第十話 森の魔獣 ※挿絵あり
「ケイトさん!」
脳が事態に追いつかず固まっていた俺の至近距離から、誰かが名を叫んだ。
「しっかりしてください!どうしてここに!?」
「リューベルド先生……?」
目の前にはリューベルド先生の顔。
遠くの方で、ドォンドォンと木々が倒れるような重低音がしていてわずかに地面が揺れているのを感じる。ルーヴェンが魔獣と戦っているようだ。
顔を上げて見渡すとガルードとダイチとアステラの姿もあった。
ロッシュとブルクナーは怪我が重く、支援役のガブールが隠れて治療しているらしい。二人の容体は気になるが、仲間の顔を見ただけで胸が少し軽くなった。
「エルシエラ殿が魔獣を引き付けてこちらまで来たのですが……あちらで戦っているのですか?」
リューベルド先生は森の奥を険しい顔で見据える。ダイチは大剣を担ぎ「俺たちも早く加勢に行くぞ」と息巻いた。
「……違うんだ」
俺はここに来た経緯とさっき起きたことを説明した。
負傷したオルネイが村に帰って来て治療を受けていること、行方不明だったエルシーの仲間がドラゴンだったこと、エルシーが俺を庇い大怪我をして、呼吸が止まったこと。その後体が光り、エルシーの体が消えた代わりにこのドングリが手の中にあったこと。
「そんなことが……」
仲間たちは静まり返ってしまった。そりゃそうだ。魔獣と対等に戦えるのはエルシーだけだったんだ。そのエルシーが俺を庇って居なくなっていたしまったのだから。
「俺……」
謝罪しようと皆に向き合い正座をした所で、肩をバンッ!と叩かれた。
「ケイト殿!落ち込むのはまだ早いぜ!そのドラゴンはまだ戦ってるんだろ!?」
「そうだ!敵を取ってやろう!ケイト!」
ダイチとガルードが左右に座り、肩に手を置いてくる。
「みんなに足止めしてもらい、エルシエラ殿と私とリューベルド先生でだいぶダメージは入れられました」
「今魔法を使えるのは、私とアステラとケイトさんだけです」
リューベルド先生が持っていた杖をギュッと握りしめて何やら詠唱した。
「フィア・ブロー!」
すると俺の体から何かがフッと抜けていく感覚がした。狭くなっていた視界が開かれたようで、心配そうに見ているみんなの顔が鮮明に見えた。遠くの戦闘音も、さっきよりずっと近く聞こえる。
「……みんな、生きててよかった」
ひとりひとりの顔をやっとまともに見られて涙が出そうだった。
「すみません。恐怖を払う魔法を勝手にかけました。行けそうですか?」
「え!?こわい!精神に作用する系は前もって予告してからかけてほしい!」
「行けそうですね」
リューベルド先生はそう言って笑ったがすぐに真剣な表情に戻った。
「ガルードは足を負傷しているので、ひとまずここで待機し、ダイチ、アステラ、ケイト殿と私で行きましょう」
リューベルド先生が手際よく指示を出す。俺は手にあるピカピカドングリを腰の鞄に入れた。
ちょっと待っててくれよ。敵は絶対俺が取るから!
そうドングリに話しかけるとさっきまで無かった魔獣に対する怒りがふつふつと湧いてきた。
あの熊野郎は絶対許さない!!
この精神変化がリューベルド先生の魔法によるものだったとしたら超怖いな。でもおかげで立ち上がれたし、実はずっと視界の下の方にチラチラと表示され続けていた文字が読めた。
【緑葉の射手の加護を受け以下のスキルを習得】
・リーフウィンドウ ・森羅一矢
「リーフウィンドウって……わッ!」
俺の右手が黄緑の光に包まれ、掌の上に小さな竜巻が現れる。それが大きく膨らみ俺の体を三十センチ程浮かした。
これはエルシーが見せてくれた魔法だ……。じゃあ《森羅一矢》の方は?
「森羅一矢」
小さく唱えると、左目の前に緑色の魔法陣が出現した。
なんだこれ?どういうスキルだ?
【森羅一矢】
相手の急所が見えるようになる。森の中で発動すると攻撃は高確率で相手の急所に当てられるようになる。
光の文字が浮かび上がる。
スキルの説明あるの!? 最初の時にも知りたかった!
【キャンドルフレア】
小さな炎を出現させられる。
【ウォータードロップ】
小さな水を出現させられる。
ズラズラズラ〜っとスキルの説明が出てくるけど、今は読む暇は無い。ストップストップと念じると光の文字は消えていった。
「ケイト殿……?」
ひとりでワチャワチャしている俺をみんなが少し距離を取って見ていた。恥ずかしい。
その時、白い影が木々を縫うようにすり抜けこちらに来て、俺たちの目の前の地面を削る勢いで着地した。
「ルーヴェン!」
土煙の向こうに見えるドラゴンは魔獣から受けた引っかき傷が多数ある
「じき我は消える!逃げろ!」
え?
すると急に辺りが暗くなる。見上げると、満月が雲に隠れていく。ふとエルシーの言葉を思い出した。
――満月が出ている間は、ルーヴェンはドラゴンの姿になれるの
じゃあ満月が隠れると……?
満月は完全に雲に覆われ、闇が森を包む。白いドラゴンの姿が溶けるように消えた。
「そ、そんな……!」
ルーヴェンまで消えてしまうなんて!
仲間たちにも動揺が広がる。リューベルド先生は呪文を唱え光の玉を飛ばして周囲を照らした。
「グルゥゥルワァッ!!」
落ち込んでいる暇も無く、獲物を失った魔獣が、真っ直ぐこちらへ突進してきた。
「俺とアステラが引き付けるッ!」
ダイチとアステラが突進してくる魔獣の方へ走る。アステラが重りの付いた投げ縄を投げ、魔獣の足に絡ませて転ばす。リューベルド先生が出した光の玉の明かりで魔獣の姿がよく見えた。
ルーヴェンとの戦いでかなり傷付いたようで、いろんな所から出血していて毛並みがヌラヌラと血で濡れているように見える。両手にあった長い爪も何本か折れている。
「森羅一矢」
緑色になった視界に魔獣を映すと、魔獣の胸の上部に赤い光が灯った。
あそこか!
アステラが仕掛けた投げ縄が引きちぎられ、斬り掛かっていたダイチが魔獣に吹き飛ばされる。ダイチの方に気を取られたアステラも魔獣によって吹き飛ばされてしまった。
「ダイチ!アステラ!」
「ケイトさん!木の上へ!」
リューベルド先生は光の玉を消し、俺の腕を掴み魔獣から距離を取る。そしてスルスルと木に登って行く。俺も続いて登った所でリューベルド先生が「シャドゥ・スメル」と唱えた。
「我々が狩りの時に使う匂いを消す魔法です」
「ダイチとアステラが……!」
「二人はあのくらいではやられません」
ガルルルル!グルワァ!とダイチとアステラの唸り声と、魔獣の咆哮、木々を揺らす音が聞こえてくる。
「ケイトさん、その目の前の魔法陣は?」
「これは、相手の急所がわかって、攻撃を急所に当てやすくするスキルです」
「なるほど……。それでここから魔獣を狙えますか?」
「はい……。でも魔獣の姿が見えないと難しいです。人間の目では、今森の中は真っ暗でして」
先生はうなずき、木から飛び降りた。
「では私が前線に行き明かりを灯します。頼みましたよ」
その言葉を残し、駆け出す。俺はスリングショットを取り出し構えた。パッと魔獣がいた辺りが明るくなり、戦っている二人の姿と少し後方で明かりを灯すリューベルド先生が見えた。
ドングリをスリングショットにセットして「キャンドルフレア」と唱える、ボッとドングリに火が灯る。
ギュッと力を込めて引き絞る。魔獣がダイチを攻撃しようと立ち上がった瞬間、急所が見えた!
火炎弾!!
手を離すと勢い良く火の玉が魔獣の急所に向かう。
「グワァッ!!」
「よしッ!」
魔獣の急所に当たった!!レベル上げの成果バッチリ!!
だが、魔獣は倒れなかった。火炎弾が当たった時はよろけて動きが止まったが、まだその両目には赤い光が灯っている。
「グルゥゥゥゥゥ……!グルァァァァァァオォァ!!!」
急所に当てられ怒り狂い被毛を逆立てた魔獣が強烈な咆哮をした。ダイチたちは耳を塞いで耐えている。
くそッ追撃だ!
ドングリを手に取った時、魔獣の一撃をもろに受けたダイチが倒れるのが見えた。
「ダイチ…!!」
アステラがダイチを抱えて距離を取る、リューベルド先生が何か呪文を唱えようとした時、物凄い速さで突進した魔獣に吹き飛ばされる。
「先生…!!」
俺のすぐ近くの木の下まで吹き飛ばされた先生を追って魔獣がまた接近してくる。
「マ、マキシマム・ロア……!」
魔獣の攻撃でボロボロになったリューベルド先生がこちらに杖をかざし呪文を詠唱すると、俺の体がオレンジ色の光に包まれる。
もう魔獣は先生のすぐそこだ。すぐにドングリをセットしキャンドルフレアと唱え、スリングショットの紐を引き絞る。
「え!?」
さっきよりも強く引ける!
先生の呪文のおかげかまるでエルシーが扱っていた時みたいにグンッと引き絞れている。
ありがとう!先生!この一撃で決める!!
魔獣は今にも先生に襲い掛からんと、巨大な体を震わせて立ち上がる。
その喉元に赤い光が灯った。俺は大きく息を吸い込み、限界まで引き絞ったスリングショットの紐を、指先に全神経を集中させて固定する。
「火炎弾!!」
解き放たれた一撃は、空気を切り裂き吸い込まれるように急所へと着弾した。
パァン!と硬質な破裂音が響き、魔獣の喉元で真っ赤な火花が激しく弾けた。
「グァッ!!」
急所を貫く衝撃と熱に、魔獣は短い悲鳴を上げてのけぞる。
そのまま踏ん張りが利かなくなった巨体は、重力に抗えず背後へと崩れ落ちた。




