第六話 前夜 ※挿絵あり
コンコン、と軽いノックの音が響いた。
「ちょっといい?」
夕食と入浴を終え、村長の屋敷であてがわれた客室で、スリングショットと木の棒のメンテナンスをしていたところに来客だ。
「ど、どうぞ」
机に座ったまま顔だけ向けると、鍵のない扉をエルシエラがそっと開けて入ってきた。
湯上がりなのか、簡素なパジャマ姿。……いや、改めて見ると、エルフという種族はとんでもなく綺麗だ。
「装備のメンテしてるんだ」
ふぅん、と近づいて覗き込んでくるエルシエラ。
「あ、あの……何?」
「別に」と言って、エルシエラはベッドに腰掛けた。やや間があってから。
「今日は、ありがとう」
「え?」
少し改まった声で続ける。
「実はもう三日も、ルーヴェン……一緒に旅してた子を、あの森で探してて……森を抜けた先に村を見つけたと思ったら、初めて見るコボルトの村で……本当に切羽詰まってたところに、君がいた」
そして、まっすぐ俺を見る。
「君がコボルトたちとの橋渡しをしてくれたおかげで、今の私がある。本当にありがとう」
そんな真剣な瞳で見つめられたら、そりゃ照れるって。
「ど、どういたしまして。お、俺の方こそ……。今日はレベル上げに付き合ってくれて、ありがとう」
まともに顔が見られず、ついそっぽを向いてしまう。
「その……一緒に旅してた子、無事だといいな」
「うん……強い子だから、うまく逃げていてくれるといいんだけど……」
少し空気が沈む。昼間、食堂で村長とリューベルド先生が「あの魔獣に攫われて、果たして無事だろうか」と言っていたのを思い出してしまった。
雄鹿が持って行かれた時の話も脳裏に蘇り、ブルッと震えが走る。
……いや、悪い想像はやめよう。俺は空気を変えるべく、大げさなくらい明るく声を出した。
「そういえばさ!エルシエラって名前、ちょっと長くて俺的に呼びづらいんだよね」
エルシエラが顔を上げる。
「エルシーって呼んでもいいかな?」
笑いかけると、エルシエラもクスッと笑った。
「もちろん」
「ぼくもエルシーって呼んでいい!?」
俺のベッドでぐぅぐぅ寝ていたラディが、ガバッと起き上がる。……あ、いたんだった。完全に忘れてた。ていうか、なんで言葉通じたんだよ。
ラディに尋ねると「ムニャムニャ、なんとなく?」と返ってきた。……なんとなくか……。
とりあえず、ラディの言葉をエルシーに訳して伝える。
「うん、いいよ」
エルシーはラディの頭や耳の付け根をワシャワシャ撫でる。気持ちよさそうにして、ラディは再び布団へダイブした。
「コボルトって、こんな種族だったんだね?」
愛おしそうに撫でながら、エルシーが言う。
「俺も最近知ったばっかだけど、聞いてたより温厚で知的な種族だよな」
「うん。王都でも見たことなくて、人づてに聞いてた話と全然違ったから驚いた」
曰く、洞窟に住み着き臆病で、罠を多用する種族。冒険者が罠で命を落とすこともあるとか。ああ、そういえば
「この村の本に、山岳部に住むタイプのコボルトがいるって書いてたな」
あれには洞窟棲みの罠職人タイプって書いてた。
「ケイト、コボルトの文字が読めるの?」
エルシーが目を丸くする。「あぁ」と答えると何か思いついたように近づいてきて、ボソボソと呪文を唱えた。
エルシーの指先から水が生まれ、机の上をクネクネと走り、文字を描いていく。ちょっと読みづらいけどこれは……
「『ケイトは、ドングリを、まるごと食べる』……?」
「!?」
エルシーが驚愕する。いや、さすがに丸ごとは食べないけど、読めるな。
「この文字も読めるんだね……」
エルシーがごくりと唾を飲む。もふもふトークからの知的属性追加。今なら通訳信頼度100とか表示されててもおかしくない。
「ケイト、記憶を失う前は魔術師だったのかもね」
魔術師……?
「この文字を読める人間は多くないよ。魔術師とか学者とか……」
エルシーは顎に手を当て、ふーむと考え込む。
「実は私とルーヴェン、王都で学生やってたんだよね」
え、そうなの?
「旅してたんじゃないのか?」
「ちょっと問題を起こしちゃって、少し前に学園を出て旅してたの」
そういう事情だったのか。問題が気になるけど……まぁ今はいいか。
「ケイト、ルーヴェンを無事に助けられたら、王都に行ってみない?」
エルシーが手をぽんと叩いて言った。
「あぁ、俺も冒険者ギルドに登録したかったからいずれ王都を目指すつもりだったよ」
ゆくゆくは家買って安定した暮らしを……なんて夢もあるしな。俺の答えを聞き、エルシーの目がぱぁっと明るくなる。
「それは良かった」
ふふっと笑ったエルシーは、じゃあおやすみ、と部屋を出ていった。……エルシーが俺を王都に誘った理由はよくわからなかったが、まあいいか。俺もそろそろ寝よう。
ラディがすやすや寝ているベッドに潜り込む。
「ムニャムニャ……」
ワシャワシャと撫でる。……可愛い。明日は恐ろしい魔獣と向き合うかもしれないというのに、緊張感が足りない気がする。
***
白い天井。
規則的な電子音が微かに聞こえる。
「――は、いつの間にか一緒に寝るようになったね」
聞き覚えのある女性の声。……誰だ?
「――あの時も一緒にいたっけ」
あの時?
視線を動かしたいのに、まるで体が自分のものじゃないみたいに、天井から目を離せない。声も出ない。指一本すら動かない。
「――いきなり――だから、気を付けてね」
女性の声がノイズ混じりに途切れ、薄れていく。
視界の端が黒く滲み、ゆっくりと飲み込まれるように暗闇が広がる。
そして――意識が闇に沈んだ。
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