第二話 コボルトの村
「もう少し進むと、ぼくたちの村だよ!」
背中の上でラディが嬉しそうに体を揺する。さっき助けた犬――じゃなくてコボルトは、ラディという名前の子供だった。
お礼がしたいと言われたのと、情報収集にもなるかと思って、村まで案内してもらうことにした。
いきなりこの森の中に放り込まれて右も左もわからない状態だし。
幸い、《もふもふトーク》でコボルトとは意思疎通が取れるみたいなので、このまま村に行き、大人のコボルトに色々聞こう。
せっかく健康体で憧れの異世界に来たんだから、何かしら冒険がしてみたいよなぁ。
とりあえず、王都とか大都市を目指して、冒険者ギルドに登録することを目標にしよう。
依頼をこなして小銭を貯めて、装備を買ったり家を買ったりしたいな。
いや、冒険者ギルドが無い可能性もあるか……。
まぁその時はその時で、とりあえずまずは大きな街に行く。異世界生活の基盤づくりはそこからだ。
「ごめんね…重いよね」
「全然。軽い軽い」
ラディは足を捻挫していたので、俺がおんぶして運んでいる。毛並みフワフワでちょっとした癒しだ。
「昔の友達を思い出すよ」
「コボルトの友達がいたの?」
「いや、コボルトに似た種族でさ。言葉は通じなかったけど、よく遊んだんだ」
……シロ。
俺が飼ってた犬だ。家族の顔すら思い出せないのに、何故かシロの顔だけめちゃくちゃ鮮明に浮かんできた。
久しぶりに犬っぽい生き物に触れたおかげかな。
「あ!あれがぼくたちの村だよ!」
ラディが指差した方は森が開けていて、そこだけ切り取られた様に青い空が広がっていた。
その下に村はあった。三メートル程の木製の柵と棘の生垣が巡らされていて物見櫓もある。
木製の門もあり今は閉まっているようだ。木の柵の向こうには家もたくさん建っている。
「ただいま〜!!」
ラディの大声に反応したのは物見櫓にいたコボルト。こちらを見て手を振りかけたが、すぐに硬直する。しばらく見つめ合った後にコボルトは素早く動き
カン!カン!カン!カーン!!
たぶんきっと、いや絶対警告を意味する鐘を鳴らした。
「あれ〜?」
森の静けさを引き裂く鐘の音。「何事だッ!?」「どうした!?」と声が上がり村全体もざわつき始めた。
「ラ、ラディ……これさ、全然歓迎されてないよね?」
「えっと……ケイトみたいな種族、はじめて見るからかも」
「いやそれ先に言っとけー!!」
「大丈夫だよ〜。たぶん」
たぶん!?
とか言ってる間に、武装コボルトたちがぞろぞろ出てきた。手に弓やナイフ、山賊が持ってそうな大きい刃物。
いやいやいや、本格的にまずいぞこれ!!
「何者だ!!」
武装したコボルトが俺に弓を向ける。
「い、いや俺は敵じゃ――」
「言葉が通じるのか!?」
そうだよな。普通に会話できるの驚くよな。もふもふトーク、ありがてえ。
「あ!父ちゃ〜ん!」
ラディが武装コボルトのひとりに手を振る。
「ラ、ラディ!大丈夫か!?」
「うん!穴に落ちたりしたけどケイトに助けてもらったの!」
「え、えぇ……?」
父ちゃんもパニック状態。
「あ、あの〜俺は――」
説明しようとした瞬間。
「貴方は人間じゃな」
コボルトの集団の奥から、杖をついた、小柄コボルトが進み出た。濃い灰色の毛並みで顎髭が長く威厳がある。
「村長!」
「ラディを助けてくださったようじゃ。みな、武器を下げよ」
武装コボルトたちは、鼻をスンスン鳴らしたあと、すんっと落ち着いた。
「人間よ。まずは礼を言う。ラディを助けてくれてありがとう。ここではなんだ、話は奥で聞こう」
村長はそう言ってゆっくり歩き出した。
村の奥へ進むにつれ家々が増え、踏み固められた道は往来の多さを物語っていた。家の軒先には干した木の実やきのこが吊られ、家の前には木製の水桶なども置かれていた。
ラディが「あそこが僕の家! あそこがミルタの家!」と楽しそうに教えてくれる。
門にいた武装したコボルト数名と、好奇心旺盛なやじ馬(犬)コボルトたちもついてきた。全員がクンクンと鼻を鳴らしながら距離をとって歩いてくる。
そんなに珍しいのか……
やがて辿り着いたのは、周囲の家より二回り大きな木造建築。樹皮の模様がそのまま装飾となっていて、入口には花と香草が結わえられていて、おしゃれだ。
「ここは村の集会所兼、私の住居になっております」
案内されて中へ入ると、木の香りと温かな灯りに包まれる。床は木張りで簡素だが、掃除が行き届き清潔だった。
そして――
奥で待っていたのは、メイド服姿のコボルト。
小柄な体に白いふわふわ毛。白いエプロンは清潔で、尾は緊張気味にゆらゆら揺れている。
「こちらにお茶をご用意しました」
にこりと微笑み、ソファーへと座るよう促してくる。村長は奥側に腰を下ろし、その向かい側を勧められた。
メイド服コボルトに見惚れていた俺は慌てて席につく。
湯気の立つ木のカップが差し出される。微かな樹脂の香りが鼻をくすぐった。
無印◯品で嗅いだ匂いに似ている気もするが……いやいや、きっとこの森特有の茶葉なのだろう。
それにしても完全に、客人への待遇だ。
「改めて歓迎しよう。ここはコラコルン村。私は村長のワフデュス」
「俺はナラキ・ケイトと言います。一応、冒険者です。……あの、すみませんでした。驚かせてしまって」
「こちらこそ失礼をした。皆、人間を見たことが無いゆえ、必要以上に警戒してしまったようだ。しかし我らは匂いで状況が大体わかるのでな。ラディが落ち着いておる以上、危険はないと判断した」
便利かよコボルト嗅覚。
「ケイトはぼくを助けてくれたんだよ!」
ラディが身振り手振りを交えて説明し終えると、村長は顎髭を撫でながらこちらを見る。
「それで、ケイト殿はどうしてあの森に?」
俺は姿勢を正し、村長に向き合った。何があるかわからないし、異世界転生の件は伏せておこう。
「――実は以前の記憶がなくて。どうして森にいたのかも、ここがどこなのかもわからないんです」
「なんと……!」
「そうなの!?」
村長とラディが同時に声を上げる。
「そうか……。ふむ……ここグリーネル自治領は平和じゃが、王都の北西部では人間と魔族の争いが激しいと聞く。ケイト殿は、そうした戦に巻き込まれたのかもしれんの」
うおお、地名と世界情報きた!こういうの待ってた!!
「あ、あのっ……!」
興奮して声を上げた瞬間、頭がクラッとした。急に疲れが出てしまったのか?
ラディが覗き込みながら「大丈夫?」と心配してくれる。優しい……。
――そのとき。
ぐ〜〜〜〜。
よりにもよって腹の音が響いた。でかい。恥ずかしい。
「ほほ、気が利かんで申し訳ないの」
村長がワフワフと笑った。
***
しばらくして、集会所の奥の食堂に案内された俺の目に一番初めに映ったのはテーブルの中央にある豪華に花で装飾された鶏の丸焼きだ。脇には何かの肉の炙り切り、煮込んだ骨付き肉。ついでにデカい腸詰めまである。
肉・肉・肉のフェス状態。なんとそこへさらに追い肉が登場した。
鉄板ごと運ばれてきたのは、今日の狩りで獲れた一番デカい猪だと言う。表面がこんがりしてて辺りを漂う香ばしい匂いに、誰かがゴクリと喉を鳴らす音がした。俺だ。
メイドさんがナイフを構え、豪快な一閃でザクッと肉を切り分ける。分厚い一切れを俺の皿へ――
いや、これ何グラム!? 辞書くらい分厚い!
「狩猟焼き肉でございます。本日の猪の最良部位です。岩塩と香草のみで焼き上げました」
さらに白い陶器のボウルが置かれる。ミルクスープだ。
根菜ゴロゴロ、表面にやわらかい乳脂の膜。肉のヘビーさを優しく受け止めてくれそうな見た目してる。ありがてぇ。どれもご馳走だ。
「いただきます。」
手を合わせてからナイフとフォークを持ち、肉を一口大に切って口に運ぶ。
「っ……!?」
やばい。いつもに増して語彙力が死ぬ。
「…………うまい」
気づけば夢中で食べていた。一口一口を大きく切り、口いっぱいにほお張る。不思議と誰も笑わない。
「人間ってこう食べるんだ……」と観察モードに入っていると思われる。恥ずかしい。でも止まらん。肉をもう一切れ、スープを一口、また肉。
ある程度食欲が落ち着いた頃、食卓の向こうで村長が声をかけた。
「しかし、記憶がないのは不便ですな」
「はい……。何もわからないので……」
「明日、村の学校に行くとよいでしょう。本や地図があるし、博識な教師もいるしのう」
学校か。
「そこにいるアミュラも生徒じゃ。アミュラ、明日ケイト殿を案内してくれ」
「はい、村長」
アミュラが静かに頷く。
やった。
「よ、よろすく……っ!」
恥ずい。噛んだ。
「ふふ、よろしくお願いします」
笑顔がかわいすぎる。
***
食後は風呂へ。板張りの室内に薬草湯の釜が据えられ、木の浴槽もある。ゆっくり浸かれそうだ。
この村の人たちは風呂が好きなのかな。
香りのいい石鹸でゴシゴシ体を洗い、髪も同じ石鹸で洗う。コボルトの体毛用だからか、髪がギシギシしないのもありがたい。
泡を流し、湯船に沈む。
「ふ〜〜……」と息が漏れる。
まさか異世界に来てこんな最高のおもてなしをされるなんて思ってもみなかった。
ましてやここは森の中のコボルトの村なのだ。
――ガラガラ。
突然脱衣所の扉が開いた。
「着替え置いておきますね」
アミュラの声だ。
「ありがとう」
スルッ……ストン。布が落ちる気配。
え、待て。まさかの――アアアアミュラ!?!?
バーーーン!!派手な音と共に扉が弾けた。
「ケイトーーー!!」
……ラディだった。
「なんか土で汚れたから、お風呂入れって言われた!大丈夫なのにー!」
「いやいや、汚れすぎ。洗うぞ」
「えーー!?」
首根っこ捕まえて泡立て、ゴシゴシ洗う。
「うわーん!」
クーンと泣くラディが、あのシロに重なって見えて胸がぎゅっとなる。
シロもシャンプーは苦手だったな。
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