第5話 特別なものは胸に秘めるくらいが丁度いい
第1回囚人修道女合同懇親会は、ソルとリアの対人能力の高さを十二分に示してお開きとなった。ソルに対しては対人能力というよりも、人を巻き込む力と言えるかもしれないが。
それと同時にキルテの対人能力のポンコツさも露呈したが、男側にも2人同様の人間がいたのでそこまで目立っていなかったはずだ。おそらく。
「――――つまり、ソルさんたちはどこかの貴族がマンハントをしている現場に居合わせて罪をなすりつけられたと?」
「ええ、まあそうなりますかね」
「……それは、運が悪いといいますか何と言うか」
雀斑がある頬を掻きながら言うリアにシザとクロザが苦笑いをする。
合コンが終了し、2人の修道女たちはもうここにはいない。思ったよりも盛り上がったらしいリアとシザ、クロザが延長戦をしている中でなぜ囚人になったのかを話しているらしい。
2人の話では5人で魔物狩りに東の森へ向かったところ、少女を追い回す男を見つけたそうだ。その男は口ぶりからして貴族で、杖を持って少女を甚振っていた。泣き叫ぶ少女と嗤う男の間に入って行ったのがソルだった、ということらしい。
「隊長はああいう性格ですから、相手が貴族でもあの調子で突っ込んでいきましてね。僕たちもそれを放って帰るわけにはいきませんし」
「あいつはいつも問題に首を突っ込んでいく」
「でも、そういうところが皆さんに慕われる理由なんじゃないですか?」
リアの言葉に2人はそうだけども素直に認めたくない、というような顔をした。それに対してリアは苦笑いだ。
「それで? その女はどうした」
キルテが口を挟むと先ほどまで和やかだった空気が固まった。そこまで緊張する必要があるだろうかと考えながら、シザを見ると彼はキルテの意図を察したのか口を開く。
「……殺されました。貴族の護衛が多くて、助けることも出来ませんでした」
「ついでに罪を着せられてお前らは檻の中か。弱いくせに首を突っ込むからそうなる」
「姐さん!」
「リアさん、いいんです。事実ですから」
シザはキルテの言葉にひとつ何かを飲みこむような顔をしてから、細目をさらに細めて薄く笑った。
その反応を気にすることなくキルテは話を続ける。
「お前らは別に全く戦えないってわけじゃないだろ。――――どうせ何かしらの雑念があってのこの結果なんじゃねーか」
「あなたは一体……いえ、それを聞く権利は僕たちにはありませんね。……キルテさん、あなたの言う通りです。あの夜僕たちは、隊長は……普段通りの精神状態ではなかったのでしょう。襲われていた女性は、隊長の大事な人間にとてもよく似ていたので。あんなに荒れた隊長を僕は初めて見ました」
違う人間だとわかっていても「もしかしたら」という思いが消せなかったんだと思うんです、と静かに語るシザと頬杖をついたクロザは違うテーブルにいるソルを見る。
彼はジノと喋りながらユラの頬を触っている。ジノの単語だけの会話に大袈裟なリアクションを取り、ユラに手を叩き落とされている今の姿から荒れた姿というのは想像しづらい。
「そもそもその貴族は何故そんなところでお愉しみ中だったんだ? 東の森近くの領主は死んだばかりだろ。他の領の貴族がわざわざ国境近くまでマンハントなんかしに来るのか? 森にはお前らみたいな魔物狩りがいるのに」
「確かに、そうですね。あの領の男爵は2か月前に殺されたと……一体どこの貴族だったんでしょうか」
「そういや、あの時期は森に規制がかかってたって……でも俺らは王都のギルド連盟には入ってない小規模ギルドだからな。その情報も捕まってから聞いた話だ」
つまり、王都のギルド連盟にも根回し済みでマンハントを行っていたということだ。それが出来るほどの力を持った存在がこの国にはいるとも言える。こんなことになるのならば、男爵をもっと叩いて情報を探るべきだった。
キルテは宙を見てから、1つ息を吐いた。
「……私は修道院で行われているある実験について、調べている。それはこの国の貴族と聖女が大きく関わっていると思われる非道な実験だ」
潜めるようなキルテの言葉に、3人の視線が集まる。それを平然とした顔を作って受け止める。ゆっくりと視線を順番に合わせてから言葉を続けた。
「修道院は不審な点が多い。聖樹の存在、貴族の頻繁な出入り、聖女との関係……この監獄との関係もだ。なぜ急に修道女のほとんどをここに寄こした? なぜこんなにも檻の中で囚人たちは自由に動ける? 疑問は色々とあるが……この国の貴族連中が大きく関わっている可能性は高い。お前らの話を聞いてよりそう思った」
帝国領での誘拐とマンハント。もし襲われた女が帝国の人間だったのなら? 貴族が戯れに修道院へ送るはずの商品を放ったのかもしれない。キルテが首を落とした男爵だけではない。もっと多くの貴族たちが関わっているのではないか。そして攫った人間を修道院へと届けて実験で生み出された何かを貴族たちは欲している。地位と権力を持っている貴族がわざわざ人攫いをする理由は、貴族以外に知られてはならないものを手にするためなのではないか。そこには聖女と、王族も関わっている可能性がある。
「……なぜその話を僕たちにしてくれたんですか」
「さーな。ただそうした方がいい気がしただけだ」
ソルたちのことを見て、協力をさせるにはある程度こちらの情報を開示した方が良いとキルテは判断した。彼らは世間一般的な観点からは善良な人間なのだろう。キルテが殺し屋だと知ったら協力したことを深く後悔するに違いない。ならば逆にその善良性へつけこんで正義感を煽ってばれるまでこき使う方が効果的だ。
(リアやソルのようには出来ないだろうが、私なりの他人の使い方を模索した方がいい)
人を動かす力も強さの1つなのかもしれない。そんな風に考えるのはキルテにとって良いことなのか。そう自問して、キルテはすぐに結論を出した。
(単純に考えて1人より7人の方がやれることは多い。それを上手く舵取り出来るかで結果も変わってくるのかもしれないが……まーやらずに失敗するのは嫌だしな)
キルテにとって生き残ったものが強いという考えは変わらないし、そのために物理的な強さは必須だと思っている。しかし、強さを示す武器はそれ以外にもあるし複数持っていた方が強いのではないかとも思い始めていた。
「危険なことに首を突っ込みたくないって言うんなら、依頼を断ってもいい。治癒した分はあとでお前らのギルドに請求させてもらうがな」
「――――キルテ、依頼を断るつもりはないぞ! まだ治癒してもらった礼を出来ていないし、俺たちはあの夜彼女を助けられなかった。同じような目に遭っている人間がいるならば……見て見ぬふりすることは決して出来ない!」
突然の言葉に3人はビクリと肩を揺らした。ソルはいつもどおりの笑顔でキルテの後ろに立っていた。
「今度はお前の大事な仲間が死ぬかもしれないんだぞ」
「志なくして人間は生きていけない。――――俺の幼馴染の言葉だが、俺は常にその言葉を胸に生きている。ここで断ったら俺の志は死ぬ。それは俺の鼓動が止まるのと大して変わらない! だからキルテの依頼を断るつもりはない!」
もちろん仲間に強要するつもりはないけどな! と胸を張るソルに彼の仲間たちが口々に言葉をかける。
「ケッ、1人でかっこつけやがって。誰も断ってほしいなんて言ってないだろうが」
「ええ、そうですよ隊長。僕たちはあなたの決めた判断に異存はありません」
「心外」
「ソルにいちゃんは、おバカだから仕方がないよ」
なんだと! とソルがユラの頭を掻き混ぜているのを視界の隅に置きながら、キルテは1人黙っている人間に目を向ける。
「お前はどうする、リア」
「……姐さん、どうして私にも話を聞かせてくれたんですか?」
「お前の力は私が持っていないものだからだ。その力が欲しい」
眉を下げて問うリアに、キルテは簡潔にそう言った。そしてリアの瞳をじっと見つめる。リアは目線を逸らすことなく受け止めると、どこか諦めたように笑った。
「姐さん、私が姐さんの顔に弱いの、知ってます? そんな目で見られたら断れないじゃないですか」
「――――それはいいことを聞いたな」
リアの頭を撫でながら、笑うと彼女も「ふふふ」と息を漏らしながら笑った。
乱れた髪を直してやっていると、シザから声を掛けられる。
「キルテさん、改めて依頼について確認したいのですが」
「ああ、なんだ」
「調査内容について報告する方法はどのようなものを考えていますか? あなたたちが監獄に来る予定は既に決まっているのでしょうか」
キルテはシザの質問に頷くと、両手で器を作るように掲げる。そして魔力を手の上に集中させた。集まった魔力は淡い光となって出力し、顔ほどの大きさの球体へと形を変えていく。
「これは……もしかして、具現化魔法ですか!?」
「え!? そ、そんなに凄い魔法なんですか、姐さん?」
「いや、学園に通う学生でも普通に使えるらしいぞ」
「それでも修道女で使ってるのは見たことねーよ。ホントあんた何者だよ……」
シザたちの驚く声を聞きながら、キルテは球体を捏ねるようにして形を整えていく。
具現化魔法とは、文字通り魔力を具現化する魔法だ。こう説明すると至極簡単に聞こえるが、自分の魔力を出力して形を形成、維持させるのは意外と難しい。一定以上の魔力と魔力操作能力が必要になるのだ。さらにそれに命令、意思を持たせるのは至難の業。キルテが出来るのも基本となるものまでだ。
(私も使えるまでに1ヶ月掛かったしな……)
キルテが具現化魔法を習得したのは、数週間前。シヨウに教えてもらって何とかものにした魔法だ。治癒魔法以外の魔法は門外漢だったキルテへシヨウは丁寧に、そして厳しく教えた。それは今回の仕事において、外部との連絡を取る手段を持っておいて欲しいというシヨウの強い言葉があったからだ。当初の計画ではシヨウが具現化魔法で指輪とメッセージを送る手筈だったのだが、キルテの体調に問題が出たため修道院に侵入したのだろう。
そんなことを考えていたら魔法が完成した。
「……これは、なんと言ったらいいんでしょうか」
「す、すっごく可愛いじゃないですか!? ね、ねえ皆さん」
「鳥……か?」
「奇怪」
「もちもち〜」
「ははは! 随分と太った鳥さんだな!」
キルテの手の上に現れたのは、ずんぐりと肥えた黒い鳥……のようなもの。小さな金色の瞳は涙で潤んでおり、微かに体が震えている。
俊敏に動けるようには微塵も思えない。
「プ! プププ!」
「なんだかすっごく震えてますよ、姐さん。大丈夫ですかこの鳥さん」
「変な鳴き声~」
「ププププププ!!!」
覗き込むリアと、体を突くユラに鳥もどきは体を震わせて威嚇する。翼らしき部分を広げて必死に鳴いているが、そこに強さだとか威厳なぞどこにもない。
「……はあ、私の技術ではそれが限界でな。頭も体も鈍いしアホ面だが、持久力だけはある。数週間ならその状態で具現化し続けるらしいから、そいつに調査内容を巻き付けでもしてくれ。アホだが魔力の主の元へ帰るくらいは出来る」
「プププピ!」
「突くな、アホ鳥」
「プ~~~~!!」
キルテの手に体をこすりつける鳥もどき。キルテはため息を吐きながら、腕に抱いてその体を撫でてやった。すると鳥もどきは次第に目を瞬き、遂にはコテリと眠ってしまった。
「わ、姐さんゴッドハンド!」
「毎回無駄に鳴くし、面倒だからこうしたほうがいいんだよ」
「赤子への対応じゃねえか……」
クロザの言葉にキルテは腕の中にいるそれを見下ろした。元が魔力のためか温度はさして感じない。しかしその代わりに質量のほうはしっかりと具現化出来ているようで見た目よりもずっと重さがある。修道院で抱いた子供とそう変わらない重さだ。
『キルテさん、そんなに睨まないの。この子だって君のために働こうと頑張ってるんだから』
『甘やかすな。この世は弱肉強食。そんなにトロイんじゃあすぐに敵に食われてお終いだろ』
『ピピッピピイ……』
『こら! キルテさんが怒るからこの子が泣いてるでしょ。あ~もう可哀そうに。大丈夫だよ。君には君の良いところがあるし、出来ることをしっかりこなしてくれればいいんだから』
『ピピイ♪』
『泣いて助けてもらおうなんて、まるで赤子だな』
『赤ちゃんはある意味最強だよ? その可愛さと脆さで人間の保護本能をくすぐる。この子も同じ。キルテさんとは違う強さを身に着けるかもしれないんだから』
『それにしたって甘やかしすぎだろ』
『うん、だって僕も魔法には結構手を貸したし……そ、それに形成に僕の魔力も少しだけだけど与えたから』
『それがどうした』
『ご、ごめん! 変なこと言った。気にしないで!』
確かに形成のためにシヨウの魔力を少し貰ったのだが、それはその時だけのことだ。今の鳥を形成するのはキルテの魔力のみ。しかし、一度形が出来た以降はずっと黒い体に金の目、というシヨウを思い出させるカラーリングのままだ。魔力には記憶が宿るとも言われており、使い手の練度にもよるが具現化魔法で生み出したものが記憶を持ちそれを引き継ぐことはよくあることらしい。そして使い手はそれを我が子のように育て、一緒に過ごすこともあるとシヨウが言っていた。
(まさかあれは……そういう意味だったのか?)
キルテの体をムズムズとした何かが襲った。体中を駆けずり回っているようだ。慣れないその感覚に暫し固まっていると、リアが眉を下げて話しかけてくる。
「姐さん? 大丈夫ですか?」
「……ああ、問題ない。とにかく、そいつをお前らに預ける。普段は適当に外にでも放っておけ。こいつを呼ぶときは指笛で呼べばいい。……まあ一発で来る可能性は極めて低いが、何度かやれば来るはずだ」
「すごく不安になる言い方ですが……わかりました。大丈夫ですか、隊長」
「おう! 大丈夫だぞ!」
「いつもどおりの良いお返事だな、馬鹿隊長」
「大丈夫。ソルにいちゃんは頭で理解してなくても本能でわかってるから」
「真理」
騒ぐ囚人どもを無視して鳥もどきを机の上に置いた。寝息に合わせて膨れる腹をリアが側で見つめる。その瞳は好奇心でいっぱいだった。
「姐さん、私にも具現化魔法を使うことは出来ますか?」
「私も詳しくないからな……だが、お前の魔力だと少し難しいかもしれない」
そうですか……と肩を落とすリアの後ろからソルが顔を出す。その顔は少しばかり堅い。というよりも先ほどよりも大人しい。
「……なあキルテ、俺に具現化魔法を教えてくれないか?」
「お前の魔力量ならまあ出来そうだが、なぜだ? ここで私がお前に教えてもすぐに習得できる可能性はほぼないぞ」
キルテの問いかけに、ソルは一度口を開いてから閉じる。そして何かを決めたのか頷いて再び口を開いた。その姿にコイツもこんな顔をするのかとキルテは眉を上げる。なにせ今までソルの大声ばかり聞いていたので。
「……連絡を取りたい奴がいるんだ」
「確かに連絡手段にもよく使われるらしいがな。その相手は行方不明か何かか」
「行方はわかってる。けど簡単に会うことも出来ないんだ」
ソルは目を伏せてそう答えた。存外長いソルの睫毛をぼんやりと見ていたキルテは、頭に浮かんだそれをそのまま声に出した。
「恋文でも送るのか」
伏せていた目を見開くソルと両手で口を塞いでいるリアに、キルテは鼻で笑った。
ソルの顔は男の帰りを待つ女の顔を思い出させた。その女が待っていた男は、結婚のために過去を清算するべくキルテに仕事を持ってきたのだから、恋だの愛だのは恐ろしい。
(恋焦がれる、ね。……私にはよくわからない)
脳裏にちらつく黒髪を被りを振って打ち消す。
ソルは日によく焼けた肌を赤く染めながら、小さく首を振った。
「いや、恋文ではないんだ。ただ様子を知りたくて」
「もしかして相手は貴族に襲われた女に似ているっていう人間か?」
「……本当にキルテはすごいなあ! うん、そうだ。あいつの髪の方が燃える炎のように深い色だと思うんだが、背格好とかが凄く似ててな。……あんなことがあったから、元気にしているかとふと思ったんだ。でもすまない! 俺の我儘に付き合わせるのも悪い! それにあいつは強い。きっと今でも元気にやっているはずだ」
自分を納得させるように数回頷いたソルは、大きな声で笑った。しかしその姿にはいまだ物寂しい雰囲気が漂っている。リアも息を潜めるように口を塞いだまま、けれどもキルテに向ける視線は何かを期待しているようだ。
「それに、想いを告げるのは文ではなく直接目を合わせてこの口で言うと決めている! 婚約を破棄しようと色々と策を練っているみたいだからと静観していたらここに入れられてしまって……あいつだって俺に連れ出されるのを大人しく黙って見てる奴じゃないからな。何かがあれば共に戦うと決めてるんだ! それまでは……うん、我慢!」
「ひえ、何気にすごいこと言ってる……」
両手から零れ出た声に、リアは慌てて顔に手を叩きつけた。
悶絶するリアを尻目に、キルテは眉根を寄せる。
「……へえ、教えなくていいならそれでいいが」
「キルテは誰から教わったんだ? 魔法師に知り合いがいるんだな! もしかして恋人か?」
「ここここ、恋人!? そうなんですか姐さん!?」
「違う。リア、その顔をやめろ」
驚いた後に笑うリアを睨むと、すぐにニヤニヤと緩む口を塞いだ。それを見てキルテはため息をつきながら、頭をガシガシと掻いた。
「あいつは恋人じゃないし、知り合ったのも1か月前だ。断じてそんな関係じゃない」
「うーん、過ごした月日は関係ないと思うけどな! それに鳥さんを抱いていたキルテの表情は凄く柔らかかったぞ! だからてっきり魔法を教えてくれた奴とはイイ仲なのかと思ったんだ。間違っていたのなら、すまない!」
あとは恋バナというものをちょっとしてみたかったんだ! と言うソルにリアが手を挙げて相手役に立候補している。
2人のやり取りを見ながらキルテは机の上で未だに寝息を立てている鳥もどきを見た。
(そんな顔してたのか? いや……気のせいだろ。こいつを見てもアホ面だなとしか思わんしな)
涎らしきものを小さな嘴から垂らしたまま眠る姿に、目を細めてキルテはそんなことを考えた。
確かにシヨウに魔法を教えてもらったことは、キルテにとっても良い経験だったと思っている。しかしそれだけで色恋と関連付けられるのは納得いかない。そもそも相手を好きになる理由だとか、条件は一体どんなものなのだろうか。知れば何かが変わるのだろうか。
キルテが疑問を零したのは、そんな小さな好奇心からだった。
「好きな奴、ね……それがどういう感情か、私にはよくわからん」
「俺にとってはずっと側にいたい存在だ! 自由にあいつらしくいて欲しいし、閉じ込めて誰にも見せたくないとも思う! 死ぬまで俺のことを思っていて欲しいし、死んでも愛しているとも思う!」
「ひええっ……めっちゃ明るい笑顔で病み暗いこと言ってる~」
変な扉が開きそう……と頭を抱えているリアを無視してソルをキルテは見た。やはり少しばかり頬が赤いが、恥じている様子はない。そこまで開けっ広げに自分の想いを話すのはどうなんだろうか。キルテにとって「想い人」というのは、その人間の弱みだ。そんなものを他人にベラベラと喋った奴の結末は大抵悲劇だ。
(もし、もしもの話だが……私に想い人とやらが出来たとしても、話はしないだろう)
特別なものは、しっかりと自分の胸の中に抱いて常にそれが存在しているかを確かめたほうがいい。
――――そうでないと、いつの間にか失っているかもしれないのだから。
キルテは恋バナに花を咲かせる2人と雑談をしながらもこちらを窺っている4人に、解散を促した。
そうして紅炎隊との間に契約を結んだキルテは、スッキリとしないまま監獄を後にすることとなったのだった。
*
修道院に戻ってきたキルテは、自室のベッドに座った。最近は真面目な振りをして過ごしているので、修道院長も口うるさく言うことは減った。ただ訝しげに睨んでくることはあるし、聖堂への出入りも禁止されたので警戒はしているのだろう。
「あいつは今何してるんだかな……蛇も来なくなったし」
キルテはポツリと独り言を呟いた。その声が何だか弱弱しく感じて、顔を伏せるようにベッドに沈んだ。しかし堅いその感触に顔を顰めて、天井を見上げる。
修道院に来てから部屋に現れた蛇は、シヨウの具現化魔法で生み出されたものだ。キルテのそれとは違い、頭もよく使い手の指示をきちんとこなせる蛇なのだ。おそらくキルテの様子を見にシヨウが送ったのだろう。
そう考えて、キルテは眉を顰めた。
「ガキじゃねーんだから放っておけば良かったのに」
シヨウは時々、キルテに対して子供扱いすることがあった。それは殺し屋として生きてきたキルテへの、年上としての義務感からくる行動だったのだろう。シヨウの行動をキルテは「貰えるものは貰っとけ」という精神で受け入れていた。
しかし今日ソルの話を聞いてからは、シヨウの行動に対しての悶々とした感情を持て余していた。シヨウはキルテに対して好意を持っている。それは間違いない。けれどそれはあくまでキルテの魔力が好みだからだとか、仕事相手だからという理由なのかもしれない。
「それの何が悪い。……何も問題ないだろ」
あんなことまでして……と唇を触ったキルテは、それも薬を飲ませるためだと自答した。体を自分で抱きしめるように丸まったキルテは、雪が舞う中で寒さに震えながら身を小さくして何とか体力を回復しようとした記憶を思い出す。あの鼻に衝く臭いと痛いほどの寒さは、殺し屋として報酬を貰うようになっても中々消えない記憶だった。それを今更思い出すのは、なぜなのか。
まだ肌寒くなるには早いのに、キルテは体の芯がゾクリとする感覚を覚えた。その感覚は自分が弱者だという証明のようで、誰かに救われることを期待していた過去に戻るようで……。
(――――私には救いなんて、要らない)
キルテは自分にそう言い聞かせて、一向に温度が変わらない体を抱いて眠りについた。




