第一話
短編の続きを投稿しようとしたら、投稿できなかったので、仕方なく再度投稿しています。
「世間とは、何か。私に説明してみせよ」
私がそうひとつ尋ねただけで、その人間は口篭った。
矮小な人間。
底の浅さは既に知り、後はどんな言い訳で踠くのか、それを観察してみたかった。
「そりゃ、社会のことでしょう! あなたね、こんなことをして世間が許すとでも思っているんですか?!」
人間は立って声を荒げた。
話し合いは、怒りで頭を鈍らせた方の負けだ。
「だから、聞いている。具体的に、その世間は、誰のことなのか。上司か? 社長か? それとも」
私も席を立ち、人間に近づいた。
「お前自身ではないのか?」
「違う!」
「何が違うと言うのだ」
私が面白そうに聞くと、人間はこれ以上何も言わなかった。
「聞いていなかったのか、私は魔王。言語化の魔王。私を譲歩させるには、言葉を使うしかない。連れて行け。その程度では話にならん、期待外れだ。私は作業に戻る」
既に捕虜となっていた人間は、私の部下が引き摺っていった。
その時の言葉は、最早意味を持たず、私の耳には届かなかった。
私は自分の机に向かって、言葉を綴る。
私が作っている書籍、それは所謂『辞書』とも呼べる代物だった。
この世界は、曖昧な認識と空気感で回っている。
だが、この空気感というものは、定義がまるでなく、目に見えるものですらない。
このような社会では、私や私の部下のような者達は、どのように生きていいかすら分からない。
だから、私は筆を執った。
そのような者達のため、ひいては私のために、世界の言葉を一つずつ定義し始めた。
慌てたのは、人間達だ。
自分たちの社会が脅かされると思ったのか、筆を進める私に牙を剥いてきたのだ。
だが、その頃には私は部下にも恵まれており、返り討ちにするばかりであった。
私はその頃から『言語化の魔王』と呼ばれるようになった。
次にやって来たのは、家庭を持つ男だった。
「こんなことはもうやめてくれ!」
男は俺に陳情に来たようだった。
「何故?」
「もう耐えられない! 俺の居場所をこれ以上奪わないでくれ!」
男は私にそう切々と訴えた。
「私は、私達の居場所を作るためにこれを書いている。お前に何を言われる筋合いもない。そもそも、私は強制的な法を敷いている訳でも、認識を改めよと強制している訳でもない。ただ、ただ、言葉の定義を一つずつ見直している。それだけだ」
「それをやめてくれ!」
「それはできない。お前はさっきから、私の行為を否定するばかりだ。まずは事情を話せ。次に私にこれをやめてほしい理由を話せ。そうでなければ、分かり合えるものもない」
私がそう言うと、男は無言で頭を掻きむしった。
いつも思うが、この世界の人間は空気という曖昧さに慣れてしまって、説明を怠る者が多い。
言葉にしなければ伝わらないというのが、何故分からないのだ、我々は別個体であるのだから。
「嫁がお前の本を買った」
「ご購入ありがとう。それで?」
「その日から、嫁が反抗的になった。『ちゃんと私の言っている事を聞いて』などと言い、子どもにすらそんな教育をしている。これでは、俺の家族がバラバラになってしまうじゃないか。これは、認識の侵略だ。お前の本は、じわじわと売れ続けていると聞く。お前がやっていることは、社会の破壊行為そのものだ!」
男は一息にそう言ってのけた。
「だから何だと言う」
「即刻筆を置いて投降しろ!」
「誰に? どこで? 何の罪で私は捕まると言う」
「それはテロ行為だ!」
「答えになっていない」
私は男に筆先を向けた。
男は身じろぎをした。
「この筆先の何が怖いと言うのか。私は、私が生きるために文字を綴る。本を売る。その違法性を述べよ」
「違法かどうかじゃなくて、俺達の社会を壊すな!」
「まず、『社会』の定義を述べよ。話はそれからだ」
男は「話が通じない」と、腰に下げた斧を抜き放った。
すぐさま、私の部下に取り押さえられた。
「連れて行け。話があればまた連れて来い」
そうしてまた一人、私の部屋を去った。
「お前のこれは暴力だ! 俺のやっていることと何が違う?!」
「私は力無き論理は感情にも劣ると考えている。お前の指摘は正しいが、私はできる限り公平さを保つと約束しよう。また考えがまとまったら部下に声をかけるがいい」
私はそう言って、椅子に座り直した。
あの男の言った『暴力』という言葉はこれ以上なく正しい。
しかし、言葉一つで首を刎ね、言論弾圧などの圧政を敷く王国よりは何段も上等ではないか。
失敗も不理解も許し、チャンスを与えているのだから。
短編を二つに割っています。




