第一話 転生 ※挿絵あり
――もしも、魔法が使えたら。
魔法であの広い空を自由に翔けられたら、どれほど気持ちがいいだろう。
ドラゴンやエルフにドワーフ、未知の冒険が待つ世界。
霧深い森で焚き火を囲み、エルフの歌に耳を傾ける。古代迷宮の壁に刻まれた文字を読み解き、仲間と肩を並べて魔物を退け、雲海に浮かぶ城を目指して風を裂く……。
そんな世界に、行けたら――。
「――くん……! ケイトくん……!」
眩い妄想を、誰かが呼ぶ声が引き裂いた。
ざわざわとした人の気配。不機嫌にリズムを刻む機械の音。
薄く目を開けると、視界に入ったのは眩しい白い天井と、体中に繋がれた無機質な管の群れだった。
指一本動かせない。鉛を流し込まれたように体は重く、呼吸さえもどかしい。
「目を開けて!」
……無理だ。もう、十分頑張ったよ。
お願いだ、さっきの妄想の続きをさせてくれ。
自由で、軽やかで、どこまでも歩いていける、あの世界の夢を――。
意識が、深い闇に溶けていく。
静寂。おやすみなさい。
***
チチチチ……。鳥のさえずりが、耳をくすぐった。
「……眩し」
どれくらい眠っていたんだろう。鼻先をかすめる、新緑のみずみずしい匂い。
まぶたの裏に感じる光は、さっきまでの部屋の天井の白さではなく、木々の隙間からこぼれる柔らかな黄金色だった。
「え……」
目に入ってきたのは木。それとそのすき間から見える青空だ。
なんで外に居るんだろう。
ゆっくりと首を持ち上げてみると、さっきまでの体の重さを感じない。
腕を上に持ち上げてみると、軽く動く。
体を起こし、立ち上がってみると驚くほどスムーズに立ち上がれた。
その場で屈伸したり、軽くジャンプしたりしてみる。
ザリザリとした地面の感覚と重力を感じて、とても気持ちがいい。
さっきまでの絶望的な重苦しさが嘘のようだった。何が起きたのかは分からないが、一歩踏み出すたびに、自分の足が地面を蹴る感触がただただ嬉しい。
でも……ここはどこだ?
どうやら森の中らしく、周りを見渡しても木しか無い。
「キャーーーン!!」
「ッ!?」
突然、切り裂くような悲鳴が響いた。
未知の森で未知の生物。本来なら逃げ出すべき場面。
けれど、その声は凶暴な獣の咆哮というより、怯える子供の叫びに聞こえた。
「キャーン! キャーン!」
犬好きとしては、この状況を無視して行くのはツライ。
何が出るかわからないから慎重に茂みを掻き分け、声の主を探す。
鳴き声が近くなってきた。
相手に気づかれないように、木の陰から慎重に覗いてみると……
「……犬の頭が、地面から生えてる?」
いや、違った。
森の少し開けた場所にボコボコと何箇所か穴が空いていて、その一つに犬が落ちてるのだ。
赤みがかった茶色い毛に、愛嬌のある白い眉。
ハスキーの仔犬を彷彿とさせる可愛いふわふわ。
それが穴に嵌って助けを求めている。
……かわいそすぎる。
めちゃくちゃ助けたい。
でも、もし噛まれためちゃくちゃ困る。
こんな森の中にいる犬はきっと野犬だろうし、もし万が一迷い犬だとしても狂犬病の予防接種をしているとは限らない。
あ、そうだ。
直接触れずに穴を大きくするとかどうだろうか?
「何か無いかな」
何か持ってないかと口に出した瞬間、視界の前にパッと白い文字が浮かび上がった。
【装備】 布の服 木の棒
「えッ……なにこれ?」
触れようとしても指をすり抜ける。けれど、その文字ははっきりと俺の脳内に情報を刻み込んできた。
非現実的な光景だ。
でもこの状況って……
もしかして異世界転生?
まだ起き上がれた頃にベッドの上で、何度も何度もページを捲ったあの。
トラックに轢かれて死んだり、銃で撃たれて死んだりして異世界に転生する物語。
その多くは俺が憧れていたファンタジー世界への転生だ。
どうやら神様は、俺の最後の願いを聞き届けてくれたらしい。
「一度死んで、この世界に転生したのか」
【転生者 レベル1】
文字が切り替わる。
信じがたいが、ベッドで寝たきりで腕も動かせない状態からこんなに軽やかな体になっているのは、魔法とか奇跡の類いだと思うのは自然だ。
俺は、今心から望んだ世界に立ってるんだ!
感動に浸っていると、目の前の文字が変化した。
【転生ボーナス。下記から3つお選びください】
・キャンドルフレア ・ウォータードロップ
・ウィスプウィンド ・リトルスパーク
・もふもふトーク ・ポイズンチェッカー
・ハイジャンプ ・宝箱サーチ
「て、転生ボーナス!?」
ありがたい!
どんなスキルかはわからないけど、名前でだいたい察しはつく。
今はとにかく、この目の前の仔犬を助けたい。
この子の声を聞くために《もふもふトーク》。
次に、万が一のために身を守る攻撃魔法。
このふたつはキープして、最後は……
「キャンキャーーーン!!」
突然仔犬が激しく鳴き出したので目をやると、地面がボコッ!と盛り上がり、巨大なモグラとムカデを混ぜ合わせたような不気味な魔物が姿を現した。
「なッなんだあれは!?」
「キシャーー!!」
魔物は仔犬に向かって威嚇するように両手広げる。
その手はカマキリの鎌のように鋭く尖っていた。
「危ないッ!!」
《キャンドルフレア》を習得する!
そう念じると、白い文字の《キャンドルフレア》が光の玉となり俺の体に吸い込まれていった。
胸のあたりが熱くなる感じがする。
「キャンドルフレア!!」
叫ぶと同時に、掌が熱を帯びる。黄色い光が弾け、炎が生まれた!
……が。
「小っっっっっさ!!」
掌の上でゆらゆら揺れる、10センチほどの可愛い炎。誕生日のロウソクか。
「キシャー!!」
ひとりで騒いでいたおかげで魔物の注意が、こちらに向く。鎌のような手で地面を削り、猛然と突進してきた。
仔犬が何事か叫んでいるが、意味が分からない。
「《もふもふトーク》習得!」
先ほどと同じように、白い文字の《もふもふトーク》が光の玉になって俺の中に入ってくる。
「そいつ潜って下から攻撃してくるよ!!」
仔犬の声が、はっきりとした言葉として脳内に響いた。
直後、魔物が土を跳ね上げて地中に消える。
「今のうちに木に登って!!」
「了解!」
必死に近くの幹に飛びつく。何年も病室で寝ていたはずの腕に、ぐっと力が入る。驚くほど軽々と、俺は魔物の手が届かない高さまで駆け上がった。
見下ろすと、地表に顔を出した魔物が獲物を見失い、キョロキョロと頭を振っている。
今だ。
俺は木の棒を握りしめ、枝を蹴った。
重力に従い、加速する。病室では決して手に入らなかった、風を切る感覚。
ドゴォッ!!
木の棒が魔物の脳天に直撃した。
衝撃が腕に伝わり、ビリビリする。
着地すると砂埃が舞った。
魔物はびくんと一度震え、そのまま動かなくなった。
【経験値が一定数を超えました:レベル1→2】
「……やった!」
勝利の余韻。そして、後から聞こえる安堵の吐息。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとう」
穴に嵌まったままの仔犬が、こちらを仰ぎ見ていた。
「いや、無事でよかったよ」
「あれ? ぼくと同じ言葉しゃべってる!?」
仔犬は目を丸くして、耳をピンと尖らせた。
その仕草に、思わず頬が緩む。可愛い。
「あはは。とりあえず、今出すからな」
穴に手を入れて、ズルッと引き抜く。
抱き上げたその生き物は、なんと布の服を着ていた。
こういう種族に覚えはある!
「もしかして君、コボルト!?」
「ぼ、 ぼくたちのこと、知ってるの!!?」
コボルトの子供は嬉しそうに尻尾を振った。
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