第十五話 秘匿
村長の話によれば、かつてこの場所には英雄が建てた奉納殿があり、その上に今の村が築かれたのだという。
そして、そこに納められている沃森杖は、聖遺宝ヴェルダ・アルカで間違いないと、ルーヴェンは断言した。
「しかしな……沃森杖は、この地にとって言わば心臓部じゃ。これを動かせば、きっと森は枯れ果ててしまうじゃろう」
「そうだったのか……。どうしよう、ルーヴェン」
ルーヴェンはううむと唸ってから結論を出した。
ひとまず調査団にはこの事実を伏せ、東の森の廃遺跡まで案内する。そして、やはり王国の至宝など存在しなかった、と告げる。
「でもさ、ルーヴェン。あいつら、王様の命令で来てるって言ってたよな?もしかして目的は俺たちと同じで、魔族との戦争を止めるためじゃないのか?」
「仮にそうだとしてもだ」
ルーヴェンは即座に否定した。
「現物がここにあると知れば、奴らは我らの事情など汲まん。無理をしてでも持ち帰ろうとするだろう」
「えっ……!? 森が無くなるって言っても?」
「そうだ」
ルーヴェンは念話で続ける。
『王都の人間は、コボルトをただの魔物と認識している。魔物から王国の宝を取り戻す、それは誉れにすらなる行為だ』
『なっ……!』
「我々は、そんなことはしたくない。……そうだろう?」
「当たり前だ!」
改めて、人間から見たコボルト族の評価を突きつけられ、腹が立った。
「ケイト殿!」
門で見張りをしていたガルードが集会所に駆け込んできた。
外にいる人間が、俺を呼んでいるらしい。
門の近くまで出ると、確かに俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「ケイト様をお願いいたします」
女性の声だった。
ガルードに頼んで門を開けてもらう。
「はいー。俺がケイトですが」
「ケイト様」
そこに立っていたのは、アウグレイスの従者だと紹介された女性だった。
「リスティアナ=グラントーと申します。アウグレイス様が、出発前にお話をしたいとのことです。こちらへどうぞ」
そう言って、彼女はテントの方へと俺を導いた。
『ケイト。転生者であることを隠すのは当然だが、記憶喪失だという手も使うな』
『え……』
何か聞かれたら、そう誤魔化すつもりだったんだけど……。
『初手から弱みを見せることになる』
『でも、俺、何か聞かれても答えられないぞ』
『我が念話でフォローする。お主は、ただ堂々としておれ』
……堂々と、か。
「失礼します。アウグレイス様、ケイト様をお連れしました」
テントの中には、調査団が身に着けているものと同じ紋章の旗が掲げられていた。その下の椅子にアウグレイスがどっしりと腰掛けている。
「うむ。ご苦労。ケイト殿、わざわざ呼び立ててすまぬな」
「いえ」
促され、俺も椅子に座る。
「実に驚いた。このような僻地に、貴殿のような人がいるとは」
「俺も、ここで俺以外の人間に会うのは初めてです」
「そうだろうな。……ところで、なぜこのような地に?」
「――俺は学術院で亜人類学を専攻していまして。今回はコボルト族の言語、文化研究の現地調査のために来ています」
「そうだったのか! その若さで立派だ。いや、通訳を見れば優秀なのは分かるが……学術院の学生とはな」
一通り驚いたあと、アウグレイスは表情を引き締め、本題に入った。
「それで、ケイト殿に聞きたいことがある」
「はい」
「コボルトたちは、本当に六聖遺宝のことを知らぬのだな?」
来た。
「……そう言っていました」
「何か隠している様子は?」
「俺が見た限り、そういう感じはありませんでした」
アウグレイスは顎に手を当て、背もたれに身を預ける。
「先月、王陛下が六聖遺宝についてのお触れを出したのは知っているか?」
「いえ……どんな内容ですか?」
「――六聖遺宝が、此度の戦の勝敗を決する。ゆえに、私のもとにすべての聖遺宝を集めよ――というものだ」
彼はふと、遠い目をした。
「魔族との争いは、激化してすでに二年。私は戦場も見てきた。……あれは、まさしく地獄だ。北方ハルネアでの惨劇も忘れてはいないだろう?私はこの争いを、一刻も早く終わらせたい」
潤みながらも、芯の通った目が真っ直ぐ俺を射抜く。
「……そうですね。東の遺跡に、聖遺宝があるといいですね」
「ああ。改めて、案内と通訳を頼む」
「はい」
張り詰めていた空気が少し和らぎ、アウグレイスは軽い調子で続けた。
「この件が無事に終わったら、ぜひ王都で奢らせてほしい。狼の牙亭に、うまいエールがあるそうだ」
「――……嫌だな、アウグレイスさん。
狼の牙亭は煮えたぎった鉄しか出てきませんよ。大通りの銀鶏亭にしてください」
アウグレイスは、にっと笑う。
「ああ、そうだったな。失礼した」
***
『狼の牙亭は鍛冶屋だ』
テントを後にして村の入口まで戻ったところで、ルーヴェンが念話を飛ばしてきた。
『お主が本当に王都の学術院の学生か、試したのだ』
止められなければ、完全に引っかかっていた。
向こうも、まだこちらを疑っている。
「ナラキ・ケイトさん!」
呼び止められて振り返ると、青髪の青年、エルディオ=アルセルンが立っていた。
「アウグレイスさんから聞きました。学術院の学生だとか?」
「は、はい」
「僕は王都のグランセルム学園に籍を置き、古代文明学を研究しています。学術院とは、大通りの反対側ですが、たまに意見交換で伺うこともあるんですよ」
「なるほど」
「ケイトさんにはコボルト族について、お話を伺いたくて。道中、よろしければぜひ」
「は、はい」
「それと……」
彼は手にしていた麻袋を差し出した。手に取ると大きさの割に軽い。
「この辺り、地形と文化的に穀物が不足しそうなので。よければどうぞ。燕麦を蒸して潰し、乾燥させたものです」
『えんばく……』
『麦だ。オートミール』
「オートミール!?」
「はは、やはり不足していました?」
「不足どころか、この村、炭水化物が無いんです!!」
「それは……じゃあ、良かった」
「ありがとうございます!!」
エルディオは大げさですよ、と笑い、何か必要なものがあれば言ってほしいと告げて、テントの方へ戻っていった。
「……めちゃくちゃいい奴じゃん」
「ばか。餌付けされよって」
だって麦だぞ。麦。
思わぬ収穫にホクホクしながら、俺は村へと戻った。




