第4話 合コンにぶっちゃけ顔はいらない
リアにとって、キルテは憧れの存在だ。
修道院に来た日から何か他の人間とは違うオーラを纏っていたし、その感覚が間違っていないことはすぐにわかった。彼女は修道院長や他の先輩修道女たちに対して自分の意見をはっきりと述べて反抗的な態度を貫いた。時には過激な行動もしていたが、それさえカッコいいと思った。
その姿はいつでも自由で、綺麗で、自分もこんな風に生きてみたいと思わせるだけのエネルギーがある。だからこそ自ら舎弟にしてくれと願い出たのだ。
(けど、これは想定外です。姐さん!)
「――――修道女と囚人たちで、合コンを開く」
監獄の食堂。キルテは腕を組んだまま突然、宣言した。リアは憧れの人のぶっ飛んだ思考回路に頭を抱える。
一体どういう経緯で、その結論にたどり着いたのか。
合コンとは何なのか。
(朝から姐さん、なんか様子が可笑しかったけど。どうしてそうなったんですか!?)
――――事の発端は、今日の朝まで遡る。
*
同じ年頃の男性の隣に並んでも同じくらい、むしろそれよりも高い身長。女性にしては短い黒い髪はサラサラと動きに合わせて揺れる。形の良い黒い瞳は冷たく、端正な顔は鋭い印象を与える。
動きは最小限、しかし無駄のない動作はどこか気品すら感じさせる。同じ修道服を着ているはずなのに、輝いて見えるのだ。
(今日の姐さん、昨日よりも輝きが増してない!?)
食堂で朝食をとっていたリアは、入ってきたキルテの姿に目を細めて手を翳した。周りの修道女たちも心なしか騒めいてキルテから距離を取っている。
「キ、キルテ姐さん! お、おはようございます!」
「ああ、お前朝から元気だな」
「ひう、は、はい! 元気です」
(ひえ~あんな顔で笑うんだ~)
今まで見たことのない表情に、リアは顔が熱くなるのを感じた。
そんなリアの様子を気にすることなく、キルテはリアの向かいの席に座る。
「今日も量がすくねーな」
「あっ良かったら私のパン、食べますか」
「いい。ただでさえ少ないんだ。自分の分は自分で食べろ」
リアは押し戻されたパンを齧りながら、キルテが食事する姿を見つめた。
「……なんだ」
「あっいえ……その、姐さん何かいいことでもありましたか」
聞かない方がいいかもと思いつつ、我慢が出来ずにリアはそう問いかけた。するとキルテは何かを思い出すように宙を見ると、小さな笑みをこぼした。
「ふ……いや、忘れていたことを思い出してな」
「へえ! どんなことですか?」
「変態」
「へ、変態? そ、それってそんな良い記憶なんですか」
「さあな」
そう言ったきり食事に集中しているキルテに、リアも黙って食事を進める。今日のスープも味が薄いし具も少ないが、それよりもリアはキルテのことが気になった。
「そ、そういえば姐さん、あの後体調は大丈夫だったんですか?」
「ああ、問題ない。もうああいうことは起きんだろうから、気にするな。それよりも昨日何か変わったことはなかったか」
スッキリとした顔でそう言うキルテに、リアは小首を傾げながら笑った。
「変わったことと言いますか、急に慰問の予定が入りまして」
「慰問? どこのだ」
「ルビデ監獄です。今日の慰問はいつもよりも大人数、というかほぼ全員が慰問に参加するみたいですよ」
「へえ……よくあるのか」
「先輩たちに確認したら数か月に一度のペースであるみたいですよ。修道院長と何人かはお留守番みたいです。アタシと姐さんは、慰問組でした」
ふーん、と一見興味なさげにキルテは大きく口を開けて残っていたパンを放り込んだ。
「何か面白いことが起きるといーな」
スープが入った器を口元にやりながら、姿勢を崩して下からリアを覗き込む。その姿はまるで獲物を見つけた獣のようで。
リアは無駄に心臓をドキドキさせながら、いつも以上に味のしない朝食を何とか平らげた。
*
「お~い、もう終わりかよ。悲鳴くらい無様にあげろよ。殴りがいがねえだろ?」
「はは、きったねーな」
「うわ、歯も折れてんじゃん。かっわいそ」
「ヒヒッそんなこと思ってもないくせに~」
「あ、わかる?」
ヘラヘラと笑いながら1人の男を殴る5人の男たち。
――――ここはルビデ監獄の敷地内。今は運動の時間とやらで囚人たちは走らされているはずなのだが、男たちはサボってお愉しみ中らしい。
(私もサボってんだけどな)
キルテはそんなことを思いながら、頭をポリポリと掻く。
数人の修道女はここに着いた途端、看守に連れられて行った。彼女たちの表情から推測するに、ろくでもない理由なのだろう。キルテとリアは指名されなかったため、何もしなかった。リアも何かを察して眉を寄せたが、それだけだった。
『だって、先輩たちはもう諦めてるじゃないですか。そんな人たちを救えるほどアタシは強くありません』
そう言ったリアは、キルテに対して何かを言うこともなかった。キルテも彼女たちを打算なく救おうと思うほど、お人よしではない。
修道女とは一体何のために存在するのか、と考えながらシレっとリアたちから離れて散策していたら、男たちを見つけたわけだ。今は男たちの背後の壁から気配を潜めて様子を窺っているキルテである。
リアが探しているような気がしたが、脳内の彼女の顎を撫でたら黙ったのでそれで良しとした。
「ち、つまんねえな」
「あ、じゃーさ何回でこいつが悲鳴をあげるか賭けようぜ」
「おっいいね、それ。んじゃ俺は30回に夕飯を賭ける」
「30じゃ、足りねーだろ。50に秘蔵の酒だ」
「ヒヒッいいのかよ~あれ盗むの苦労してたのに〜」
数字を数えながら振るわれる暴力。悲鳴をあげることなく地に伏せてそれをジッと耐える男は、キルテから見てもひ弱な印象は受けない。男たちからの行為を耐えられるくらいなのだ。それが出来るくらいには頑丈なのだろう。それなのに赤が斑に滲む薄い茶髪は動かない。反撃する意思がないようだ。
「おらあ! これで29! おい、こいつ本当に魔物狩りだったのかよ? 張り合いなさすぎんだろ」
「ああ、何でも女を追い掛け回した上に殺したとかでここに入れられたんだってな」
「へえ~見かけによらねえってのはコイツのことなのかね。にしてはやり返してもこないけど」
「ヒヒッ、女にしかそーいう気持ちがわかないのかもよ~。俺っちも嬲るなら女の方が断然すき。だって女ってみ~んな柔らかくて、いい匂いで、そんでもってすご~く弱いんだもん」
(弱者を快楽のために嬲るのも、力を持ってるのに使わないのも、意味がわからん)
強者に勝ってこそ得られるものがあるわけで、弱いものを屠るのはただの作業に過ぎない。
キルテがため息を吐いて去ろうとしたその時、茶髪から魔力が迸る。特別大きくはないが、殺気がよく乗った良い魔力だ。キルテは、壁から離れて茶髪をジッと見つめた。
「な、なんだよ。今、こいつ何かしたか?」
「…………女性の強さを知らないなんて、あんたら見る目ないな!」
「はあ? 何言ってんだこいつ」
「あんたらは女のことがわかってないお子様だって言ってるんだ」
男たちも魔力を感じたのだろう。魔法を使えない者でも魔力を感じ取ることは可能だ。ただしキルテやシヨウのように知覚出来る者は魔法師でも多くない。
茶髪は髪を鷲掴みにされながら、男たちを笑顔で見上げている。
「……わっかんないけど~。その目は気に入らないな~。あ、いいこと思いついた。今修道女が来てんじゃん。1人攫ってさ、こいつの目の前で可愛がってやろうよ。何回でこいつが根をあげるか、それで賭けを続けよう!」
「へへ……確かに女が来るのは久しぶりだしな。看守たちもお楽しみ中だろうし。案外1回で根をあげるかもしれないぜ?」
「それなら、俺の勝ちだね」
「まだそれはわかんないじゃん! ま、とりあえず~適当に1人持ってくんね~。いつもの所でいいよね?」
「おい、やめ――」
「お前は黙ってろ……早くいけ」
「は~い」
ひょろりと背の高い男がニタニタと笑いながら、振り返る。すると隠れてすらいないキルテと目が合った。
男は一瞬目を見開いた後に、首を傾げて口角を吊り上げた。まさに「イイおもちゃを見つけた」と言うような顔だ。
「みんな~攫ってこなくてもいいみた~い」
「あ? ……まさか見られてたのかよ」
「口止めも出来るし、いいじゃん。まあちょっとデカいけど、顔はチョーいいし」
「おい、そこのあんた! 早く逃げ――う、」
「うるせえよ。黙って見てろ」
仲間とキルテの批評をしたヒョロ男は、長い腕を広げて近づいてくる。それに対して表情と体を動かさずにいれば、男はキルテの顎を掴んだ。ザラリとした指先には歪な形の爪が見える。血走った目に黒く染みついた隈。癖のある髪は男の背中の中ほどまで伸びているが、そこには人の目を惹くものはない。強いて言うのであれば、蜘蛛のような男だなという感想が出るだけであった。
(アイツの髪とは、大違いだ)
キルテは、さらりと風に靡く黒髪を思い出してフッと息を漏らすように笑う。顎を固定されたまま動かないキルテに、男は首を大袈裟に傾けてから問いかけた。
「ん~恐怖で可笑しくなっちゃったのかな~? 大丈夫だよ、俺っちたちが可愛がってあげるからね~」
「――――女を口説く文句としては2点だな」
「あ?」
「因みに100点満点中の2点だぞ。女を知らないお子ちゃまに対する期待を込めての2点だ」
顎を掴まれていた手を払い、ヒョロ男を鼻で笑う。
キルテは色恋の経験はなくとも、殺し屋稼業をする中で見知ったことがある。なぜなら対象者が最も油断する時に仕掛けることはままあったからだ。だからこそ女たちの男に対する媚び方も、男が女を口説く様子も知ってはいるのだ。これはそこらにいる町娘にはない経験だろう。そもそも前提としてキルテは殺し屋なのだから、滅多なことでは動じないとも言えるのだが。
ヒョロ男は払われた手を見つめた後、表情を無くした。わかりやすい男である。
「あ〜生意気な女ってキラ〜イ」
「従順にさせるだけの度量がお前に無いからか? 言葉には気をつけたほうがいい。自分の発言で未熟さが滲んでるのが実に滑稽だ」
軽く煽ってやれば、ヒョロ男の額に青筋が浮かぶ。思った通りの反応だ。面白味が全くない。
「そんなこと言うお口は~いらないよねぇっ!」
男は無駄に長い腕を振り回すように、拳をキルテの顔めがけて飛ばした。
またも思った通りの展開に、キルテは呆れながら屈むことで拳を回避した。そしてそのまま男の右脚に手のひらを添える。
「お子様には成長が必要だな」
「は? なに、を――――あああ!?」
「お、おい!? どうしたんだよ」
急に蹲り叫ぶヒョロ男の周りにお仲間が駆け寄る。ヒョロ男は体に触れる男たちの手を振り払いながら、痛みに叫び続けていた。今は痛みで歩くどころか立ち上がることすら出来ないはずだ。
「お、お前、何をしたんだよ!?」
「うん? そいつの成長の手助けをしただけだ。お前らも経験したことがあるだろ、ただの成長痛だよ」
「せ、成長痛? 何言ってんだよ、こいつ」
キルテは治癒魔法で骨に干渉して成長させただけだ。思春期の子供に対して需要がありそうな使い方だが、一瞬で成長させるため少年少女が耐えられない激痛を伴うものでもある。もうとっくに身長が止まっていただろう男も動けなくなるほどだ。効果と攻撃性は抜群である。
「…………おい、囲んでやるぞ」
「ああ、奇妙な術を使いやがって」
「おいおい、お前らも成長をお望みか? その汚い面はどう見てもオッサンにしか見えな――あ、もしかして中身は子供って言いたいのか? 悪い悪い、自己紹介してくれたんでちゅね。うん? ぼくちゃんはなんちゃいかな?」
「2ちゃい?」と言いながら中指を1本だけ指を立ててやれば、男たちは一斉にキルテへ飛び掛かってきた。
(さて、上手く煽れたし治癒魔法を試しておこう)
記憶を失っていた間、キルテは治癒魔法を正規の使い方でしか使用していない。殺し屋としての使い方に問題ないかを確認したいと考えていたのだ。ちょうどいいゴミがいてよかった。再利用は大事である。
「まずは過成長」
「――――う、うわあああ!? お、俺の手がああ!?」
攻撃を最小限の動きで避けながら、小太りの男の手首を掴む。魔法を展開し、手首の骨に干渉する。骨に栄養を与えて膨張させるイメージだ。それを爆発的に行えばどうなるか。
――――男の皮膚を裂いて骨と肉が飛び出した。血が吹き出し、地に滴り落ちる。
「おい、何をした!?」
「クソこの女!」
「次は過回復」
2人の男の拳をステップを踏みながら避け、1人は指、1人は耳を対象とする。魔法を指定した対象に展開した。キルテの視界では問題なく発動されたのを確認したと同時に、2人分の悲鳴が上がる。
「あああああああ!?」
「――――っ、なんで勝手に」
片手5本の指と片耳が地に落ちる。細胞の過回復による裂傷も問題なく出来たことに、キルテはひとまず安堵した。どうやら記憶をなくした影響は特にないらしい。いつも通りの魔力操作が出来ている感覚があった。
「さて、最後だな」
「一体てめえは何者だ!? こんなことしておいてタダで済むと思ってんのかっ」
最後に残ったリーダー格であろう髭面の男は、キルテを指さして叫ぶ。何者か。問われたキルテは肩をすくめてため息をついた。
「ただの修道女だよ。この修道服が目に入らないのか」
「ただの修道女だって? こんな奇妙なことを起こしておいて何を言ってるんだよ!? 可笑しいんじゃねえか!? お前!」
「心外だな。それともなにか? お前は修道女にいいようにやられたことを認められないからそんなことを言っているのか? それは悪いことをしたなー。すまん、すまん。弱者の気持ちに寄り添えてなかったな。ははは」
「――――っ、殺す!」
(最後に――――強化)
キルテは体全体に魔力を巡らせて、自身を強化させた。身体のポテンシャルを魔力で底上げする。男が駆け出すよりも速く、力強く地を踏みしめて加速する。
――――そして鋭く放たれた右拳が男の頬を叩き、その衝撃で体をふき飛ばした。
「――――殺すなんて、言うもんじゃない。死神にでも聞かれたら仕事敵だと思われて痛い目に遭うぞ」
男にそう言うが、既に意識はないだろう。キルテは手のひらを眺めながら、自身の体に異常がないことも確かめる。これならば聖女との魔物狩りも問題なくこなせるだろう。あとは修道院と、ついでにこの監獄のことも調査する方法を考えなくてはいけない。
キルテが今後のことに思考を取られていると、うめき声を上げながら成長痛に未だ犯されている男が叫んだ。
「お、お前! 俺っちたちをこんな風にして、っ、問題にならないとでも思ってんの……! 修道女のくせに、神に仕える者のくせにこんな、こんなっ。神が許すと思ってるの!?」
「囚人に神を語られるとは。でもそれも一理あるな」
「なら、」
「でもまー問題ない」
「は? それって――」
キルテは祈りを捧げるように両手を組んで、目を閉じる。そして口を開いた。
「神よ。愚かでか弱き人間のために奇跡をお与えください。そして、敬虔な私に神の御慈悲を賜る栄誉をお与えください」
意味のない、ふざけた口上を唱えたキルテは、この場にいる人間全員を対象に指定して治癒魔法を展開する。すると光が舞って男たちの体に纏わりつく。
「な、治った?」
「…………夢でも見てるのか?」
指定した通り、男6人の怪我は全て治癒されたらしい。喜ばしいことに、キルテの治癒魔法は威力と範囲も変化がないようだ。
「――――ば、バケモノ」
「そのバケモノに喧嘩を売ったのはお前らだぞ。いい経験になったじゃないか」
男たちは何事もなかったかのように治癒された事実に、畏怖しているらしい。笑いながら男たちを見ると、ビクリと体を震わせる。これではキルテが弱いものいじめをしているみたいだ。
「本当に、なんなんだよお前!?」
「……何者だって? だからただの修道女だって言ってんだろうが」
「こ、こんなことが出来るのは聖女だけじゃ――いや、でもお、俺っちたちの怪我は――」
髪を握りしめてブツブツと言葉を漏らす男に、キルテは舌を打った。
「――――失せろ。弱者に語ることは何もない」
「ひっ」
殺気を纏った魔力で威圧すれば、男たちは悲鳴を上げて逃げ出していく。その姿は震えていて、みっともないものだった。
男たちの足音が聞こえなくなってから、キルテは頭を掻いて口を開いた。
「で? お前は逃げなくていいのか」
「ああ! 礼を言う前に去ることは出来ないからな!」
この場に残った茶髪の男に問えば、満面の笑みでそう答えが帰って来る。その姿からは怪我も問題なく治っていることが窺える。
男はキルテに近づくと、勢いよく頭を下げた。
「ありがとう! あんたのおかげで怪我が治った。感謝する!」
「あーそういうのはいらん。というかお前、なんで反撃しなかったんだよ。別に喧嘩の仕方を知らないわけじゃないだろ」
手を振りながらキルテが言うと、男は下げた時と同様に勢いよく頭を上げる。風圧で舞った前髪をそのままに、キルテは男の顔を見つめた。
背はキルテよりも少しばかり高い。大きい瞳と堅くも見える笑顔がまるで人形のようだ。そこまで筋肉質ではなさそうだが、引き締まったしなやかな体に見える。これで喧嘩は出来ませんと言われたら、何のための筋肉だと殴りたくなるレベルには鍛えられている。
「喧嘩をするとここから出るのが遅くなると聞いた! だから喧嘩はしない」
「はあ、誰が言ったんだ?」
「ここの看守だ! 模範囚? なら早く出れるとも言ってた」
「お前殺人でここにぶち込まれたってことだが、刑期は何年だ?」
「けーき? すまない、それは知らん!」
(おいおい、こいつ…………)
キルテは嫌な予感に、口元を引くつかせた。
「そもそも俺は人を殺してないぞ! でも今俺がここを出たら困ると言われてしまってな。ならば仕方がない! 暫しの間、ここにいることにしたんだ!」
(馬鹿だ……生粋の阿呆だ)
どうやら男は何故自分がここにいるのかも理解していないらしい。殺人をしていないと言うのならば冤罪と言うことだが、それすら何とも思っていないかのような発言である。ここを出たいのか、そうでないのか。一体どっちなんだ。
「馬鹿の相手は好きじゃないんだが」
「確かに俺は人に馬鹿といわれることが多い! でもソルという名があるのでそう呼んで欲しい。あんたの名前も聞いていいか!」
「………………キルテ」
名前を教えたくない気持ちと教えるまでしつこく問われる可能性を浮かべたキルテは、後者の方が面倒だと判断して名乗った。声に感情が表れていたが、目の前のソルは気にした様子はない。むしろ頷いてキルテの名をその残念な頭に刻んでいるかのようだ。
「キルテ、キルテだな! 覚えたぞ。改めて助けてくれてありがとう。助けてもらったついでに聞いてもいいだろうか!」
「よくない」
「そうか! でも聞いて欲しいから話すな!」
「……話を聞けよ」
笑顔のままキルテの返事を投げ捨てたソルは、無駄に元気な声で宣言した。キルテの声が低くなっていることにすら気づいていない。その張り付けたような馬鹿面に苛立ちが募る。
(……適当に処理してここを離れるか? だが)
『キルテさんはもう少し人と関わった方がいいよ。君の場合、人間が嫌いなわけではないでしょ。むしろ好奇心旺盛で面白いと思った人間には積極的にちょっかいかけるように見える。仕事柄しょうがないこともあると思うけど、面倒だからって折角の機会を不意にするのは勿体ないよ』
『殺し屋には必要ないだろ』
『うん、そうかもね。でも君は自由になりたいんだろう? なら人と関わるのは避けて通れない。それに、強い人間ってのは何も物理的な指標だけでは測れないと僕は思うけどな』
『……よくわからん』
『ふふ、大丈夫。君はきっと自分でわかるようになるよ。だって君は強いからね』
シヨウの言ったことは、未だによくわからない。けれど確かにキルテは殺し屋の仕事から足を洗って自由に生きていきたいと思っているのだ。ならばここで馬鹿な人間のあしらい方を知る方が後々に役立つかもしれない。
ふと小さな部屋で向かい合って茶を飲んだ記憶を思い出したキルテは、手のひらをソルに向けて掲げた。目の前で瞳を爛々とさせて今にも話始めようとしている男は、犬のように「よし」を待っている。
(……これも自由のためだ)
「正直聞きたくないが、仕方がない。聞いてやる」
「ありがとう! 実は――――」
手を下ろした途端に口を開いたソルは、意気揚々と話し始めた。その内容は大変分かりづらいものであったが、これも修行だと自分に言い聞かせることで最後まで聞き終わった。息継ぎをしているのか疑問に思うほどの勢いで喋ったソルは、今度は行儀良く口を閉じてキルテの回答を待っている。
「つまり、お前の仲間も怪我しているので治してほしい。ということで合っているか?」
「ああ、そうだ!」
「どうして一文で済むことをあんなに長々と説明したのか理解ができないが、お前の言いたいことはわかった」
「よかった! では早速」
「いや待て。私が治したとして、対価はなんだ?」
「対価?」
「報酬のことだ」
ソルに治癒魔法を使ったのは、ついでだ。強いて言うのであれば、口止め料として治癒しただけにすぎない。キルテは理由なく人を助けたいと思える人間ではないのだ。したがって、ソルのお仲間にタダで治癒魔法を使ってやろうとは到底思えない。
「うーん。俺、今は金もないし…………うん、わからん!」
「じゃ、この話はなかったことに」
「え! なんでなんでなんで!? さっきみたいにキラキラ〜ってやつやってくれよ!」
すぐさまこの場を去ろうとしたが、それよりもソルがキルテの脚を掴む方が早かった。腕ではキルテを逃がしてしまうと思ったのか、ソルは地面に這いつくばって右脚にしがみついている。
(これ前にも見たぞ……)
成人しているであろう男が幼女と同じように全身で駄々をこねている。そんな状況を生み出してしまったことに、キルテは暫し宙を見つめた。
「おい、離れろ」
「いやだ!」
キルテがソルの頭に拳を落とそうと考えた時、複数の足音が慌てたように近づいてくる。キルテが顔を上げると2人の男が走って来るのが見えた。
「ソル! おい馬鹿隊長! お前何やってるんだ!」
「隊長~やめてくださいよ。副隊長にまたぶたれますよ? 僕はもう間に入ってあげませんからね」
1人はガタイの良い男、もう1人は細目の男がソルに対して文句を言いながら近づいてくる。2人とも態度には出さないが、キルテに対して警戒をしているようだ。しかし2人の想いなど察することなく――もしくは察していても無視しているのかもしれないが――ソルは笑った。
「お前ら聞いてくれ! さっき凄いものを見たんだ。この人が俺たちの怪我を一瞬で消し去ってな――あ、お前ら怪我してるのにこんなところに来ちゃダメじゃないか! 早く戻れ!」
「こんなの怪我に入らねーよ。それに他の奴らはちゃんと休んでる」
「そうそう。僕らは隊長ほどでもないけど丈夫ですからね。それと女性の脚に縋りついているのはどういった理由があってもよろしくないと思いますよ」
2人の言葉に「そうか!」と立ち上がるソル。キルテは仲間の言葉は聞くのかと思いながら、顔にかかった髪を払った。
「――――で、こちらは? 修道院の方のようですが」
「ああ! さっき俺の怪我を治してくれた恩人だ」
「違う。恩を売った覚えはないし、お前の仲間の怪我を治すつもりもない」
「え~頼むよ! なあキルテ、報酬については仲間にも相談してどうにかするからさ!」
ソルの言葉を即座に切り捨てると再び駄々をこね始める。その様子を見た2人は目を見合わせた後、長いため息を吐いた。どうやら自分たちの隊長とやらが修道女に治癒魔法を使って欲しいとねだっていたことを把握したらしい。
「なるほど。いつもの隊長の我儘ですか。こうなっては僕たちではどうにも出来ませんからね。ここには副隊長はいませんし」
「はあああ……俺はクロザ。こっちの男はシザだ。隊長が迷惑かけて悪かったな」
「仲間ならその阿呆の手綱をしっかり握っておけ。…………私はもう行く」
いつものことと言うのならばその対応も慣れたものだろう、とキルテはこの場を立ち去ることにした。しかし、キルテは再びその脚を止めることになった。
「邪魔だ」
「すまねえが、あんたにはまだ帰ってもらっちゃ困るんだよ」
「本当にすみません。でもうちの隊長の我儘はいつも巡り巡っていい方に行くもので……野生の勘ってやつですかね。それに仲間の怪我が治って欲しいと思っているのは僕たちも同じでして」
クロザとシザがキルテの目の前に来て行く手を阻みながらそう話す。さすがに脚に纏わりつくことはしないらしいが、キルテに用があるのは変わらないらしい。
「……おたくの隊長様は対価を用意できないみたいだが?」
「でしたら僕たちが用意しますよ。うちの隊長はちょっとその辺は門外漢なので」
いつもうちのギルドでは僕と副隊長が担っているので、と語るシザにキルテは腕を組んで思案する。2人はキルテの答えを静かに待っているし、ソルは左右から肩を掴まれながらもソワソワして落ち着きがない。
(どちらにせよ、修道院との関係を探るためにここでの調査は必要だ。囚人の中に協力者がいた方がいいだろう。だがこいつらがどれほどの仕事が出来るのかはわからないし、信用していいものなのか)
キルテはこれまで仕事は基本的にひとりで行ってきた。上司や部下を持ったこともないし、チームを組んだこともない。だからこそ他人を使うことも、一目見て仕事ぶりを予想することも出来なかった。
『キルテさん、部下と仲良くなる必要はなくても情報はあって損はないもんなんだよ。その人が得意なものは何か、逆に何が嫌いなのか。知っていれば指示の仕方も仕事の振り方も変わる。君は仕事に対して誠実だし、プライドを持っているから他人にも理想が高そうでもあるけどね。うん、それも経験すれば面白いんじゃないかな』
『あんたも部下のことを知るために何かしたのか』
『あ~うん。昔、新人が入った時にしてたのは……合コン、じゃなくて合同懇親会……みたいなやつかな』
『合コン? なんだそれは』
『え~と、うん。男女同じ人数呼んで食時とか……いや違うよ!? 僕はあくまでセッティングしただけで女の子と知り合いたかったわけではなくて。ほらこの仮面だし、部下たちも出会いが少ないから』
『なぜそんなに焦ってるんだ、あんた』
『コホン……ま、まあとにかく合コンは親睦を深めて、部下の人となりを知るのに適しているということだよ。仕事ぶりとは関係ないように見えても、目的に対してどう動くのかはある程度見えるものだからね』
『ふ~んなるほどな』
『……まさか、合コンしたいとか思ってないよね』
『あんたが勧めたんだろ』
『い、いや勧めてはないよ!? 断じて、断じてやって欲しいとは思ってないからね!? ちょ、キルテさん聞いてますか!?』
キルテは腕を組んだまま、空を仰いだ。太陽はもうすぐ真上に昇りそうである。そろそろ昼時だろう。修道女たちも部屋を借りて昼食をとることになっている。その後に囚人たちの話を聞く時間が設けられているらしい。いつまでも此処にいるわけにはいかない。
「……お前らの仲間は何人だ?」
「僕たちを合わせて5人です。怪我で動けないのが1人、体調を崩しているのが1人です」
「お前ら2人も軽傷とは言えないだろ。そもそも何でそんな怪我してるんだ」
「でも俺たちは動ける。残りの2人だけでも治してもらえれば有難い。そのために俺たちが出来ることならばやらせて欲しい。怪我はそこの馬鹿隊長が他の囚人たちの問題行動に首を突っ込むくせに反撃はしないとか言い出したせいだ」
「隊長は僕たちに強制はしませんがね。理由を聞いたらそのほうが良いと思った! とのことなので、僕たちはそれを信じただけです。あなたとの出会いのことを指しているのであれば、いいんですけどね」
シザとクロザは真っすぐキルテを見つめた。その視線を受けたキルテは、腕を下ろして片手を腰に当てた。そしてソルの顔を指さす。
「お前らがこの監獄で調べ物をすると言うのであれば、全員を治癒してやる」
「ああ、いいぞ!」
「隊長、待ってください。……何を調べろと言うんですか」
「ここの管理体制について。隠し部屋や怪しげな施設がないか、あとは修道院や聖女との関係を調べてもらいたい」
「僕たちはあくまでも囚人です。この監獄の中ではある程度自由に動けますが、それにも限りがありますし、外への警戒はそれなりに厳しいですよ」
「……あんたはそんなことを俺たちに調べさせてどうするつもりなんだ?」
「その質問に答えるつもりはない」
眉をひそめる2人を放ってソルを見つめる。梟のように大きな瞳から感情は読み取れない。ただ両隣の2人を下がらせるように両腕を伸ばした。
「お前たち、キルテは俺に聞いてるんだ。ここは俺に任せとけ!」
「その自信はどこから出るんですか。……まあこういう時のあなたの判断は間違ったことないですが」
「ムカつくことにな」
それはどういうことだ! と騒ぐソルに対して2人は呆れた顔をするが、その瞳には動くことのない関係を示唆するようなものを感じる。あれが信頼とかいうものなのだろうか。
咳ばらいをすると3人は揃ってキルテに視線を寄こす。
「で? どうするんだ」
「――――俺たち魔物狩りギルド『紅炎隊』はキルテの依頼した調査を受ける! その代わりに仲間の治癒をお願いしたい!」
ソルが宣言するようにそう言うと、一歩下がった2人が彼に従うように姿勢を正してこちらを見つめる。
「――――了承した」
そうキルテが答えると、空気が幾分か弛緩したのがわかった。どうやらそれなりに後ろの2人は緊張していたらしい。やはりこういったことはイマイチ振舞がわからないな、とキルテが考えているとソルが手を伸ばしてくる。
「よろしくな、キルテ!」
剣だこが出来た左手を見ながら、握手なんて求められたことはないなと考える。しかし、すぐにキルテは被りを振った。
(手を掴まれたことはあったな、そういえば)
シヨウと過ごした1ヶ月の間、彼に連れ出されて色々なところへ出かけた。その際にフラフラと彷徨うキルテに対して迷子にならないようにと言われて手を握られたことが何度かあった。しかし、こうして真正面から握手を求められたことは初めてだ。
「……ああ」
キルテは自分のものよりも大きく見えるその手をそっと握った。思っていた通りキルテの手よりも大きいそれになぜだか少しばかりの違和感を抱いたが、慣れないことをしたからだと結論付ける。
「じゃあ早速、仲間の所へ案内するぞ!」
「ああ、だがその前に少し寄り道をさせてくれ」
「おういいぞ!」
「隊長……ええと、どちらに寄り道をするんです?」
キルテは3人を見渡してからこう言った。
「舎弟に合コンの準備をさせる」
*
「――――と、いうことだ」
「すみません、姐さん。どうしてそうなったのか説明されてもわからないんですが……。いや言われたとおりに複数で話せるように場と人を用意しましたけども」
「やるじゃないか、リア」
「え? そ、そうですかね。えへへへ」
褒めてやるとリアは鼻を擦りながらキルテから視線を外した。
リアの後ろには修道女が2人所在なさげに立っている。彼女たちがリアの連れてきた人間なのだろう。当たり前だが、キルテは彼女たちと話したこともないし見覚えもない。果たして何と言ってここに連れて来たのか。
「おーいキルテ! こっちは準備出来たぞ!」
「隊長、落ち着いてください」
「シザ、言うだけ無駄だ」
「それでも言っとかないと、後で怒られるのは僕たちですよ」
「同意」
「……んん、眠い」
「我慢してくださいユラ。ジノも隠れてないで出てきなさい。僕の身長ではあなたを隠せませんよ」
ユラと呼ばれた少年の肩を揺すり、背後に隠れようとするジノと呼ばれた長身の男に小言を言うシザ。ユラとジノはキルテが治癒した紅炎隊のメンバーだ。シザとクロザを含めて4人の怪我を治したキルテは、リアに囚人と修道女が複数人で話せる場を用意させた。通常なら1対1で行う慰問中の形ではなく、このような形式をとったのはキルテの好奇心と効率を考えたからだ。ソルたちのことと修道女たちのことを少しでも理解していた方が良いだろうという判断を下したのだ。
「――――よし、では第1回囚人修道女合同懇親会を始める」
「えっ、これ次回があるんですか姐さん!?」
*
「わあ、ソルくんってまだ若いのにギルドマスターをしてるの?」
「ああ! そうだぞ」
「すごい……私たちより年下なのに」
「君たちも修道女として日々精進しているのだろう?」
「いや……私たちは」
「うん、何も……」
俯いた修道女2人に、ソルは笑顔を浮かべながら両手を彼女たちの頭に乗せた。
「そう俯くな! 折角の綺麗な顔が台無しだぞ。もし今の自分に納得していないなら、小さなことでも新しく始めてみるといい! 世界は案外と広い。きっと君たちが楽しいと感じることがあるはずだ!」
「う、うん!」
「……そ、そうだよね。何か始めるのもいいのかも」
くっきりとした目に見つめられた2人は顔を赤くしてモゴモゴと喋った。それに対して大きく頷きながら頭を撫でるソルは、彼女たちの熱い視線には気づいていない。
「へえ、リアちゃんの特技は凄く興味深いですね」
「そういうシザさんこそ、なんだかエッグイ趣味をお持ちのように感じます」
「言われてんぞ、シザ」
「心外ですね」
「アタシ、勘がいいんですよ。アタシの秘密当て30人斬りの話、聞きますか?」
「ハハハッなんだそれ」
「ふふ、詳しく聞きたいものですね」
リアを中心に盛り上がるシザとクロザ。今はリアが村で行ったという他人の秘密を当てる遊びに関して話しているらしい。
「……すう。んん、むにゃむにゃ」
「後悔」
ユラは本を枕にして机に突っ伏して眠っているし、ジノは目を閉じてジッと動かず気配を消している。彼らは自己紹介をしただけで、その後は修道女たちと一言も喋っていない。来た意味はあるのか。
(まあそれは私も一緒、か……)
キルテはコップを口に当てながら目を細めた。中の水はもう既に底をついている。一応6人の会話を聞きながら観察しているが、疎外感が凄い。
始めはリアが話を振ってくれていたのだが、キルテが何かを答えるたびにソル以外の人間が顔を引きつらせたり、口元を引くつかせるので会話がなかなか続かなかったのだ。これでは目的が果たせないとリアにそれとなく指示して2人の相手をさせているというわけだ。
(合コンも案外難しいな)
キルテは正直、容姿ならば4人の女の中で自分が一番優れていると思っている。それは別に自信があるなしではなく、客観的な事実だ。シヨウの話から察するに合コンは男女の色恋につながる出会いの場のはずだ。であるならば容姿の良いキルテが最も求められても可笑しくはない。
だが男女の関係、いや人間関係とはそう単純なものではないらしい。
(……あいつとの会話はあんなに続いたのにな)
シヨウがキルテの知らない知識や物語を話し、それにキルテがつっこんだり揶揄う。そしてシヨウが慌てたり赤くなったり……。そういった具合で2人の間には気まずい空気になったことはほとんどなかった。それは2人の出会いを考えれば奇跡と言ってもいいかもしれない。
キルテは目の前の状況を鑑みてそう思った。
「……まーこれも経験、だな」
キルテは1人誰にも聞こえない大きさで呟いた。
どうやらキルテに合コンは向いていないらしい。
(――――この話をシヨウにしたら、どんな反応をするだろうか)
そんなことを考えながら、キルテは第2回囚人修道女懇親会の非開催を決定した。




