第8話 食える時に食え 明日ある身とは限らないのだから
「……口が乾く」
「うん、潰れてるし……無理に食べなくていいよ」
「いや、問題ない」
キルテとシヨウは木の根元に座ってシャオビンを食べていた。シヨウの懐に入っていたせいで潰れているし、噛むたびに口の中の水分が奪われる。
だが死なないために泥水を啜ったこともあるキルテにとっては、十分すぎる食事だった。魔力を使って体力も消耗していたのだ。食べられれば何でもいい。
「…………ん、で? どうしてお前はこんなところにいるんだよ」
「うん、実はキルテさんと修道院で会った後帝国に呼び戻されてね。ひとっ走りしてきたんだけど、残した蛇の反応が消えてしまって。何かがあったんじゃないかと王国に急いで戻ってきたんだ」
「それで運よくここで会ったと?」
そんな都合よくいくか? とキルテは眉を顰めてシヨウを見つめる。するとシヨウは視線を逸らしながら頬の痣を掻いた。
「実は、キルテさんに渡した指輪なんだけど、さ……」
「なんだよ? さっさと言え」
「それ、目印になるんだよ。僕はその指輪を探す方法を持っている。だからキルテさんの居場所がわかった」
「……へぇ」
キルテは胸のあたりを修道服の上から握った。指輪が記憶を操作する魔道具だとは聞いていたが、居場所を把握されているとは聞いてない。
キルテは気まずそうに襟を掴むシヨウの姿をじっと見つめる。そしてそれを見つけると、シヨウの膝に乗り上げるようにして近づいた。
「キ、キキキッキルテさん!?」
「馬鹿、じっとしてろ」
口元に指をあててそう言えば、シヨウは顔を赤くして黙り込んだ。それをいいことにキルテはシヨウの襟に手をかける。
「ちょ、本当にどうしたのさ!」
「シー、いい子にしてろ」
ヒュッとシヨウの喉から変な音がしたが、キルテは無視して彼の首を触る。抱きしめられていた時から気になっていた通りに、首には紐がかかっていた。それを指に引っかけて持ち上げる。
「まさか、お揃いの指輪があるとは。知らなかったな」
「うう…………それは対の魔道具なんだよ。お揃いだなんて言うと君が嫌かなと思って、言わなかったんだ」
「ま、確かに最初に言われてたらそー言っただろうよ」
「でしょ!? だから内緒にしてたのに」
紐に通されていたのはキルテが持つ指輪とよく似た指輪。確かに魔素列も似ている。こちらの指輪が保管用、キルテの持つ方が奪取と再生用とでもいうのか。
キルテは紐を放してから、話を戻した。
「で? お前がここに来れた理由はわかったが、蛇の反応が消えたってどういうことだ」
「あの……この体勢のままで話を続けるの?」
キルテはシヨウの膝に横向きで腰かけたままだ。シヨウの赤い顔を見下ろしながら微笑んだ。
「……ふ、だめか?」
「ン゛ン゛ン゛……だ、だめじゃないけども!?」
(この反応……案外落とすのは簡単なのでは?)
そんなことをふと思うキルテだが、今は仕事を片付けるのが先だと切り替える。膝に乗ったまま言うのかと言われそうだ。だがそれはそれ、これはこれだ。キルテは美味しい状況を決して逃さないのだ。
「で?」
「…………うん、キルテさんとの連絡用に置いていったはずなんだけどあの日以降、反応がなくてね。多分、何者かに消されたんだと思う。まだ数日は魔力は保つはずだったし。それにもう一度呼び出して、記憶を共有してみたら影が魔法を放ったのが見えた」
「それが誰かはわからない、と。もしかして聖女じゃないのか。あの日あの女も修道院にいたろ」
「いや、聖女よりも影は小さいようだった。もしかしたら魔物なのかも。……とにかく、そんなわけで急いで帝国で仕事を片付けてからこっちに向かったってわけだよ。キルテさんが国境にいたおかげで随分早く会えたのはラッキーだった」
腕の置き場所が見つからないのか頭を抱えるシヨウに、キルテはなるほどと頷く。シヨウの蛇はシヨウ本人との記憶の共有や感覚の共有が可能だ。連絡係としては大変に有能な蛇なのだが、戦闘力はそれほどない。倒すのはそこまで大変ではないだろう。問題は何が倒したのかだが、今は全て憶測にすぎない。もっと詳しく修道院で調べる必要がある。
「そう言えばキルテさんのププちゃんは? もしかして使えなかったとか?」
「ププちゃんって……ああ、あの鳥もどきだな。あれは監獄に置いているからお前との連絡には使えん」
「え、監獄?」
キルテはルビデ監獄での出来事をシヨウに話した。最後にソルたちと契約したと話したら、目を丸くしている。
「……まさかキルテさんが無実とはいえ囚人に仕事を振るとは」
「お前が言ったんだろ、もっと他の人間に興味を持てって」
「そう、だったね。うん……」
眉を下げて力なく笑うシヨウに、キルテは口角を下げた。
「なんだよ、気に入らねーのかよ」
「いや、今回の仕事的にも助かるし、キルテさんのためになると思うのは間違いないよ。でも、」
「でも、なんだよ」
口ごもったシヨウはキルテの視線に負けたのか、小さく続けた。
「キルテさんと仲がいいのは……僕だけだと思ってたから。ちょっと……嫉妬する」
「ふ・ざ・け・ん・な」
「だから、なんで!?」
シヨウの額を指で突いたキルテは、頭を抱えて長いため息を吐いた。
(こいつ、私のことを既に好きなんじゃねーか?)
キルテがモダモダした原因をこうも簡単に口に出すとは。もしや同じ気持ちなのでは? と考えても可笑しくないだろう。
(いや、待て。思えばこいつは出会った時からこんな感じだっただろ。もしかしたらこいつは人類全員に対してこうなのかもしれねー)
「……狩りはじっくり、確実に、だ」
「なんか言った? キルテさん」
「……うるせーよ、似非ヒロイン」
「どういうこと!?」
はあ、とため息をついたキルテは気になっていたことを尋ねる。
「お前、聖女を見て何か考えてただろ。何か気づいたことがあるのか」
「うん、逆にキルテさんにも聞きたいんだけど……聖女は魔物に見えた?」
その問いに、キルテは簡潔に答えた。
「わからん」
「わからないって、詳しくは?」
「私の目はお前の鼻と違って魔力の残滓を拾いにくい。目の前で展開する魔法やそれを発動している生物の魔素列を知覚するのに特化しているからだ。だがあの女が魔法を使った時、私はしっかり見ることが出来なかった」
キルテは既に血の止まった目に触れる。今も本調子とは言えない状態だ。
「だから判断するだけのものを今回私は見れなかった。だから答えは、わからない」
「……なるほど」
「ただ、一瞬魔物から何かが飛び出して聖女の方へ向かっていくのは見えた。それが何かはわからないままだがな」
それともう1つ、キルテには気になることがあった。手を顎に掛けながら、シヨウの金の瞳を見て首を傾げる。
「なあ、聖女は杖を使ってたか?」
「え?……そういえば使ってなかったね。この国では杖を使うのが主流なのに……なんでだろう」
「他の国では違うのか。この国の王族貴族は皆使っているだろう」
「うん、大体の国では扱いにくい杖よりも自分に合った魔道具を使うってのが主流なんだよ。王国の魔法師は魔道具を馬鹿にするけど、他の国の魔法師から言わせてみれば未だに杖なんか使っている古い連中ってのが王国魔法師への評価だから」
「僕の槍も一応魔道具だし」というシヨウに、キルテは再び首を傾げる。
「他の連中は杖を使ってたし、最初は聖女も杖を持ってたはずだ。なぜあの場面で杖を使わない? 杖は魔法を制御しやすくするものなはずだろ。普通ならあんな大規模の浄化魔法を使用するのに杖を手放すか?」
「確かに、そうだね。何らかの理由があって、あの時だけ使わなかったのか。それとも元々杖は必要ないけど、使っている振りをしているのか」
「何にせよ、杖は調べた方がいい。あとは修道院の聖樹だな。記憶がない時も何か違和感があったんだ。今見たら何かわかるかもしれない」
「うん、そうだね。僕も外から色々調べてみるよ」
「……なら1つ、ついでに調べてもらいたいことがある」
キルテが言った頼み事に、シヨウは何故そんなことを? と不思議そうにしたがすぐに快諾した。
*
2人は結界の外を歩いて、キルテたちが最初にいた結界入り口近くまで来た。
シヨウの鼻によるとこの先に、人間が複数人いるらしい。
「じゃ、ここまででいいぞ」
「……本当に大丈夫? もう少し休んだ方がいいんじゃ」
「これ以上時間をかけたら、リアあたりが探しに来るかもしれねーし。お前も聖女の匂いを嗅ぎたくはねーだろ。大人しくここで別れてろ」
「……うん、わかった。何かあったらその子を通して連絡してね」
キルテの肩に乗る蛇を指したシヨウは、未だ心配そうにこちらを見つめている。キルテはその表情に、「これも惚れた弱みと言うやつか」と頭を掻いた。
「はぁ、仕方ねーな」
「キルテ、さん?」
キルテはシヨウに近づいて、抱きしめた。そして、後ろから頭に手をかけてポンポンと数回撫でる。ついでに頭を摺り寄せてバレないように髪に口づけた。
最後に力を込めて抱きしめてから、パッとシヨウの体から離れる。
(こんな風に抱きしめられる女は、私くらいだろ)
「じゃーな」
「え? うん。……じゃーね?」
呆けた面をしているシヨウに笑いながら手を振る。そして振り返ることなく、歩き始めた。
(クク、なんだよあの顔)
シヨウの顔を思い出しながら歩いていると、少し先に人間の集団が見える。その集団の中でソワソワと落ち着きのない人間が1人。何をしてるんだ、あいつは。
「あ! 姐さん! 良かった、本当に無事だったんですねーーーー!!!!」
「おう、この通りだ」
走って飛び込んでくる体を受け止めてそう言ったが、キルテの姿を見てリアは顔を青くする。
「ねねねねねん姐さん!? 血が、血があっ!?」
「ほとんど返り血だ。……それで? 御一行の姿が見えないが?」
ワタワタとキルテ以上にキルテの怪我を心配しているリアの頭を抑える。周りを見回すが、いるのは修道女と護衛の騎士だけだ。聖女御一行の姿は見えない。
「え、え~と聖女様たちはですね、お前らは役立たずだから先に帰れと……まだ結界の中です」
「……ほぉ」
「……本当に、何なんですかね。手を出すなって言ったり、戦えって言ったり。勝手すぎます」
「聖女様は姐さんを探しに行くって言ったのに、1人で帰って来るし」とリアは口を尖らせる。どうやら聖女はキルテを理由に御一行から離れたらしい。リアが何も言ってこないということは、聖女はシヨウとのことは説明しなかったのだろう。
「……周りの連中はよく単独行動を許したな」
「王太子たちが魔物の相手をしている間に、勝手に飛び出して行ってしまったので。止める間もなかったと思いますよ」
肩を竦めるリアは、呆れ顔だ。さすがに今日の修道女への扱いを見て御一行への憧れや尊敬の念はなくなったらしい。
「で、私たちは勝手に帰れと?」
「ええ、帰りも勿論徒歩ですよ。どうします? 周りでふんぞり返ってる奴らから馬を奪いますか?」
「ははは、それもいいがな」
下っ端悪党のように両手を擦りながら見上げるリアの頭をキルテは再び抑えた。頭を抑えられても「ヘッヘッヘ」と笑うリアを対象に、キルテは魔法を展開する。
「お前、私の怪我を心配する前に自分に治癒魔法をかけろよ。結構傷を負ってるだろ」
「…………アタシはまだマシです」
そう言ったリアが見たのは、修道女たちが集まる場所。彼女たちの表情は皆暗い。中には泣いている者もいる。しかし、キルテの記憶が正しければ来た時よりも数が減っているようだ。
「死者が出たのか」
「……姐さんが大半の魔物を引き連れて行ったおかげで、アタシたちは大分余裕が出来たんです。でも今度は魔物が中々現れなくて……王太子たちが何人かの修道女たちを斬りつけて崖から落としたんです」
「なぜそんなことをする?」
「魔物は血に反応する、と。それも卑しい身分の者の血によく反応すると……。崖自体はそこまで深くなかったのでその時点では生きていましたが、魔物が現れて……」
「……そうか」
魔物は卑しい身分の者の血に反応する。つまり自分たち王族貴族の血は尊いものだと。尊い血には魔物は反応しないと言いたいらしい。
キルテは、下を向くリアの頭をグリグリと撫で回しながら息を吐く。
(これは、シヨウの読みが当たったかもな)
『あ、それとキルテさんは聖女たちが結界に入る瞬間を見た?』
『いや、私たちが着いた時には奴らは結界の中にいたからな。入った瞬間は見てない』
『……さっきの聖女も結界の中から全く出ようとしなかった』
『それは……』
『森の結界は魔物を閉じ込めるものだ』
『ならなぜ、奴らは結界の中にいた?』
『結界を管理するのは王家だ。王太子がいるなら何とかすることもできるかもね』
(今からでも聖女たちの動向を探りに行きたいが、シヨウにも釘を刺されたからな)
キルテは聖女に変に印象を残してしまった可能性がある。急に単独行動を起こし、謎の帝国人と密会し、また聖女たちを探る問題児修道女。…………どう考えても怪しすぎる。
「ま、お前らを放っておくわけにもいかないしな」
「ぐす、姐さん……?」
鼻水を垂らしながら見上げるリアに、キルテは彼女の鼻を摘まんでやった。
「――――帰るぞ」
「ふぎゅ…………はい。あの、さっきから気になってたんですけど、その蛇は何なんです? 姐さんのペットですか?」
*
『やっぱり聖女は魔物の可能性が高い。それどころか他の王族貴族もその可能性がある』
修道院の自室で寝転がったキルテは、ペット……ではなくシヨウの蛇と会話をしていた。記憶がない時は怪しまれて殺されないように、喋らなかったらしい。そのシヨウの選択は正しかっただろう。
聖女御一行との魔物狩りから無事に帰ってきて数日。キルテは蛇を介してシヨウと連絡を取っていた。
『帝国の結界師に見せたんだけど、あの入り口付近だけ開閉できるように設定されているらしい』
「わざわざ国の術師に見せたのか」
『遠隔でだけどね。君に貸しているものには劣るけど、他の子に偵察してもらっていたんだ。その子の記憶を見る限りでは彼女たちは結界には触れないように、わざわざ穴を開けてから出てきていた。フードを被っていた術者が多分結界を開けたんだと思う』
蛇から人間の男の声が聞こえてくるのは、奇妙だなと思いながらキルテはベッドの上で肘をつくようにしてうつ伏せになる。
「修道女を後から来させたのも、先に帰らせたのも、結界に触れられないことを知られないため。そもそも魔物狩りに修道女を連れて行くのは、餌が必要だったから」
『うん、王太子の言っていたことが事実ならその可能性は高い。貴族や王族は……王国の貴族や王族には魔物は寄って来ないのだとしたら』
「それなら魔物狩りなんてこと、やらなけりゃいーじゃねーか」
鱗を撫でながら言うと、蛇はクネクネと体を動かしてキルテの腕に巻き付いた。そしてそのままキルテの胸のあたりに移動してくる。それを見たキルテは自分の体重で押しつぶさないように起きあがった。
『っ、それは、王国にもメンツっていうヤツがあるからだよ』
「メンツ?」
咳払いを何度かしたシヨウは、最後に息を短く吐いてから説明し始める。
シヨウが言うには、王国と帝国の間には魔物を狩る大会が5年おきに開催されているらしい。その場には腕に覚えのあるものが集まって魔物を狩る。魔物には強さによって得点が決められており、合計得点数で争うという大会らしい。
「そんな大会聞いたことないぞ」
『無理もない。前回と前々回、王国側は散々な結果だったから。それ以前も帝国に勝ったのはいつになることやら。誰も話したがりはしないさ』
10年前と5年前、というとキルテが殺し屋になった頃と長期の仕事を受けていた頃だ。そもそも魔物に関わることは全くなかったのだ。知らなくても可笑しくないかもしれない。
「お前も出たことがあるのか、その大会に」
『……うん、一応出場したことはあるよ』
「へぇいち軍人でも出られるもんなんだな」
『王国とは違って帝国では力があれば、そこまで身分は関係ないよ』
「ふうん、随分と寛大なんだな」
首に巻き付く蛇を撫でながら、キルテは胡坐をかいた膝に肘を乗せた。そしてふと頭を過った数字に目を見開く。
「おい、5年前ってことは次の大会は今年開催なのか」
『僕が呼び出されたのもそれが関係してたんだ。そもそも両国の間で大会はもうしないという方向で纏まってたんだけど。それをいきなり今年も開催します。そこに聖女も参加します、ときてね。帝国は大慌て。水面下とはいえ、聖女を帝国に関係のないところで殺すつもりで動いてたのに』
「参加の打診でもされたか」
『うん……ごめんね、直接会った時に説明出来ればよかったんだけど』
「あの時は時間がなかっただろ。気にするな」
急に開催を主張する王国の狙いは一体何なのか。聖女の力を知らしめるためか? それとも誘拐や修道院での実験に関係しているのか。
「大会はいつだ」
『ははは、何と2週間後。王国側が全部用意するからってことらしいけど、それこそ罠だよね』
「でも帝国はそれを受けるんだろ。その理由は何だ」
シヨウの話ぶりでは2週間後に大会は開催されるのだろう。だがそんな急な話を帝国が普通受けるだろうか。そこには何か帝国にとってもメリットがあるのではないだろうか。
『うん、実は今回の大会には帝国皇族に対しての婚約話もくっついて来たんだ』
「婚約? 誰と誰のだ」
『帝国皇帝の弟、皇弟殿下と王国第一王女だよ』
皇弟殿下といえば体が弱くて表舞台にほとんど出てこない人物だったはずだ。年は皇帝とは結構離れているらしいが、王女はまだ16なので年齢差がありすぎじゃないだろうか。
キルテは婚約とはそういうものなのか、と首をひねった。
「その婚約は帝国側にとって利があるのか」
『ある意味ではね。皇弟殿下は皇室の中では役に立たない邪魔者と思われていてね。彼を王国に差し出して、王国の狙いを探ろうって魂胆なんじゃないかな。体のいい厄介払いだよ』
「……ふぅん。王国としては帝国皇族と繋がりを持つ、あるいはその血や魔力が目的かもな」
かもね、と言うシヨウの声は少しだけ冷たさを感じる。何か皇室に思うところでもあるのだろうか。キルテは疑問に思いながらも、話を続けた。
「お前、大会に出るのか? 聖女について調べるにはいい機会だが、仮面を付けたとしても正体がばれるかもしれないだろ。お前、聖女に顔見られてんだから」
『うん、でも断れそうにもないんだよね……色々対策してから参加することになると思う』
身バレしないように対策するのと、臭い対策だなと頷いたキルテは、自分のこれからの予定を簡単に立てる。
「……ここの修道院長が最近やけに張り切っているのは、その大会関係か? もしかしたら私たちも準備やらに駆り出されるかもな。それまでに何とかして杖についてだけでも調べたいが、まあ手ごろな杖がやって来るまで少し様子見するか」
『うん、わかった。じゃあわかり次第連絡はしてね』
「ああ」
「ごめん、部下に呼ばれてるみたいだ。じゃあまたね」と言うと蛇はそれきり話さなくなった。大会に急に参加することになったのだ。忙しいのだろう。部下というのはシャオビンを懐に突っ込んだという副官のことだろうか。
(案外、シヨウのことを私は知らないよな。……ま、出会って数ヶ月だしな)
この仕事を終えてじっくりシヨウに自分のことを語らせればいい。そのためにも早いうちに杖について調べる必要がある。しかし修道院には杖を持った奴はいない。だから修道院に来る貴族を待っている状況だ。
「明日も来なければ違う方法を探さなくちゃな……」
その方法は明日の自分に任せようとベッドに寝転がったキルテは、コツコツと何かを叩く音に顔をあげる。既に灯りを消した室内には窓から僅かに月明りが漏れていた。さらによく見ると天井近くに設置された小さな窓では影が蠢いている。
キルテは音を立てないように起き上がり壁へ近づくと、床を強く蹴って跳びあがる。伸ばした指先で窓の枠を掴むと、そのまま指の力を使って自身の体を引き寄せた。窓の外が見える位置まで顔を引き上げたキルテは、へばりつく影の正体にため息をつく。
「……お前かよ」
「プ、ププ……プ!」
影の正体は監獄に置いてきた鳥もどき。シヨウが言うところのププちゃんだ。そのププちゃんは、そのふくよかな体に似合わず小さい羽を一生懸命動かしている。しかし、その動きはどこかぎこちなく、今にも力尽きて落ちていきそうなほど疲労感に満ちている。現在も窓から姿を消しては上昇する、を繰り返している。
「ププププッピ」
「何言ってるかわからん」
「プピー!」
窓は開けられず、何か鳴き声らしきものは聞こえても何を言いたいかはわからないキルテは、片手で頭を掻いた。ププちゃんの脚に何かが巻き付けてあるのを見るに、監獄からの連絡だろう。
キルテは窓を押し引きしてみたが、やはり開かない。窓をぶち破ったら音がするだろうし、直せない。
「……ピ、プププポ」
「………………上がって来ねーな。まさかそのまま下まで落ちたか?」
どうしたものかとキルテが思案しているうちに、ププちゃんはまた姿を消した。数秒待ったが上がって来る様子はない。多分、体力の限界でもう上がって来る力もないのだろう。別に人間でもないし、慌てて様子を見に行く必要もないだろうと思ったキルテだったが、片手でぶら下がりながら眉を寄せた。
(いや、監獄からの連絡を誰かに見つけられたらマズいし、あいつをそのまま放っておくのは……よくない、か?)
大事そうにそれを抱くシヨウの姿を思い出したキルテは、手を窓枠から離して音もなく床に着地した。すぐに今度は反対側の壁に近づきドアノブを回して鍵がかかっていることを確かめると、ドアと壁の僅かな隙間にねじ込むように指を入れた。
「――――ッフン!」
そしてなるべく音が出ないよう慎重に、しかし力いっぱいにドアを内側に引っこ抜いた。
見事ドアを開けたキルテは、一度扉を嵌め直して外の様子を窺ってから再びドアを開けて部屋から抜け出す。もうただの衝立としてしか機能しないドアをそっと倒れないように枠に嵌めこんだキルテは、明日鍵開けに来た奴を犯人に仕立て上げるかと考えながら殺し屋らしく足音を立てることなく宿舎を出る。
「……案外丈夫だな、お前」
「プププ~」
外に出るとすぐにププちゃんは見つかった。2階にあるキルテの部屋の高さから落ちたのに、傷ひとつなく寝そべっている様子は中々ふてぶてしい。今もそれほどでも、と照れたような動きをするのだから魔法はつくづく奇怪なものだなとキルテは思った。
ププちゃんを無視して脚に巻き付けてある紙を取る。キルテは既にヨレヨレのそれを破らないよう慎重に開いた。
『キルテさんへ 手に入れた紙も限られているので簡潔に報告させていただきます』
その文言から始まった手紙を書いたのはおそらくシザだろう。筆圧の薄い文字が並ぶそれをキルテは月明りを頼りに読む。
シザが伝えてきた内容は2つ。1つは監獄には地下牢があり、過去には極悪犯が収監されていたがいつの間にかそいつらは違う監獄に送られた。その後ルビデ監獄には極悪犯と呼ばれるような囚人は来なくなった。
2つ目は魔法適正のある囚人に対して課される特別労働について。彼らはまだ監獄に入って日が浅いためまだ参加したことはないらしいが、これに参加すると刑期が短くなるそうだ。その内容は他の囚人たちには極秘だということだが、参加した囚人たちは皆生気を吸われたかのように酷い状態で戻って来るので刑期が短くなることへの文句は出ていないらしい。無事に刑期を短くして監獄から出られたとしても、その後に健康的に過ごせるかはわからないと思われるほどのことをさせられているかもしれない。だからお前らも気をつけろよ、という話を聞いたとのことだ。
(地下牢ね……そこでその特別労働がされているのか? 修道院で行われている実験と似たようなものか)
修道院での実験については全く調べがついていない状況だ。実験場になって居そうな場所というのが礼拝堂の地下だからだ。立ち入りを禁じられているキルテはリアに話を聞いたり、他の場所を合間を縫って探しているが何も出てこない。リアには深く探させることはさせていないため、キルテ自身が地下に行って一度探る必要がある。
手紙の最後にはもう少しその特別労働について調べてみるという言葉で締めくくられていた。シザらしいわかりやすく纏まった手紙だった。ソルではこうはいかないだろう。
「ファイア」
「プピ!?」
キルテは、魔法で炎を出して読み終わった手紙を燃やした。証拠を消すにはこれが一番手っ取り早い方法だ。しかし想定よりも大きな炎に、やっぱり治癒魔法以外は扱いづらいなと思いながら足元で驚くププちゃんを見下ろす。
「プ?」
「……お前、なんか肥えてないか」
「プッピ~?」
なんのこと? と言いたげに目を潤ませる姿に、キルテは頭を搔いた。どうやら監獄ではキルテよりも良い食事を取っていたようだ。確かに監獄の飯は旨かったな、とキルテは腹を鳴らした。
そして、そのずっしりとした体を片手で鷲掴みすると、抗議するかのような声を無視して部屋へと踵を返した。
*
「姐さん、何で部屋が変わったんですか? 近くなったのでアタシは嬉しいですけど」
「鍵当番が誤ってドアを壊してしまってな」
「へぇ、それは災難でしたね。……で、なぜ鳥ちゃんを縛ってるんですか」
「私の飯を全部喰いやがったからな。その身で返してもらうんだ。なにもこいつに怒っているわけじゃない。ただ私の目を盗んで食える分だけ食い尽くしたこいつに敬意を表して、寝ている隙に下処理を始めただけだ」
「プププップププピ~~~~~~!!!!」
「…………ある意味、似た者同士では? さすが生みの親とその子ども」
数多くの作品の中から選んで読んでくださり、ありがとうございます。
この話を読んだ感想や評価など「与えてやんよ」という方がいらっしゃいましたら、頂けると大変ありがたいです。小説を書く上での参考、糧にさせて頂きます。




