第九話 邂逅
二メートルはゆうにある巨体。体中にある鱗は月の光に反射してピカピカと白く発光し、神々しさすら放っている。現実味がない景色なのに、確かに、目の前にいる。
「ド、ドラゴン……!?」
興奮が言葉になって勝手に口から零れた。
本当にいたんだ、ドラゴンが!でかい!すごい!かっこいい!!
「……確かに我はドラゴンだ」
しゃべったァー!!
「人間、このような場所にいるのは危険だ。早々に立ち去るがいい」
威厳ある声だった。敵意は感じない。一瞬、東の森の魔獣かと思ったが、聞いていた特徴とは違いすぎる。神々しく光っている時点でまるで別物だ。
空を見上げると、満月が白く浮かんでいる。
白いドラゴンと満月、廃遺跡……まるで絵のような光景だ。
「おい、呆けるな」
見惚れていた俺に、ドラゴンがツッコミを入れてくる。
「あ、はい! いや、実は仲間を探してて……」
「グルルルッ……ガアアアァァ!!!!」
ドラゴンの咆哮かと思ったが違った。森の奥からだ。ドラゴンもそちらを見て羽を広げる。
「人間、話は後だ」
俺もスリングショットを構える。さっきまで鳴いていた虫の声は消え、時が止まったように静まり返る。
あの茂みの奥に普通じゃない何かがいる。
枝が弾け飛び、幹が砕け、森が波のように押し崩れてくる。
重たい破断音が連なり、空気が震える。木々を蹴散らして、それは姿を現した。
漆黒の体。赤く光る目。太い腕には鋭くて大きな爪。形こそ熊に似ているけど、俺の知る熊とは別次元に凶悪な姿をしている。
なにより、その大きさだ。二メートルを越えるドラゴンと同じくらいの巨大だ。
「グルルルルルウゥゥゥ――」
よだれを垂らしながら、こちらを威嚇する魔獣。一歩でも近づけば噛み砕かれそうな圧迫感。視線が絡みつき、足が地面に縫い付けられたように動かない。
怖い……のに、目が離せない。
指一本すら動かせなかった、そのとき魔獣の背後にある茂みが荒々しく揺れ、細い影が勢いよく飛び出した。
それが目に映った瞬間、胸が跳ねる。
エルフ……エルシーだ。
「エルシー!!」
二日前と変わらない姿。大きな怪我はない……良かった。
胸が熱くなる。
「ケ、ケイト!? 何してるの……いや、後! 今はそれどころじゃない!」
エルシーは弓を構えたまま、目線だけこちらへ向ける。
「ルーヴェン!」
「エルシエラ、無事だったか」
「それはこっちの台詞!」
ルーヴェン!?じゃあ、このドラゴンが……!?
「一緒に旅してて……攫われた子……?」
なんとなく同じエルフだと思っていた。
「ごめん! 説明はあと!!」
エルシーは矢を魔獣へ放つ。
「グルゥゥワァッ!!」
矢は前脚に刺さり、魔獣が怯む。その隙にエルシーがこちらへ駆けてきた。
「魔力を込めた攻撃しか効かない!」
近づくエルシーの服は裂け、血が滲んでいた。戦いの激しさが一目でわかる。
「自然の生き物ではない。魔族が生み出した魔物だ」
魔族……人間と争っているというあの。
「グルゥゥ!!」
魔獣は矢を引き抜くと、さらに凶暴に咆哮した。空気が震え、手が汗ばむ。
その瞬間、魔獣が跳躍。
速い、避けられ――
横から強い衝撃。
視界が回り、石片が飛び散る。地面に倒れた俺の上にはエルシーの体。
「つ……ッ!」
「エルシー!!」
俺たちが立っていた場所の地面は陥没し、土埃が舞う。赤い光が二つ、魔獣が狙いを定めている。
来る!
「させるか!」
ルーヴェンが大きな翼で俺たちの前へ割り込む。魔獣の体当たりを受けても、微動だにしない。
「満月が出ている間は、ルーヴェンはドラゴンの姿になれるの」
エルシーの声は弱く震えていた。
「エルシー?」
肩に触れると、生温い血が指を濡らす。
「エルシー!! 俺のせいで!」
「違うよ。私がそうしたかっただけ。ケイトのせいじゃない」
そう言うが、胸が潰れそうだ。背中からさらに血が溢れ出してくる。
ローブを脱ぎ、傷口に当てる。正しいかどうかもわからないまま。
ルーヴェンは魔獣を吹き飛ばし、距離を取った。俺はエルシーを抱えて遺跡の壁際へ運ぶ。
「エルシー、自分に回復魔法は!?」
「……もう、魔力が……残ってないの」
この出血、まずい。焦りで喉が焼ける。
「エルシー、俺……どうしたら……」
震える俺の手を、エルシーが強く握る。
「ケイトって……転生者?」
心臓が跳ねた。予想もしない言葉だった。
「え……」
「五百年前、異世界から来た転生者の話。いくつもの言葉を使って、知恵をこの世界に与えたって……」
「な……」
「学長がその話、すごく詳しいの。だから気づいたの。
ケイトの能力……それで説明がつく」
真っ直ぐに向けられる瞳。俺はその手を握り返す。
「そうだ……俺は転生者だ」
エルシーの目が見開かれる。顔色は悪い。それでも笑った。
「やっぱり……良かった」
安堵の息が漏れる。
「ケイト、王都に行って……学長に会って」
「学長に?」
「うん……」
ふぅ、と力の抜ける息。まぶたが下りる。
「ケイトに会えて……良かった。ケイトは優しいから……」
「エルシー?」
エルシーは微かに目を開き、俺を見る。
「……前の転生者は、魔族に味方した……。ケイトは……大丈夫だよね……?」
今にも消えてしまいそうな、か細いエルシーの声。握っている手にもう力は無い。思わずその手をギュッと握り返す。逃さないように。できるだけ強い声で答える。
「もちろん。大丈夫だ。だから一緒に王都へ行こう」
エルシーは「よかった……」と呟き、安心したように目を閉じた。
「……ねぇ、転生って……特別じゃないんだよ。
エルフも転生するの……」
「え……?」
「土は……いらないからね。毎日……水だけ……」
「何? エルシー……?」
「ルーヴェンと……仲良く、ね……」
もう一度息が漏れ、胸の上下が止まった。
「エルシー!? エルシー!!」
嘘だ。嘘だろ。
揺すっても呼びかけても、もう反応はない。俺は、ただ、一緒に………
ドクンッ!!
エルシーの身体がビクリと跳ねた。全身が淡い緑の光に包まれる。
「ッ!? な、なに!?」
光は波のように揺れながら、ゆっくりと胸元へ収束していく。一点に集まり、小さな宝玉みたいな輝きへと形を変えた。
俺は息をのみ、ただ見つめるしかなかった。
「なんだ、これ……」
その時――
『大事にしてね』
優しく響く声。エルシーの声だ。頭の奥に直接届く、まるで囁きかけられたような錯覚。
目の前の光の宝石が弾け飛ぶ。
「うわっ!」
眩さに目を閉じる。数秒後、おそるおそる瞼を開けた。
そこにあったのは……
「……ドングリ!?!?」
エルシーの姿は消え、俺の手の中には、ツヤツヤでまるまるとした一粒のドングリがあった。
【緑葉の射手の加護を受け以下のスキルを習得】
・リーフウィンドウ ・森羅一矢
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