第3話 詐欺には一歩引いて、拳を突き出せ
「――――で、私のハンカチに鼻を突っ込んで匂いを堪能していた変態仮面。お前は殺しの依頼に来たんだよな」
「その変態仮面ってやめてもらえるかな――」
「まずは返事だろ。変態仮面」
「――なぁんて、言わないです。はい、そうです。依頼人です。キルテさんに殺しを頼みに来ました」
キルテは目の前に座る男を睨んだ。
黒い丈長の衣服を身に着けた男は、二重になっている襟を触りながら肩を落としている。キルテには変態に対して慈悲は持ち合わせていない。腕を組んで顎をしゃくってやった。
「フン、どうだかな。本当は変態的観点で変態的思考を巡らせて、変態としてここに来たんじゃないのか」
「変態が渋滞……もしかして結構混乱してる?」
「あ゛?」
「ごめんなさい。……いや、依頼をしに来たのは本当なんだ。ただ依頼するにあたって死神について調べていたら、1ヶ月前にこれを拾って」
「1か月前……あのクソ豚男爵の屋敷か」
確かにあの時ポケットの中身を放り投げた記憶がある。ハンカチはその仕事の前に怪我をして使ったものを入れっぱなしにしたものだったはず。
「で? 何でお前がこれを持ってたんだよ」
「君が去った後に子供たちを保護してね。話を聞いたら死神と呼ばれる殺し屋に助けられたって……そう言ったのは銀髪の少年だけだったけど。それで屋敷を検分していた時に拾ったんだ」
キルテが回収したハンカチを振りながら言うと、男は視線を揺らしながらそう説明した。ハンカチに鼻を寄せてみるが特に匂いはしない。血もとっくに固まっている。
「こんなものを拾ったのは何でだ」
「君の魔法痕に惹かれたから、かな。簡潔に言うと」
「魔法痕?」
男は仮面を押し上げてから、キルテの目を見た。仮面の奥から金の瞳がのぞく。黒の仮面に囲まれたせいで光っているようにも感じる。年齢はキルテよりも上に見えるが、仮面のせいでそれも定かではない。
「うん。僕は嗅覚で魔法や魔力を認知できるんだ。だからいい魔力……まあ僕の好みの魔力や魔法を嗅いだらそれを集めたり、研究してる。君の魔力と魔法は今まで嗅いできた中で一番好き」
「…………」
「あっ、引いてる……無表情なのにわかりやすいね。でもそんな君から漂う匂いもす――き、勝手に嗅いでごめんなさい」
咳払いをした男は、キルテから目を逸らして話を続ける。
「えーと、それでハンカチや部屋に残っている魔法の痕を嗅いだんだけど凄く興味深くてね。系統としたら治癒魔法。でも残っていた身体はどう見ても攻撃魔法で殺されている。なら、どうしてか。どんな風に魔法を使ったのか。どんな人がこの魔力の持ち主なのか。そんなことを考えていたら1日経ってたってわけです」
「…………依頼を私に持ってきた理由は」
「元々腕のいい殺し屋をこの国で探してたんだ。この1ヶ月死神について調べさせてもらって君がとっても腕のいい殺し屋だとわかった。武器も持たずに一瞬で首を狩りとる殺し屋。そしてあの魔法が本当に治癒魔法ならば多少危険な場所でも生きて帰って来れる」
だからここに来た、そう話す男。
キルテは髪を掻きあげてため息をついた。
(まさか匂いで治癒魔法と判断するとは――――そう考える人間はそういないのに)
キルテは治癒魔法を得意としている。というよりもそれ以外の魔法はほぼ使えない。そのため攻撃系統の魔法も殺し屋として使えるレベルのものではない。だが、キルテは自分の魔法で人を攻撃することが出来る。そこらにいる魔法師よりも素早く、圧倒的に、敵を殲滅することが出来る。
治癒魔法で攻撃することの一番のメリットは、どんな魔法かがわかりにくいという点だ。例えば風を作り斬りつける。炎を出して焼く。雷を生み出して攻撃する。これらは魔法を使えば現象として認識される。その分対策も立てられる。得意魔法が限られていたら尚更だ。
しかし、治癒魔法はあくまでも治癒するために使われる魔法だ。少なくともこの王国の魔法を知る者の中ではそれが常識だ。だから対策も立てられづらい。そもそも治癒魔法を防ぐ魔法は確立されてない。反撃をされてもすぐに自分で回復できる。同じ魔法で攻撃と回復が出来る。汎用性が高いのにそれなりに貴重で、得意とする使い手が貴族の中に少ない。
だからこそ、キルテは多くのターゲットの首を落としてこられたのだ。
「…………ターゲットは誰だ」
「受けてくれるの?」
「それは内容を聞いてからだ。お前、帝国の人間だろ。それなのにお前の魔力は大きい。可笑しいくらいにな。それに子供たちを保護したということは、それを出来るだけの力を持っているってことだ。それが金なのか、権力なのかは知らんが」
「うん。まあ、間違ってはないね」
「そんな人間が持ってきた依頼だ。内容を確認してから受けるか考えるに決まってるだろ。私は仕事で命を懸けるつもりはない」
「うん。それも当たり前の意見だね」
頷いた男は、姿勢を正してキルテを見つめた。キルテもまた目の前の黒金の魔力を見る。
「僕が殺して欲しいのは、リリス・ラポーム――――この国の聖女だ」
キルテは、予想していなかった答えに目を見開いた。
聖女と言えば、この国では王族と引けを取らないほどの影響力を持つ女のことだ。そんな相手を帝国の人間が殺したいと言うのか。
「……聖女がターゲット、ね。帝国人のお前がなぜ王国の聖女を殺そうとする」
「数年前から帝国の人間が攫われる事件が発生しているんだ」
「……それが王国の人間の仕業だと」
「うん、そういうことだね。実際、君はその犯人の1人を見てるだろ?」
帝国は王国の東側に面した国だ。二国間には魔物の多く住む広大な森があり、距離にしては交流が薄い。王国内の領土だが、魔物の放し飼い状態の森に踏み入れる人間は限られている。だが、もしその森の中に帝国へと繋がる道があったら。もしくは魔物たちをどうにかして帝国領に入ることが出来るのならば。帝国で攫った人間を人目に触れず王国へ運ぶことは簡単かもしれない。
「帝国もここ数年、調べていたんだけどね。その結果、攫われた人間は王国の修道院で何らかの実験を受けさせられていることがわかった」
「実験? 何の実験だ」
「正確なことはわからない。ただ修道院から逃げ出した人間が言うには、聖女と魔物に関する実験じゃないかって」
「逃げ出せた奴がいたのか」
「…………魔力が尽きるまで搾り取られて、魔物に襲われたらしい。保護した時にはひどい状態だった」
わざわざ帝国の人間を狙う理由は何か。 魔力を奪うことが目的だとしたら、魔力量が少ないと言われる帝国人を狙うのはおかしい。帝国には様々な人間が集まるため、奴隷として売買するのであればわかるが。
(いや、そもそも複数の民族を有する帝国が、魔法後進国だというのがおかしな話なんだ)
あれだけ広大な領土を得ているのは戦争で勝ったからだろう。戦争において魔法師の与える影響は未だに大きい。ならば他国を負かすだけの魔法力を持っていると考えるのが普通だ。しかし、王国内には不自然と言っていいほど帝国の脅威は伝わっていない。情報が統制されているようにも感じる。それは、一体なぜなのか。
「王国の人間が帝国に手を出した。それならば手を出した連中を帝国領でどうにかすればいいだけじゃないのか。この国の王族、貴族に言ったところで意味がないというのはわかるがな。ただの殺し屋に頼む案件じゃないだろ」
「うん、君の言うことはごもっともなんだけども。聖女にある疑いが上がっていてね」
「疑い?」
男はキルテから視線を外して、頬を指で掻いた。
晒されている肌は青白く、指は長いが関節が目立つ。チラリと見えたのは、武器を扱う時に出来たタコだろう。どうやら男は、魔法だけではなく武術も嗜むらしい。
「信じられないかもしれないけど…………聖女の正体は、魔物かもしれない」
男はため息混じりにそう言った。
キルテは腕を組んだまま、首を傾げた。男の言葉を頭の中で反芻する。
「…………聖女が、魔物? 魔物って、あの魔物だよな」
「うん、君が想像する魔物であってると思うよ。人間を襲う、あの魔物だね」
「魔物……」
「うん、そうだよね。そう言う反応になるよね。僕も最初に聞いた時はびっくりしたよ」
「――――つまり、聖女は変態だと」
「うん、そうそ…………え? 変態?」
金の瞳がパチリパチリと瞬く。
キルテは男の疑問は無視して、顎に手を当てた。何故か慌てた様子の男からは視線を外した。
「なるほど。確かに変態ならば殺さなければな」
「待って待って待って! 納得しているところ悪いけど、え? どゆこと?」
「変態死すべし、が私の信条だ」
「いや、それ僕にも言ってたけども。うん、まずは魔物=変態の式が成立している理由を聞いても?」
「――――あれは確か私がまだ10にもなっていない頃だった」
「回想はじまっちゃった……」
その当時のキルテは、魔物を狩って報酬を得ることで何とか生活をしていた。その頃には既に治癒魔法を使えていたため、怪我をしても自分に魔法をかけて魔物を倒していた。だが、治癒魔法を攻撃に用いる使い方は出来なかったため、拾い物の刃の欠けたナイフを片手に魔物が彷徨う森を日夜駆けずり回った。
「そんな日を続けていたある日、魔物に襲いかかられた」
「まあ、攻撃したらそりゃ襲い掛かって来るよね……」
「その魔物は……人間的に言うのであるならば性的興奮状態にあった」
「っ、それは……その、何と言ったら」
「すぐにそいつの局部であろう場所を蹴り上げたから、お前の想像する事態には至ってない」
「うん……ホッとしたけど、なんか、うん。さすが未来の死神」
その件があった後にそれまでの狩りを思い返してみるとキルテに自ら襲い掛かってきた魔物は全てそういう状態だった。中には痛みにさらに興奮するような面倒な魔物もいた。
そしてキルテはこう思った。
「――――魔物とは変態である、と」
「……………………うん」
「森に入るとわき目も振らずに向かってくるんで、他の魔物狩りの連中に『何か変なもんでも使ってるんじゃないか』『独り占めしやがって』などと言われた」
「どんだけ集めたのよ、幼少期の死神さんは」
「あれが世間でいうところの私のモテ期だった。全部殺したが」
「告白したら殺されるなんて、どんな罰ゲーム」
「そもそも勝手に私を興奮対象にしたのが悪い」
「ごもっとも」
机の上で項垂れる男は、深いため息とともに続きを促すように手を振った。何をそんなに疲れているのか。
「今思えばあれは、生存本能のようなものだったのかもしれないが」
「生き延びるために、襲ったと? 中には人間を好んで食べる魔物もいるけど、それは珍しいよね。人間が魔物を討伐するのは魔物が瘴気を生み出すからで……それ以外の欲については考えたくないな」
「まーただの勘だ。魔物狩りたちの視線も面倒になってきて、王都にふらっと来た後は、あの似非神父の詐欺に遭ってな。それからは魔物と対峙したことはない」
「詐欺?」
キルテは当時に遭った最悪の出会いを思い返す。すると自然と顔を顰めて大きな舌打ちが飛び出た。よっぽど酷い顔をしていたのか、男が身を引く。
「盛大なマッチポンプとも言う。あの時に私は学んだ。一歩引いて冷静に考えることの大切さを」
「君の場合、その後に拳が飛んできそうだけど」
「よくわかったな。全治1か月の状態にしてやった。これでも我慢したんだが」
「…………うん。色々とツッコみたい所はあるけど、君が魔物=変態だと言う理由はわかった。えーと、話を戻していいかな?」
額に手を当てて言う男に、キルテは頷いて話を促した。どことなく仮面の黒が深くなっている気がする。
「うん。話を戻すと……保護した子は元々魔力が少ないけど目がとても良くてね。僕の鼻と同じで、魔力や魔法を視覚的に認知できた。まあ、といっても本人の魔法知識が乏しかったから生かせてなかったんだけど……彼女は魔物と聖女の魔力、本人は気の歪みが似てるって言ってたかな。その話を聞いて彼女に色々と協力してもらったら、その情報に信憑性が増すばかりでね」
「……そいつが見たってことは、聖女も一連の事件に関わっていることは確実。しかも本当に魔物だとしたら、ただの犯罪者を裁くだけでは済まない、と」
「うん。この国において聖女の力は強い。そんな立場にいるものを魔物だと言うのは、ね。帝国としては、王国に戦争を吹っ掛けるつもりはないんだ」
「フン、この国に喧嘩を売っても帝国には旨味がないからな」
「はは……まあ、間違ってはないかな」
聖女はこの国において、神に特別な力を与えられた存在だ。浄化魔法や治癒魔法を得意とし、魔物を倒し、瘴気で荒れた土地を浄化する。聖女が魔物であるならば、それこそ大掛かりなマッチポンプだ。果たしてそれを仕掛けて得られる利益とは何なのか。
「で、なら帝国に関係ないところでサクッと殺してもらおうってことか」
「言い方はあれだけど。うん、そういうことだね。それで偶然聖女の正体が魔物だって広まってくれれば、危険を排除するためにっていう理由で帝国としても動きやすい」
「つまり、ただ殺すだけじゃなくて人目のある場所でヤレと」
「ついでに修道院に潜入できるっていうのも条件に入れててね。なかなか難しいと思っていたんだけど、まさか死神が女性だったとは。実際に会って驚いたよ。――――多数の目撃者の前での聖女の殺害と、修道院で行われている実験について調査する。これが僕が君に頼みたい依頼だよ」
やっと本題を話せた、と男は自分で用意していた茶を啜っている。キルテも席へ座る前に勧められたが、断った。匂いや器からして帝国由来の茶らしい。
(本で読んだとおりだな……隣の国なのに、服装も文化も王国とは異なる)
キルテは詐欺に遭ってから、組織に飼われるように殺しをしてきた。そんな生活の中で唯一、良かったと思うのが学ぶ機会を得られたことだ。
字も碌に読めないキルテへ、それでは仕事にならないと様々な人間のところへ放り投げたのがエンジだ。最低限文字を教えただけで、本人は次から次へとキルテの首を引っ掴んで放り込むだけ。おかげで様々な経験と知識を得られたが、その分苦労もしたので礼などは死んでも言いたくない。
(私は――――自由になりたい)
「悪いがその依頼、断らせてもらう」
知識を得る中でキルテに芽生えた感情――――組織から早く離れて自由に、そして世界を見て回りたいという気持ちだ。
「私は今一刻でも早く依頼を成功させたいんだ。お前の持ってきた依頼はそもそも成功までに時間がかかるし、失敗のリスクも高い。それを鑑みると今回の依頼は私にとってデメリットが多すぎる。だから依頼は受けない。それが私の答えだ。――――悪いが、全て忘れてくれ」
キルテがそう言うと、部屋に魔力で出来た文様が浮かび上がる。その光を見つめてから、目の前に座る男を見遣った。茶器は机に転がり、男の頭は項垂れるように下がっている。
「――――起きる前にここを離れるか。目覚めてもどこまで記憶が改竄されてるかわからないからな」
この部屋には、あるキーワードを言うと対象の記憶が改竄、消去される魔法陣が組まれている。キルテには見えていても複雑すぎて、どうやって魔法が作用しているのかは理解できない。しかし、今までも面倒な相手に当たった時はこの部屋を使っていたので効果は確認済みだ。その辺の裁量は、キルテに任されている。その真意については、聞いたことはない。
「あの似非神父は、ただの親心の小細工だって言ってたが――――」
「うん、店主は随分と君に過保護みたいだ」
聞こえるはずのない自分以外の声に、キルテは椅子を倒し立った。
目の前で倒れた茶器を戻すのは、魔法で気を失っていたはずの男。彼はキルテに向かって笑顔を向けた。しかし、この状況ではその笑みは警戒心を煽るだけだ。
「……お前、魔法が効いてないのか」
「うん、君が来るまでに結構時間はあったしね。とっても興味深い魔法陣だったから暇つぶしに調べてたんだ。その過程で既存の防御魔法に手を加えれば防げる可能性に気づいてね。まさか音声認証だとは、思ってなかったんだけど」
店主は一体何者なんだろうか、と笑う男にキルテは身を落としながら構えた。
「知らん。あれはただの変態似非神父だ」
「うん。…………どうしても依頼を受けてくれないのかな」
「受けない。糞面倒なことに私を巻き込むんじゃねー」
「うーん、困ったな。君ほどの適任者はいないんだけど」
「知らん。他を当たれ」
「どうしても?」
「どーしても、だ」
キルテはフードを被り、口元の布を引き上げた。男は未だ座ったまま、キルテを見つめている。
「そんなに警戒しなくていいのに」
「なら、お前は眠ったままいれば良かったんだ」
「うん、それは無理だね。じゃあ、しょうがない――――交渉の仕方を変えようか」
男が立ちあがる。相対するとその恵まれた身体と、鍛えられた魔力がわかる。帝国人どころか、今まで会った人間の誰よりも体に巡る魔力が洗練されている。一切の無駄なく、頭から指先まで必要な場所に必要なだけの魔力が行きわたっている。しかもその魔力も瞬時に移動させることが可能なのだろう。とても流動的で、美しいとも思える魔力操作だ。
「君がこの依頼を受けてくれないと言うのならば――――ここで君を攫って帝国に連れ去る」
「は……なにを」
「そして我が帝国の人間を救った英雄として国民に広く紹介し、盛大に歓迎しよう」
「はあ!?」
思っても見なかったところからの交渉に、キルテは口を大きく開いた。男が何を言っているのか理解が追い付かない。
「そ、そんなことしてお前に何の得が……」
「君のことをもっと調べられるし、君の匂いをずっと嗅いでいられる」
「おい、変態野郎。それ以上近づくんじゃねー」
キルテは目の前の変態仮面から、距離を取った。
「まあそれは半分冗談。王国の可憐な女性が攫われた帝国の子供たちを救った。そう帝国で噂を流す。もしくは、そうだね。王国の貴族たちに死神の正体は可憐な女性で、治癒魔法の使い手だという話を広めようか。――――君はどっちが良いと思う」
「……最初っから決めてんだろ。それ」
「うん、そうだね。君が頷いてくれないなら、王国に噂を広げて殺し屋稼業が出来なくなった君を帝国に攫って、それで僕の側に置いて実験に付き合ってもらおう」
もし王国でキルテについての情報がばら撒かれたのなら、確かに殺し屋稼業を今まで通りにすることは難しいだろう。そうなると組織との約束も守れなくなる。結果、王国貴族や同業者、そして組織からも追われる形になるわけだ。それでそういう形になったところでこの変態仮面は帝国に英雄として来いと誘いに来ると。
「変態なだけじゃなくて、詐欺師じゃねーか。あの神父と同類かよ……」
「えー? 今全部喋っちゃってるから、詐欺ではないと思うけど。別に君に害を与えるつもりはないんだよ。君に降りかかる悪意は全部、僕が払ってあげる。それだけの力は持っているつもりだから」
「……そもそも、お前は何者だ」
帝国に英雄として迎え入れるなどと、そんな大口を叩ける人間などそういないはずだ。
男は今気づきました、とでも言うように両手を打った。
「あ! そういえば自己紹介すらしてなかったね。初対面があんなのだったから、つい」
「こっちのセリフだ」
「ごもっとも。じゃあ、改めて自己紹介をさせてもらおうかな」
男は立ったまま、右手を左手で包み込み、キルテをその金の瞳で射抜いた。
「初めまして、死神キルテ殿。――――僕は帝国で将軍の位を授かっているシヨウと申します。これでも帝国ではそれなりの力を持っている男です。どうぞ、よろしく」
「将軍……」
将軍と言えば、帝国軍での最高司令官のことだろう。それが本当ならば、持っている力はそれなりどころじゃない。男――――シヨウの魔力を見れば将軍だとしても可笑しくはない。
(可笑しくはないが――――)
「将軍のお前が、何故ここにいる。お前が本当に将軍だと言うのであれば、殺し屋への依頼など部下に任せるはずだろ」
「うん、本来はそうなんだけどね。僕がどうしても君に会いたかったから。我儘を言って来たんだ。おかげで部下には散々文句を言われたよ。でも、その判断は間違ってなかった。部下にはこの部屋の魔法に対処は出来なかっただろうしね」
その通りだ、とキルテは舌を打つ。大人しく部下を寄こしていればそいつの記憶を改竄して終わりの話だったのだ。そもそも、変態相手じゃなければキルテだってもっと冷静に話を聞けたはずだ。
「ハッ、まさか最初の変態行動もわざと……? 私を動揺させようとしたのか」
「――――いや、それは僕も想定外」
「私からもっと離れろ。変態匂いフェチ詐欺仮面将軍」
「あっ、呼称がひどくなってる……こ、怖くないよーただの三十路のお兄さんだよー」
チチチと喉を鳴らすシヨウに、キルテは部屋の壁まで下がり距離を取った。キルテは決して猫ではない。舌を再び打ってシヨウを睨みつける。
「……私を無理やり抑えて仕事をさせるって選択はないのか」
「それはありえないよ。言ったでしょ。君の魔力が好きなんだって。それに魔法の手数では僕の方が有利だけど、単純な殺し合いなら君の方に軍配が上がるだろうからね」
僕もこの仕事で命は懸けたくない、と肩をすくめて言う。
攻撃されたり、自由を奪われることがあればキルテは応戦するし、殺しもためらわない。それはシヨウも同じだろう。キルテは別に殺しをしたいわけでも、戦いが好きなわけでもない。ただ、強くありたいだけだ。――――生き残った者が強い。それが今まで生きてきた中で見つけた真理だ。
「…………はぁ、わかった。あんたの依頼を受ける」
「ありがとう! 助かるよ。僕も全力でサポートするからね」
これ以上上がらないだろう角度まで口角を吊り上げたシヨウに、キルテが大きなため息をつく。
(いや、切り替えよう。帝国の将軍とつながりが出来たと考えれば…………)
「あ! そう決まれば早速、今から僕が泊っている宿に来てくれる? というか何日か通って……いや、いっそのこと泊ってもらったほうが」
「待て待て待て。何の話だ。泊る? あんたの部屋に? なぜ?」
宙を見ながら早口で言うシヨウに、キルテが手を向けて止める。シヨウは、なぜ止められたかわからないと言いたげに首を傾げた。
「なぜって修道院に入るために君の記憶を封じないといけないから、魔道具の調節を……」
「待て待て。記憶を封じる? 聞いてないが」
「言ってなかったっけ。修道院に入るときに特別な魔道具を使って記憶を見られるんだ。それは詳細なものじゃないみたいだけど、殺し屋としての記憶が断片的にあれば即失敗。それをなんとかするための魔道具を渡すからその調節のために宿に来て欲しいんだ」
「…………変態詐欺師」
「ちょ、それだけだと余計に犯罪臭がすごいからヤメテ!?」
初めて聞いた話に、蟀谷が痛むのをキルテは感じた。しかし、契約は既に成立した。それを破ることは出来ない。
「…………契約は守る。守るが、自分の記憶を預けられるほどあんたを信用は出来ない」
「うん、それもごもっとも。だから君に信じてもらえるように僕に時間をくれないかな」
「時間?」
「うん、1ヶ月。1か月後に修道院に潜入するまで、君が記憶を預けるに値する人間だと証明するよ」
拳を握って言うシヨウに、キルテはフードを取って頭を掻いた。
「急がなくていいのか」
「聖女が修道院に行くのは1か月後で、早く入会しすぎても危険だ。もちろんそれまでの分も上乗せで報酬は渡すし、君の願いも最大限考慮する」
欲しいものだって買ってあげるし、どこにでもついて行くよ! と両手を広げるシヨウ。
キルテは腕を組んでそんな男のはしゃぐ姿を細めた目で見た。
「――――じゃあ、仮面を取って素顔を見せろ」
「…………」
「素顔すら知らない相手に記憶も、命も預けられない」
シヨウは広げていた腕を戻して、仮面を触る。しかしすぐに手を離すと、裾を翻して椅子に座った。
「…………僕の顔は女性に見せるには醜すぎるんだ」
「私がいくつの首を飛ばしていると思ってるんだ。そんなことを気にしていたらこの仕事はしていない」
小さな声でボソボソと言うシヨウに、キルテは間髪入れずに言葉を重ねた。
キルテが醜い顔を見てどうにかなってしまうくらいなら、そもそも依頼を受けはしない。シヨウだってそれはわかっているはずだ。それでも躊躇するのは過去に何かがあったからなのかもしれない。だが、それこそキルテには関係ないことだ。
「仮面を外さないなら、あんたに協力は出来ない。依頼は私が勝手に進める。そこに帝国側の思惑は組み込まない。ただ調査して、首を落とすだけだ」
嘘は言っていない。だが、今までの依頼人が顔を隠していても気にしてこなかった。
これは一種の好奇心だ。大きい魔力と高い魔力操作。嗅覚で魔力や魔法を認知する力。将軍として置かれる男の顔が、見たくなった。
(それに最初から最後まで振り回されるのは、気に食わない)
「…………うん、確かに。君の言う通りだ。顔も見せない相手を信じるも何もないよね」
シヨウは息を長く吐くと、仮面に手をかけた。そして後頭部の紐を解いていく。途中、仮面には魔法がかけられているのが見えた。おそらく感覚を麻痺させるものだ。麻痺させないと普通に暮らすのも難しいほど鼻がいいのだろう。
「――――醜い、だろう」
仮面の下から出てきたのは普通の、いや世間一般から見て整った顔だった。しかし、左瞼から左頬にかけて鱗のような青黒い痣が広範囲にある。金色の瞳と相まって蛇のようだ。
「生まれた時からある痣でね。一族からは忌み子として育てられた。呪いだってね。僕の鼻は呪いなんかじゃないって結論付けてるからいいんだけど。周囲の人間、特に女性はこの痣を嫌ってね。だからいつも仮面を付けてる」
「…………」
「さ、もういいかな。君もこんな顔、見ていたくないだろ」
シヨウは再び仮面を顔に近づけようとした。その手を、キルテは咄嗟に掴んだ。
「…………どうした?」
「――――だ」
「え?」
キルテは座ったままのシヨウを見下ろす。前髪から覗く金色は、魔力が渦巻いている。その下にある痣は鱗のように1つ1つの色が微妙に違う。それなのに全体のバランスは崩すことなく。組み込まれている。系統としたら守護魔法に近い。
(もっと正確に言うのであれば――――)
キルテは神を信じていない。けれどもそういった存在が起こしたと思えるほどの、奇跡とも言えることがこの世にあることを知っている。
「あんたのそれは、綺麗だ」
「え、」
「私が見てきた中で一番清らかで、温かい。でも実際には冷たく力強い力を感じる」
見開かれた目に、キルテは笑った。それを見て驚いている様子を感じながら、しかし言葉を続けた。
「あんたのそれは呪いじゃなくて、祝福だな」
少なくとも私にはそう見える、と付け足してキルテは手を離した。そのまま椅子に座る。
「――――なんだ、蛇かと思ったら金魚だったのか?」
「うん……待って。本当に、ええ? 顔、あっつ。あの、見ないでもらってもいいですか」
「断る。散々あんたの変態行動に振り回されたからな。仕返しだ」
「ええ……絶対僕の方が振り回されてるよ」
パタパタと手で顔を扇ぐシヨウの顔は、元が白いからか赤く染まるのがわかりやすい。本人の申告どおりに30代ならば、見た目は実年齢よりも若く見える。こうして恥ずかしがっている様子なら尚更だ。
「……ご機嫌な匂い」
「あんたも悪い気分には見えないな」
スンと鼻を引くつかせるシヨウは、今キルテの魔力を感じているのだろう。魔力は感情でいくらか変化が生じる。麻痺していない鼻には、キルテの魔力の違いを感じるのは簡単なはずだ。
キルテもシヨウの魔力が変化したのを見た。
「……やっぱり、君も目が良いんだね」
「まーそうだな」
キルテも魔力や魔法を視覚的に認知できる力を持っていた。この力があったからこそ治癒魔法を使いこなせているし、殺し屋としてやってこられたとも言える。
「あんたは胡散臭い仮面をしているより、その痣を晒している方が綺麗だ。魔力も魔法も、もちろん顔も。私の好みかもな」
「~~~~~っ!! もう、黙っててくれないかな!?」
顔を真っ赤に染めて叫んだシヨウは、頭を抱えて机に突っ伏した。
その様子が妙に可笑しくて、キルテは声を立てて笑う。
「はははっ! 悪いが私はやられっぱなしは性に合わなくてな。拳変わりだ。諦めてくれ」
(今回の依頼は存外、面白いことになるかもしれない)
そんな予感を胸に抱いて、キルテはシヨウが泣き出すまで口を閉じることはなかった。
*
「…………変態仮面め、指輪を渡すためにわざわざ侵入したのか」
キルテは修道院のベッドの上でそう呟いた。
己がすっかり忘れていた記憶を取り戻したのはいいが、シヨウの行動と自分の修道院での振舞にキルテは頭を抱えた。記憶を失っていたキルテは随分と修道院の人間たちの目を引いたことだろう。
キルテに記憶があったら、もう少し穏便に振舞っていたはずだ。まさか殺し屋としての記憶を消した方が暴れるとは誰も想定していない。それに指輪はもっと自然な形でキルテの元に届けられる予定だったのだ。それを覆してシヨウが乗り込んできたのは一体なぜなのか。
「まー過ぎたことはしょうがない。このまま問題児として振舞いつつ、情報を集めよう」
1つ息を吐いて切り替えたキルテは、そのまま寝ころび目を閉じた。
聖樹への祈りはおそらく魔力供給自体が目的。食浄は聖女が魔物であると考えるのならば、修道女を聖女と同じような存在にするためか。
貴族の出入りが多い理由。攫われた人間がどこに隠されているのか。この修道院には何があるのか。調べるべきことは多い。
(だけど今日はさすがに疲れた)
『キルテさん。君は自分のことを丈夫だと言うけれど、休息は大事だ。このままなら無理矢理にでもベッドで寝かせるよ。…………え、ち、違う! そう言う意味じゃないよ!? あーもう疲れでどうにかなってるでしょ、やっぱり! 早く寝て!』
痛みもなく思い起こされた記憶に、笑いが溢れる。静かな部屋の中で響いたそれに、口元を抑えるように手を当てた。ひとりで思い出し笑いをしたことが少しだけ気恥ずかしく、しかし悪い気分ではなかった。
「とりあえず、寝るか」
キルテは多くの疑問を残しながらも、堅いベッドの上で眠りについた。
昨日よりも穏やかな気持ちで眠りについた理由を、キルテは頭の片隅で理解しながらも明確にすることはしなかった。仕事を達成するために最善を尽くすのが最優先である。
――――今は、まだ。
最後まで読んでくださりありがとうございます!




