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子どもを守る会議

作者: としかわ
掲載日:2026/05/31

# 子どもを守る会議


長机は、会議室の広さに合わせて口の字に並べられていた。


各席には配布資料が置かれていた。校内で使う薄い青色の表紙、その下に教育委員会へ提出する経過報告書の案、保護者宛て文書の案、想定問答集。いちばん下に、週刊誌の記事のコピーがあった。コピー機の癖で右端がわずかに切れていたが、見出しは切れずに残っていた。


――名門校で“生徒会ぐるみ”のいじめ隠蔽疑惑。


副会長はそれを一度だけ読み、青い表紙を戻した。


向かい側には校長、教頭、生活指導主任、担任、養護教諭が座った。廊下側にはPTA会長と、教育委員会の担当者。窓側の端に、生徒会長と副会長の席があった。その隣に、ひとつだけ空いた席があった。


名札は伏せられていなかった。


会議室の前方のホワイトボードには、教頭の字で「子どもを守る緊急会議」と書かれていた。


「急な招集で申し訳ありません」


校長は両手を長机の上で組んだ。声は朝礼のときと同じだった。聞き取りやすく、急がず、誰か一人に向けるのではなく室内全体へ均等に配る声だった。


「本日の目的は、何より子どもたちを守ることです。報道が出た以上、憶測によって傷つく生徒が増えることは避けなければなりません」


教頭が議事録用のノートパソコンを開いた。キーを二、三度叩き、手を止めた。


「最初に、表現の統一だけ確認させてください」


長机の上で紙が鳴った。誰かが記事のコピーをめくった音だった。


「現時点で、学校として『いじめ』という語を使いますか」


校長はすぐには答えなかった。困っているというより、慎重さに適した間を選んでいるように見えた。


「認定の手続きがありますからね」


生活指導主任が言った。


「記事は断定的ですが、学校が同じ言葉を使うとなると、事実関係の確認が先です。生徒間のことですから、一方の話だけで決めつけると、別の生徒を傷つける可能性もあります」


「加害者とされている子どもも、本校の生徒です」と校長が言った。「守らなければならない対象です」


教頭は頷き、キーボードを叩いた。


副会長の前にも議事録の画面は見えていた。距離があるので文章までは読めなかったが、打ち込まれるたび、白い画面の行が少しずつ下へ増えた。


「では、現段階では『いじめの疑い』も避けますか」


「『生徒間のトラブルに関する報道』ではどうでしょう」


教育委員会の担当者が、配布資料の端を揃えながら言った。


「もちろん、矮小化と受け取られないよう留意は必要です。ただ、確認前の段階で学校が認定したと解される文言は、今後の対応を難しくします。適切に対応していること、調査を開始していること、記録を残していること。この三点を明確にしてください」


教頭がまた入力した。


担任は記事のコピーを伏せずに見ていた。見出しの下には、数か月前から欠席していること、担任へ相談済みだったこと、学校側が体調不良や家庭の事情として処理したことが書かれていた。LINEのスクリーンショット、校内アンケート、廊下で撮られた動画。いずれも誌面では一部だけが黒く塗られ、続報で詳しく扱うとあった。


「担任の先生」


教頭に呼ばれ、担任は顔を上げた。


「相談を受けていた、という部分ですが」


「相談というか」


担任は一度、紙コップの水に手を伸ばした。飲まずに置いた。


「本人から、教室で少し居づらいという話はありました。ただ、そのときは、特定の誰かから何かをされているという言い方ではなくて。席替えのことや、グループのこともあるので、様子を見ようと」


「記録はありますか」


「面談記録には、体調面の不安として」


「本人の訴えを軽く扱ったわけではありませんよね」


校長が穏やかに確かめた。


「もちろんです」


担任は答えた。今度は迷わなかった。


養護教諭が、開いた資料の上に指を置いた。


「保健室では、腹痛と吐き気が続いていました。教室へ戻そうとすると、手が震えることもありました。名前は出さなくていいですけれど、少なくとも、その子が学校に来られなくなっていたことは――」


「そこは慎重にお願いします」


教頭が言った。


声は強くなかった。むしろ、相手の発言を守ろうとするような言い方だった。


「身体症状については個人情報です。ご家庭がどこまで公表を望んでいるか、まだ確認できていません。こちらの判断で出すと、本人の保護にならない可能性があります」


養護教諭の指が資料から離れた。


「出すという話ではなくて、ここで確認しておく必要があると思います」


「はい。内部では共有しましょう」


教頭が議事録を入力した。養護教諭は画面を見たが、何が入力されたのかは尋ねなかった。


副会長は空いた席の名札を見た。名札の紙は、ほかの席と同じ大きさで、同じ透明なケースに差し込まれていた。そこに座るよう連絡が行ったのか、行かなかったのか、副会長は知らなかった。


会議の案内には、生徒代表二名と書かれていた。


「保護者の間では、かなり話が広がっています」


PTA会長が言った。記事のコピーは裏返され、青い表紙の下へしまわれていた。


「もちろん、まずお子さんのことを考えるべきです。ただ、関係のない生徒までSNSで学校名を出されたり、進学に影響があるのではないかと不安になったりしています。保護者向けには、学校がきちんと対応していると、早めに出していただけると助かります」


「おっしゃる通りです」と校長が答えた。「不安を抱える子どもたちを守るためにも、発信は必要です」


生活指導主任が腕時計を見た。


「クラスでは、記事を見た生徒が誰のことか探し始めています。動画の話まで出ているので、スマートフォンの扱いについても指導を入れます。詮索や拡散は二次被害になりますから」


「動画そのものは確認できているんですか」


養護教諭が尋ねた。


「今はそこも含めて調査中です」


「アンケートは」


「過去分を精査しています。自由記述ですから、どこまで事実として扱えるかは慎重に見ないといけません」


生活指導主任の返答は途切れなかった。教頭は議事録を取り続けた。


副会長は、自分の前の配布資料をめくらなかった。記事のコピーの黒い見出しが、薄い青色の表紙の下から少しだけ透けていた。


「生徒会としても、何かお願いできますか」


校長が生徒会長へ顔を向けた。


生徒会長は待っていたように姿勢を正した。記事には、生徒会長が昨年度の全校集会で述べた「いじめゼロ宣言」のことも書かれていた。囲み記事にされ、短い発言だけが太字で抜かれていた。


「はい。生徒会として、憶測で誰かを傷つけないよう呼びかけたいと思います」


「ありがたいです」


校長は小さく頷いた。


「こういうときだからこそ、生徒の皆さんから前向きな声明を出していただく意味があります。学校から言うだけでは、押しつけに聞こえるかもしれませんから」


教頭が想定問答集とは別の紙を一枚取り出した。


「たたき台があります。『私たち生徒会は、すべての生徒が安心して学校生活を送れる環境を守るため、根拠のない情報の拡散を行わず、相手の立場を考えた行動を呼びかけます』」


「再発防止も入れたほうがいいですね」と教育委員会の担当者が言った。「調査への協力と、再発防止に向けた取り組み。具体策は後でも構いません。姿勢が見えることが大切です」


「『いじめを許さない』は入れますか」


生徒会長が尋ねた。


教頭は校長を見た。


生活指導主任が先に口を開いた。


「強い言葉は分かりやすいですが、今はまだ、いじめと認定したわけではありません。詮索を止める声明で、逆に詮索の材料を増やすこともあります」


「では、『誰も傷つけない』で」


生徒会長は紙に書き込んだ。


「いいと思います」と校長が言った。「子どもたち自身が考え、子どもたち自身の言葉で伝える。それが一番です」


教頭はたたき台の紙を、生徒会長のほうへ滑らせた。


「今日中でなくても構いません。明日の朝までに生徒会で確認して、なるべく早く出せると助かります。副会長さんも、それでいいですか」


副会長は顔を上げた。


全員が待っていた。返事を急かす顔ではなかった。校長も、教頭も、生徒会長も、副会長が自分で考えて答えるための時間を与えていた。


副会長は口を開きかけ、閉じた。


空調の音がした。


「何か、気になることがありますか」


校長の声は穏やかだった。


副会長は首を横に振った。


「いえ」


教頭がキーを叩いた。議事録の白い画面に一行が増えた。


「では、生徒会から前向きな声明を出す方向で進めます」


PTA会長がほっとしたように息を吐いた。教育委員会の担当者は、配布資料の余白に何かを書き込んだ。生活指導主任はスマートフォン指導の時間を担任に確認した。担任は紙コップの水を一口飲んだ。養護教諭は資料を閉じず、腹痛と吐き気について記されたページを開いたままにしていた。


校長は室内を見回した。


「ほかにありますか。子どもたちを守るために、今ここで確認しておくべきことがあれば」


誰も答えなかった。


教頭が議事録を読み上げた。報道を受けて事実確認を開始すること。生徒のプライバシーに最大限配慮すること。憶測による二次被害を防ぐこと。保護者へ速やかに説明すること。教育委員会と連携すること。生徒会が自主的に前向きな声明を検討すること。再発防止に取り組むこと。


読み上げの間、記事の見出しは誰の手元でも青い表紙の下に隠れていた。


「こちらでよろしいでしょうか」


異議は出なかった。


教頭が保存の操作をした。小さな電子音が鳴った。


椅子が引かれ、配布資料が揃えられた。PTA会長は保護者宛て文書の案だけを持ち帰ってよいか確認した。教育委員会の担当者は、正式版の経過報告書を午後五時までに送るよう教頭へ伝えた。生活指導主任と担任は、教室へ戻ってからの言い方を相談しながら先に出た。養護教諭は最後まで閉じなかった資料を、青い表紙の下へ戻した。


生徒会長は、たたき台の紙を副会長にも見えるように持った。


「あとで、生徒会室で直そう。あまり重くしすぎないほうがいいと思う」


副会長は頷いた。


会議室には、長机と、回収されなかった名札が残った。


副会長はポツンと空いた席の名札を見た

「来なくて正解」



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― 新着の感想 ―
被害者を守るという発想が無いあたりが、ある種のリアリティ? でも、実際こうなりますよねー。ひどい。ひどい。
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