第十七話 廃遺跡
太陽が真上より少し傾いた頃、ちょうど平坦で広く開けた場所に出たため、休憩を取ることになった。
目指す東の廃遺跡はもうすぐらしいが、急ぐよりも休みながら行ったほうがいいと、リューベルド先生とアウグレイスの意見が一致した。
調査団員たちは手慣れた様子で調理具を取り出し、木と布でできた椅子や、折りたたみ式のテーブルを次々と組み立てていく。
その鮮やかで、無駄のない動きに、リューベルド先生は感心していた。
「指導者の一声で、これだけの人数がそれぞれの役割を淡々とこなす姿は見事ですね」
調査団員が作ったスープに、ダイチとアステラが狩ってきたウサギも加わり、食事は思った以上に豪華なものになった。
それに何と言っても――オートミールを煮た、お粥のようなものまである。
「これがオートミールですか?」
コボルトたちは配られた器に顔を近づけ、くんくんと鼻を鳴らしている。その様子を見て、アウグレイスが声をかけた。
「ああ。この村では馴染みがないかな? 我々がよく食べる携帯食だ」
「いただきます」と、リューベルド先生が率先して口に運ぶ。
「……う、うん。味は香ばしいですが、食感が独特ですね……」
続けて食べたダイチやアステラも、そろって微妙な顔をしていた。俺も口にする。
確かに、ベチャベチャに煮込まれていて、食べるというより啜る感覚に近い。
久しぶりの炭水化物で俺は嬉しいけど、コボルトたちは硬い食感のものを好む傾向がある。苦手なのも無理はない。
「じゃあ、こっちもこれを出そう!」
俺は鞄から麻袋を取り出した。中身はどんぐりクッキー改だ。
魔物討伐から戻ったあと、村の子コボルトたちが引き続きどんぐり粉を作ってくれていて、大人たちも混じってクッキーを焼いてくれたのだ。
査団員ひとりひとりに手渡していくと、微妙な表情で礼を言われた。それでも「遠慮しないで、どうぞ!」と笑顔で促すと、みんな観念したようにバリバリと食べ始めた。
「か、かたくて苦みがあって……通好みのクッキーですね」
エルディオが率直な感想を口にする。
アウグレイスは「携帯食に向いているな」と頷き、リスティアナは何も言わずに黙々と噛み砕いていた。
人間には少し硬すぎたようだけど、前回作ったものよりはだいぶ食べられる出来になっている。
それに、村のみんなが作ってくれたという事実が、何より嬉しかった。
ついでに鞄から、ツヤツヤのどんぐりエルシーを取り出して水をかける。
すると、パァッと淡い黄緑色の光を放った。
***
食後に少し休憩を取ってから、再び遺跡へ向かった。
しばらく進むと森が開け、見覚えのある場所に出る。
「ここか……」
調査団の目の前に現れたのは、破壊された廃遺跡だった。
エルディオや団員たちは早速、床や壁の調査を始め、アウグレイスも周囲を歩き回っている。
俺たちはあくまで案内役だ。少し後ろに下がり、その様子を眺めることにした。
道中トラブルはあったが、互いに歩み寄れたと思う。調査団の人たちは悪い人じゃない。
魔族との戦争を止めたいという思いも、同じだ。
『なあルーヴェン。村に聖遺宝があること、ちゃんと説明したらわかってくれないかな』
『ばか。出発前にも言っただろ』
『でも、悪い人たちじゃないよ』
『そういう問題ではない』
「ケイトさーん!」
遺跡の床を調べていたエルディオに呼ばれ、小走りで近づく。
「ここの文字、コボルトが使っているものに似てませんか?」
身を屈めて覗き込むと、確かに読めそうだった。
「ええと……『私はここに至った。古い言いつけは今もなお生きている。門よ、姿を現せ』」
次の瞬間、文字の刻まれた床のタイルがピカッと光り、ひび割れが走った。
「ケイトさん、下がって!」
言われるまま後方に飛び退く。さっきまで立っていた床に亀裂が広がり、やがてガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
音が止んでから近づくと、床の下には下へ続く階段が姿を現していた。
「す、すごいッ! ケイトさん!」
エルディオが興奮して肩を揺さぶる。俺自身も驚いていた。周囲に団員やコボルトたちが集まり、ざわめきが広がる。
俺はそっとリューベルド先生のもとへ近づき、小声で尋ねた。
「あの……まずいですかね……?」
顎に手を当てて考え込んでいた先生は、やがて首を振った。
「……正直、何があるか分かりません」
ここに聖遺宝は無い、と村長は言っていた。
だが、廃遺跡に地下がある話は聞いていない。先生にも予測はつかないらしい。
「ありがとう、ケイト殿。さあ、先に進もう」
アウグレイスは団員たちに指示を出し、階段を降りていった。
ルーヴェンを見ると、ジトッとした目でこちらを見据えている。念話はなくとも『お前、やったな』という目だった。もちろん、肯定的な意味じゃない。
廃遺跡の地下は暗く湿っぽく、まだ土煙が立ちこめていて視界が悪かった。
リューベルド先生が魔法で明かりを灯し、長い階段を降りきると、目の前に石でできた門が姿を現す。装飾はほとんどなく、ひどく無機質だ。
「待て。何があるかわからない。俺たちが先に行こう」
調査団を牽制するようにダイチが前に出て、次いでアステラが続く。
エルディオが門を調べたいと言い出したため、俺も通訳として後ろについた。
「ここに……何か文字が彫ってありますね」
エルディオが門についた土を払うと、確かに文字が刻まれているのが見えた。
「先ほどと同じ……コボルト語に似ています」
『私は――』
『おい』
『口には出さないよ』
「でもなんで、コボルト語が……」
ダイチが文字をよく見ようとして門に手をついた、その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……と重い音を立てて、門が開いてしまった。
「おぉ……!!」
調査団の一行は「やったぞ」とざわめき立つ。対照的に、村の一行は静まり返っていた。アステラは鋭い目つきでダイチを睨んでいる。
門は閉まっていただけで、鍵はかかっていなかったのだろうか。開いてしまった以上、引き返すわけにもいかない。
再びダイチが先頭に立ち、アステラ、俺、リューベルド先生、エルディオが続いて門をくぐる。
中は広い部屋になっていた。白い石畳の床に、白い石柱。部屋の中央には石造りの祭壇があり、その上に何かが置かれている。
『も、もしかして聖遺宝だったりして……』
『いや、それはあり得んと思うが』
そのとき、壁に掛けられていた鉱石がパァッと光り、部屋全体が明るく照らされた。全員が武器を構え、身構える。
だが、それ以上の異変は起こらなかった。警戒しながら、ゆっくりと祭壇へ近づく。
「これは……」
「鏡、ですね」
直径三十センチほどの円形の鏡だった。縁には細かな装飾が施され、祭壇の上にぽつんと置かれている。
「これが聖遺宝なのか? ただの鏡のように見えるが」
アウグレイスも祭壇のそばへ来て、鏡を覗き込む。
俺はリューベルド先生のもとへ行き、そっと耳打ちした。
「せ、聖遺宝じゃないですよね?」
「はい……。村長は、沃森杖は杖状だと話していましたし……」
「じゃあ、あれは?」
「わかりません……。しかし――」
先生が言葉を続けようとした、そのとき。
「聖遺宝には元の持ち主のサインがあると聞くが……」
アウグレイスが鏡を持ち上げた。
「!? 不用意に触っては――」
リューベルド先生とエルディオが慌てて声を上げる。
だがアウグレイスは「何ともないぞ?」と肩をすくめただけだった。アウグレイスは鏡面のふちに付いている装飾を指でなぞったあと、裏返した。その鏡面が、ダイチとアステラの方を向く。
二人の姿が鏡に映った瞬間、鏡が鈍い赤色に光りだした。
「アステラ!!」
ダイチは咄嗟にアステラを突き飛ばし、鏡から遠ざけた。
「ダイチ!!」
アウグレイスの手にした鏡から強烈な赤い閃光が走り、ダイチが苦しげに呻く。
「アウグレイスさん! 鏡を置いて!」
慌てて鏡を祭壇に戻すが、光は消えない。ダイチはその場に倒れ込み、身をよじらせた。
「ダイチ!」
アステラが体を支え、リューベルド先生と俺も駆け寄る。
「ダイチ! しっかりしろ!」
「グルァ■ᚷᚨᛚ……ᚱᚨᛉル……イシュ……」
「え……?」
ダイチは、俺には理解できない言葉を吐きながら顔を上げた。
その目は赤く光り、怒りに満ちていて、喉から低い唸り声を漏らしている。
「ダイチ!?」
「駄目です! ケイト殿!」
アステラが俺の肩を掴み、強引に引き離す。
「ᚦᛏᚺグルゥア……■ァル……ク」
意味不明な言葉を発し、全身の毛を逆立てるダイチ。
俺は初めてコボルトに恐怖を覚えた。
『ばか! ボーっとするな!』
ルーヴェンが俺のローブを噛み、後ろへ引きずる。周囲を見ると、調査団はすでに戦闘態勢に入っていた。
リューベルド先生も、アステラも、苦い表情でダイチと対峙している。
「ダイチは、鏡によって洗脳されています!」
リューベルド先生が、調査団とアウグレイスに届くよう大声で叫ぶ。俺も同じ内容を必死に訳して伝えた。
「ああ、さっきの状況ではそうだろう。しかし――」
アウグレイスが言い終える前に、ダイチが地面を蹴った。一気に距離を詰め、調査団へ跳躍する。
「グルァァァァァァォァ!!」
「う、うわぁッ!」
突然の襲撃に、調査団は散り散りに逃げ出し、我先にと門の外へ駆け出していく。
自慢の大剣すら使わず、爪と牙だけで暴れるその姿は、まるで――
「これがコボルトの真の姿か。やはり魔物は魔物のようだ」
アウグレイスが、吐き捨てるように言った。
「違う!! お前が、その鏡を持ったから……!!」
「鏡というものは、元来真実を映すと言うじゃないか」
「そんな理屈……!」
「リューベルド先生! 私はダイチを追います!」
アステラが、門の外へ行ったダイチを追って飛び出していく。
「私とリスティアナも行く! エルディオ、ケイト殿は洗脳を解く方法を探してくれ!」
アウグレイスとリスティアナも外へ出ていき、部屋には俺たちだけが残った。
「ケ、ケイトさん……」
エルディオは部屋の隅で縮こまり、震えている。それほどまでに、ダイチの姿は恐ろしかった。……俺も、怖かった。
『おい、お主』
ルーヴェンに声をかけられ、はっとして頬に触れる。指先が、涙で濡れていた。
「ケイトさん……」
リューベルド先生が、心配そうに覗き込む。
さっきのダイチの姿は普段のおおらかで優しく頼りがいがある姿と全然違って怖かった。
けれど、怖いからってここで立ち止まっている場合じゃない。
ローブで乱暴に顔を拭き、顔を上げる。できるだけ強く、はっきりと声に出した。
「……急ごう!」




