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第18話 捨てるものだけでは掴めないものもある


 声を上げて泣くリリスに駆け寄り、スカーレットが彼女を抱きしめる。

 それを黙って見ていたキルテは、飛んでくる殺気の元へと視線を遣った。


「ガキがそんなに必死に殺気を飛ばすなよ」

「お前っ! クソッなんで動けないんだよ!? それに自分はガキじゃない! 記憶を思い出した自分はお前よりも年上で、強いんだからな!?」

「ああ、私の治癒魔法で干渉しているからな。お前と私の魔力は相性がいいみたいだ。それとその言い方は余計ガキっぽいぞ」

「はあ!? 何言ってるんだよ! 早く魔法を解けよ! クソ女ぁ!」


 刃を振り上げた状態で動きを止めた子供は、ガキらしくない剣幕で叫んだ。キルテはそんな子供を視界に入れたまま、もう1人動きを止めている人物に声を掛けた。


「で、お前は何故動かない。私の治癒魔法は効いていないみたいだが」

「よ~キルテちゃん、元気そうで何よりだ。あそこからどーやって逃げ出したんだ?」

「質問に答えろよ、クソ神父」

「おい! クソ女! 神父様に何て口を利いている!?」

「ははは~。今日も辛辣だなぁ」


 ケラケラと笑うエンジと、目を吊り上げて叫ぶ子供に、キルテは舌を打った。スカーレットとリリスの前に出ながら、問いを重ねる。


「チッ、話が進まねーから余計なことは口に出すんじゃねーよ。エンジ、お前は魔物化の事実を広めることと、この国の魔物化する人間――悪魔憑きを排除する。これを目的に行動していたのか」

「うん、その通りぃ。キルテにも協力をしてもらってたんだよ。おかげで多くの悪魔憑きの首を手に入れることが出来た」


 懐から煙草を取り出して咥えたエンジが、顎に手を当てて片頬を吊り上げた。

 既にわかっていたことだが、仕事とは言えど目の前にいるクソ神父へ協力していたことに腹が立ってくる。


「魔物化を広めて、お前はどうするつもりだ」

「全ては神がお望みの通りに、だよ。主は悪魔憑きの殲滅と、新たな人類の誕生をお望みだ」

「……新たな人類だと? なんだ、それは」

「お前なんかに話すわけねーだろ! クソアマ!」

「う~ん。ちょっと黙ってよーな、レイ」

「はい、わかりました! 神父様!」


 エンジの言葉に、即座に口を閉じた子供――レイ。彼女を見て呆れたように肩を竦めたエンジは、頭を掻きながらキルテを煙草を挟んだ指で指した。


「俺からもキルテに聞きたいんだが――――お前、本当に聖女の首を落とすつもりはなくなったのか?」

「……っ」

「リリスさん……」


 キルテの背後でリリスが息を呑む。そんな彼女の様子など、どうでもいいのだろう。エンジは冷めた目で彼女を見下ろした。

 スカーレットが我慢できずに扉を開いてしまったが、キルテたちはエンジとリリスの会話を途中から聞いていた。王太子の婚約者であり侯爵令嬢のスカーレットは、王宮のことにも詳しくてここまでの近道も良く知っていた。だからこそ、このタイミングで突入することが出来たのだ。

 スカーレットは、リリスの背中に手を当てて自身の魔力を送っている。しかし、リリスの様子を見るに送られた魔力もすぐに魔物へ吸収されている。このまま続ければ、リリスだけではなくスカーレットの魔力も尽きるだろう。


「俺と契約したよな? ――――100人の首を持ってきたら組織からお前を開放する。破れば罰が与えられるってな。それを破ってまで助ける価値が、そこの悪魔憑きにあるのか?」

「貴方、なんてことをっ――」


 言い返そうとしたスカーレットの頭を抑えてから、キルテはエンジを見上げた。


「別に依頼を失敗してはいけないなんて、契約にはなかっただろ」

「確かに。でもな~この国での仕事は終わったし、今日が殺しを仲介する最後の日なわけだ。なら、ソレを殺すしかないよなあ? 死神キルテ」


 立ち上がってカソックの裾を叩いて埃を払うエンジ。キルテはその姿を見ながら、今回の依頼を受けた時のことを思いだした。

 

『組織から早く離れて自由に、そして世界を見て回りたい』


 その気持ちは今でも変わっていない。むしろ、自由になりたいという気持ちは大きくなっている。後ろにいるリリスを殺して、首を差し出せばエンジはキルテを開放するだろう。あれは、神に誓った契約を決して破らない男だ。そうじゃない約束は平気で破る男でもあるが、これまでの経験からそれだけは言える。

 目を赤くしてこちらを見上げるリリスに、キルテは視線を落とした。


「ちょ、ちょっと死神キルテ、貴方まさか――って、いったああぁ!? 何すんのよ!?」

「お嬢こそ、まさかってなんだよ。私がそんなに冷酷無慈悲な人間に見えんのかよ」

「え、見えるけど」

「2発目をお望みとは、お嬢も中々な趣味をしてるな」

「ああ! やめてよ! ごめんなさいってば!」


 スカーレットの赤くなった額にもう一発入れてやろうとしたキルテだったが、片腕でガードされてしまったので手を下ろした。キルテだって、別に心を失っているわけではない。殺し屋として割り切ることもあるが、誰かを殺したいから殺しているわけではないのだ。殺すべきではないと、殺したくないと思うことはある。


「あの……キルテ、さん」

「そーいうことだから。お前も私の後ろにいろよ、リリス。大人しくお嬢の魔力を貰ってろ。お嬢はそれなりに魔力が多いからな。それなりに」

「それなり、それなりってうるさいわよ!」

「ふん、まだ余力があるようでなによりだ」


 戸惑うリリスにそう言い捨てて、スカーレットを鼻で嗤ったキルテは再び前を向く。エンジは無表情に、関心がなさげにこちらを見下ろしていた。


「聞いていた通りだ。リリスの首は落とさない」

「ふ~ん。ほんとに変わったなあ、キルテ。お前の誰にも心を開かない所を気に入っていたのに」

「都合がいいと思っていた、だろ。他人のことなんてどうでも良いと思っているくせに」

「ははは……本当に酷いな」


 低い声で笑いながら階段を上ったエンジは、玉座に座る魔物の胸に貼っていた札を剥がして放り投げる。途端、魔物から強大な魔力が噴き出す。ビシビシとひび割れる玉座に、揺れる王宮。

 そして、背後からリリスの悲鳴が上がった。

 

「っ、あああああ!?」

「リリスさん!?」


 胸を抑えてうずくまるリリスに、スカーレットが驚き声をあげた。今度は痛みに涙するリリスの背をスカーレットが必死に抱きしめ出力を上げて魔力を送っているが、効果は薄いようだ。

 そんな中、エンジの冷めた声が投げ落とされる。

 

「ははは。リリス、お前にはもうその力は要らないだろ? だからこの憐れな元王様に譲ってやってくれよ。仮にも同胞を導き救う聖女だったんだ。それくらい、やってくれるよなあ?」


 リリスの魔力が玉座に座る魔物へと吸収されていく。リリスの首元で光るそれが魔力を奪う起点となっているようだ。それに気づいたキルテは膝をついて首飾りに手を伸ばすが、触れる前に弾かれてしまった。


「あ~その首飾りを無理やり外そうとしたらリリスの首が飛ぶぞ。周りも巻き込んでな。魔力を全て奪われれば治癒魔法だって効かない。魔力が馴染むまでコレも暫く動けないが、それもそんなに時間は掛からないだろ~な〜」

「そんなっ……リリスさん!」

「……なら、完全に馴染むまでに術者のお前を倒せばいいだけだろ」


 キルテが立ちあがりながら目を細めると、エンジは顎を擦りながら片頬を吊り上げた。


「キルテ、もう忘れたのかあ? ――――お前は、俺にただの一度も勝ったことがねえってこと」

「いつの話をしてるんだよ。ガキに勝ち越していたことを誇るのは結構だが、他人から見りゃ滑稽だぞ。もう少し神父らしく慎みを持った方がいいんじゃねーか?」

「言ってくれるねえ~」


 煙草を放って両腕を後ろで組んだエンジは、首元の十字架を揺らしながら階段を下りる。揺れるたびに音が鳴る十字架に、魔力が宿る。キルテの目の前までやって来たエンジは、肩を竦めながら言った。


「――――じゃ、仕方がない。慎みを持って弱きものに、本物の強さというヤツを教授してやろう」

「勝手に言ってろ。お前に教わる強さはねーよ。変態似非神父」


(――――先手必勝だ)


 一瞬の間の後、微笑んだエンジへキルテが強化した右拳を叩き込む。体中で練った魔力を右腕に集中させて放った拳だ。仕留められずともダメージを与えられると踏んだキルテだったが――――。


「――――う〜ん、初手で顔面狙うとか相変わらず容赦ないな〜」

「……チッ、防いでおいて何言ってんだよ」


 キルテの拳は、紙一枚分エンジの顔に届くことなく止まっていた。そのことを確認したキルテは、すぐさま後ろに跳んで距離をとる。変わらず両腕を背中に回したままのエンジが、笑いながらその様子を見ていた。絶好のカウンター機会をみすみす逃した男に対して、再び舌を打つ。


 (それだけ、自分の方が強いと言いたいのか)


 キルテは、魔力を目に集中させてエンジを見た。彼の全身を覆っているのは、薄い魔力の層だ。魔力量はそれほどでもない。しかし、その密度が異常だ。普通の防御魔法ではあの魔素列には決してならないはずだ。


「…………結界か」

「大正解。体に結界を纏わせてんだよ、これ。だってこの方が魔力量も少なくて済むし、スマートだろ?」


 確かに、自分を含めた空間を指定して結界を張る方が必要な魔力量は大きくなる。自分の体に沿って展開すれば、大きく空間を切り取るように展開するよりもずっと魔力を抑えられる。

 言葉にするのは簡単だが、それを実行するのは難しい。そもそも結界を自分の好きな形に安定して展開するのも容易ではない。加えて結界に組み込まれた魔素列は、キルテが魔力を流し込める余地がないほどに密度が高い。あれほどの密度で展開されればそれに干渉して塗り替えるのにこちらの魔力を大量に持って行かれてしまう。


(――――ならば、やはり体術で押し通す!)


 キルテは踏みしめた足に魔力を巡らせる。そして爆発的な推進力を持ってエンジの目の前に肉薄した。体勢を低くしてエンジの懐に飛び込んだキルテは、その勢いのまま拳を下から振り上げる。結界に阻まれたそれを滑らせるようにして体勢を変え、今度は回し蹴りでエンジの首を狙う。


「おいおい、ほんとに殺意高いなあ~。当たってねえけど」

「は、なせ!」

「はいはい。そんなに言うなら離してやるよ」

「……っ、――――――かはっ!」


 放った首への攻撃は、結界越しでエンジの手に足首を掴まれたことで阻まれた。振り上げた足を自分で引き抜く前に、キルテの体はエンジに投げ飛ばされる。飛ばされたキルテの体が柱に叩きつけられた。

 息を詰まらせたキルテの耳に、スカーレットの叫び声が届く。


「っ、死神キルテ!」

「キルテ~治癒魔法を俺へ使えないお前に、俺は殺せねえよ。お前は自分を治癒できるが、俺はお前の攻撃を受けない。でも、魔力はいずれ尽きる。お前の治癒と俺の結界。どっちが優位にあるか、優秀なお前ならわかるよなあ?」

「…………それで、私がはいそうですかと諦めると思ってんのかよ」

「思ってねえから、こうして忠告してやってるんだよ」


 治癒魔法を自身に掛けてから、キルテは再び立ち上がり加速した。拳で叩き、足を振り上げ切り込むように攻撃を重ねる。

 それを全て受け流し、的確に反撃を入れ込んでくるエンジ。そもそもキルテの攻撃は結界1枚に阻まれて届いてすらいない。はたから見れば組み手をしているように見えるだろうが、その実ダメージを負っているのはキルテのみだ。傷を負うたびに治癒魔法を回しているが、相手にダメージを与えられないならキリがない。


(もっと、もっと速度を上げろ。こいつが処理できない速さで動け――――!)


 キルテは治癒魔法に魔力を回すのを止め、強化に全て注ぎ込む。拳の速度が上がる。エンジの攻撃をそれがキルテに届くよりも速く察知して受け流す。掠った拳や突きに傷が増えて血が流れるが、キルテはそれらを無視した。


(探せ。結界の綻びを――――魔力の薄い箇所が必ず出来るはずだ)


 いくら結界の扱いに長けたエンジと言えど、攻撃を捌きながら常に一定の魔力を全ての箇所に送り続けるのは至難なはずだ。実際にキルテの目には、攻撃を受ける箇所の魔力が厚くなっているのがはっきり見えていた。


(っ、ここだ――――――!)


 エンジの死角となる位置でブーツの側面に付いた装飾を触る。そしてそれを引き抜いた勢いのままエンジの首を撫でるように振るった。

 手にしたもの――ブーツへ仕込まれていたナイフでの攻撃は結界に防がれる。


(それでいい。お前ならこれにも反応すると思ってた)


 下段から斜め上に振るった軌道のまま、手にしていたナイフを手放す。エンジの視線が、宙を飛ぶナイフへと注がれる。

 ――――その隙を、キルテは決して逃さなかった。


「――――――ぐ、は!」


 キルテの拳が、エンジの鳩尾にめり込む。瞬間的に首の結界に魔力を多くしたかわりに、他の結界が薄くなっている。拳に魔力を集中させ、一点に全てを叩き込んだ。

 ――――結界に、穴が開く。それを確認したキルテは、全身の力を拳に乗せてその拳を思い切り振りぬいた。


「――――神父様あぁ!」


 レイの悲鳴が響き渡る。治癒魔法を警戒して、キルテは彼女の魔素列を犯す。駆け寄ろうとしたレイが、ピタリと動きを止めてから再び吠える。


「またかよ!? クソ女、外せ! 殺してやる! その首斬り落としてやる!」


 キルテに向かって叫ぶレイを無視して、エンジが吹き飛んだ方へ視線を向ける。

 柱数本に当たりながら壁に激突したのだ。動けない程度にはダメージを負っているはずだ。

 

「…………けほっ。そんなに喚かなくていいぞ、レイ」

「し、神父様! お怪我を」

「ゲホッ、ペッ…………ああ、久しぶりに血を流したなあ」

「ああ! すみません! 自分が、治癒魔法を使えたなら――」

「……レイ。お前の強みはそこじゃねえだろ~。気にすんな。それよりその拘束をどうにかしろ。お前なら、出来るだろう?」

「し、神父様!」


(聖女候補、なのに治癒魔法が使えないのか? まだ幼いからか、それともそういう性質なのか)


 腹部を抑えて血を吐くエンジが、レイに向けて手を掲げて彼女を制止して立ち上がる。口の中の血を吐き捨てて、キルテを見遣った。突き破ることはなかったが、感覚的に内臓は破壊した。普通に立っていられる怪我で済んでいないはずなのに。エンジはいつもの軽い調子でキルテに笑いかけた。


「や~さすがは、死神様。油断はしてなかったつもりなんだけどなあ」

「…………腹を突き破るつもりで振りぬいたんだがな」

「途中で結界を張り直さなければヤバかったかもな。いやあ~成長したなあ。あの生意気なガキがなあ。今も生意気だけど」

「お前、」

「ところでキルテ」


 何をしたのか。そうキルテが問いかける言葉を遮るように、エンジが口を開く。


「お前が俺に集中してるのは嬉しいがなあ。――――俺にかかりきりでいいのか?」


 その言葉に、キルテは弾かれたように顔を上げて振り返る。エンジに集中していた視界を広げる。

 そこに映ったのは、玉座で口を大きく開く骸骨の魔物と、急速に集まる大きな魔力。ただ大きいだけではない。その魔力に混ざる禍々しい気配。聖樹の根源で感じたものと同等の気配を感知して、全身の肌が粟立つ。

 ――――魔物が口を向けている方向にいるのは、未だ痛みで呻くリリスとそれに寄り添うスカーレットだ。


「殺すことは得意だろうがなあ。――――人を助けることは門外漢、だろう? なあ、死神キルテ」


 その言葉を認識するよりも先に、キルテの足は地を蹴った。



 *



「キ、キルテ! 貴方――」

「あ、ああっ……ご、ごめんなさいっ。わた、私があんなこと、未来を、望んだからっ!」

「っ、リリスさん、落ち着いて」


 背中が、酷く熱い。まるで炎で絶えず焼かれているようだ。短い間だったが、意識が飛んでいたらしい。腕の中にいる2人を見て、息を吐いた。

 ピチャリ、と床に落ちる赤い雫を見る。雫は絶えず落ちて2人の顔や服を濡らす。紅いドレスを身にまとったスカーレットはまだいいが、白を基調としたドレスを着るリリスのドレスは汚れが目立って仕方ない。


「…………悪い。もう少し、大きく口を開いてくれ……」

「ちょっと喋らないで、早く魔法を」

「――――お前らの声が、聞こえね……んだ」

「……!」


 息を呑んだ様子のスカーレットと、顔を歪めたリリスが視界に映る。込み上げてきた血を吐き出したキルテに、2人の瞳に涙が浮かぶ。そんな顔をするなと、そこまで軟じゃねーと口に出そうとしたキルテだったが、その言葉が口から出ることはなかった。


(ジェイドの服でも防ぎきれなかった。…………いや、これがなければ私は死んでいたな)


 キルテの背中は魔物から放たれた黒い閃光によって焼かれ、肉は抉られ骨も溶かされている。衝突の際に強化魔法で自身の体を守ったが、それだけでは足りなかったらしい。ジェイドのコートを被らせたスカーレットとリリスの上から覆いかぶさり、うろ覚えの防御魔法を展開したが、それが上手くいっただけでも上出来だ。


「お~まさか、守りきるとはなあ! 凄いじゃねえか、こりゃあ死神の名は撤廃するかあ?」

「…………く、そが」

 

 キルテの耳は、怨念と怨嗟に犯されている。

 おそらく先ほどの攻撃には魔物たちの思念が宿っており、攻撃した相手をその底知れない憎悪と恐怖で心も犯すのだろう。キルテが未だ正気を保っていられるのは、同じものを既に何度も経験しているからに過ぎない。治癒魔法を使おうにも、2人への防御魔法と自身への強化に使ったせいで魔力不足だ。残りかすをかき集めて治癒を試みるが、命を繋ぐだけでも手一杯の有様だ。

 肉体の痛みと怨嗟による声に顔を歪める。血だけではなく、抉られた肉体から魔力も流れていく感覚がする。両耳のすぐそばで金切り声が絶えず響くのに、エンジの声だけがハッキリと届く。それに心の中で舌を打つ。


「キルテ、お前はやっぱり特別なのかあ? 元王様は()()を喰らってす~ぐに狂って魔物化したのになあ! んで、なった魔物の姿がアレだぜ? 永遠の命を欲しがっていた奴が早く殺してくれ、助けてくれって頼むのも可笑しかったが、人間やめてなった姿が骨、だぞ? ははは、笑えるなあ」

「っ、私の魔力を渡すわ! それで治癒しなさい!」


 何かを叫びながらキルテに自分の魔力を流し込もうとするスカーレットを、彼女の手を払うことで拒否する。払う、と言っても力が入らくて触っただけだったが。


「いら、ね……よ。そっち、に……しゅーちゅー、しろ」

「でも!」

「……スカーレット様、私はいいので――っ、うぐ!」

「リリスさん! っ、どうすれば……死神キルテ、私も戦うわ! だから離しなさい!」


 キルテの下で動こうとする2人を震える腕で抱きしめる。リリスも、スカーレットも魔力がほとんど残っていない。怪我をしていないスカーレットは死にはしないだろうが、魔力を強制的に吸われ続けているリリスは命が危ない。ただ魔力を吸われるだけではない。魂にも干渉されているのかもしれない。そうなったら先にあるのは、死のみだ。


(ああ、クソ。私1人だったら……お嬢を連れてきたのが間違いだったのか? そもそもリリスを最初に捕まえていれば……そうしたら私はリリスの首を落としたんじゃねーのか)


 泣いて暴れる2人をキルテは抑え込む。ボロボロのキルテに抵抗できないことが、彼女たちが魔力を使えない、か弱い女であることを示している。


「だまって……まもられて、ろってんだろ」

「そんな体でっ! 何が出来るって言うのよ!?」

「――――本当にその通りだなあ。もう一発ぶち込めば、3人揃って仲良く犯され焼かれて一緒に死ねるぞ。ほら、元王様も同じ目に遭わせる人間が少しでも多い方がいいって言ってるぞ」

「アア、アアアアアァアア……」

「なあ、聞こえるだろう? キルテ」


 エンジの問いに、キルテは答えない。背後で再び大きくなる魔力に、2人へ防御魔法を展開する。それを感じたのか、スカーレットの顔が悲痛に歪む。リリスはもう、意識があるかも怪しい。

 キルテは彼女たちを出来る限り強い力で抱きしめた。キルテの大きな体は、女性らしく華奢な彼女たちを纏めて腕の中に収めることが出来る。


(――――守ると、決めたんだよ。ここで逃げるわけ……諦めるわけが、ねーだろうが)


「…………ああ、そうかよ。じゃ、仲良く死んでくれ。来世ではまともな人生を、自由を手に入れられればいいな。お前の代わりに俺が神に祈っておいてやるよ」


 エンジの低い声が届く。その声が聖堂での時と違うように聞こえたのは、気のせいだろう。

 キルテの中には確かに、自由になりたいという思いは存在する。けれど、それを掴むためにリリスやスカーレットを切り捨てようとは思わなかった。聖女を殺すという依頼を自分の選択で覆したのだ。その選択を後悔しないために、キルテは進むのを諦めることはない。

 自由のために、ただ首を狩る。それでは殺し屋としての自分に、囚われたままだ。


(それこそ、自由とは言えねーだろ)


 キルテは、自分の魂をイメージして魔力を練り上げる。無理に出力した魔力に、体中が悲鳴を上げている。しかし、キルテはそれに構わず魔力を迸らせる。2人を覆った魔力と、魔物の発する悍ましい魔力が接触する。ただ魔力を垂れ流している状態なのに、既に押し負けそうだ。


(……この魔力、なんだ? 魔物のものじゃねーよな)

 

 歯を食いしばって魔力を発するキルテの感覚に、骸骨の魔物とは違う魔力が触れた。殺伐とした戦意を感じるのに、魔物の魔力とは違いどこか暖かさも感じる魔力だ。

 キルテがその魔力に気を取られた瞬間、魔物の咆哮が王宮を揺らした。


「グオオオオオオオオオオオォ!!!」

「く、そ!」

「きゃあっ!」


 迫る閃光にキルテは、スカーレットとリリスを押し倒して全身で覆いかぶさった。

 床を抉り進む閃光を肩越しに見たキルテは、最悪な結末を思い浮かべては無理やり打ち消した。

 このままではエンジの言った通り、3人揃って消し炭になる。

 消しきれないその未来にキルテが、顔を歪めた――――――。


「ウガアアアアアアア!?」


 ――――――その時、何かが壁を突き破って玉座の間に入って来る。

 壁が壊れた衝撃で、王宮全体が揺れて瓦礫が飛び散る。侵入してきた黒いナニカは、その巨躯で壁をぶち破った勢いのまま魔物に突っ込んだ。そのおかげで黒い閃光はキルテたちの方ではなく天井へと向かい、王宮の天井と屋根を吹き飛ばす。

 空へと消えた魔力の塊を、キルテはどこか夢を見ているような心地で見送った。腕の中のスカーレットは、言葉が出ずとも口を大きく開けて夜空を見上げている。その口を閉じてやってから、キルテはふらつく体で何とか立ち上がり、侵入してきた()()を見遣った。


「……蛇、か?」


 侵入してきたのは、巨大な黒い蛇だった。この玉座の間で一番大きい柱よりも太い胴体に、黒い鱗が魔力を帯びて鈍く光る。黒蛇はその頭で吹き飛ばした魔物へ、今度は尾を鞭のようにしならせて振るう。


「ギャギイギギギギイギギ!?」

「シュ、シャーーーッ!!」


 威嚇音を出しながら魔物を甚振る蛇に、キルテは目を奪われた。大きな体を器用に使い、魔物だけでなくレイやエンジをキルテたちへ近づけないように牽制も行っている。時折、こちらを見る金色の瞳を、キルテは知っている気がした。


「まさか――――」


 もっとよくその魔力を見ようとしたキルテだったが、限界だったのか激しい頭痛と共に視界がブレる。可笑しいくらいの速さで心臓が暴れる。全身が震え、制御もままならず体から魔力が流れ出し、足の力が抜ける。

 そして、キルテはそのまま崩れ落ちるように倒れる――――――はずだった。


「お前……どうして、」


 キルテを支える大きな手。特徴的な帝国の民族衣装。黒い長髪は魔力のうねりによって背中で揺れている。ふわりと香るのは茶葉の匂いと、少しばかりの汗の匂い。

 自分の体を抱きとめた人間の香りを、もう既にキルテは知っていた。

 

「…………またお前に助けられてしまったな、シヨウ」

「………………」


 倒れるキルテを抱きとめるように支えるのは、シヨウだった。金色の瞳と、頬の痣が魔力の巡りで光る。腕を掴むシヨウの冷たい手に力が込められた。痛くはないが、両腕でしっかりと囲うシヨウに修道院でのことを思い出す。あの時と違うのはシヨウの様子だ。手と金の瞳はキルテを離さないのに、シヨウは一言も喋らない。

 そのことに焦れたキルテが口を開く前に、シヨウに話しかけた者がいた。


「やあ~貴殿にはお会いしたいとずっと思っていたんですよ。今日ここに来るとは予想していましたが、随分と派手なご登場ですね。おかげで星を楽しめるようになりましたが、その代わり()()はもう使い物になりませんね」

「………………」


 エンジが指さす魔物は、黒蛇に絞めあげられて震えている。あれだけ周りに纏っていた怨念たちも小さくなっている。先ほどまで魔物を甚振り、大暴れしていた黒蛇もエンジへと視線を投げる。その目はいつでも狩れるぞと伝えているかのように冷たく、鋭いものであった。


「そんなに睨まないでくださいよ。そこまでキルテのことがお気に召したんですか? 貴方のお立場なら、女なんて選び放題だろうに。どうしてわざわざキルテを選ぶんです? まあ顔は整っていますがね。そこらの騎士や傭兵よりも男勝りというか。可愛げのない女ですよ?」

「…………貴様には、関係ない」


 シヨウの声に、キルテは目を見開く。彼の声が今まで聞いたことがないほどに温度がなく、殺気を纏ったものだったからだ。そんなキルテの感情を置き去りに、2人の会話は続く。


「関係はありますよ。私は、この国で教会の目的を果たさなければいけませんからねえ。その目的のために貴方の介入は最小限にしたかったんですが。2重で王国に招待したり、面倒な小細工もしたんですがねえ。今夜も素敵な方が貴方の元へ訪れたはずです。中々現れないので、てっきりお愉しみかと……」

「………………」


 言葉は普段よりも丁寧だが、煽るように喋るエンジ。それに対してシヨウはやはり答えない。その反応にわざとらしく肩を竦めて眉を下げ、エンジは大きくため息をついた。


「はあ~だんまりですか。それともキルテに対しての言い訳でも必死に考えているんですかね」

「……言い訳?」


 キルテの呟きが聞こえたのか、シヨウの手がピクリと動く。そして眉を寄せながらキルテを見下ろすシヨウの口が開くよりも早く、エンジの声が玉座の間に響いた。


「第一王女との逢瀬は、愉しめましたか? 帝国将軍、シヨウ殿。いや…………帝国皇帝の腹違いの弟である――――イアン皇弟殿下?」

数多くの作品の中から選んで読んでくださり、ありがとうございます。

この話を読んだ感想や評価など「与えてやんよ」という方がいらっしゃいましたら、頂けると大変ありがたいです。小説を書く上での参考、糧にさせて頂きます。


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