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第6話 ダンスには基本が肝心


「姐さ~ん、森はまだですかねぇ。もう足が棒のようですよ」

「距離的にはあと少しだと思うが、この調子じゃまだ時間がかかるな」


 ええ……と項垂れるリアの顔から汗が滴り落ちた。足元には草が生い茂り、先日の雨のせいで滑りやすく歩きにくそうだ。黴臭いニオイも大変鼻につく。キルテは何度か体勢を崩すリアを支えながら歩いていた。2人の後ろではちょうど他の修道女が転んで悲鳴を上げているのが聞こえてくる。

 ――――現在、キルテたちは聖女御一行様と東の森を目指して歩いていた。

 もっとも、歩いているのはキルテたち修道女だけで御一行は馬車と馬に乗って先を進んでいる。おそらく既に森に到着しているはずだ。


「そもそも何でアタシたちだけ徒歩なんですか! それに荷物もいっぱい持たせて。あんなに馬連れてるんだから荷物くらい乗せればいいのにぃ」

「王族と貴族は汗を流さないんだろ。あいつらの体温は一定で、上がりはしないのさ。脳にも異常があるに違いない」

「……ふふ、なんですかそれ。でも確かに。アタシたちとは違う存在なんですよね! もちろん卑下的な意味じゃなくて」

「ハッ、お前も言うじゃねーか」


 リアは笑うことで気分転換になったのか、先ほどよりも早いペースで歩き始めた。キルテもそれに続いて足を動かす。後ろの女たちとは益々距離が離れるが、御一行の護衛が数人だがいるのだ。問題ないだろう。


「……というかここには魔物は出ないんですよね? 既に森だと思うんですけど」


 周りを見渡せば生い茂る樹木がたくさん目に入る。しかし動物や虫の声は聞こえず、静かなものだ。不安げに周囲を見るリアの頭を片手で正面に固定した。


「ちゃんと前を向いて歩け。……魔物除けの結界に囲まれている範囲を基本的に東の森と言うんだ。よっぽどのことがない限り結界の外に魔物は出てこない。まあ森の外で発生した魔物はどうだか知らんがな」

「そもそも魔物ってどうやって発生するんでしょう。普段村で過ごしていても滅多に見ないですよね。森からの瘴気はよく話題になりますけど。うちの村でも風で流されてきた瘴気を見たことがありますよ」

「瘴気は人間に害のあるものだし、結界も擦り抜ける。あれは魔物の持つ魔核に反応する結界だからな。普通に生きていれば魔物に遭うこともほぼない。話題にもなりづらいだろ。魔物の発生については、少なくとも王国では明らかになっていないはずだ」


 他の国ではもしかしたらその辺も判明しているかもな、とキルテは背中の荷物を背負い直しながら言った。キルテがまだエンジに連れまわされて魔法の勉強をしている時に同様の疑問を抱いたが、納得のいく答えを返した人間は1人もいなかった。


(はぐらかされた可能性もあるがな)


 エンジが所属するという「教会」もどんな組織なのかキルテは詳しく知らない。キルテはあくまで依頼を受けて首を落とすだけの殺し屋だ。エンジがただの神父なわけがないし、そんな人間――暗殺を仲介する――が所属する組織なんぞ碌なものではないはずだ。そういったことを鑑みて「教会」とは王都にある教会のことを指しているのではなく、隠語かと思っていたキルテである。しかし、聖女のことを考えるとそれも違うのかもしれない。もっとエンジについて興味を持っていたら多少は情報量が違っていただろう。

 エンジは仕事柄、貴族の知り合いも多い。彼が貴族の不可解な動きを知っている可能性は高いはずだ。そこに思惑があるとするのであればそれは何か。


(こういったことを考察するのは向いてないな)


 これまでただ言われた首を落としてきたキルテだ。多少の調査や工作はしてきたが、こんな国丸ごとが関わってきそうな件に携わったことはない。

 今回の調査も力不足かもしれないと考えたし、この先にいるだろう聖女を襲ってしまえば終わるのではないかと既に何回も思った。シヨウの依頼内容を思い出して行動には移さなかったのだが。

 記憶を取り戻してから、キルテは自分に出来ないことが増えていく。今まで目を逸らしてきた、視界に入って来なかったものが目につくような感覚だ。それは決していい気分ではない。


(だがここで仕事を投げ出すのは嫌だ)


 キルテにとって100個目の首。自由のためには必ず落とさなけれないけない。それにシヨウからの依頼を途中で降りるのは何だか負けるようで出来そうにない。

 ――――彼にとってはキルテが途中で降りようと、さして気にしないかもしれないが。


「さて、最後のひと踏ん張りだ。気合を入れろ」


 その言葉はリアに言ったのか、それとも自分に言い聞かせたのか。

 キルテにはわからなかった。



 *



 キルテとリアが東の森についた時、既に御一行は結界の中で準備万端の状態であった。


「おい、やっと来たぞ。ったく折角俺たちが魔物狩りについて教えてやるというのに……やる気はあるのか?」

「殿下、そんなことを仰らないでください。彼女たちも必死に歩いているはずですから……それに、私としては殿下が他の女性と仲良くなる可能性が低い方が……その、安心なんですけど」

「リリス……心配するな。俺にはお前だけだ」

「殿下……」


 苦労して歩いた結果、見せられたのがこの茶番である。キルテは元気なはずの胃がひっくり返ったような顔をしたし、リアは引きつる頬を何とかしようと両手で雀斑を必死に引き延ばしていた。


「王太子って確か他に婚約者がいたような……」

「ははは、ご立派な王太子殿下だな。将来、王家の血は問題なく繋がっていくだろうよ」


 後から来た他の修道女たちも御一行のやり取りを見ては、顔を顰めていた。もちろん、それを声に出して指摘する者は1人もいなかったのだが。


「今より魔物狩りを始める! お前たちは基本的には俺たちが狩り残した魔物を相手すればいい。護衛もつけてやる。今回は、あくまで俺たちの魔法を見て学ぶことが主目的だ。自分が強いと勘違いして出しゃばることなどないように!」



 *



 行くぞ! と仲間に声をかけた王太子が先導して森を進んでから数刻。

 キルテはもう我慢の限界だった。


(――――こいつら、弱すぎる!)


「殿下! 下がってください!」

「っ、任せた!」

「ファイアボール! くそ、キリがないな」

「こんなに大量の魔物を見たのは初めて……きゃっ」

「リリス! おい、お前らも戦闘に加われ!」


 後ろを振り向き修道女たちにそう言い放った王太子には、ぜひとも数刻前の自分の言葉を思い出してもらいたい。その残念な頭にはもう既に残っていないのかもしれないが。

 キルテはガシガシと頭を掻いてから、隣で護衛に治癒魔法を施しているリアを呼んだ。


「リア! 私はここから離れる。怪我してもいいが、私が戻るまで死ぬなよ」

「えっ、姐さん!?」


 リアの返事を聞く前にキルテは、護衛の輪から飛び出した。護衛の数人に声をかけられるが、全てを無視してさらに強い力で地を踏みしめた。


「邪魔だ」


 キルテは跳躍して魔物の頭に膝をめり込ませた。強化魔法を施された体がブチブチと肉をえぐる音に自然と口角が上がる。久しぶりの感触だ。周囲の視線が自分に集まっていることに、キルテは鼻で嗤った。


「そんなに見ないでくださいよ。こんなただの修道女の、ただの膝蹴りに、魔物が倒れたのがそんなに驚きですか。――――それとも自分たちの相手していた魔物の強さとの落差に驚いていらっしゃるんですかね。ははは、相手の力の差じゃあないと思いますがね」

「っ、お前!」


 キルテは御一行の言葉を聞き流しながら、目の前の魔物の群れを見る。


(数は30……50はいないくらいか? ここで処理するのは後が面倒だな)


 魔物は動物に近い姿や人型の姿のモノが混ざってひしめき合っている。中には魔法を使うものもいるようで、処理に時間がかかりそうだ。

 キルテは近くにいた熊のような魔物の肩に飛び乗り、その首を捩じるようにしてむしり取った。


「チ、きたねーな」

「グオオオウ!」

「ケケケッケ」


 鮮血を浴びながら飛び降りれば、複数の魔物がキルテに襲い掛かって来る。その光景は、まるで久しぶりに餌を見つけた肉食動物の群れに遭遇したかのようだ。


「ハッ、魔物にモテるのは今も変わらねーのかよ」


 全く、嬉しいもんだな! と言いながら己を強化して次々と魔物を狩るキルテ。その姿を見ていた御一行と護衛たちの騒めき声が聞こえてくる程度には、未だキルテには余裕があった。


「な、なんなんだよ、あいつ。本当に修道女か?」

「……殿下、私なんだか怖いです」

「お2人とも危険なのでもう少し下がってください!」

「っ、姐さん!」


 リアの悲鳴じみた呼び声を聞きながらキルテは首を傾げる。


(なんでこいつらは急に他の連中を襲わなくなったんだ?)


 襲い掛かるのはキルテばかりで、他の人間には目もくれない。キルテが目の前に飛び出してからずっと魔物たちの標的はただ1人だけ。不自然なほどに、キルテ以外を無視している。


「もしかして私が魔法を使ったのに反応したのか……?」


 答えはわからないが、キルテにしか襲い掛からないのならば好都合だ。

 キルテは右拳で魔物の腹に穴を開けてから、攻撃を搔い潜り走る。魔物が追い付かない、けれども見失わないように、絶妙な速度を保ちながらキルテはその場から遠ざかるべく地を蹴った。



 *



 キルテは笑っていた。


「ハハッ黒い甲虫並みに湧いてくるじゃねーか」


 魔物の首を見る。そこには数字や文字、図形のようなものがひしめき合っている。キルテは右腕を伸ばしてそれらの隙間に魔力を送り込んだ。不規則に、それでいて規則的に並んだそれら――キルテは魔素列と呼んでいる――に自らの魔法を使って干渉する。

 キルテの魔力は滞りなく魔物の魔素列を侵した。


「爆ぜろ」


 拳を握るのと同時に魔物の首が爆音を立てて飛び散る。ビチャビチャと空から降る肉片と血の雨を避けるように、キルテは後ろに跳んだ。

 草木が顔に触れそうなくらい低い体勢で着地したキルテの頭上に影が落ちる。


「イイイオ、ウンアラ」

「変態はどこにでも湧くんだな」


 キルテの倍以上の身長を持つ人型の魔物は、全裸で頭上から腕を伸ばしてきた。陶器のようにツルリとした腕を治癒魔法で切り落とす。人間の腕と似たそれだが、色はペンキを塗ったように白い。悲鳴を上げながらのたうち回る魔物は幸いと言ったらよいのか、局部までは人間と同様ではないらしい。落ちた腕の断面も石膏のような質感で、血は見当たらない。


「――――キイイイイイエオォォォ!」


 痛みに悶えているように見えた魔物は、突然動きを止めて叫び声を上げた。耳を塞ぐキルテが見たのは、落としたはずの魔物の腕が再生するところだった。しかも再生された腕は先ほど落としたものよりも長く、伸縮している。

 更新された魔素列に、キルテの口元は緩んだ。こんなに変化のある魔素列を見たのは久しぶりだ。


「ハッ、治癒できる魔物もいるんだな。――――なら、どちらの治癒が勝つか勝負と行こうじゃねーか」


 キルテは息を吐いてから、一段階深く集中する。視界では魔物の魔素列は複雑に絡み合い、読み解くのは難しそうだ。キルテは伸びた魔物の腕の上に飛び乗り、顔の方へ走る。背後からもう一方の手がキルテを追う。攻撃を避けながらも魔物の顔を捕らえたキルテは、今度は跳躍する。


「私はお前の飯じゃねーぞ」


 伸びた首はキルテを襲ったが、跳んだことで魔物に嚙み砕かれることはなかった。修道服の裾を少しだけ持っていかれたが丁度いい。キルテは破れた箇所をさらに広げて動きやすいようにした。修道女としての嗜みなど、気にする奴はここにはいない。


「今度はこっちの番だ」


 ――――加速。

 キルテは自身の体を強化して地を蹴った。一瞬で魔物の顔に肉薄すると、両耳を鷲掴み肩に足をかける。口の中から漂う腐った臭いと瘴気に、顔を顰めながら両手に魔力を集中させる。視界で捉えた魔素列の綻びへ針に糸を通すような正確さで、振り上げた鈍器を頭に叩きつけるような強さで、キルテは魔法を流し込んだ。


「――――ウ、ギキイイイイイイ!?」


 魔物は悲鳴を上げて腕を振り回す。誤って伸ばした拳が自分の顔に当たるほど制御が出来ていないらしい。キルテは巻き込まれる前に飛び降りると、魔物を見上げた。

 伸縮が止まらない腕に暴れていた魔物の体は、不自然に表面が膨れては縮んでいる。ボコボコと音を立てて変形する魔物の魔素列は、キルテの魔法によって強制的に書き換えられていく。

 ――――過ぎた成長は、死を近づける。


「…………ウウウッイ、イヤア」

「――――悪いがこのまま死んでくれ」


 急速に成長させられた――この場合は体を強制的に弄り倒されたといった方がいいかもしれない――魔物は、最期は体が砂のように崩れていった。風に舞って消えていく残滓。滴り落ちた液体は地に吸い込まれていく。


「……魔物も涙を流すのか。まるで人間のようだな」


 キルテはそう言葉を零すと、後ろを振り返った。数十体の魔物が未だひしめき合っている。その目はいずれもキルテのことを獲物だと主張していた。奇声をあげるもの、威嚇するもの、キルテを不快な視線で見つめるもの。それらの発する魔力が、この場に混沌を生み出している。


「気に入らねーな」


 キルテは己のことを下に見ているバケモノどもを睨みつけた。自分の魔力が逆巻いているのが見える。たった2ヶ月の間、いやもっと長い間、キルテはこれほどまでに連続して魔法を使ったことはなかった。もっとがむしゃらに、毎日死と隣り合わせだった頃に比べると近年は楽をしていた。楽できるほどまでにキルテが強くなったとも言うが、逆に言えばそこから成長もしていない。

 そのことに思い立ったキルテは、沸々と怒りが胸底から湧いてくるのを感じた。その対象は目の前の群れにか、それとも己自身にか。どちらにも、というのが正解かもしれない。


「生と死。治癒と殺戮。救済と破滅。それらは表裏一体。――――治癒魔法で殺す。何も可笑しなことはない」


 キルテはさらに深く、暗いところを覗き込むかのように魔物たちを見た。


「お前らの持つ魔素列は人間のそれよりも複雑で明快。歪で摩擦を起こしているのが、お前らの式の特徴だ」


 キルテは一歩一歩ゆっくりと、しかし確実に地を踏みしめて前に進む。


「なあ、お前ら――――自分の魔力と体が合ってないのを自覚しているか。それでいてこの世界の生命として存在している」


 魔力で威圧しながら、展開する魔法を脳内で練り上げる。


「魔力を生むのは魂……なんて言うのは妄想かもしれないがな。そう声高に言う研究者は多い。つまりここでの魂とは、魔力という世界の理に干渉する力を生成する動力源を指しているということだ」


 全ての魔物の魔素列を視界に捉えたキルテは、両腕を広げて揶揄するように言う。


「その動力源が動かす機関に合っていない。結果、お前らのような醜悪な姿かたちでこの世界に産み落とされる。いうならばこの世界のガラクタ、ゴミ、廃棄物。……どう呼ばれるのがお好みだ?」


 キルテの体から出力された魔力が描いた通りに展開していく。腕を下ろしたキルテは、いきり立つ魔物たちに向けて口を歪めて見せる。


「ハハハ、そんなに怒るなよ。――――私の言葉を理解していると言っているようなものだぞ」


 キルテの視界では魔物たちの感情が色めいて、染め上げて、伝わってくる。目が焼けそうなほど熱を持つが、今まで見たことないほど鮮明に、詳細に、豊かに映るそれを見逃すことなどキルテには出来なかった。


「口が利ければ、理性さえあれば、共存することは出来るかもしれない。本能を制御できずに暴れるのは人間じゃなくて獣だ。獣は人間を襲うが、人間もまた獣を狩って殲滅すらして見せる」

 

 チカチカと光る視界に眩みながら、最後の仕上げとばかりに魔力での威圧を緩める。すると魔物たちが一斉にキルテめがけて突っ込んでくる。目が血走り、涎をまき散らし、狂ったように叫びながら進むその姿に、キルテは微笑んだ。


「やはりここに人間様はいないようだ。――――ならば仕方がない。死んでくれ」


 ――――瞬間、展開していた魔法が魔物たちの中で弾ける。魔素列にしかけた爆弾が連鎖的に破裂して姿かたちを変化させる。

 再生、再生、再生……レールから外れた場所へ無理やりに回路を繋げる。自分では止められない再生のループに耐えられないのは体か。それとも魂の方だろうか。

 複数の首が数秒おきに、高低差をつけて打ちあがる。花が咲き誇るかのように、紅の線を描いて、一瞬のうちに命を燃やすように。


「……はは、きったねーな」


 魔力が、魂が、――――膨張して、抉られて……最期には眩いほどの光に消えていく。キルテの視界は既に異常をきたしていた。

 目に宿る熱は既に体温を超えて、視界が霞む。その霞の中で煌めく花たち。耳は肉が潰れる音を拾い、鼻は生臭さを感じている。それなのに、視界だけがその火球を恋しがるかのように追う。


(……異常なのは私の方だ)


 キルテは目を手で覆った。熱は冷めない。視界を遮ったのに、頭の中で勝手に画が動く。世界が廻る。上下左右がわからなくなる。自分がどこに立っているのかも定かではない。

 ――――そのため、突然出現した殺気にキルテは反応することが出来なかった。


「――――なっ、クソッ……! は、なせっ」

「フッ、ハァハァ…………ヒヒヒィ」


 鼻息荒くキルテの右腕を掴んでいるのは、オーガと称される人型の魔物だ。緑がかった肌に角を頭に生やしたソレは、宙に浮いたキルテを見て嗤った。血が滴り落ちる口に、肉が捲れて骨が見える首。キルテを掴んだ手と反対の腕は途中でちぎれて揺れている。

 だがそれよりもキルテの目には、ソレの放つ光が容赦なく叩きつけられていた。魔素列がとめどなく変化していく。もう式として認識することすら出来ない。オーガの変化を、進化を、キルテは認識できなければ魔法が使えない。

 ――――――ソレが大きく口を開く。


「チッ、クソがっ……!」


 キルテは左手で掴まれた右腕に触れる。視界は未だに魔素列を捉えないままだが、己の腕の1本くらいは断ち切ることが出来るはずだ。目からドロリとした生暖かいものが流れるが、気にしている場合ではない。

 キルテが感覚を頼りに魔法を展開する――――――。


「駄目だよ、キルテさん」


 ――――――それよりも早く、柔らかな声音が響いた。

 そして次の瞬間には、魔物の体に複数の風穴が開く。霞む視界が開くかのように、大きな魔力が一帯を支配する。

 瘴気が晴れたその先にいた人物の名を、キルテはその場でへたり込みながら呼んだ。


「…………シヨウ、なんでここに」

「うん、理由はちゃんと後で話すよ。でもまずキルテさんは、その目が落ち着くまで大人しくしてて」


 黒い髪が靡いて、大きな背中が見える。キルテは滲む視界に、声を荒げた。


「っ、助けなんて、要らない! 放っておけ! さっきだって、お前が手を出さなくてもどうにか出来たんだよ! それを――」


 撃ち漏らした3体の魔物がユラリと立ち上がりこちらを見る。こんなことを言っている場合でないことは、キルテもわかっている。けれども口は勝手に言葉を投げつけていく。


「キルテ」


 しゃがみ込んだシヨウの手が、キルテの目元をそっと撫でる。仮面をつけていないシヨウの表情は穏やかに見えるのに、その裏には熱い何かが蠢いているようにも感じる。背筋に寒気が走るのに、どこかホッとしている。

 キルテは相反する感情に、呆けたようにシヨウを見上げた。


「――――見てて。君に認められるくらい、君と共に戦うに相応しいと思われるくらいに。僕が強いってことを証明して見せるから」


 立ち上がったシヨウは、手に携えた槍を構える。その後ろ姿に、キルテは息を呑んだ。

 ――――魔力が巡る。一部の隙もなく、滞ることなく。


「ウガアアアアアアァア!!!!」

「悪いけれど、無駄なお喋りをしている余裕はないんだ」


 シヨウの言葉に、魔物たちが襲い掛かる。


龍鱗(りゅうりん)の槍、辛の型――――鬼雨(きう)


 シヨウが魔物の懐に飛び込み、槍を振るった。――――少なくとも今のキルテにはそれしか見えなかった。

 それだけなのに、魔物は上空に打ち上げられ体には大きな丸い穴がぽっかりと開いていた。そして一拍ののち、激しい音を立てて血が降り地面に叩きつけられた。


「丁の型――――樹雨(きさめ)


 次いで一瞬で移動したシヨウは、魔物の首を撫でるようにして刃を振るう。ポトリと落ちた首に目もくれず、地を蹴ったシヨウはその勢いのまま最後の魔物の体を縦に断ち切った。


「乙の型――――驟雨(しゅうう)……これらは全て基本の技。戦いにおいて常識は捨てた方がいい。けれどもそれも基本を習得していなければ意味がない」


 シヨウが刃の血を払って、こちらに向かって歩いてくる。


「キルテさんの武器は治癒魔法。でもそれを武器たらしめているのは、その見えすぎるくらいに見える目だよ。武器を自分から捨てに行くのは、感心しないな」

「……あの状況じゃ、どうしようもないだろ」

「うん、でもキルテさん理性が少し飛んでたよね? 遠くからでもわかるくらいに、君は普段とは違った」


 シヨウの指摘に、キルテは黙り込む。金の瞳はじっとキルテを捉えて離れない。


(……熱い。目が、体中が)


 キルテが正体不明の熱に気を取られている間に、シヨウの目線が外れる。鼻を引くつかせている様子から、何かを感知したようだ。


「……うん、どうやらまだ後続が来るみたいだ。僕も来る途中結構な量を殺したんだけどな。これって普通じゃないよね」


 そう言ったシヨウが再びキルテに目を向ける。そして、キルテに手を伸ばした。


「キルテさん。君が強さにこだわるのも、1人で何とかしようとするのも、否定はしないよ。そんな君を尊敬しているし、カッコいいとも思ってる」


 シヨウは立ったまま、言葉を続ける。


「でも、一緒に立つことくらい――――共に戦うことくらい、僕に許してよ。こう見えてリードするのも、されるのも得意なんだよ」


(――――ああ、そうか)


「…………あんたの足を踏みまくるかもしれないぞ」

「いいよ。僕だって一緒に倒れるくらいはしちゃうかも」


 キルテはゆっくりと立ち上がる。それをシヨウは微笑んだまま見守った。


(私は失うことを先に考えて、共にいることなんて考えもしなかった)


 シヨウのタコだらけの手を取る。すぐさま握り返された温度に、キルテは笑った。


「では……お相手願おうか? 将軍殿」

「――――喜んで、死神殿」


 キルテは、自分のものよりも大きく節くれだった手を強く握る。

 ――――決して離れないように、失うことのないように。

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