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異世界は歩くような速さで  作者: 森野 キキ


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第二十四話 暴走

 ボリボリ、バリバリ……。

 静まり返った廃墟に、硬いものを噛み砕く生々しい音だけが響いている。

 俺は、その場に釘付けになっていた。

 かつて穏やかに微笑んでいた村長が、魔族を食べ物のように咀嚼している。

 そのあまりに非日常な光景に、思考が真っ白に染まっていく。


「……ケイト殿」


 背後から低く、聞き慣れた声がした。

 ハッとして振り返ると、そこには槍を握りしめたガルードが立っていた。


「ガルード……!」


 彼はラディの父親だ。

 俺は腕の中で眠るラディを抱き直し、必死に言葉を紡いだ。


「ラディは……村長を庇って負傷したけど今はもう大丈夫。怪我も治って、ただ眠っているだけだから」

 

 俺の言葉を聞くと、ガルードの険しい表情が一瞬だけ緩んだ。彼は俺の元へ歩み寄り、静かに、そして大切そうにルディを受け取った。


「感謝する、ケイト殿」


 ガルードはラディの寝顔を一度だけ確認すると、集会所の中心にある大樹に視線を移す。


「リューベルド先生たちは、あの大樹の裏にいる。アミュラも一緒だ。負傷したダイチやアステラ……それに、ルーヴェン殿もそこで手当てを受けているそうだ」


 ルーヴェンの名を聞いて、胸が締め付けられる。キューロスに深々と刺されたシーンが脳裏に浮かびあわてて打ち消す。一刻も早く駆け寄りたい。

 そう思った、その時だった。


 ズズッ、と巨大な質量が動く音がした。

 咀嚼を終えた村長が、ゆっくりとその首をもたげたのだ。

 ガルードの鼻が、僅かにひくついた。


「……あの匂い。やはりあれは村長なのか?」


 ガルードでさえ確信が持てないほどその姿は異質だったが、コボルトの嗅覚は村長の残り香を嗅ぎ取っているようだ。

 しかし村長の瞳は依然として冷酷なまでの赤に染まっている。

 怒り。

 それは魔族を滅ぼしてもなお、消えることのない深い憤怒だった。


「アオォォォォォォォォンッ!!」


 天を裂くような、獣の遠吠え。

 それを合図に集会所を突き破ったあの大樹から、再び無数の枝とツタが触手のように伸び出した。


「なッ……!?」


 その矛先は、倒れ伏していたリスティアナとアウグレイスに向けられた。


「アッ!?」

「ぐッああ!」


 二人の悲鳴が上がる。

 逃げる間もなく鋭いツタが手足を縛り上げ、無慈悲に宙へと吊り上げた。

 傷口を締め上げられ苦悶に顔を歪めるリスティアナ。

 アウグレイスは一瞬声をあげたがまた気を失ったようだ。

 それを見下ろす村長の目は、彼女たちをも排除すべき不純物として認識しているようだった。


「だめだ村長! その人たちは敵じゃない!」


 俺は喉がちぎれんばかりに叫んだ。

 けれど俺の声は届かない。


 キューーーー……ッ!


 静寂を切り裂くような、あの聞き覚えのある甲高い音が空気を震わせた。

 直後、村長の後ろ足あたりで激しい爆発が巻き起こる。


「鳴爆石!?」


 不意打ちに驚いた村長が、わずかにその身を退かせた。拘束が緩み、宙に吊るされていたリスティアナとアウグレイスが地面へと投げ出される。


「今です! 二人を回収して下さい!」


 指示を飛ばしたのは鳴爆石を投げた本人、エルディオだった。

 彼が連れてきた調査員たちが、手際よく二人を救出していく。


「エルディオ! どうしてここに……!?」

「村の外れからでも、この異変は見えていたので」


 エルディオは苦笑いを見せたが、その目は笑っていない。

 村長は後ろ足を気にしているようだったが、どうやら剛毛が少し焦げただけで無傷のようだ。それどころかその瞳の赤みは一層増していた。


『お前か……お前が、村を焼いたのか』


 不意に俺の脳内に直接、地響きのような念話が届いた。


「ち、違う!エルディオじゃないッ!」

「ケイトさん?」

 

 村長の怒りの声はエルディオには聞こえていないようだ。


『万死に値する!! 消え去れッ!!』


 村長が再び咆哮を上げると、無数の枝がエルディオを目掛けて槍のように突き出される。


「まずい、逃げろエルディオ!」


 絶体絶命の瞬間、凄まじい轟音と共に巨大な土壁が俺たちの盾となった。


「グランド・ウォール!!」


 アステラだ。

 土壁が暴走する枝を力強く弾き飛ばす。

 アステラはこちらを見てニコリと微笑むと、すぐに厳しい表情に戻って村長を睨みつけた。

 アステラを援護するようにダイチが大剣を肩に担ぎ、不敵な面構えで姿を現した。

 よかった。

 リューベルド先生とアミュラが、二人に強力な回復魔法をかけてくれたのだろう。

 さっきまでの重傷が嘘のようにピンピンしている二人の姿を見て、俺の胸に安堵が広がった。 

 

「ここは俺たちが食い止める。ケイト殿は早く、ルーヴェン殿のところへ!」

「ダイチ……!」

「リューベルド先生が回復魔法をかけ続けてるが、どうにも傷が塞がらないんだ。早く行ってやってくれ!」

「!?」


 嫌な予感が背中を駆け抜ける。俺はアステラたちに後を託し、大樹の裏側へと全力で走り出した。


 瓦礫とツタの陰。そこにはリューベルド先生が、血の気が引いた顔で横たわるルーヴェンに必死に手をかざしていた。


「ああ、ケイトさん! ルーヴェンさんの傷がどうしても塞がらないんです!」

「ルーヴェン!!」


 俺は転がるようにして、その傍らに膝をついた。あんなに誇り高かったルーヴェンの呼吸は浅く、銀色の毛並みが血に汚れている。


『ケイト……か……』


 弱々しい声が、脳内に響く。


『頼む……。その手を我の傷に当ててくれ……』


 言われるがまま俺はルーヴェンの脇腹に空いた深い傷口にそっと手を添えた。

 その瞬間、俺の体の中から何かが堰を切ったように流れ出した。温かくて、けれど削り取られるような感覚。それは俺の掌を通じてルーヴェンの体へと吸い込まれていく。


『これは……お前の魔力だ……』


 ルーヴェンの意識が、わずかに熱を帯びる。


『我は、契約した者の魔力で動く。お前には悪いが……魔力を貰うぞ』

「いいよ! いくらでも持っていけ! だから早くッ早く傷を塞いでくれ!」


 俺が願うたび、魔力の奔流は激しさを増した。

 みるみるうちにルーヴェンの傷口が塞がっていくのと引き換えに、俺は激しい脱力感に襲われた。

 全力疾走をした後のように息が上がり、心臓がバクバクと暴れる。


 ……だめだ、意識が、遠のく。


 限界が近い。視界が白く霞みかけた、その時。

 俺の腰のポーチからあの黄緑色の光が溢れ出した。光は柔らかなベールとなって俺を包み込み、枯渇しかけた体に温かな活力を注ぎ込んでいく。


「はぁ、はぁ……ッ」


 やがて、ルーヴェンの深い傷は跡形もなく消え去った。  ゆっくりと目を開けるルーヴェンの姿を見て、俺は安堵のあまりへたり込む。


「……また、エルシーに助けられたな」


 ポーチの中のどんぐりから伝わる温もりに、俺は心からの感謝を捧げた。


「ケイトさん!」


 リューベルド先生の叫びに、俺は弾かれたように顔を上げた。

 視線の先、俺が魔力を注ぎ込んでいたルーヴェンの体がポーチと同じ黄緑色の光に包まれ、激しく明滅している。


「何だ!?」


 驚きで見守る俺たちの前で、光がルーヴェンの輪郭を組み替えていく。

 銀色の毛並みはしなやかな四肢へ、鋭い爪は小さな指先へと形を変え……気がつけばそこには、銀髪に犬耳をつけた少女が座っていた。


「ルーヴェン……?」


 思わず名前を呼んだ。ルーヴェンが食事の時以外に、自らの意志でこの姿になることなんて今まで一度もなかったはずだ。

 ルーヴェンは自分の手を見つめて「やれやれ」と困ったようにため息をついた。


「どうやら、エルシーの力が混ざり、強引にこの姿へ固定されてしまったようだ」


 犬耳姿のルーヴェンは不本意そうに耳をピコピコと動かした。想定外の事態らしい。


「それでも戦えるのか?」

「我を舐めるなよ。この姿ならある程度魔法が使える」


 それは良かったと返事をして俺は息を整えながら、先ほど体験した森の主様との会話を二人に手短に説明した。


「……なるほど。きっと今の村長は、聖遺宝の力を取り込みすぎ器が耐えきれずに暴走してしまっている状態なのですね。それにバトンタッチ…… 沃森杖(ヴェル・コルン)の力を取り込んだものが森の主の役割を果たすということでしょうか」


 リューベルド先生が沈痛な面持ちで分析する。


「暴走の原因はそれだけではないだろう。あの下劣な魔族、キューロスを丸呑みにした影響も少なからずあるはずだ。不純な魔力が混ざり村長の理性を蝕んでいる」


 ルーヴェンが鋭い眼光を集会所跡へと向けた。

 大樹の向こうではいまだに赤い目を光らせた聖獣が、仲間たちに向かって咆哮を上げている。


「原因は何だっていい……。とにかく、これ以上村長を化け物にしたままにはしておけない。一刻も早く止めよう!」


 俺の言葉に、ルーヴェンとリューベルド先生が力強く頷いた。

 俺たちは暴走する村長に立ち向かう。

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