第二十二話 王国特別審査官
「火の手がだいぶ回ってしまっていますね……」
リューベルド先生の重い言葉に顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、さらに激しさを増した火柱だった。
炎は村の奥へと牙を剥き、確実に領域を広げている。
「ラディはどこへ行ってしまったのでしょうか」
ラディが居そうな家や学校を目指し、俺たちは煙が立ち込める道へと駆け出した。
「ケイト!」
不意に上空から声をかけられ見上げると、ルーヴェンが屋根伝いにこちらへ駆けてくるところだった。彼はひらりと地面に着地し、俺たちの前に立つ。
「村人は水門の出口から外へ避難させた。動ける者はそこで調査団と共に消火作業に当たっている」
「そうか! ありがとう!」
「……だが、ラディとアミュラ、それに村長の姿が見当たらんのだ」
「えッ……!?」
血の気が引くのがわかった。
ラディだけじゃなく、アミュラや村長も行方不明だなんて。
「オルネイの話では、ロッシュとガブールが三人を探しに集会所へ向かったらしい」
心臓がギュッと掴まれたように強張る。
集会所にはグロウエン審査官が居る……!
「集会所ならアステラとダイチが向かっています! すぐに合流しましょう!」
俺たちは弾かれたように駆け出した。
***
広場を抜け、集会所が視界に入る距離まで来ると、そこには異常な光景が広がっていた。
見覚えのない人間たちが十名ほど、芋虫のように縛り上げられ、地面に転がっていたのだ。
俺たちを見て動揺する彼らから話を聞くと、王国特別審査官グロウエン直属の部隊だという。
周辺の家々を破壊し、聖遺宝を探していたらしい。
だが、その最中に大剣と氷の剣を携えた二人のコボルトが突如として現れ、抵抗する間もなく瞬く間に全員を叩き伏せたのだという。
ダイチとアステラのことだろう。
「おーい! リューベルド先生! ケイト殿!」
そこへ、バケツや大きなほうきを手にしたロッシュとガブールが姿を現した。
「ダイチたちは集会所へ向かった! 俺たちはここの消火を食い止める、お前たちは先に行ってくれ!」
「わかりました。行きましょう!」
リューベルド先生の言葉に強く頷き、俺たちは集会所へと続く階段を駆け上がった。
集会所のドアを乱暴に開ける。
視界に飛び込んできたのは、茶髪の中年男性に拘束されたアミュラの姿だった。
その細い喉元には、冷たく光る短剣が押し当てられている。
「アミュラ!!」
「!! ケイト!」
室内には、負傷したダイチとアステラが力なく横たわっていた。
奥ではリスティアナが、倒れたアウグレイスに必死で回復魔法をかけている。アウグレイスは重傷のようで、床に広がる鮮血が事態の凄惨さを物語っていた。
ここで一体何があったんだ?
まさかみんなこの男にやられたのか?
「人間……? お前がナラキ・ケイトか」
アミュラを人質に取った男が、平然とした口調で問いかけてくる。
「そうだ! お前がグロウエン審査官か!?」
「いかにも。私は王国特別審査官、グロウエン・カーヴェルです」
格式高いローブを羽織ったその男が、冷徹な瞳で俺を見据えた。
「今すぐアミュラを離せ!」
「そこに転がっているコボルトたちも、似たような勢いで襲いかかってきましてね。……やれやれ、野蛮な種族というのはこれだから困りますよ」
グロウエンはダイチたちを蔑むように顎で指す。
「これ……お前ひとりでやったのか?」
「ええ。ついでにアウグレイス殿も、反逆の意思ありと見て粛清させていただきました」
「粛清……?」
「こんなやり方は間違っている、などと私に意見したのですよ。ここが王都なら議論の場も設けましたが、あいにくここは敵地。どちらに決定権があるか、身をもって理解していただきました」
……なんて男だ。
アウグレイスはこの村に来たとき、対話を通じて理解しようと努めてくれていた。その誠実さまでも、この男は踏みにじったのだ。
「それで、村長。聖遺宝を渡す気になりましたか?」
グロウエンの視線の先のサイドテーブルの下で、ラディを抱えて小さくなっている村長がいた。
その手には、細かなツタの模様が刻まれた木製の杖が握られている。
「ラディ! 村長!」
杖は淡い新緑の光を放ち、二人を包むように透明な光の膜を作り出していた。
……あれが、聖遺宝・沃森杖なのか。
「言葉が通じないのは不便ですね。懇切丁寧にお願いしているというのに、一向に譲っていただけない」
仲間を傷つけ、少女を人質に取る。
これがこの男の言う「丁寧」なのか。
「ふざけるな! 今すぐ彼女を離して、この村から出ていけ!」
「それはできかねます。聖遺宝を持ち帰ることこそが私の使命ですので」
話が通じないのなら――!
俺がスリングショットに手をかけた瞬間、鋭い念話が脳内を刺した。
『やめておけ、ケイト』
『ルーヴェン!? でも……!』
『ダイチとアステラが挑んで敗れたのだ。今のお主が動けば一瞬で斬り伏せられるぞ』
俺が唇を噛み締めたとき、背後のリューベルド先生が小声で耳打ちした。
「ケイトさん、ルーヴェンさん、目を閉じて」
すぐに目を固くつぶった瞬間、猛烈な閃光が炸裂したのを感じた。
リューベルド先生が明かりに使っていた光の玉がグロウエンの目の前で炸裂したのだろう。
「な、に……っ!?」
「今だ!」
視界を奪われた隙を見逃さず、ルーヴェンが疾風のごとく駆け出す。
そのままアミュラの襟元をくわえ、一息にこちら側へと引き寄せた。
アミュラをリューベルド先生に預け、俺とルーヴェンは村長の元へと走り寄る。
「村長、無事ですか!」
「ケイト殿……。申し訳ない、わしらを庇ってラディが……」
村長に抱かれたラディは、意識は無いがアミュラがすぐに回復魔法をかけたそうで、容態は落ち着いている。
「村長、それが沃森杖ですか?」 「そうじゃ……代々、わしらの一族が守り続けてきた宝物なのじゃよ」
神々しい光を放つその杖は、確かに神器と呼ぶにふさわしい威厳を放っていた。
「クソッ……! クソォッ! コボルト風情が、調子に乗るなよ……ッ!!」
一転して、獣のような怒号が室内に響き渡る。
閃光に焼かれた顔を押さえ、グロウエンが激しく悶絶していた。
「もういい……ッ!! 皆殺じにじでや"るッ……!!」
その声は濁り、地を這うような重低音へと変質していく。
「ヴォォォォォォォォォ!!」
『下がれ、ケイト!』
ルーヴェンが俺を村長の方へと押した。
直後、沃森杖の光の膜が俺たち全員を包み込む。
「ァァァアァァァァッ!!」
グロウエンの体が不自然に折れ曲がり、バキバキと骨が砕ける不快な音が響く。背中の皮膚を内側から突き破り、湿った黒い翼が溢れ出してきた。
「な、なんだあれは……!」
崩れ落ちる人間の皮の中から現れたのは、コウモリのような巨大な翼と、禍々しい一本の角を持つ異形の存在だった。
「あれは……魔族だ!!」
ルーヴェンの叫びが響く。
姿を現した怪物は、裂けた服を揺らしながら、人間に近い邪悪な相貌でこちらを睨み据えた。
「ハァ……。人間に化けて内部から崩すつもりでしたが、もういいでしょう。ここで全員、塵にして差し上げますよ」
「お前は何者だ!」
「名乗るほどの者ではありませんが……魔王軍第五師団所属、キューロス。聖遺宝を回収しに来た死神ですよ」
魔王軍。
その絶望的な言葉が、重く部屋に響いた。




