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異世界は歩くような速さで  作者: 森野 キキ


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第四話 来訪者 ※挿絵あり

 木の実と聞いて、大昔の人類がドングリでクッキーを作っていたことを本で読んだのを思い出した。


 さすがにパンは無理でも、クッキーが作れたら炭水化物欲が少しは満たされる気がする。昼食を終えてからラディにドングリの木まで案内してもらう。

 

 村を出てすぐの所に、まるで「どうぞ採ってください」と言わんばかりに大量に落ちてた。


「でもドングリって猪の餌とかだよ? コボルトは食べない。人間は食べられるの?」


 ラディは不思議そうにしながらドングリを拾い、カゴに入れていく。


「人間もこのままじゃアクが多すぎて食べられないよ」


 そこからは地獄のアク抜き作業だ。

 何度も湯がいて、煎って、殻を割って、中身を摩り下ろして、また湯がいて、天日干し……。

 

 村で道具を借りたせいで、村中のコボルトが「なにしてんの?」みたいな目で覗きに来る。恥ずかしい。だいぶ恥ずかしい。

 

 そして驚くべきことに、この作業――三日かかった。三日目に至ってはラディが飽きて来なかった。薄情者め。


 まぁこうした苦労の末、あの山みたいにあったドングリからついにドングリ粉を手に入れた!


 よし、ここからが本番。学校の食堂のキッチンを借りて、クッキー作りのスタートだ。


 まずはボウルに常温に戻した山羊バターをイン。そこへ蜂蜜をとろりと垂らして、木べらでぐるぐる混ぜる。甘い香りが鼻をくすぐって、テンションが上がる。

 十分に混ざったら、今度は溶き卵を少しずつ加えてさらに混ぜる。滑らかになっていく生地を見てワクワクしてくる。

 

 俺って案外こういう作業好きなのかもしれない。

 

 そこへ、今回の主役ドングリ粉を投入! しっかり捏ねて、ひとまとまりになってきたら手のひらで丸めて軽く潰す。ひび割れたので、なんとか指でならして出来るだけ綺麗に整える。

 よし、この形なら焼き上がりも綺麗になるはず。

 天板の上に並べ、いざオーブンへ。あとは待つだけだ。


 気づけば周りには興味津々の子コボルトたちが集まっていて、蜂蜜やバターをちょいちょいつまみ食いしながら「まだ?まだ?」と尻尾をぱたぱたさせてる。可愛い。


 そうこうしているうちに、食堂いっぱいにクッキーの焼ける甘い香りが広がり始めた。

 なんだか懐かしいような感じがして俺は思わず笑ってしまう。オーブンを開けて、クッキーの様子を見る。


 うん、少し焦げてるけど、立派なクッキーだ!


「ドングリクッキーが焼けました!!」


 いつの間にか食堂にいたコボルト達が「おお〜!」と拍手。リューベルド先生もいる。子コボルトも歓声をあげた。照れる。


 ではさっそく――


「大変です!!!」


 武装したコボルトが血相を変えて飛び込んできた。


「どうしましたか!?」

 リューベルド先生がすぐに駆け寄る。

「エルフが村の外で暴れているんです!!」


 エ、エルフ……!?



***



 ガルルルルルゥゥ――!!



 村の門の外で武装したコボルト達が唸りながら武器を構えている。その先にいたのは紛れもなくエルフだった。

尖った長い耳、金髪の長い髪、透き通る様な白い肌。緑色の服に黒みがかった赤茶色のマントを羽織っている。

 よく見聞きしたエルフそのものだ。そのエルフが、弦を限界まで引き絞った弓をこちらに向けている。


 ……ちょっと待て、普通に殺る気満々じゃないか。


 その手前には肩とスネに矢が刺さったコボルトが倒れていた。息はある。だが血が出ている。

 

 ……憧れたエルフ。

 

 仲間になって、肩を並べて魔物と対峙したり、酒場で語り合ったり……。そんな妄想はこの光景を見て砕け散った。


 ――俺の仲間に何してんだ。


 怒りと恐怖が混じり合い、思わず持ってきてしまった木べらを持つ手が汗ばみ震える。


「リューベルド先生!」


 別の武装コボルトが駆け寄る。状況説明が続くが、俺の耳には断片しか入ってこない。視線は完全にエルフに釘付けだ。


 こんな奴が……俺の理想のエルフのはずがない。


 エルフもこちらに気づいたようで、目を見開いた。


「なんで人間がコボルトの村に……!?」


挿絵(By みてみん)


「え?」


「え!?」


 言葉が通じた。互いに驚いたまま、数秒見つめ合う。エルフから殺意は消え、ただただ困惑しているように見えた。

 

 殺気立っていたコボルト達もエルフと俺の挙動を注視している。言葉が通じるのなら争いは避けられる可能性はある。


「……もし敵対する意志がないなら弓を下ろしてくれ。話し合おう」

「わ、わかった……」


 エルフは少し戸惑いながらも弓を下ろした。




***




「ごめんなさい……」


 集会所のソファーに座ったエルフは深く頭を下げた。さっきまで殺気立っていたコボルト達も、彼女の態度にやや落ち着いた様子だ。

 

 コボルトの言語がわからず、警戒の仕草も読み取れず、結果として警告射撃に反撃してしまった――というのが事の真相だった。


「なるほど、ね……」


 リューベルド先生と村長は落ち着いて聞いているが、俺は腹の奥が煮えたぎっていた。


「声色とか顔を見たら近づくなって分かるだろ!? なんで突っ込んでくんだよ!」

「だ、だってみんな同じような顔してるし……」

「表情で分かるだろ!!」

「だってコボルトなんて初めて見たし……理性ない魔物だと思ってたから……」

「なんだと!?」

「ケイトさん落ち着いてください」


 リューベルド先生が俺をなだめる。仲間が傷付けられてるのに、落ち着けるかっての。


「あ、俺ならもうほとんど傷塞がってるので……」


 負傷したコボルトは気まずそうに肩の傷をペロペロしていた。


 回復力高すぎでは?


 エルフがもう一度立ち上がり、深々と頭を下げた。その必死さに、コボルト達も「まあまあ」「知らなかったなら仕方ない」などと呑気な声。村長が俺の肩を軽く叩く。


「ケイト殿。このエルフの女性が、なぜこの村まで来たのか尋ねていただけませんか?」


 コボルトが許すなら、俺が怒り続けても仕方ない。


「エルフさんはどうしてここに?」

「わ、私は……」


 エルフはしっかりと正面を向いた。


「私の名は、エルシエラ・ルーン・リーフウィンドウ。旅をしている者です。途中、一緒に旅をしていた仲間が大きくて黒い魔獣に連れ去られてしまい……探している途中でした」


 訳すとコボルト達がざわめく。


「もしや……東の森に?」


 リューベルド先生が問う。


「はい。ここより東の森で……」


 ざわめきがさらに広がる。


 その時――


 ぐぅぅぅぅぅ……


 静寂に響く腹の音。俺じゃない。エルシエラが真っ赤になって腹を押さえた。




***




「お、おいしい」


 エルシエラは目をキラキラさせながらクッキーを頬張った。……可愛い。


「俺特製のドングリクッキーだからな?」


 エヘンと咳払いし腕を組む。


「こんなの初めて食べた」


 嬉しそうにパクパク食べている。だが、俺は知っている。

 そのクッキー、正直苦い。めちゃくちゃ苦い。

 アクが完全に抜けきっていないのだ。蜂蜜が頑張ってるが、まあ……食えなくはないというレベル。

 それを「おいしい」と言い続けるエルシエラ。このエルフ、意外と味覚バグってるのか?しかしラディもにこにこして食べている。


「ケイトこれおいしいね〜」


 もっと褒めていいぞ。


 アミュラが果物と薬草茶を出してくれて、ようやく場が落ち着く。集会所には村長、リューベルド先生、街の護衛兼狩人の五名のコボルト、アミュラ、そして何故かラディが残っていた。……ドングリクッキー目当てだな。


「それで――」


 話を戻す。エルシエラの仲間が襲われたという魔獣とは、一体何なのか?


「それは……」


 村長がゆっくりと口を開いた。


 ――一ヶ月ほど前。コラコルン村の青年数人が東の森へ狩りに入った時のことだ。

 

 森の空気に、今まで嗅いだことのない異臭が混ざっていたという。

 

 警戒を強めつつも狩りを続け、立派な雄鹿を弓で仕留め、血抜きをして持ち帰ろうとしたとき、地鳴りのような唸り声と、木々を弾き飛ばすような轟音がした。

 青年たちは腰が抜けるほど怯え、雄鹿を捨てて必死に逃げ帰った。

 しばらく経ってから震える足でなんとか雄鹿を捨てた場所に戻って来てみれば、雄鹿は跡形もなく消え、地面には雄鹿を引きずった跡と、大型の魔獣の足跡が残されていた。

 

 青年たちは悟った。あれは、俺たちでは絶対に敵わない何かだ、と。


「皆、不安を抱えつつ様子を見ていたのです」

「討伐とかしないんですか? ギルドに依頼するとか?」


 俺の問いに、村長は静かに首を横に振った。


 この村のコボルト族は、極力人間や冒険者とは関わらずに生きているらしい。


「しかし……エルシエラ殿のお仲間の安否が気になりますな」

「あの……私一人では、その魔獣を見つけることができませんでした……。コボルト族は鼻が利くと聞きます。どうか……どうか、お力をお貸しいただけないだろうか?」


 すっかり落ち着きを取り戻したエルシエラが、村長とリューベルド先生、そして俺の方を見る。その瞳は真剣そのものだ。

 訳して伝えると、村長とリューベルド先生は腕を組み、うーんと唸ってしまった。……何か不都合でもあるのか?


「実は、一ヶ月前に遭遇した青年たちは、この村でも特に狩りの得意な者たちでして。その者たちが怯えて戻るほどの魔獣を……どう扱うべきか、皆が悩んでおりまして……」


 つまり、この村の戦力では太刀打ちできない相手。


「それならば問題ありません。場所さえ分かれば、私がこの弓で仕留めてみせます」


 胸を張るエルシエラの宣言に、ラディが「おお〜!」と目を輝かせる。


 エルシエラってそんなに強いの?


「レベルはいくつなんだ?」

俺が尋ねると、エルシエラは軽く顎に手を当てて言った。

「二十年前に鑑定士に見てもらったときは二十三くらいだった」

「へぇ二十三ねぇ〜」


 ……ん?


「って、え!? 二十年前!!?」


 エルシエラ、一体何歳!?と言おうとした瞬間、彼女がムッとした顔をしたので、黙っておいた。話題を逸らすように俺は尋ねる。


「あ、あのレベルって……鑑定士が見るの?」

「うん? そりゃそうでしょう。鑑定スキルがないとわからない」


 ……ってことは俺のステータスウィンドウ、普通にチートじゃないか。


 話は進み、今日はもう捜索隊を出すには遅いということで、明日の朝に決行することになった。エルシエラがぱぁっと明るい笑顔になる。可愛い。

そこでラディが突然ガバッと前のめりになって言った。


「ケイトも強いんだよ!」


 待てラディ。今その話は……


「ケイトは森で魔物から僕を助けてくれたんだ!」


 得意げに言うラディ。エルシエラが俺に「なんて言ってるの?」と聞いてくる。


「この子が魔物に襲われてたのを、俺が助けたんだ」


 エルシエラが感心したように俺を見る。


「そうなんだ。君のレベルは?」


 冷や汗が出る。……嘘をついても仕方無い、よな。ここは正直にいこう。

 

「……です」

「ん?」


「2です」


「え……?」


 エルシエラが絶句した。

 

 周りのみんなにも聞こえたようで、固まっている。

 部屋の空気が冷え込んできたのを肌で感じた。

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