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第20話 救世主は都合よく現れはしない


「さあ、数刻もしないうちに王国が魔物と死体で溢れかえるぞ。この王国は魔物の国となり、世界中から畏怖され、嫌悪されるだろう。――――この状況をどうひっくり返す? 魔人の卵たちよ。せいぜい我らの主の期待を裏切るなよ」

「おい、どういうことだ。それに魔人の卵ってのは誰のことを言ってんだよ」

「時が来ればわかる。それまで互いに生きていることを祈るとしよう。お前らの存在が世界に絶望を与えるのか、それとも救世主になるのか。俺は使者として最期まで愉しみにさせてもらうぜ。――じゃあな、キルテ。また違う地獄で会おうじゃねえか」


 キルテを見て笑ったエンジは、足元の魔法陣が発する光に包まれて姿を消した。あれも転移陣なのだろう。いつの間にかレイも消えていることに、舌を打つ。王都に魔物を解き放った奴らをまんまと取り逃がしてしまった。

 だが、2人を追う時間と余裕は残されていない。


「魔物を王都に放つって……そんなことしたら」

「多くの人間が死ぬね。そうなる前に魔物を殲滅する必要がある」


 シヨウの返答に、スカーレットが肩を揺らす。腕の中のリリスを抱え直した彼女は、紅の瞳を細めて見上げた。


「……その『魔物』に、リリスさんも入ってるとは仰りませんよね。イアン皇弟殿下」

「シヨウでいいよ。ここにいるのは帝国皇帝の弟ではなく、帝国将軍だから。それに、僕は身分も職務も捨てるつもりでここに来てるからね。将軍の肩書も気にしなくていいし、敬語もいらない」


 スン、と息を吸ったシヨウは、立ったまま笑顔を浮かべた。


「そこの元聖女にはもう魔物の匂いはしない。おそらく、魂が傷ついて魔力と共に魔物を惹きつける権能もなくなったんだろう。勿論魔物になる可能性はなくならないが、まあ無理をしなければ人間のままでいられるんじゃないかな」

「回りくどいな。リリスを殺すつもりはないって言えばいーだろ」

「うん、まあそういうことだからよろしくね。……えーと、ズワールト侯爵令嬢」


 少し前までの殺気をしまってにこやかに言うシヨウに、スカーレットは眉を顰めながらも挨拶を返す。


「……スカーレットで構わないわよ。よろしく、と一応言っておくわ。シヨウ殿」

「うん、じゃあこれからのことだけど――」

「私は魔物の首を落としに行くぞ」


 キルテはシヨウの言葉を遮るようにそう言った。またシヨウに駄々をこねられて時間を取られるのは嫌だったからだ。

 それを察したのか、シヨウは苦笑して言う。


「うん、わかってる。僕もそれを止めるつもりはないよ。でも、現状と今後のことは方針だけでも共有しておいた方がいい。それに、その恰好で外には行けないでしょう。というか僕がその姿を人目にさらしたくない」


 そう言われたキルテは、自分の体を見下ろした。ジェイドの作ったシャツは自分の血と魔物の体液で汚れている。見えはしないが、背中の方は焼かれてほとんど肌が丸見えだろう。機能的にも動きにくい。ジェイドの服は優秀だったが、さすがにこの状態から復元する機能はついていない。

 キルテは、スカーレットを見て尋ねる。


「そういえばコートはどうした? 持ってねーみたいだが」

「ああ……防御魔法が展開された時に、弾かれてどこかにいってしまったのよ」

「……シヨウ、お前」

「無意識だから。うん、仕方がないよ」


 目を逸らして言うシヨウに、キルテは呆れる。エンジが去ってからジッと動かなかったリウも目を閉じて舌をチロリと出した。


(なんで防御魔法なのに攻撃判定受けてんだよ。しかも、しっかり排除してるし)


「……そこらの布を被っとけばいーか」

「キルテさん、めんどくさがらないでよ。駄目だからね。それじゃほぼ裸じゃないか」

「別に私の肌なんて誰も見ねーだろ。治癒したところで古傷は消えねーし、女らしさの欠片もない体だぞ」

「僕が見るし。僕が誰にも見せたくないんだよ。……そんな顔しなくても」


 即答するシヨウに、キルテは顔を歪めた。変態だなと思うのと同時にその執着心を嬉しいと思う自分に、キルテは心の中で引いた。決してそれが表に出ないように顔に力を入れる。


「死神キルテ、貴方も大変な人間に好かれたみたいね……」

「お嬢もヤベー奴に好かれてるもんな。ソルだって似たこと言いそうだし」

「そうよね……って、わ、私のことはいいのよ! それよりも早く外に行かなくちゃでしょ!」


 顔を赤くしたスカーレットは、誤魔化すように周囲を見渡す。そしてふと視線を止めてから、立ち上がると玉座の上部に垂れ下がる天蓋を指さす。


「あれ、使えるんじゃないかしら」


 天蓋は、白地に金の糸で装飾された布だった。キルテの体を覆うにも十分な大きさだ。それを見上げたシヨウは、腰に下げたホルスターへ手を伸ばした。そして取り出したものを天蓋に向ける。シヨウが手にしているのは、拳銃。キルテも見たことのある魔法武器だ。

 ――――銃声が数発、響いた。


「とりあえず布は確保したけど……」


 金具を的確に撃ちぬいたシヨウは、落ちてきた布を持って振り返る。このままの状態では大きすぎて戦闘には向かない。ならば適当に切ればいいだろうと、キルテが言う前にスカーレットが動いた。


「貸して。私が魔法で服を作るわ。あのコートみたいにはいかなくても着られる物は作れるはずだから」


 シヨウから布を受け取ったスカーレットは、目を閉じて両手に魔力を集中させる。


「――オルタレーション」


 スカーレットの魔法によって布が形を変えていく。変化魔法の一種だろう。魔力によって宙に浮いた布が服の形へと変化していく。額に汗を浮かべながら魔法を維持するスカーレットだったが、最後の仕上げとばかりに魔力の出力を上げた。魔力を纏って薄っすらと光りながら落ちてきたそれをスカーレットが受け止める。


「はぁ……出来たわよ、死神キルテ。これなら貴方でも着られるでしょう」

「ああ、ありがとう。確かに着れるだろうが……なんでこの形なんだよ」

「し、仕方がないでしょう!? 今参考に出来る物がそれしかなかったんだから!」


 キルテが渡された布は、白いドレスへと変化していた。フリルもなく腰から裾まで自然に広がるシルエットは、シンプルながら上品さを感じさせる。しかし、そのドレスはキルテにも見覚えがあった。


「リリスのドレスじゃねーか。聖女仕様のドレスだろ、これ」

「だって想像の中の物を作るより、現物を参考にした方が成功しやすいでしょ。裸よりは随分とマシなはずよ」

「まあ、そうだな」


 床で眠るリリスのドレスを見る。さすがにリリスのドレスの方が派手で豪奢だが、急ごしらえにしては上出来だ。むしろ目立たない方がいいだろうと頷いたキルテは、シャツを脱ぎ捨てた。

 慌てるスカーレットと背を向けるシヨウを気にせず、キルテはさっさと着替えを済ませる。


「よし、これでいいな」

「貴方……羞恥心はないのかしら」

「それよりも情報共有だ。シヨウ、お前の部下も王都に来ているんだよな」


 キルテの問いかけに、振り返ったシヨウは答える。


「うん。でもあくまで僕の直属の部隊が来ているだけだ。王都全体を守れるほどの人数はいない」

「そうか。修道院にいるリアたちもどうなっているか気になるな。まあ紅炎隊の連中はそこまで弱くはねーだろうし、魔物を相手するのは本職だしな。お嬢、お前は戦えるか」

「ええ、外に出る前に魔道具を取りに行ってから私も戦うわ。この国の貴族として、黙って見ているわけにはいかないもの。それに、私だって紅炎隊の副隊長なのよ。死神キルテ、貴方が私を何故そこまで守ろうとするのかは知らないけれど、過保護にされるほど私は弱くないわ」


 スカーレットは、その燃えるような紅の瞳でキルテを見つめた。一歩も引きはしないと言いたげな目に、キルテはため息を吐く。


「ま、ここまで来たら侯爵も娘に好きにさせろと言うだろ」

「やっぱり父に言われて私を守ってたのね。……父は、全てを知っていて動いていたのかしら」

「ああ、魔物化のことも今回の潜入のことも知っている。今頃領民を連れて帝国領に向かっているだろう。王都にも領内の騎士を送るとは言ったが、侯爵家領から王都は遠い。増援はあまり期待できないだろうがな」

「……そうね」


 父の噂に隠された思惑へ思うところがあったのか、それとも戦力が少ないことに気落ちしたのか。スカーレットが俯く。

 そんな彼女の頭に手を置いたキルテは、紅の頭を掻き撫でた。


「ちょっと、なによ」

「今いる人間で、どうにかするしかねーだろ。祈ったところで都合よく救世主は現れねーんだから」

「そうだけど……」


 乱れた髪を直すスカーレットに、もう一度治癒魔法を施す。それを無表情で何も言わずに見ていたシヨウだったが、鼻をひくつかせた後に顔を上げる。その視線は穴の開いた天井、その先に広がる星空に向かっている。


「シヨウ、どうした」

「……うん、何か来るみたいだ」

「え、それって――――」


 スカーレットが疑問を落とすよりも早く、()()はキルテたちの目の前に降ってきた。空から現れたのは、炎を纏った大型の鳥。


(炎を纏ったというよりも、その体自体が炎と言った方が正しいのかもしれないな)


 そう思いながら、キルテはその怪鳥を見た。その炎は魔力で出来ており、キルテの視界には煌めき変化していく魔素列が見える。シヨウもこの魔力を嗅いだのだろう。そして大きな体に隠れているが、鳥の他にも魔力反応がある。


「ステラ! 迎えに来たぞ!」

「え!? ソル!? なんでアンタがここにいるのよ。それにその鳥はもしかして――」

「おう! 俺が具現化魔法で出したホウオウだ! 昔ステラに聞いたことのある伝説の鳥だぞ! どうだ、カッコいいだろ!」


 鳥の上から飛び降りたのは、修道院にいるはずのソルだった。笑顔のままスカーレットに近づくソルは、自慢げに鳥――ホウオウを指さす。


「馬鹿隊長! 自慢してる場合じゃねえだろ」

「ですね。副隊長との再会に喜びたいところですが、そんな時間もなさそうですし」

「クロザにシザ……それにユラとジノまで!?」

「ステラねーちゃん、久しぶり~。元気そうでよかったぁ。ね、ジノにーちゃん」

「同意」


 ソルだけではなく、他の紅炎隊の面々もホウオウから飛び降りてくる。驚き、再会を喜ぶ連中を尻目にキルテは目を細める。ホウオウの上にはまだ1人、乗っていた。


「――リア、お前なんでそこで固まってんだよ」

「ううう……降りれないんですよ~っ。助けてください、姐さん~ってうわあ!?」


 嘆くリアにホウオウが羽を広げる。その勢いで宙に投げ出されたリアを、近くにいたジノが受け止める。キルテよりも早く動いたジノに少し驚くが、怪我がないなら何よりだ。


「ジノさん。すみません、何度も助けられちゃって」

「不要」

「! ……そうですね。ありがとうございます! ジノさん」

「ん」


 どうやらキルテが知らないうちにリアとジノは距離を縮めたらしい。ジノの腕から降りたリアは、キルテの元へと走って来る。


「姐さん! 御無事で何よりです! それにその恰好はどうしたんですか!? 姐さんには黒が似合うと思っていましたけど、白も似合いますね!」

「まあ、色々あってな。で、お前らは何でここに来たんだよ。修道院はどうした」


 その問いに答えたのは、魔道具をスカーレットに渡していたシザだ。あの魔道具はクレイが用意した物だろう。娘用にいくつもクレイが準備をしていたはずなので、スカーレットの使える物が1つはあるはずだ。


「修道院にいた魔物は、リアさんが持っていた指輪が全て無力化してしまったので。それで外に出たところに王宮から放たれる光の柱を見まして……。隊長が習得していた具現化魔法でこちらに向かったんですが」

「途中で空に魔法陣が浮かんで魔物が降っていくのを見てな。迷ったんだが、あんたやステラのことも気になったし、先にこっちに来たってわけだ」

「ホウオウ、めちゃくちゃ速かった」

「ははは! そうだろ! きっとキルテの鳥さんよりも速くて強いぞ!」


 確かに、キルテのぷぷちゃんよりも数段強そうだし使い勝手がよさそうだ。王宮に来てから具現化する余裕などなかったことに、苦く笑う。

 それにしてもソルが具現化魔法を使えるようになっていることにはキルテも驚いた。リアの家にいる間、使えるようになったら儲けものだとソルに具現化魔法を教えたが、全く習得できる気配がなかったのに。本当に、運を持っている男である。


「この土壇場で出来るようになるのが隊長らしいと言うか、ならもっと早い段階で出来るようになっていてくださいと言いたいような」

「ははは! すまん! いやあ~それにしてもそこの蛇はホウオウよりもデッカイな! 俺1人くらいなら丸呑みできそうだ!」


 ソルの言葉に、紅炎隊とリアの視線がシヨウに集まる。背伸びをしてキルテの耳に口を寄せたリアは、なぜか潜めた声で聞いてくる。


「あ、あの姐さん。もしかしてあの人が、姐さんの『好きな人』ですか……?」

「そうだ」

「きゃあっ、本当にそうなんだ!」


 興奮したように跳ねるリアは、シヨウも含めた周囲の人間の視線に顔を赤らめながら咳ばらいをした。


「ん、んん! 色々と姐さんに聞きたいところですが……その時間はないですよね」

「ああ、悪いが自己紹介は後にしてくれ。現状として王都に魔物が複数出現。それの主犯どもは既に逃走している」

「そうか! ところで、そこで寝ているのは誰だ? 敵か?」


 ソルが指さしたのは、床に寝かされたリリス。ソルは笑顔のままだが、その瞳は意識を失っているリリスを見定めるかのように鋭い雰囲気が宿っている。


「――この子は私の友達よ」

「……そうか! なら彼女も連れて行こう! 意識がないならホウオウに乗せて運べばいいからな! 王都にもホウオウで回ればいい! 手分けして魔物を狩ろう!」


 スカーレットの言葉に物騒な気配を即座にしまったソルはそう言った。切り替えの早い男である。面倒な説明が省けて楽だが。

 ソルの言葉に頷いたキルテは、シヨウを見た。


「――シヨウ、それでいいか」

「うん、でも僕はキルテさんについて行くからね。リウも移動に使えるし、君と離れるつもりはないから」

「好きにしろ」

「うん、好きにする」


 笑うシヨウに、キルテは近づく。そして、シヨウの首に手を添える。魔力を帯びた手で急所を触られたのに、シヨウはそれを笑顔で受け入れた。その反応は、キルテの考えがわかっているのだと暗に伝えている。


「でも、その前にやることがあるな」

「うん、そうだね。一思いにやっていいよ。君にされるなら怖いどころか、嬉しいから。むしろ興奮するかも」

「……変態だな」

「そんな僕が好きなんでしょ。あ、でもどうやるのかを見れないのは残念だな」

「フン」


 目を細めて自分の唇を撫でるシヨウに、キルテも目を細めた。シヨウの体に巡る魔力、頬の痣に宿る魔力を目に焼き付ける。呆れるほどに効率よく、無駄なく循環するそれらの流れを全て把握するように目に魔力を集中させる。


「――――安心しろよ。私は死神と呼ばれた殺し屋だぞ。一瞬で、痛みもなく地獄に送ってやるよ」


 そう言って、キルテはシヨウの首に治癒魔法を叩き込んだ。



 *



「ここが、地獄なのか……」


 男は、そう呟いて王都の夜空を見上げた。

 王宮の方角から光の柱が出現したと思ったら、時間をそこまで開けずに大量の魔物が空から降ってきたのだ。光る円形から降って来る魔物は、咆哮を上げながら地上に落ちてくる。

 酒場でグラスを傾けていた男の酔いは、完全に醒めてしまった。一緒に飲んでいた仕事仲間や他の客たちも皆空を見上げている。


「厄災だ。……本当に厄災が降ってきた」

「……なんだよ、それ」


 小さく聞こえた言葉に、男は店内を振り返った。呟いたのは、ここの店の主だった。彼は、男に聞かれるとは思っていなかったのか、ばつの悪そうな顔をしてから先ほどよりも大きな声で話し始めた。


「……同業者が酔って言ってたことがあんだよ。『1か月後に王都に厄災が降る。命が惜しければ店を畳んで田舎にでも引っ越せ』ってな」

「それが、今日のことだと?」

「…………わからん。あいつは酔った戯言だと笑ったが、妙な胸騒ぎが消えなくてな。そいつと最後に会った日から丁度1か月経ったのが今日だ。はは……こんなことなら店なんて放り出しゃ良かったんだ」

 

 頭を抱えて項垂れる店主に、周囲の客たちも静まり返る。もし彼の言う厄災があの大量の魔物を指しているのであれば、それを口にした同業者とは一体何者なのか。


「そんなこと……今さら言っても意味ないか」

「……なあ、あんたらは魔物狩りなんだろう? あの魔物たちも退治できるんじゃないのか」


 縋るようにこちらを見る店主に、男は黙り込んだ。

 確かに、男は魔物狩りとして生活をしている。周囲にいる数人も男と同業者、つまり魔物狩りを生業にしている人間たちだ。ギルドから出た特別報酬で飲み食いをしていたところに今回の事態だ。身に着けているのは最低限の装備だけで、あの量の魔物を相手するには心もとなすぎる。それはここにいる魔物狩り全員が言えることだろう。

 黙ったまま首を振った男に、誰も口を開かなかった。店主からの罵倒も、仲間たちからの否定の言葉も出なかった。それを言っても意味のないことなのだと、ある種の諦観と絶望が周囲に漂う。

 その空気を変えたのは、微かに聞こえた複数の声。


「……悲鳴、だよな」

「ああ……近いな」


 周囲の言葉に、男は腰の剣を抜いた。大仕事に持っていく特別ではないが、普段から使っていてよく手に馴染んだ相棒だ。だが――――。


「あの世への共には丁度いいだろ」

「兄ちゃん、まさか行くのか……」


 店主の言葉に、男は振り返る。店主だけではなく他の人間も、男と男の手にした剣を見ていた。


「……この装備じゃ何体の魔物を倒せるかわからないが、ここで死神を待つよりもコイツと共に戦って死ぬ方がマシだろ。あんたは、遠くに逃げろ。希望は薄いが王宮の騎士や軍が来るかもしれない」

「それはねえだろ。今頃王宮では自分たちがどう助かるか、しか考えてねえだろうからな」

「言えてる。なら、ここで人を助けるのも魔物狩りとしての職務のうちだろ」

「お前ら……」


 肩を叩いてくる彼らに、男は笑った。


「だな。もしかしたら、王国を救った英雄になれるかもしれないぞ」

「はっはー! そりゃい――――」

「――――おい?」


 男の頬に生暖かいものが掛かる。拭った手に付いたそれは、夜にもかかわらず鮮やかに男の目に映った。


「…………赤い、血?」

「ぎゃあああああ!?」

「ああ! やめろ! 助けてくれええ!」


 男が悲鳴に振り向くと、そこには店主の頭を鷲掴む魔物がいた。その魔物は、店主の倍以上の体躯に、背中から羽を生やしていた。人間に近い姿をした魔物の口元は、男の手に付いたものと同じ色がべったりと付いていた。口だけじゃない。店主を掴む手とは反対側の手も鮮やかな赤に染まっていた。それなのに、店主はどこからも血を流していない。


(なら、誰の――――)


 男が一歩踏み出した時、足に何かが当たった。その柔らかい感触とピチャリと鳴る音に、男は下を見た。

 ――――そこにあったのは、先ほど男の肩に腕を掛けた仲間の頭だった。


「いや、でも腕はここに――――」


 男の肩には未だ腕が乗っている。そうして振り返った男の目に入ったのは、首から上が無い男の体だった。血を吹き出すそれは、支えを失って後ろに倒れていく。周囲を見渡すと、血を流して倒れる仲間たちと客の姿。無傷の数人の客が、悲鳴を上げた。


「ああああ!? 誰か、誰かあ! 神様ああ! 助けてっ、助けてくれよ!」

「アーーーーーーーン」


 店主の頭を指2本で摘まんで空に向かって口を開けた魔物は、まるで遊ぶように声を上げながら店主を上下に揺らす。上がる悲鳴に恍惚とした表情で嗤っている。


(なんで、動かないんだよ)


 男は剣を握ったまま、身動きが出来ないでいた。そのことを不思議に思った男は、カタカタと鳴る音に目線だけを落とす。


(ああ――――俺は、恐怖で……動けないのか)


 その音の正体は、男の持つ剣が震える音だった。男の手は、絶えず震えている。気配もなく何人もの人間を殺した魔物。勇ましくも一歩を踏み出したところで、あっさりと死んでいった仲間を見て、男の脳が勝手に結論を出してしまった結果だった。


(もう、終わりだ。俺は――――死ぬ)


「あ、……ああ、…………か、神様」

「イヒイヒヒヒヒヒヒヒ」


 いつの間にか両足を嚙み切られた店主の声が男の耳に届く。けれども男は動けない。――――いや、動かなかった。


(ああ、来世があるならば、魔物と相対することのない……貴族か王族になりたいものだ)


 そう男が神に祈った時、男の周囲に空から光の粒が降り注ぐ。


「随分とイイ趣味をしてるじゃねーか。私も混ぜてくれよ――――」


 男の背後から、少し低めの女の声がする。魔物と同様に、男には女の気配を察知することは出来なかった。


「――――但し、首を落とされるのはテメエの方だがな」

「ギエアアアア――――」


 一瞬。一瞬だった。男の前に躍り出た女は、一瞬で魔物との距離を詰めるとその腕を振るった。白いドレスを着た女の袖が、白い線を描く。

 ――――そして、次の瞬きの時には魔物の首が落ちていた。


「あ……ああ! ありがとう! ありがとうございます!」

「礼はいらねーから、ジッとしてろ」


 白いドレスを着た女は、地面に倒れながら何度も礼を言う店主に向かって手を翳した。そして、先ほど同じ光の粒が店主に降り注ぐ。短い黒髪を風に靡かせた女は、周囲を見渡してから再び手を翳す。

 何をしているのかと男が考えていると、店主の興奮した声が聞こえてくる。


「な、治ってる! 俺の足が治ってるぞ!」

「お、俺の腕も……あの魔物に喰われたはずなのに」

「どうして……これはまさか、治癒魔法なのか?」


 男が周囲を見渡すと、倒れていた仲間たちの怪我も次々と治っていくのが見えた。皆、自分の体と首が落ちた魔物、そして血だまりに立つ白いドレスの女を見ていた。


(……あの光は治癒魔法のものだったのか)


 治癒魔法を使える人間は貴族でも多くない。貴族の中でも治癒魔法が使えるのは――――。


「聖女様……聖女様が、俺らを助けに来てくださったんだ!」

「あ、あれが聖女様……」

「確かに欠損した四肢が再生したぞ。……しかも、あの人数を同時にだ」


 店主の男を始めとして、彼女に怪我を治癒された人々が口々に言う。あれは聖女様で、神聖で高潔な人間だと。自分たちを助けに来た救世主だと騒ぐ。


(――――確かに、まるで神の御業のようだった)


 時が戻るかのように失われた体が再生していく光景は、降り注ぐ光も相まって神秘的だ。


「あ、あの聖女様! 彼が、彼が起きないんです! た、助けてください! お願いします」


 客として酒場にいた女性が、聖女に向かって懇願する。

 地面に座った女性の足の上には、男の頭が乗っている。――――その下には何もなかった。女性は男の頭部だけを膝に抱えて涙を流している。

 悲痛な叫びに、聖女の視線が女性の膝に注がれる。そして、先ほど魔物に言い放った声と同じ温度で告げた。


「――――そいつはもう死んでいる。死者は治癒魔法では治せない」

「で、でも! 貴方は聖女様なんでしょう!? だってこの人たちは皆治しているじゃない! それなのに、彼のことは治せないなんて……どうして」


 言い募る女性に、聖女がため息を吐く。聖女はドレスの裾を翻して、女性を見下ろした。舞う白の布は美しいのに、聖女の表情は冷たい。近くで聞こえる悲鳴が、魔物の咆哮が聞こえる。王都のあちこちで炎が舞い、魔法の光で夜空を照らしている。

 ひときわ大きく立ち上った火柱に、聖女の顔に影が出来る。その表情は聖女と言うには温度がなく、殺気とも言える闘気を自然にその身に纏っていた。


「――――救世主なんて、望むもんじゃない。そんな都合のいい存在なんて、いねーんだから」


 そう言った聖女は、女性の腕を取って彼女を立ち上がらせる。女性の膝から、首が転がる。そのことに気づいていないのか、女性の視線は聖女に縫い付けられていて首のことなど目に入れていない。


「生き残りたければ、自分で立って進め。救いを求めて、祈って、縋るのは止めろ。思考を止めるな。黙ったままでいるな。行動しろ。そうすれば、少しは強くなる。それを繰り返せ。どんな困難があろうとも、死を前にしても、あがき続けろ。そうすれば、いつか自分の望む強さを、自由を手に入れられるはずだ」


 ――――その言葉に、男は息を呑んだ。


(……いや、俺だけじゃない)

 

 おそらくその場にいる人間全員が、彼女の鋭く冷たい温度を纏う姿に畏怖した。

 そしてそれ以上に、涙が出そうになるほどの真っすぐで勇ましい言葉に、心を震わされたのだ。


「…………来たな」

 

 女性の腕を離した聖女は、通路の方を見遣った。そのすぐ後に、ズルズルと音を立てながら巨大な蛇が現れた。悲鳴を上げた客と、武器を構える魔物狩りたちを、聖女は手を挙げて制する。


「シュー」

「ああ、わかってる。早く戻らないと、あいつがまた変なことを言いだすからな」


 大蛇と会話をしているかのように言った聖女は、黒い鱗に手を掛けてその長い身に乗り上げる。黒い大蛇と白いドレスの聖女。正反対の組み合わせのはずなのに、1人と1匹が寄り添っている姿がなぜかしっくり見えた。

 背中を見せて去っていこうとする聖女に、男は思わず声を張り上げて尋ねてしまった。


「――――あんたは何者だ!? 治癒魔法で人間を治したその手で、魔物の首を狩り取るあんたは……俺たちに強くあれと、救いを求めるなと言うあんたは、一体何者なんだよ!」


 男の言葉に、聖女が振り返る。彼女の顔は数秒何かを考えるかのように顰められた後、答えが出たのかニヤリと頬を吊り上げて笑った。


「――――私は治癒魔法で殺して治す、殺し屋で聖女……のよーなもんだ」


 そして蛇が尾をバネの様にして跳ぶ前に、彼女はその黒い瞳を細めてこう言った。


「まあ要するに、強く自由に生きたいと必死にあがいている――――ただの人間だよ」

数多くの作品の中から選んで読んでくださり、ありがとうございます。

この話を読んだ感想や評価など「与えてやんよ」という方がいらっしゃいましたら、頂けると大変ありがたいです。小説を書く上での参考、糧にさせて頂きます。


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