病弱な幼馴染の元に馳せ参じる婚約者と随行するわたくし
楽しかったです。
わたくしの婚約者であられるサルクス様は、思い遣りに溢れた誠実なお方。見目も心も麗しいお方。心の底から敬愛しております。
そんなお方からのお願いを、わたくしがお断りするはずがございません。
「済まない、ミュース。お願いがあるんだ」
「まあ、なんでしょう?」
「私の従妹であるアディナトスは生来病弱なのだが、療養のためにこの度近くに越してきたんだ。そのアディナトスが、熱が出たから私に見舞いに来てほしいと」
「まあ! お心細いことでしょう。是非行ってあげてくださいませ」
「ああ、ミュース! なんて慈悲深い……でも私のお願いは、訪問の許可ではないんだ」
「あら、では一体……?」
☆
「アディナトス、久しぶりだね」
「サルクスお兄様! いらしてくださったのですね! 嬉しい!」
「初めましてアディナトス様。わたくし、ミュース・サルーテと申します」
「……え? どなた?」
わたくしはサルクス様とともに、アディナトス様のもとへ参りました。
「わたくし、サルクス様の婚約者でございます」
「ま、まあ、そうでしたの。初めまして……」
アディナトス様の視線が泳ぎます。そうですわよね、いきなり見知らぬ者が現れたら、困惑されるでしょう。
「ミュースはとても頼りになる女性なんだ。今の私があるのは、彼女のおかげだ」
「まあ、サルクス様ったら。貴方の素晴らしい努力の賜物ですわ」
「……すみません。私、体調があまりよくないので。本日はお引き取りを……」
「そこなのだ!!」
サルクス様はアディナトス様に駆け寄ると、その細い手首をそっと掴みました。
「きゃっ!? お、お兄様……」
アディナトス様は顔を赤くしてらっしゃいます。お熱があるとのことでしたね。
「アディナトスはいつも体調が悪いのだ。そして……ミュース! この手首を見てくれ! これをどう思う!?」
「すごく……細いですわね……」
「だろう!?」
「お、お兄様?」
「ミュース、また君の力を借りたいんだ!」
「勿論、喜んで!!」
これがサルクス様のお願いでございます。
かつては全身を贅沢なお肉で包まれておられたサルクス様を、麗しい筋肉の鎧を纏った彫刻のような今のお身体に仕立て上げた、わたくしめのやり方。それを、アディナトス様に揮うこと!
「さあ!! 筋肉の悦びを貴女にも!!」
気合を入れましたらコルセットごとドレスが弾け飛びましたが、同時に見事なポージングを披露してくださったサルクス様のお召し物のボタンもさようならなさいました。ふたりならばなにも恥ずべきことなどございませんわね!!
☆
「ん……っ……く、ふっ……!」
「ストレッチ中に呼吸は止めてはなりません!!!! 逆効果ですよ!!」
「酸素をッ!! 酸素を取り入れるんだアディナトス!!!!」
「こ、こんなことを続けても、私の体質がよくなるとは思えません……!」
「わたくしめの見たところ、アディナトス様にお身体の弱さは、臓器の弱さ!! そして臓器も筋肉です!! つまり!! 筋肉を鍛えれば!! すべてが良くなるのです!!!!」
「パーフェクトアンサーだねミュース!!!!」
「え、え?」
「そして!! 脳も筋肉です!! つまり!! 鍛えれば鍛えるだけ!! 頭もよくなるのです!! 一石二鳥どころか!! 鳥の群れにショットガンなのです!!!!」
「すごいよミュース!! まさに鍛えられた脳から導き出されるパーフェクトファイナルアンサーだ!!!!」
「え、えぇ……???」
☆
「あ……でき、ました……できました! 腹筋を、初めて!」
「おめでとうございます!! 筋肉への扉は開かれましたわ!!!!」
「おめでとう!! そしてようこそ!!」
「は、はい!」
☆
「あ、ぁああ……っ!! か、感じます、体幹の悦びを……っ!!」
「その調子です!! さあ! 呼吸を止めずに姿勢を維持して!!」
「視線はやや前方だぞ、アディナトス!! いい調子だ!!」
☆
「おっふゥゥゥゥゥゥ~~~~!!!!! 筋肉がッッッ!!! むせび泣き喜んでいるゥゥゥゥゥゥゥ~~~~~~~!!!!!!」
「すごいぞアディナトス! もうそこまで筋肉の声を聞けるなんて! その調子だ!」
「ミュース先生……っ!! スクワットが……スクワットがしたいです……っっっ!!!」
「素晴らしいッッッ!! ご自分に合ったトレーニングをご理解されているなんて!! よろしいッ!! おやりなさい!! 正しいフォームで!!」
「おっほぉぉぉぉ~~~~~!!!!!!」
「ミュース! 私たちもやろう!!」
「喜んで!!!!」
☆
「ミュース先生ッ!! ありがとうございましたァッッッ!!!!」
「よくがんばりましたわね、アディナトス様!」
「見違えるようだぞ、アディナトス!!」
一か月後。そこにはすっかり健康になられたアディナトス様の姿が!
「この一か月、ここまで鍛え上げるには、眠れない夜もあったことでしょう。本当に……よくがんばりましたわ。そんなアディナトス様に、ささやかながら、プレゼントがございます」
「何たる光栄ッ!!」
「当家自慢のプロテイン一年分ですわ。これを飲むたびに、わたくしと、この一か月のことを思い出してくださいましね」
「恐悦ッ!! 至極ッッッ!!」
「私からもあるぞ! さあ、当家特製鉄アレイだ! これでいつでも腕に負荷をかけられるぞ!」
「何たるッ! 僥倖ッ!!」
「では、特訓はこれでおしまいですが、いつでもお呼びくださいね。……いいえ。今の貴女ならッ!! ランニングで当家までお越しいただけることでしょうッ!!!!」
「イエスッ!! マムッッッ!!」
「いつでもプロテインをご用意しておきますわ。それでは失礼いたします」
「またな、アディナトス! 筋肉との対話を怠るんじゃあないぞ!」
「はい!! 日々育てます!!」
そうして、達成感に包まれたわたくしとサルクス様は、毎日通い慣れたアディナトス様のお屋敷から帰路に就きました。
「では君の家にお邪魔していいかな!? 久々にプロテイン会はどうだろう!!」
「素敵ですわね!!」
「さあ走ろう!!」
「ええ!!」
今日もサルクス様との、楽しいふたりきりの帰路でございます。
屋敷まで全速力で一刻。全身の筋肉も喜んでおります。
(END)
副題:マッソゥブートキャンプ地獄の筋肉エクササイッ
息抜きに書いていたら何故か筋トレしたくらいの疲労感があります。




