第二十一話 氷と拳
意識を研ぎ澄ます。
どんぐりをスリングショットにつがえて、限界まで紐を引き絞った。
無傷……は無理だけど、できるだけ傷つけたく無い。
ネアの喉元や顔に赤いマークが見えるが、それを避けて足に狙いを付けてどんぐりを解き放つ。
どんぐりは鋭い音を立てて一直線にネアの足に飛んでいったが、紙一重のところで避けられ、どんぐりは地面にめり込んだ。
「ふふ。そんな狙いバレバレの弾、当たらないわよ」
くっ……甘かった。
「ケイト殿、加勢は不要です」
アステラが視線をネアに向けたままこちらに囁く。
「あとで合図するので、そのときに風の魔法を私の背からアイツに向けて撃って下さい」
「わ、わかった」
意図は測りかねるが、自分にできることがあるなら迷っている場合ではない。
「いきますよ!」
アステラが地を蹴りネアに向けて走り出す。
俺も、ちゃんとアステラの背後から《リーフウィンドウ》が撃てるように一定の距離を保ちつつ走り出す。
「やぁ!」
アステラの氷の刃が、レイピアのように何度もネアに繰り出されるが、ネアはそれを嘲笑うかのように、最小限の動きでかわしてしまう。
「あはは!紅玉級の冒険者にそんなの当たらないわ!」
紅玉級。冒険者ギルドの等級のことだろうか。
「ハァッ!」
ネアの鞭がうなり、アステラを襲う。
アステラは避けきらず、氷の刃に鞭が絡みつく。
「捕まえた!」
まずい!電気を流される!
「ケイト!」
「!!」
合図だ!
「リーフウィンドウ!」
俺の手から生まれた風がアステラの毛並みを激しく揺らす。
「遅いわよ! 《チェイン・ディスチャージ》!」
ネアの手からバチバチと電気が弾け、鞭を伝いアステラに向かう。
その瞬間、アステラの手の中で氷の刃が砕け、ダイヤモンドダストのような無数の粒子へと姿を変えた。
それは俺が放った《リーフウィンドウ》に乗り、きらきらと輝きながらネアに振り注ぐ。
「!?」
ネアが放った電撃がその氷の粒でできた道を辿りネア自身に襲いかかる。
「キャアァァァァァ!!」
自身で込めた最大出力の電力が、自らの体を焼き、ネアが激しく悶絶する。
水を含んだ氷の粒を、風で運び電気を誘導したのか……!
「今ッ!」
アステラはこの機を逃さなかった。
素早い手つきで腰から取り出したのは、両端に重りが付いた捕縛用投げ縄だ。放たれた縄は、感電に震えるネアの体に逃げられないよう幾重にも締め上げた。
「えッ!?あっちょっと待ってよ!」
ネアが拘束を解こうと暴れるが体に巻き付いたロープは緩まない。感電の衝撃で、手放されたネアの鞭もアステラがスルスルと回収する。
「くそー!離してよー!」
地面に転がって毒づくネアを尻目に、アステラは深く息を吐いた。
「ふぅ……。まずは一人」
「すごいな。アステラ」
「ケイト殿もありがとうございます。タイミングばっちりでした。……さて、ダイチは……」
アステラは一瞬だけ優しい顔になったが、すぐに厳しい顔付きになり、その視線はダイチの方に向けられる。
先ほどまでの優勢な状況から一転、今度はダイチが防戦に回っていた。
いつの間にか二振りの剣を抜いたロクスが、休む間もなく猛烈な連撃を繰り出している。
「よくもネアをやってくれたなァ! コボルト風情がッ!!」
余裕の消えたロクスの顔は、いまや怒りに支配されていた。
その剣を、ダイチは大剣の腹でかろうじてしのいでいる。
「ダイチ! 加勢は必要ですか?」
「……いらない!」
「なら早く! こんなところで立ち止まっている暇はありません!」
相変わらずアステラは厳しい。
「仕方ねぇ……!」
ダイチが強く地を蹴り、ロクスとの距離を強引に引き離した。直後、彼は手にした大剣を地面へと無造作に突き刺す。
……えっ、何をやってるんだ!?
「おいおい! 戦いの最中に武器を手放すなんて、やっぱりただのコボルトか!」
「ふぅぅぅ……」
嘲笑うロクスを無視し、ダイチは全身の力を抜いて大きく息をはいた。
好機と見たロクスが地面を蹴り、一気に接近する。
「負けを認めろ!《バーニング・エッジ》!!」
ロクスの双剣から炎が噴き出した。そのままの勢いで、ダイチの首元へ炎の刃が振り下ろされる。
「ダイチッ!!」
反射的にスリングショットを構えた俺の手を、アステラが制した。
「大丈夫です、ケイト殿」
「え……?」
「はぁッ!」
燃え盛る炎の刃がダイチを両断した――
そう見えた瞬間、ダイチの姿が陽炎のように揺らぎ、いつの間にかロクスの懐へと潜り込んでいた。
「はっ!!」
ダイチの握りしめた拳が、弾丸のような速さで突き出される。渾身の突きが、ロクスの腹部を深々と突き刺さった。
「グハァッ……!?」
肺の空気をすべて吐き出し、ロクスが剣を手放して膝から崩れ落ちる。
「そこッ!」
そこへすかさず、アステラがお馴染みの投げ縄を放った。
……何個持ってるんだ?
放たれた縄は獲物を逃さずロクスの体を縛り上げ、それをダイチが力任せにギュッと締め上げた。
「ゴホッ、ゲホッ……! コボルトの分際でェ……ッ!!」
ロクスが恨めしそうに悪態をつく。
「何言ってるか知らねえが……まだ元気そうだし、もう少し締めておくか」
「ぐぇッ!」
俺たちは倒れたロクスの元へ駆け寄る。
ダイチの切り傷を見たリューベルド先生が、すぐに回復魔法を唱えてくれた。
「ダイチ……もしかして、大剣じゃない方が強いのか?」 「うーん……いや、剣だって強いんだぜ? ただ、その……」
歯切れの悪そうに視線を泳がせるダイチに代わり、アステラが呆れたように溜息をついた。
「ダイチは物語の主人公が使う大剣に憧れて無理に使っているだけで、本来は格闘術の方が得意なんですよ。全く……最初から真面目にやってください」
キッと睨みつけるアステラに、ダイチは「悪い悪い」と頭をかく。
一息ついたところで、ダイチとアステラが、捕縛したネアを転がってるロクスのところに連れてきた。俺は二人に向き直る。
「それで、お前たちの雇い主はどこにいるんだ?」
「……ふん。俺たちは紅玉級の冒険者だぞ? 雇い主を裏切るような真似は……グェッ!」
言いかけたロクスの縄を、ダイチが容赦なくギュッと締め上げた。
「ちょっ! ダイチ、相手が何て言ってるかわかるのか?」 「いや、言葉はわからん。だが、こいつの顔つきと……あと匂いで、ろくでもないことを言ってるのはわかる」
コボルトの嗅覚恐るべし。
俺はコホンと一つ咳払いをして、努めて怖い顔を作った。
「……あのさ。その紅玉級の冒険者って、捕まって敵に囲まれている状況でも、自分の命を守りきれるのかな?」 「え……」
ネアとロクスが、おずおずと周りを見渡す。
そこには、冷徹な魔術師の眼光を向けるリューベルド先生と、いつでも拳を叩き込む準備ができているダイチ。そして、氷のように鋭い視線のアステラが二人を睨みつけていた。
「ヒィッ……! あ、あー……そういえば、グロウエン審査官殿は、村の集会所に行くとか言ってなかったっけ、ロクス?」
「あ、あぁ……確か、聖遺宝を探すとか何とか……」 「!?」
集会所には村長とアミュラがいるはずだ!
俺はすぐに、聞き出した情報をみんなに伝えた。
「急ぎましょう。事態は一刻を争います」
先生の声に、全員が表情を引き締めて頷く。
捕らえたネアとロクスは、ブルクナーとガルードに預けることになった。
「ケイト、実はラディがどこにいるかわからんのだ……」
ガルードの声に悲痛な色が混じる。ガルードはラディの父親だ。
「ラディが!? わかった、俺が探してくるよ!」
ダイチとアステラは集会所へ。俺とリューベルド先生はラディを捜索するために、二手に分かれて駆け出した。
ラディのことだ、きっとどこかにうまく隠れているはずだ。
そう信じたい。一刻も早く、無事を確認しなくては。




