埋めて叫びたいところだが、首から上そのものがないのでどうしようもない。
(明日こそ言う)
白石は決意した。
(絶対言う)
なお、この決意は昨日から数えて七回目である。
つまり。
佐倉湊は、好きな女の子に勇気を振り絞って告白し、盛大に振られたと思っている。
一方、白石は、好きな男の子から告白され、嬉しさのあまり盛大に振ってしまった。
両想いである。
本来なら、何一つ問題はない。
本来なら。
ただし白石は──。
壊滅的なまでに、恋愛クソ雑魚だった。
◇
水曜日の朝。
僕の机には、紙パックのカフェオレが置かれていた。
「……なにこれ」
隣で白石さんが胸を張る。
『あげる!』
「なんで?」
『飲みたかったから!』
「白石さんが?」
『うん!』
「ならなんで僕に……てか、どうやって?」
白石さんが固まった。
僕はカフェオレを見る。
白石さんを見る──というより、その身体へ目を向ける。
もう一度カフェオレを見る。
「飲めないよね?」
『細かいこと気にしたらモテないよ』
「昨日僕を振った人に言われたくないんだけど」
白石さんの身体が硬直した。
「あ」
しまった。
余計なことを──。
白石さんは突然、自分のスケッチブックで頭があるはずの空間を何度も叩き始めた。
スカッ、スカッ、スカッ──。
「ちょ、何してるの!?」
『なんでもない!!』
なんでもなくはないだろ。
「……ありがとう。もらうね」
『うん!』
ストローを刺して飲む。
甘い。
いつも僕が購買で買っているやつだ。
「これ、僕がいつも飲んでるやつだ」
白石さんの肩がびくっと跳ねる。
『わぁ! 偶然!』
「そうなんだ」
『なんでだろう! たまたまだね!』
「うん」
『もう本当に!』
「分かったって」
なんで必死なんだ。
『美味しい?』
「うん。好き」
白石さんが両手で小さくガッツポーズした。
「……そんな嬉しい?」
腕がすっと下がる。
『普通』
「今ガッツポーズしてたけど」
『してない』
「したよ」
『幻覚』
「やばいだろそれは」
白石さんの肩が揺れる。
僕も笑った。
こういう時間だけなら。
告白なんてしなければよかったと思ってしまう。
ずっとこうしていられたのに、と。
◇
金曜日の放課後。
僕が図書室で課題をしていると、不意に向かいの椅子が引かれた。顔を上げれば、そこにはスケッチブックを抱えた白石さんが立っている。
「どうしたの?」
『数学教えて』
「いいけど」
ちょうど区切りのいいところだったので教科書を閉じると、白石さんは向かいに座って鞄を開いた。中をしばらく探ったあと、その手が止まる。何か見つからなかったらしく、今度は鞄の奥まで念入りに探し始めた。
「教科書は?」
『家』
「ノート」
『家』
「問題集は?」
『家』
「筆箱は?」
白石さんは少し考えてから、いつも筆談に使っている一本のペンを誇らしげに掲げた。
「それだけあるんだ」
『えらいでしょ』
「何しに図書室来たの?」
今度は白石さん自身が固まった。ペン先が紙の上を行ったり来たりした末、ようやく書かれた文字がこちらへ向けられる。
『佐倉くんに会いに』
「……」
心臓が跳ねた。
そして、見せた本人も固まった。
数秒後、白石さんは何かに気づいたようにスケッチブックを自分側へ戻し、猛烈な勢いで続きを書き足した。
『来たようなもの』
「後半で全部薄まったな」
『ワタシ、ニホンゴ、トテモ、ムズカシイ』
「日本生まれでしょ」
机の下では、白石さんの足が忙しなくばたばたしている。何をそんなに焦っているのか分からないまま、僕は仕方なく自分の問題集を二人の間へ置いた。
「じゃあ、これ一緒にやる?」
白石さんは両手で大きな丸を作った。
二人で一冊の問題集を見るとなれば、当然いつもより距離は近くなる。肩が触れそうになって僕が少しだけ椅子をずらすと、なぜか白石さんも同じだけこちらへ寄ってきた。
もう一度離れる。
また寄ってくる。
「……白石さん」
『なに?』
「狭くない?」
『平気』
僕が平気じゃない。
とは言えなかった。
「ここ、この公式使って」
なるべく隣を意識しないよう問題集へ集中しながら、一通り解き方を説明する。
「分かった?」
白石さんは再び両手で大きな丸を作った。
「じゃあ、これ解いてみて」
白石さんはペンを握り、スラスラと解き始める。一問目、二問目、三問目……そうして十問すべて解き終えた。
「見せてみて」
全部間違えていた。
「全然分かってないじゃん」
『説明が悪い』
「さっき分かったって合図やってたよね?」
『応援してた』
「誰を?」
『佐倉くん』
「僕、説明してただけなんだけど」
白石さんの肩が楽しそうに揺れ、僕も思わず吹き出した。すぐにここが図書室だったことを思い出し、慌てて口元を押さえる。
すると白石さんも、人差し指を自分の首元へ立てて『静かに』のポーズをした。
「白石さんは元から静かでしょ」
無言でスケッチブックが飛んできた。
痛い。
でも、楽しかった。
こんな時間がずっと続けばいいのにと、振られたはずの相手を前にして、またそんなことを考えてしまうくらいには。
しばらくして、問題を解いていた白石さんのペンが止まった。
『佐倉くん』
「ん?」
『好きな人』
そこで文字が途切れる。
僕は続きを待ったものの、白石さんのペンは紙の上で止まったまま動かない。
一秒。
三秒。
「……好きな人?」
声をかけると、白石さんの肩がびくりと跳ねた。ようやくペンが動き、さっきの言葉に続きが加えられる。
『まだいる?』
「……」
いるよ!?
君だよ!?
月曜日に言ったよね!?
僕が三日くらいで次の恋へ行く超切り替え早い男だと思われてる!?
「……いるけど」
そう答えた途端、白石さんの身体がわずかに弾んだ。
『そっか』
「うん」
なんで嬉しそうなんだろう。
「白石さんは?」
深く考えずに聞き返すと、今度こそ白石さんの動きが完全に止まった。
しばらくして、握られたペンが恐る恐る動き出す。
『私も』
そこで、また止まった。
僕は待った。
十秒。
二十秒。
さすがに長い。
「私も?」
次の瞬間、『私も』の文字が猛烈な勢いで消された。
『なんでもない』
「いや、気になるんだけど」
『忘れて』
「余計気になるんだけど」
『数学やろ!!』
「白石さんが脱線したんでしょ」
返事の代わりに問題集を強く指差された。あまりにも強引だったけれど、これ以上聞いても答えてくれそうにないので、仕方なく数学へ戻る。
それから少しして隣を見ると、白石さんは問題集を放置したまま、消したはずの『私も』を指先で何度もなぞっていた。
僕には、その二文字の意味が分からなかった。
◇
それから二週間ほどが経った。
不思議なことに、僕と白石さんの距離は告白する前よりも近くなっていた。昼休みになれば当たり前のように僕のところへ来るし、放課後になれば一緒に帰る。僕が少し喉を痛めただけでも、スケッチブックいっぱいに大騒ぎするくらいだった。
『風邪!?』
『保健室!?』
『救急車!?』
「いや、喉がちょっと痛いだけだから──」
『遺言聞いとく?』
「なんで急に死ぬ前提なの?」
そんなやり取りが、いつの間にか日常になっていた。
白石さんはもともと誰とでも仲がいい。それなのに、最近は友達と過ごすより僕と昼飯を食べる日の方が増えている。
たぶん、僕がいつも一人だから気を遣ってくれているのだと思う。
考えてみれば、最初に一緒に昼飯を食べた日だってそうだった。
まだ今ほど話すようになる前、僕が一人で弁当を食べていると、白石さんが何の前触れもなく向かいの席へやってきた。
『ここいい?』
そう聞かれたときには、もう座っていた。
許可を取る気はあったのだろうか。
白石さんはそのまま僕の弁当箱へ身体を寄せ、卵焼きを指差した。
『おいしそう』
「欲しいの?」
『いらない』
「……じゃあなんで書いたの?」
『ただの感想』
意味が分からなくて笑った。
たぶん、あれが最初だった。
僕はずっと、白石さんが一人でいる僕を気遣ってくれたのだと思っていた。
でも──。
白石にとっては、最初から少し違った。
佐倉が一人だから、一緒に食べていたわけではない。
白石が、佐倉と一緒に食べたかっただけだった。
◇
そして迎えた、土曜日。
文化祭当日。僕たちのクラスは喫茶店をすることになり、白石さんは当然のようにホール担当へ選ばれた。
「白石、ホールお願い!」
『任せて!』
満場一致だった。
それも当然だと思う。白石さんは人気者で、愛嬌がある。首から上そのものがないにもかかわらず、表情が使えない分だけ、白石さんは身体全部で感情を表現する人だった。
初めの頃は、僕だって不思議だった。頭のない人と、いったいどうやって会話すればいいんだろうと思っていた。
でも、今は違う。
スケッチブックに書かれた文字を読むより前に、白石さんが喜んでいるのか、怒っているのか、それとも困っているのか、大体分かるようになっていた。
白石さんの笑顔なんて、一度も見たことがない。
というより、そもそも笑顔を作るための顔そのものがない。
それなのに僕は、この人が笑っているところを、もう何度も見たことがあるような気がしていた。
一方の僕は調理場担当。人前に出なくて済む、完璧な配置である。
──そう思っていた。
午前十時、開店。
そして、午前十時十分。
「佐倉くん! 三番テーブルお願い!」
「……僕?」
「人足りない!」
「分かった」
完璧な配置は、わずか十分で崩壊した。
仕方なくトレーを持って教室へ出ると、視界いっぱいに人がいる。
人。
人。
人。
帰りたい。
五秒で帰りたい。
そんな僕とは対照的に、白石さんは混雑した教室の中を縦横無尽に動き回っていた。
『いらっしゃいませ!』
『二名様こっち!』
『おすすめはオムライス! 作るのは男子だけど!』
最後の情報いる?
そんなことを考えていたとき、近くから小さな声が聞こえてきた。
「やばい、間違えた……」
ホール担当のクラスメイトだった。四番と六番の注文を逆に持っていってしまったらしく、混雑する教室を前にして青ざめている。
「四番と六番、注文逆に持ってっちゃった……どうしよう……」
待っている客も多い。彼女の目にはうっすら涙まで浮かんでいて、僕が声をかけようとした、その前だった。
ぽん、と白石さんが彼女の肩を叩いた。
『大丈夫』
そう書いたページを見せると、すぐに次のページを開く。
『私なんてさっき』
さらに書く。
『注文聞いたのに』
次。
『メモしたページなくした』
「え?」
『だから今』
白石さんは自分自身を指差した。
『勘で働いてる』
「ちょっと待って!?」
今にも泣きそうだった女子が吹き出した。
「それ大丈夫じゃないじゃん!」
『まだバレてない』
「バレたよ!」
近くにいたクラスメイトまで笑い出し、張り詰めていた空気が一瞬で緩んだ。
白石さんはすぐに、
『四番、私行く』
と書き、間違えた注文を持って歩き出した。
その背中を見送りながら、僕は思う。
ああ。
やっぱり好きだ。
白石さんはいつもこうだ。誰かが困っているとき、真正面から「大丈夫?」と声をかけるだけじゃなく、自分がちょっと馬鹿なことをして、相手が笑える隙を作る。
それが計算なのか、天然なのか。
多分、半分くらい天然だと思う。
でも、そういうところが好きだった。
「佐倉!」
「あ、はい!」
「三番テーブル!」
「今行く!」
呼ばれて我に返り、トレーを持って歩き出す。その途中、一年生くらいの女子生徒が鞄の中身を床へぶちまけた。
僕はトレーを空いている机へ置き、その場にしゃがみ込む。
「大丈夫?」
「あ、はい!」
足元に散らばったペンケースやパンフレットを拾い、少し離れたところまで転がっていたキーホルダーも拾って渡した。
「これで全部かな」
「ありがとうございます!」
「うん。気をつけて」
それだけ。
僕にとっては、本当にそれだけだった。
だから気づかなかった。
教室の反対側で、白石さんの身体がこちらへ向いたまま完全に停止していたことに。
そして──。
(好きぃぃぃぃぃぃぃ!!)
“ くりぃむし〇ゅー上田 ”ばりに叫んでいたことを。
文化祭終了後、教室では写真を撮る人や売上を数えて盛り上がる人たちの声が飛び交っていた。
そんな中、僕は一人で椅子を元の位置へ戻していた。二脚重ねて運ぼうとしたところで、不意に横からそのうちの一脚を奪われる。
「え?」
白石さんだった。
『手伝う!』
「いいよ。友達と写真撮ってたでしょ?」
『撮った!』
「せっかくの文化祭なんだから、まだ遊んできたら?」
『もう遊んだ』
「じゃあ休んでればいいのに」
白石さんはすぐにペンを走らせた。
『佐倉くん一人でやってるから』
「……」
やっぱり、こういうところなんだと思う。
僕がこの人を好きになったのは。
誰かが一人で何かをしていると、白石さんは当たり前みたいに隣へ来る。「手伝おうか」と聞いて、断られる余地を作ったりもしない。気づいたときには、もう一脚持っている。
僕が白石さんを好きになった理由は、首から上がないとか、そんなことじゃない。
だからといって、「そんな身体でも気にせず好きになった」なんて言い方も、何か違う気がする。
そんなことを理由にするより前に、白石さんが白石さんだったから。
気づいたら、好きになっていた。
「……ありがとう」
白石さんの身体がぴたりと止まった。
「助かった」
今度は完全に固まったかと思えば、次の瞬間、なぜか勢いよく椅子を持ち上げる。
『十脚でも持てる!!』
「一脚ずつにして」
『二十脚!!』
「聞いて」
『百脚!!』
「教室より多いよ」
白石さんの肩が楽しそうに揺れ、僕も笑った。
夕日が差し込む教室には、まだ文化祭の飾りが残っている。その中で二人並んで、ただ椅子を元の場所へ戻していく。
それだけの時間だった。
でも、こういう時間が好きだった。
やっぱり、好きだな。
困ったことに。
椅子をすべて戻し終えたころ、白石さんがスケッチブックを持ち上げた。
『佐倉くん』
「ん?」
『来週の日曜日』
そこでペンが止まり、少し間を置いてから続きを書く。
『暇?』
「多分」
『映画行かない?』
「映画?」
白石さんは両手で大きな丸を作った。
「誰と?」
その動きが止まる。
数秒迷ったあと、白石さんはゆっくりと自分を指差した。
「……二人で?」
今度は両手で何度も丸を作る。
心臓が跳ねた。
待て。
落ち着け、佐倉湊。
映画くらい友達同士でも行く。
『恋愛映画観たい』
なんで!?
いや、落ち着け。
恋愛映画だって友達同士で観る。
多分。
『そのあと買い物もしたい』
デートじゃない?
いや、違う。
僕は一度振られている。
脳裏に、あの日の文字が蘇った。
『特に顔が』
そうだった。
危ない。傷が少し癒えてきていた。
僕は顔で振られた男だった。
「……いいよ」
『ほんと!?』
「うん」
白石さんはその場で小さく飛び跳ねると、
『やった!!』
とスケッチブックいっぱいに書き、その周りへ大量の花まで描き始めた。
「そんな楽しみ?」
ぴたりと動きが止まる。
『普通』
「急に冷静だね」
その日の夜、僕は一時間くらい服を選んだ。
友達と映画に行くだけなのに。
◇
翌週、日曜日。
待ち合わせの二十分前に着いた。
早すぎる。
分かってる。でも家にいても落ち着かなかった。
駅前の時計を見て、スマホを見て、意味もなくメッセージアプリを開いては閉じる。
まだ十五分前。
帰りたい。
いや、帰ったら駄目だろ。
何をしに来たんだ。
そんなことを考えていると、少し離れたところでこちらへ大きく手を振る人がいた。
白石さんだった。
今日は制服ではなく、白いニットに淡い色のロングスカート。肩には小さなショルダーバッグを掛けていて、いつも学校で見る彼女とは少し雰囲気が違う。
もちろん、首から上はいつも通り存在しない。
「……」
なんだこれ。
めちゃくちゃ可愛い。
いや、頭ないぞ。
なんで可愛いんだ?
でも、可愛いものは可愛い。
『おはよ!』
「お、おはよう」
『早いね』
「今来たところ」
嘘である。
二十分前からいる。
すると白石さんはスマホを取り出し、画面に文字を打ってこちらへ見せた。
『私も二十分前からいた』
「いたの!?」
『隠れてた』
「なんで!?」
『佐倉くんも早く来るかなって』
「来てるの分かってたなら出てきてよ」
『なんか恥ずかしくて』
「……」
なんだそれ。
可愛いな。
やめてほしい。
本当に。
白石さんは僕の前で少し距離を取り、服装を確かめるように身体を左右へ傾けた。
『今日』
「うん」
『顔いいじゃん』
「今日!?」
じゃあ普段は!?
『服もいい』
「あ、ありがとう」
『私が選んだらもっと良くなる』
「急に彼女みたいなこと言うね」
白石さんが完全に停止した。
「……白石さん?」
次の瞬間、スケッチブックで腕を叩かれた。
「痛っ! なんで!?」
『知らない!!』
理不尽すぎる。
映画は白石さんが選んだ恋愛ものだった。
クライマックスで主人公がヒロインへ告白すると、隣に座っていた白石さんが、そっと僕の袖を掴んだ。
「……大丈夫?」
『泣いてない』
「そっか」
『泣く器官ない』
「ああ……」
少し間が空いた。
『でも泣いてる』
「どっちなの?」
白石さんの肩が震えた。
映画館を出たあとも、白石さんはさっきのラストが気になるらしい。
『最後の告白よかったね』
「ちゃんと伝わってよかったよね」
そう返した瞬間、白石さんの動きが止まった。
そして、なぜかその場でしゃがみ込む。
「どうしたの!?」
『映画の余韻』
「そういう余韻ある?」
そのあと買い物へ行った。白石さんの服を見る予定だったはずなのに、気づけば彼女はメンズ服の前で立ち止まっている。
『これ佐倉くん似合いそう』
「今日、白石さんの買い物じゃなかった?」
『そうだった』
「忘れてたの?」
白石さんは何気なくペンを走らせた。
『佐倉くん見てたら忘れた』
「……」
僕が固まる。
白石さんも固まる。
次の瞬間、猛烈な勢いで文字が追加された。
『服を!!!!』
「あ、うん」
服を。
分かってる。
分かってるけど。
なんでそんなに必死なんだ。
その後ゲームセンターへ寄り、白石さんが欲しがった猫のぬいぐるみに、僕は二千円を溶かした。
『もうやめよ』
「ここまで使ったら取らない方が負けな気がする」
『それダメな人の考え方』
「誰のためにやってると思ってるの」
『私』
「分かってるじゃん」
最終的には無事に取ることができた。白石さんへ渡すと、彼女は猫のぬいぐるみを胸元で大事そうに抱える。
『ありがとう』
「二千円の価値はあった?」
『一生大事にする』
「二千円で一生背負わせるの重いな」
白石さんの肩が揺れる。
そんな姿を見ていると、まあいいかと思えてしまう。
人の多い通路を歩いている途中、ふと後ろから白石さんの気配が消えた。振り返ると、少し離れた場所で人の流れに阻まれている。
僕はその場で立ち止まり、白石さんが追いついてくるのを待った。
『ごめん』
「別に。待ってるから大丈夫」
そう言ってまた歩き出したものの、数歩進んだところで隣に白石さんがいないことに気づいた。
振り返る。
彼女は、さっきの場所に立ったままだった。
「……どうしたの?」
しばらくしてから、白石さんは慌てたように追いついてきた。
『なんでもない』
「?」
理由は分からなかった。
ただ、それからは人混みの中を歩くたび、白石さんがちゃんと隣にいるか時々確認するようになった。
やがて、白石さんがプリクラ機の前で足を止めた。
「撮る?」
『撮る!』
即答だった。
二人で狭い撮影ブースへ入ると、正面の画面に僕たちの姿が映し出される。
僕と、その隣に立つ首から上のない白石さん。
考えてみれば、白石さんと二人だけで写真を撮るのは初めてだった。
『ピース!』
「はいはい」
シャッターが切られ、次のポーズへ移る。
『もっと笑って!』
「白石さんもね」
いつもの調子で返してから、しまったと思った。
白石さんには、笑顔を作るための頭そのものがない。
彼女の身体が、ほんの少しだけ固まる。
「……ごめん」
謝ろうとした、そのときだった。
白石さんは両手を持ち上げると、親指と人差し指で大きな輪を作り、本来なら頭があるはずの位置へ掲げた。
「……何それ」
『笑顔』
「雑すぎるでしょ」
白石さんの肩が激しく揺れ、僕も吹き出した。
その瞬間にシャッターが切られる。
次の写真では、僕も真似して両手で丸を作った。
『佐倉くんは普通に笑って』
「なんで僕だけ」
『顔あるから』
「使えるものは使えって?」
白石さんは両手で勢いよく丸を作る。
「言い方」
またシャッターが切られた。
そうして撮影が終わると、白石さんは落書き用のペンを手に取った。
ハートやら星やらを描き足したあと、写真の端にさらさらと文字を書き込む。
『Akane』
白石──茜。
そういえば、下の名前をこうして意識したのは初めてかもしれない。
その隣に、今度は勝手に『Minato』と書き足された。
「なんで僕の名前まで?」
数秒の沈黙。
そして彼女は、何事もなかったようにハートを一つ増やした。
「増やすな」
画面の中の『Akane ♡ Minato』を見ていると、ただ名前が並んでいるだけなのに、なんとなく落ち着かない。
しばらくして、出来上がった写真がプリクラの機会の横から、カタッと落ちてきた。
変な写真だった。
僕の隣には、頭のない女の子がいる。その子が、本来なら顔のあるはずの場所に両手で丸を作って、『笑顔』の代わりにしている。
なのに不思議と、僕には白石さんがちゃんと笑っているように見えた。
そして、その隣で僕も笑っている。
普通ではない。
多分。
でも。
「……いいね、これ」
白石さんの手が止まった。
「僕、好きだな。この写真」
少しだけ間が空いたあと、スケッチブックに書かれたのは、
『うん』
いつもより、ずっと小さな文字だった。
◇
その日の夜。
白石はベッドの上に座っていた。隣には今日取ってもらった猫のぬいぐるみがあり、両手には今日撮ったプリクラがある。
もう何度目か分からない。それでも、プリクラを手放せずにいた。
写真の中では、佐倉が少しぎこちなく笑っている。その隣には、首から上のない自分。頭の代わりに掲げた両手で、丸い『笑顔』を作っている。
『僕、好きだな。この写真』
佐倉の声が蘇る。
嬉しかった。
本当に。
白石は写真を撮ること自体が嫌いなわけではない。友達と撮るのは好きだし、その時間はいつだって楽しい。
ただ、出来上がった写真を手にすると、ほんの少しだけ思うことがあった。
写真の中では、みんながそれぞれ違う笑顔を浮かべている。
その中で、自分の肩の上だけが空いている。
だから集合写真では、なるべく大きくピースをする。ハートを作る。変なポーズをする。
そうすれば、『首から上のない白石』より先に、『また白石がふざけてる』と思ってもらえるから。
別に毎日悲しんでいるわけではないし、自分の身体が嫌いなわけでもない。
それでも、みんなと同じようにはできないことに出会うたび、ほんの少しだけ胸の奥に残るものはあった。
今日もそうだった。
佐倉に「笑って」と言われて、いつものようにふざけた。
でも、佐倉は出来上がった写真を見ても困らなかった。変に気を遣った言葉も、可哀想だという言葉もなかった。
ただ、普通に。
「いいね」
そう言ってくれた。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
白石はプリクラを胸元へ抱き寄せる。
もし自分にも、みんなと同じように表情があったなら。
今頃きっと、真っ赤になっていたと思う。
しばらくして、白石は机の上に置いてあるスマホへ手を伸ばした。
透明なスマホケース。
右手にはプリクラ。
ケースの裏へ入れる。
数秒後、取り出した。
(これ、彼女っぽくない!?)
付き合っていない。
残念ながら。
というより、佐倉からすれば、自分は彼を一度振った女である。そんな女が、二人で撮ったプリクラをスマホケースに入れている。
(重い!?)
取り出す。
(でも入れたい!!)
戻す。
(見られたら!?)
取り出す。
(でも毎日見たい!!)
戻す。
三十分後。
欲望が勝った。
透明なケースの裏には、二人で撮ったプリクラがしっかり収まっている。白石はケース越しのプリクラを指先でそっとなぞり、そのままスマホを胸元へ抱えた。
悪くない。
むしろ、めちゃくちゃいい。
そのまま勢いよくベッドへ倒れ込む。
(好き)
そんなこと、とっくに知っていた。
でも、今日改めて思った。
優しいところが好き。不器用なところも、頼まれると断れないところも好きだった。誰も見ていなくても人に優しくできて、自分の言葉をいつも待ってくれるところも好きだった。
自分に頭がないことを必要以上に気遣わないくせに、本当に困っているときだけは気づいてくれる。
そういうところが、全部好きだった。
そして──。
顔も好き。
ものすごく好き。
なのに本人には現在、
『特に顔が』
と伝わっている。
白石は再びベッドへ倒れ込んだ。
しかし数秒後、今度は勢いよく身体を起こす。
駄目だ。
このままじゃ駄目だ。
少なくとも、佐倉には今も好きな人がいる。
それがまだ自分なのかなんて、怖くて聞けなかった。
でも、もしそうなら。
あの日からずっと、自分は好きな人に「振られた」と思わせたまま、何週間も隣にいたことになる。
意味が分からない。
白石はスケッチブックを手に取った。
『佐倉くん』
書いて、消す。
『この前の告白』
また消す。
『本当は』
これも消した。
そこでペンが止まる。
しばらく迷った末、白石はたった二文字だけを書いた。
『好き』
その文字へ指先を添えたまま、しばらく動かなかった。
いつもなら、ここで消す。
でも今日は、消さなかった。
◇
翌日、月曜日。
昼休みになると、白石さんがいつものように僕の机へやってきた。
『お昼食べよ!』
「うん」
僕が弁当を取り出している間に、白石さんが机の上へスマホを置く。
透明なケース。
その裏に挟まっていたものを見て、思わず声が漏れた。
「……あ」
昨日、二人で撮ったプリクラだった。
しかも、しっかりと『Akane ♡ Minato』の文字が入っている。
僕の声を聞いた瞬間、白石さんの手が止まる。
「それ」
スマホを指差した。
「昨日の写真」
数秒の沈黙のあと、白石さんは猛烈な勢いでスマホを裏返した。
「いや、もう見えたけど」
『見ないで!!』
「なんで? 二人で撮ったやつでしょ」
『そうだけど!!』
「入れてるんだ」
『悪い!?』
「悪くないけど」
なんだろう。
胸の奥が、少しくすぐったかった。
僕との写真を、白石さんが毎日持ち歩くスマホに入れている。ただそれだけのことなのに、妙に嬉しい。
「……嬉しい」
その瞬間、何かを書きかけていた白石さんの手が止まった。
「僕との写真、そんな気に入ってくれたんだなって」
動かない。
十秒くらい、本当に動かない。
「……白石さん?」
ようやくペンが動いた。
『普通』
「またそれ?」
『みんな入れる』
「そうなの?」
『知らない』
「知らないんじゃん」
白石さんは逃げるようにスマホを鞄へしまった。
耳があったら、今頃赤くなっていたのだろうか。
そんなことを考えて、自分で自分に呆れる。
それでも最近は、白石さんが今どんな表情をしているのか、なんとなく分かるような気がしていた。
◇
その日の放課後、白石さんが僕の席へやってきた。
『一緒に帰ろ』
「うん」
いつも通り、何度も繰り返してきた帰り道。
なのに、その日の白石さんはどこか静かだった。
「今日、どうしたの?」
『なにが?』
「なんか静か」
『いつも静か』
「そういう意味じゃない」
スケッチブックで叩かれた。
それからは昨日の映画の話をしたり、クレーンゲームの話をしたりしながら歩いた。二千円の猫は、本当に一生大事にするらしい。
いつも通り話して、いつも通り笑っているうちに、駅が近づいてきた。
そのとき、後ろから聞こえていた足音が消えた。
振り返ると、少し離れたところで白石さんが立ち止まっている。
「どうしたの?」
白石さんはスケッチブックを開いた。何かを書いては消し、また書いては消す。
僕は白石さんのところまで戻った。
「……白石さん?」
しばらくして、ようやくスケッチブックがこちらへ向けられた。
『あのね』
「うん」
一度スケッチブックを自分側へ戻し、続きを書く。
『最初に佐倉くんが告白してくれた日』
心臓が跳ねた。
忘れるわけがない。
僕が人生で初めて告白して、人生で初めて振られた日。
それも、顔で。
『あの日の返事』
次のページ。
『意味が違うの』
「……え?」
白石さんの手が、小さく震えていた。
『「タイプじゃなくて。ごめんなさい」は』
そこで少し止まってから、続きを書く。
『佐倉くんがタイプじゃないって意味じゃなくて』
『私が佐倉くんのタイプじゃないと思ってた』
「……」
頭の中で、あの日の光景を再生する。
「つまり……白石さんは、自分が僕のタイプじゃないと思ってた?」
白石さんは両手で勢いよく大きな丸を作った。
「じゃあ」
もう一つ。
最大の傷。
「『特に顔が』は?」
白石さんの身体が完全に止まった。
しばらくして、震える手で文字を書く。
『あれ』
『「特に顔が好き」って書こうとしてたの』
「……」
『途中で見せちゃった』
「…………」
そんなことある!?
いや。
待て。
白石さんだ。
ある。
この数週間を思い返したら、めちゃくちゃある。
「じゃあ……」
思わず額へ手を当てる。
「僕、顔が嫌いで振られたわけじゃなかったの?」
白石さんは両腕で大きな丸を作った。
「むしろ」
さらに大きな丸。
「……顔は好きなの?」
今度は、両腕をいっぱいに使って巨大な丸を作る。
「そんなに?」
さらに大きくしようとしている。
「もう十分伝わったから!?」
白石さんの動きが止まった。
そして、猛烈な勢いでペンを走らせる。
『髪も切らなくていい!!』
「……え?」
『この前、切ろうかなって言ってたから!!』
「聞いてたの!?」
『聞こえた!!』
「じゃあそのとき言ってよ!」
『言おうとしてた!!』
「何週間!?」
白石さんの手がぴたりと止まった。
しばらくして、さっきまでの勢いが嘘みたいに小さな文字が書かれる。
『……ずっと』
「ずっと!?」
思わず笑ってしまった。
最初は小さく。それから、もう堪えられなくなった。
この数週間、本気で悩んだ。期待しては落ち込んで、優しくされるたびに嬉しくなって、そのたびに「友達だから」と自分へ言い聞かせてきた。
その答えが、これだった。
「……白石さんらしいね」
『どういう意味!?』
「そのままの意味」
『悪口!?』
「半分くらい」
スケッチブックで叩かれた。
「痛いって」
でも、笑っていた。
僕も。
白石さんも──たぶん。
ひとしきり笑ったあと、ふと白石さんの手にあるスマホが目に入った。
透明なケースの向こうには、昨日二人で撮ったプリクラがある。
僕の好きなパンも、好きな飲み物も覚えていてくれた。昼休みになれば僕のところへ来て、放課後には一緒に帰った。図書室まで会いに来たことも、文化祭で一人だった僕の隣へ当たり前のように来てくれたこともある。
そして白石さんの方から、二人で映画へ行こうと誘ってくれた。
昨日撮った二人きりの写真は、今も毎日持ち歩くスマホの裏に入っている。
今まで「友達だから」と無理やり納得してきた一つ一つが、頭の中で急につながっていく。
あの日の返事は、僕の勘違いだった。
僕がタイプじゃなかったわけじゃない。顔が嫌いだったわけでもない。
むしろ、顔はかなり好きらしい。
だったら。
もしかして──
「……白石さんって、僕のこと──」
その瞬間、目の前へスケッチブックが突き出された。
『まって』
「え」
すぐにスケッチブックを自分側へ戻すと、白石さんはペンを走らせる。
『私から言いたい』
「……」
心臓が跳ねた。
そこまで書かれたら、もう答えを言われたようなものだった。
なのに、さっきまで動いていた白石さんのペンは、ぴたりと止まっている。
一秒。
三秒。
十秒。
……長い。
告白される側も、こんなに緊張するのか。
というか、白石さん。
自分から言いたいって書いたよね?
なんでそこから一文字も進んでないの?
「……白石さん?」
白石さんの肩がびくっと跳ねた。
『今やってる!!』
「ご、ごめん」
怒られた。
僕もどうしていいか分からなくなり、そのまま黙って待つことにした。
白石さんは書いて、止まって、消して、また書く。その間も僕の心臓はずっとうるさかった。
多分、白石さんも同じなんだと思う。
あの日、僕が告白したときも怖かった。振られるかもしれないし、今までの関係すら壊れてしまうかもしれない。
それでも、伝えたかった。
だから今度は、白石さんの番なんだと思う。
しばらくして、白石さんのペンが止まった。
今度こそ、途中でページを見せなかった。
最後まで書いてから、両手でスケッチブックを持ち上げる。
少し震えた文字だった。
『じつは私、佐倉くんのことが好きです』
カレーパンも、カフェオレも、図書室も、映画も、スマホケースのプリクラも。
今になって思えば、あれだけ分かりやすかったのに。
僕はずっと、何も分かっていなかった。
それでも。
実際に「好き」という言葉を目にした瞬間、心臓が大きく跳ねた。
白石さんはまだスケッチブックを下ろさない。
その下に、もう一行あった。
『私と付き合ってください』
「……」
それは。
あの日、僕が白石さんへ伝えた言葉と、ほとんど同じだった。
「……はい」
声が裏返った。
格好悪い。
人生で初めて告白したときより、たぶん格好悪かった。
けれど白石さんは、そんな僕を笑うように肩を揺らした。
僕もつられて笑った。
こうして僕は。
顔のない女の子に顔で振られて──
その女の子と、付き合うことになった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
昼寝してたら「首から上のない女の子に告白する」という夢を見ました。
そんな謎すぎる夢から生まれたラブコメです。
夢の中ではそこまでだったはずなのに、起きてから「この子、筆談なら普通にヒロインとしてめちゃくちゃ可愛くできるのでは?」と思い、気づけば一本の短編になっていました。
白石さんを「首がない女の子」ではなく、「首はないけど普通にめちゃくちゃ可愛い女の子」として好きになってもらえていたら嬉しいです。
そして佐倉くん。
顔で振られたと思ってたのに、実際は特に顔が好きだったらしいです。よかったね。
本作とは関係ありませんが、連載小説もあるのでそちらもぜひ!
読んでくださって、本当にありがとうございました!
Xはこちら↓(2~4コマ漫画とかも上げてます)
https://x.com/rasky358126?s=11&t=NpC1loJITnK6Y3M7cmMVKA
☆付けてくださると大変励みになり、嬉しいです!
コメントなどもお待ちしております!




