第14話 恋は盲目、よりも怖いものがある
キルテは、持っていた日記を閉じた。そして顔を上げると、キルテが読み終わるまで好きに寛いでいた連中を見渡す。
「……お前ら、全員読んだのか?」
「ええ、読んでしまいました。ただの妄想か空想かとも思ったのですが、キルテさんの話を聞いてしまっては……。そう切って捨てることは出来ないでしょう」
シザがため息まじりにそう言う。他の人間からも声が出ないということは、皆日記の話が単なる物語ではないと思っているのだろう。説得する手間が省けたと喜ぶべきか、そんな簡単に信じるのかと疑うべきか。
キルテは首を傾げる。1つ、紅炎隊には確認しておきたいことがあったのだ。
「……お前ら、自分のとこの副隊長が何者かは知っているのか?」
キルテの突然の質問に、彼らは顔を見合わせた。
「副隊長……ステラさんのことですか? 彼女が何か……」
「どんな人間だ?」
重ねて問うキルテに、彼らは少し困惑しながらも口々に語る。
「ステラは馬鹿隊長と幼馴染の女魔法師だ。俺たちが束になっても敵わんくらいの魔法技術がある奴だな」
「うん、ステラねーちゃんは凄い」
「苛烈」
「まあ確かに苛烈とも言えますが……。副隊長は隊の運営や資金繰りを管理している優秀な方でもあります。隊長が苦手な部分はほとんど副隊長が担っていますしね」
キルテは彼らの言葉に頷いてから、先ほどから黙り込んでいる男に視線を向ける。
「ソル、お前からは何かないのか」
キルテの問いに、他の人間たちの視線もソルに集まる。その視線をいつも通りに笑顔で受け止めたソルは、大きく口を開けて言った。
「ああ! ステラは俺の幼馴染で俺が好きな女だ!」
「え! あの噂の幼馴染さんが副隊長さんなんですか!?」
ソルの答えへ一番に反応したのは、静かにキルテと紅炎隊のやり取りを見ていたリアだ。自然と自分へと集まった視線に、頬をわずかに染めて口を手で覆った。
「そういうことじゃねーよ」
「じゃあ、どういうことなんだ?」
(……本当に知らないのか?)
キルテは、シヨウに頼んで調べてもらった情報を脳裏に浮かべながら頭を掻いた。今言わなくてもいいのではないかと一瞬思ったが、それでは後でバレた時がめんどくさい。キルテはそう結論付けて再び口を開いた。
「お前たちの副隊長――ステラ、だったか? そいつの本当の名前はスカーレット。スカーレット・ズワールト。ズワールト侯爵家の御令嬢だ」
キルテがそう言った一瞬後、驚きの声が上がる。本当に何も知らなかったのか、とキルテはため息を吐いた。
そもそもキルテがシヨウに調べるように頼んだのは、監獄で燃える炎のような髪を持つ少女と聞いて思い浮かべた人物がいたからだ。王立学園に成績優秀だが、杖を使わない侯爵令嬢がいる。そしてその令嬢は見事な紅色の髪を持っている。……という話をエンジから聞いたことがあったのだ。ちょうどシヨウと杖について話をしていたこともあって、その侯爵令嬢と副隊長について調べてもらったのだが。
「スカーレットは王立学園に通う侯爵令嬢で、聖女や王太子たちと同学年。さらには王太子の婚約者でもあるそうだな」
「あ! 確かに王太子には侯爵令嬢の婚約者がいると……。それにソルさんも幼馴染さんには婚約者がいるって」
「そもそも平民に婚約者はいねーだろ、普通」
「……言われてみりゃ、そうだな」
「いや、副隊長の言い方からして冗談というか。隊長とのじゃれあいの範疇なのだと思ってたんですが……」
リアだけでなく、クロザとシザも困惑した表情でソルを見る。喋ってはいないが、ユラとジノもソルの答えをじっと待っている。
彼らの視線を笑顔のまま受け止めたソルは、あっけらかんと答えた。
「ああ! ステラは確かにスカーレットで、貴族令嬢だぞ! 婚約者がいるというのも合っている! まさか相手が王太子だとは思ってなかったがな!」
その言葉に、一瞬室内に静寂が訪れる。しかし、それもすぐに崩れた。
「この馬鹿隊長! なんで俺らに黙ってたんだよ! 馬鹿なのか? ああ、お前は馬鹿だったな!」
「ソルにーちゃん、貴族と幼馴染で両片思いとかすご〜い。……え、ほんとに? ステラおねーちゃんお姫様なの? 俺、お姫様に寝かしつけられたり、丸洗いされたりしたの? え? 俺、死ぬ?」
「ユラくん、しっかりして! 姫ではないんじゃ……いや、王太子と婚約しているんだから間違いではないんですかね!?」
「どちらにせよ、一介の魔物狩りと一緒にいることを許される方ではないということですね。あの知識と技術、そして武術は出自を考えれば納得です。西の侯爵家ズワールトは武家で、代々優秀な騎士や軍人を輩出しているらしいですから。ただのお嬢様、とも違うのでしょう」
「マジかよ……」
過去を思い返して困惑してふらつくユラとそれを支えるリア。目を細めて納得したように頷くシザと頭を抱えるクロザ。彼らは、反応は多少違えど紅炎隊の副隊長が侯爵令嬢だという驚きの情報に目がいっている。
(だが、重要なのは――――――)
「――――重要なのは、ステラも魔物化する可能性があるのかという点」
低い声が妙に部屋に響いて聞こえた。その声の主へと視線が集まる。視線の先にいる男――ジノは無表情のままに続けた。
「魔物化する可能性があるなら、それを防ぐ手立ても考えずにキルテに手を貸すのは反対だ」
「……確かに」
「そうですね。ジノの言う通りです。副隊長が魔物化して、僕たちが狩らなくてはいけない。なんてことは御免ですし」
「てゆーか、ジノにーちゃんがこんなに喋ってんの久しぶりに見た〜。俺、びっくり〜」
ユラの言葉に激しく頷くリア。キルテも言葉や態度には出さないが、リアと同じく突然喋り出したジノに驚いた。
(ふつーに喋れるなら、何でいつもはあの喋り方なんだ)
「はは! ジノは別に喋れないわけじゃないぞ! ただ声として言葉を出すのが少し苦手なだけだ!」
「……ソル、俺のことはいい」
「隊長、あなたは副隊長が貴族令嬢であることを知っていたんですよね? なら何故キルテさんの依頼を受けようと? 聖樹を燃やすということになれば、副隊長も危険に晒されます。それを承知で受けると言うなら、その理由をしっかりと話してください」
笑うソルにジノが首を振り、シザが問いかける。
シザの問いは、キルテも疑問に思っていたことだ。ソルの言葉からしてスカーレットは彼にとっての大事な人間なのだろう。その人間を失うかもしれないというのに、ソルは何故笑っていられるのだろうか。
「う〜ん。逆に俺は何でみんながそんなに深刻になっているのか、わからないんだが」
「……隊長、流石にそれは」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが。話を理解することすら出来なかったのか!? このままこいつに協力すれば、ステラは魔物になっちまうって言ってんだよ! 戻す方法なりがわからなけりゃ、最悪の場合は、俺たちの手で殺さなきゃかもしれねえんだ!」
クロザが大声で責め立てるかのように叫ぶが、ソルは首を傾げただけで少しも動じていない。
「いや、だからさ。確かにステラは貴族だけど。魔物にはならないだろ?」
「はあ? そりゃ、どういう――」
「魔物にならないと、お前は確信しているのか」
クロザの言葉を遮って、キルテがソルに問う。ぐるりと首を回してキルテを見たソルは、得心が言ったかのように大きく頷いた。
「おう! だからさっきからそう言ってるだろ!」
「何故そう言い切れる」
「俺、魔物化する人間っていうの。何となく気配でわかるから!」
胸を張ってそう言うソルにキルテはため息を堪えて続きを促す。
「……それは、魔物化した人間を知っているということか」
「いや、実際に魔物化したところを見たわけではない! ただ見たことのある貴族は皆魔力の感じが違うんだ。おそらくあれが、魔物化する人間の魔力だ!」
「それはどんな魔力だ」
「う〜ん。ぐるぐるするというか、モヤモヤするというか。とにかくそんな感じだ!」
「……お前にしかわからない感覚があることだけは分かった」
おそらく、ソルもキルテのように魔力感知能力が高いのだろう。ただ視覚とは違い、ソル独自の感覚で魔力を把握している。対峙するだけで魔力の質のようなものがわかるのだろうか。詳しくはわからないが、魔物化する人間を見極めるのに最適な能力であるようにも思える。
(本当に見極められるのであれば、だが)
「お前の感覚ではスカーレットは魔物化しないと?」
「ああ! 魔物化しそうな人間の魔力は魔物のそれに近いんだ。人によって濃さは違うけど、濃いほど魔物に近い人間ってことなんだと思う! だからステラは大丈夫だし、キルテにも協力するぞ!」
ソルの笑顔に他のものたちは安心したように息を吐いた。しかし、キルテは未だ眉を寄せたままだ。キルテだって魔物と人間の魔力の違いはわかる。けれど、魔物化する人間とそうでない人間の魔力の違いまで把握することは、少なくとも今は無理だ。
「お前が魔力の質のようなものを感知できるなら、私の魔力はどんな風に見えてる」
「キルテの魔力は……そうだな。すごく魔力が体に馴染んでいる感じがする! どこまでも自由で、強気な感じだ! この中では俺やリアの魔力も体に馴染んでいるが、キルテには全然敵わないな!」
「ア、アタシですか?」
「おう! リアの魔力は少ないけど、イイ感じだぜ!」
「ええ、どゆことですか……」
よくわからない……と言うリアに、俺も詳しくはわからない! と答えるソル。彼は紅炎隊のメンバーの魔力の特徴とやらも話していく。それを聞きながらキルテは、手を顎に添えて考える。
(……ソルは魔力で人間を見極めることが出来る。それはアイツ独自の感覚だから確かなことは言えない。言えないが、私の魔力に関してもエンジが言っていたことと一致している。もし、本当に魔力の特質で『それが誰か』がわかるのなら。あいつは――――)
「おい、ソル――」
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー」
キルテがソルに声をかけた時、ドアをノックする音と共に外から声が聞こえてきた。部屋の外、いや家の外から聞こえた声に皆が視線を交わす。
「リア、知り合いか?」
「いえ、知らない人の声ですね……」
「おい、シザ」
「ええ。2人で様子を見てきますので、皆さんはここで待っていてください。隊長も、大人しくしててくださいね」
「おう! わかった」
「本当にわかってるんだか……」
「いつものことでしょう。行きますよ」
そう言って部屋を出て行ったクロザとシザ。他の人間は黙って部屋で待っていたのだが、そう時間もかけずにシザだけが部屋に戻ってきた。
「シザさん、どうでしたか?」
「いたのは少年1人だけです。彼が言うには自分はキルテさんに会いに来たと。彼はあなたと知り合いだとも言っているのですが……」
「少年? どんな奴だ」
「銀の髪に碧い目を持つ少年です。とても容姿が整っている子でした。敵意などは感じなかったのですが、どうしますか」
「銀髪……?」
キルテの知り合いに銀髪の少年などいただろうか。記憶を探るキルテの耳に2人分の声と足音が聞こえる。シザがドア近くにいたリアの背を部屋奥に行くように軽く押す。ユラとジノも警戒した様子で外の様子を窺っていた。ソルは1人警戒することもなくただ突っ立っている。
「――――だ~から、俺は死神の旦那に用があるんだって!」
「その用ってのは何なんだって聞いてるんだろうが。このガキ! あっ、てめえ待てコラ!」
クロザと言い争っている声に、キルテは目を瞬かせた。その呼称を、キルテは聞いたことがあった。ドアに一番近い場所で立っているシザへキルテは声をかける。
「いい。ドアを開けとけ」
「……本当に知り合いなんですか?」
「ああ。――――もし違っても、お前らに怪我は負わせねーよ」
その言葉に、部屋の中の空気が幾分か弛緩する。
「姐さん、カッコいいです!」
「たしかにかっこよかった~」
「同意」
「ははは! さすがキルテ!」
「……ええ、確かに。そんなセリフ、僕も一度は言ってみたいですね」
側に寄ってきたリアを好きにさせ、キルテはドアを見つめた。シザがドアを開けるよりも早く、外側からドアノブが回される。
「――――よお、死神の旦那。元気にしてたか?」
「まあ、何度か死にかけたが何とか生きてるぞ。お前も元気そうだな」
入ってきたのは、シザが言った通り銀の髪に碧眼を持った少年。銀髪は額や耳が完全に見えるほどに短く切りそろえられており、服装はシンプルなワイシャツにズボンを履いている。背には大きな箱を背負っていて口調は男らしいざっくばらんとしたものだったが、顔は少女に間違えるほどに美しい。
以前会った時とは印象が随分と違うが、その少年をキルテは確かに知っていた。
「ふはは、まあね。旦那に助けられてからは結構好きにやらせてもらってるよ。他の奴らも皆それなりに楽しくやってるしな」
「別にお前を助けたつもりはねーが。……まあ、それなら良かったな」
そう言うと、少年は目を見開いてから破顔した。
「ふ、ははっ。やっぱ旦那は優しいな」
「……何を言ってんだ。私は別に優しくない」
「貴族に買われていた俺と子供たちを助けた人に、そう言うのは当たり前だろ」
「結果としてお前らがあの変態貴族から解放されたってだけだろ。私は殺し屋だぞ」
「それでも。俺たち、いや俺にとっては命の恩人だ。改めて礼を言わせてくれ。――――ありがとう」
頭を下げた少年に、キルテはため息を吐いて頭を掻いた。
「頭を上げろ。……一応、礼は受け取っておく」
「ああ! んじゃ、俺から今回ここに来た理由を説明してもいいか?」
「切り替え、はや……」
「さっさと話せ。自己紹介からな」
「姐さんもですか……」
突っ込むリアを無視して少年は部屋にいる人間を見渡してから口を開いた。
「俺の名はジェイド! 今回ここに来たのは死神の旦那に伝言と荷物を渡すためだ」
「伝言? 誰からだ」
「蛇仮面の旦那」
「……!」
「――って言えばわかるか?」
「姐さん……?」
息を呑んだキルテに、リアが声をかける。その声に反応することが出来ないまま、キルテは頭の中で1人の男を思い浮かべた。
(シヨウ……)
きっと、あの時キルテが投げた蛇は無事にシヨウへ情報を渡したのだろう。全く、優秀な蛇である。キルテの腹の上で未だ寝息を立てたままのププちゃんもそうだが、具現化魔法がなかったら今回の仕事は何も進められなかったかもしれない。
「あんたが去ってから、俺らは仮面の旦那に保護されてな。今俺はあの人の元で仕事をさせてもらってんだよ。あんたがあの人といた頃は俺も色々と教育を受けててな。死神の旦那とは会えなかったんだけど」
「今回はシヨウに頼まれて来た、と。1人でか?」
「いや、近くまで仮面の旦那の副官に送ってもらった。あの人、超飛ばすからさ。俺いつ馬から落ちるか冷や冷やしながらここまで来たよ」
思い出したくもない、と腕をさするジェイドにキルテは質問を続ける。
「どうしてここがわかった」
「ああ、仮面の旦那からこれを預かってるんだ」
そう言ってジェイドが出したのは1つの指輪だった。シヨウが身に着けていた、キルテの指輪と対の魔道具だ。
「俺は魔力感知が得意じゃないから、ここまで指輪の魔力を辿って来たのは副官だけどさ。これと繋がっている魔力を辿って行けば、必ず会えるって言われたから」
「そうか。……シヨウは今どこだ?」
「大会で大暴れした片付けとこれからの準備で、今はここに来れないって。絶対に後で説教するから覚悟しておいてって。旦那からの伝言だ」
げ、と顰めたキルテの顔をジェイドが笑う。シヨウはどうやらキルテの取った行動に、怒っているらしい。確かに死にそうにはなったが、無事に生きて脱出できたのだから誉めて欲しいくらいなのだが。
そんな風に考えていたキルテの横でリアが呟いた。
「大会、仮面の旦那……。もしかして、姐さんの言っている人って髪が長くて、背の高い、帝国の将軍のことですか?」
「ああ、そうだが。何で……ああ、リアは大会でシヨウを見たのか」
帝国の将軍から依頼を受けたことは言ったが、その将軍のことを詳しく説明したわけではない。だが、大会の手伝いに行っていたリアが大会参加者のシヨウのことを見ていても可笑しくはなかった。
「はい。その仮面の将軍は、凄く目立っていましたから」
「仮面だからか」
「いえ、それよりも……」
言い淀むリアに、ジェイドが代わりに説明した。
「仮面の旦那はずーっと聖女に付きまとわれてたんだよ。俺も同行してたんだけどさ、お久しぶりです~から始まって、自分の話をペチャクチャ喋り通しでさ。仮面の旦那も相手にしてないっつーか、もう息を止めてひたすら無になってたんだけど」
「ああ……」
シヨウの鼻のことを思いだしたキルテは、納得したように頷いた。対策をしても聖女には一度会った男だと気づかれてしまったのだろう。しかもその男が帝国の将軍を任命されている男だと知ったのならば、あの聖女は自分のものにしようと動いても不思議ではない。
「噂では第一王女の婚約する予定の皇弟殿下にも会いに行ったとか」
「……あー、まあそんなこともあったかもなぁ。聖女も問題だけど、聖女にご執心の王太子もご立腹でな。大会前日から嫌な雰囲気だったんだけど、もっと最悪な事態がおこってさあ。――――なんと王国の連中、その日の夜帝国側の野営地に魔力封じの結界を張りやがったんだよ」
「はあ!?」
「それは……王国の人間として、恥ずかしいですね」
黙って話を聞いていたクロザとシザが思わずといった様子で言葉をもらす。それに何度も頷いたジェイドは肩を竦めた。
「ただの嫌がらせにしては大規模。でも攻撃してくるでもなし。ただ結界を張って俺らに魔法を使えなくした状態で閉じ込めたんだ。最初は意味がわからなかったさ。でも、急に仮面の旦那が力づくで結界から出ようとしててさ。いくら旦那でも強化魔法もなく結界は破れないし、旦那はどんどん怒気と殺気をまき散らすし、止めようとした部下たちが吹き飛ばされて怪我するし……。結局、結界が外から解除された時には帝国側の野営地は血に染まってたよ」
ほとんど仮面の旦那の血だったけど、と言うジェイドは心底疲れましたというような顔だ。
帝国側の魔力を封じて、王国の連中は何をやりたかったのだろうか。
「結界を張った理由は」
「なんでも、王国の勝利のために1人の魔法師が独断で結界を張ったらしいよ。王国側がそれに気づいたから、閉じ込められただけで済んだんだとさ」
「はっ、ほんとかよ」
「嘘っぽ~い」
クロザとユラの言う通り、疑わしいものだ。というよりも絶対に王国側は全てわかっていて利用したか、計画通りなのだろう。
「……おそらく結界を張ったのは、私が死ぬまでにシヨウを近づけたくなかったからだろう。私とシヨウの繋がりは一部の人間に知られている。あの夜、万が一シヨウが私を助けに来ては困ると考えた誰かが結界を張らせたんだろう。そいつの属する組織は結界が十八番だからな」
エンジの仕業だろう、とキルテは眉間にシワを寄せた。おそらくエンジは、キルテがシヨウとの連絡手段を持っていると考えたのだろう。それで結界を張らせて物理的にも、魔法的にも出ることが出来ないようにした。聖樹の栄養として吸収されてしまえば、キルテの魔力だって追えやしない。それまでの間だけシヨウを閉じ込めておけば、キルテを万が一にも聖堂から逃がす人間はいない。そう考えたはずだ。
(あいつの誤算は、私に手を貸す存在が他にいたことだ。人間じゃないが)
「まあそういうことで、死神の旦那の危機を察知して暴れた仮面の旦那だったんだけど。王国の連中を殺す前に正気に何とか戻ってね。俺にお使いを頼んで来たってわけ。大会はやれる状況でもないし、帝国としても諸々対処しなくちゃだから、本人は渋々残って後処理をしてる。あ、それと帝国皇弟陛下と王国王女との婚約に関しても話を詰めなくちゃらしくてな。とにかくあの人は死神の旦那に凄く会いたがってたぞ」
「そうか……」
キルテが死にそうになっていることを蛇から知らされて暴れたのだろうか。だが、結界は魔力も通さないはずだ。蛇からの思念も届かないはず。なら何故キルテの危機を察知することが出来たのか。
キルテは首をかしげながら、ジェイドの背を指さした。
「で、それが届け物か?」
「そうそう! 仮面の旦那からのものと、俺の自信作!」
「自信作?」
「じゃーん! これ、どうよ!」
背の箱を下ろしたジェイドは、満面の笑みを浮かべて取り出したものをキルテの目の前で掲げた。眩い光が目に入ってきて、キルテは手で目を覆う。
「……まぶし。何だそれ」
「あ、やっぱそう見えるんだ。成程ね。これは俺が作った死神の旦那の服だよ」
「ええ! こ、これをあなたが作ったんですか!?」
「おう、そうだよ。お姉さん。どうだ、中々イカしてるだろ?」
「はい! とっても! 絶対、姐さんに似合うと思います」
「ふふは、お姉さんも趣味がイイね」
盛り上がるジェイドとリアをキルテは目を細めて見る。そのイカした服とやらをキルテは認識できていないため、何故そこまで盛り上がるかがわからない。
「何の服だ、それ」
「これ? 王宮で行われるパーティーに着ていく服」
「パーティー?」
「そ。あとこれが地図ね」
手渡された地図は王宮までのものと、とある屋敷までのものの2種類があった。そこには馬の手配や食料の調達場所まで細かく書き込まれている。
「これ、シヨウの字か」
「うん。旦那が自分で色々と書き込んでたよ。いつまで経っても終わらないから副官が最期は分捕ってたけど」
「――――この地図、ステラの実家までのものじゃないか?」
キルテが持つ地図を上から覗き込んだソルが急にそんなことを言った。間に入り込んできたソルに、ジェイドが肩を揺らす。
(こいつ、静かにしてると本当に気配が薄くなるな……)
「ジェイド、ここはズワールト侯爵家の屋敷か」
「え、うん。よくわかったな。死神の旦那からは2つの地図を渡して欲しいって言われてる。それを渡せば、次にどうするかはわかるだろうって」
地図を指して問うキルテに、ジェイドが首肯する。
「そのパーティーとやらはいつだ」
「2週間後。王立学園で卒業する王太子らの祝いの会らしいぞ。そこで第一王女の婚約も発表するとか」
「あの……そのパーティーについて、聖女様が話していたことがあるんですけど」
「なんだ」
おずおずと手を挙げたリアは、ちらりとソルを見てから言いづらそうに口をゆっくりと開けた。
「……王太子殿下が婚約破棄をそのパーティーで言い渡すって。それで聖女様を正式な婚約者とするって……そう修道女たちへ自慢げに話しているのを聞いてしまって」
ジェイド以外の人間の視線がソルに向かう。だが、皆一瞬後にはそこからすぐに逸らした。
(笑ってるが、笑ってねーな、あれ。どんな感情だよ、その顔)
「ふん、馬鹿なのかあの王太子は。そんなことを大っぴらに宣言するつもりなんてな。婚約ってのはそんな簡単に破棄できるものなのか。あんなんでも王太子なんだろ。ガキのままごとじゃねーんだし」
「姐さん。あの、言いづらいんですけど…………相手の令嬢を修道女として一生修道院に閉じ込めておくとも言ってました。あの女には、それがお似合いだって」
――――その言葉に、部屋中に殺気が満ちる。
その中心にいるのは、もちろんソルだ。リアやジェイドは急に中てられた殺気に息も上手く出来ていない。キルテが動くよりも先に、声が掛かる。
「――――ソル、『落ち着いて』」
ソルの肩が揺れる。そしてゆっくりと下げていた顔を上げると、ジノの顔を見た。対峙したジノの顔はいつも通りの無表情だ。それを見て気が抜けたのか、ソルは握っていた拳の力を抜いた。2人の様子を見ていた面々が息を吐く。彼らよりも長く、深いため息を吐いたソルはジノを見上げた。
「ジノ…………悪い」
「不要」
「…………ああ、そうだな。ありがとう!」
「ん」
ソルに声をかけたジノの言葉には微かに魔力が宿っていた。
(たしか言霊、というのだったか)
王国とは離れた土地で信じられている概念で、言葉に力が宿るというものだったはずだ。言葉が現実に影響を及ぼすだなんて、信じていなかったのだが。
「……面白いな」
「ね、姐さん?」
「いや、何でもない。リア、ここに座れ」
「でも、」
「いーから座れ」
顔を青くしているリアをベッドに座らせる。ジェイドにはシザが椅子を勧めていた。殺気に慣れていない2人にはソルの殺気はきつかっただろう。まだ気を失わないだけマシな方だ。
「リ、リア、それにジェイドも。本当にごめん!」
「い、いえいえ! アタシは大丈夫ですから!」
「おー、俺も丁度疲れてたからちょっと気分が悪くなっただけだ。気にしなくていいぞ」
リアとジェイドに頭を下げたソルは、他の面々にも頭を下げる。
「お前たちも悪かった!」
「ったく、気持ちはわかるがしっかりしといてくれよ」
「そうですよ、隊長。あの副隊長が大人しくその沙汰を受け入れるわけもないんですから。大事なのはこれからどうするか、です。殺気立ってたら出来ることも出来ませんよ」
「そ~だよ。ソルにいちゃんは、馬鹿だけどおバカじゃないのが取り柄なんだから。獣みたくなっちゃ、ダメだよ」
「うう、ほんとにごめんな……。キルテも、体調を崩してるのにごめん」
こちらを見て再び頭を下げるソルを、キルテは鼻で嗤った。
「ふん、私がお前の殺気ごときでどうにかなるわけねーだろ。変に考えずにいつものように馬鹿らしくしてろ。辛気臭い顔をされた方が調子が可笑しくなる」
「……ああ、そうだな。悪い!」
大きな声で笑うソルに、息を吐いたシザが両手を打って空気を切り替える。
「はい、話を戻しましょう。まずキルテさんに依頼をしたその将軍は、地図を渡せばこれからどうすれば良いかがわかると言ったのですよね。キルテさん、この意味はわかりますか」
「――――前提として、ズワールト侯爵家は魔物化しない可能性が高い。シヨウも私もそう考えている」
「それは……何故ですか?」
「侯爵家についてはシヨウに頼んで調べてもらったんだが、あの家にはある噂がいつもついて回っている」
「噂、ですか?」
リアに頷いたキルテは、シヨウの話を思い出しながら話を続けた。
「ズワールト侯爵家の当主は、必ず外に女を作る。そういう噂だ」
「な、なんですか、それ! 本当なんですか、姐さん」
「さあな。だが、もし代々の当主がそうなら、スカーレットに流れる血はどんなものなんだろうな」
普通ならリアのように批判的な意見が多いだろう。しかし、魔物化のことを知っていてそれを避けるために意図的にそうしているのであれば。
「相当な覚悟だ。わかる奴には意図はわかるしな。他の貴族からのちょっかいもあっただろう。実際、ここ最近では侯爵家の人間は中枢から遠ざけられている。当主たちも領地からは滅多に出ないみたいだしな。王都で目立っているのが娘のスカーレットだ」
「王宮から遠ざけられていた家の娘を王太子の婚約者にしたのは……」
「ただの人間であろうとする侯爵家を、自分たちの側に引きずり込みたかったんじゃないか。ま、ただの想像だが」
「そんな感情的な……」
「国のことを考える王家なら、こんな状態になっていないだろ。魔物化した王女の話もそうだ。根本的な解決をしようともしなかった。様子見、日和見。自分の主張もせずに流れに任せる人間。主張したと思えば論理も理性も感じられない」
日記の聖女もそうだったが、何もしなければ変わらない。現在の王家がどうしたいのかもキルテにはよくわからなかった。帝国の人間に手を出しながら、王女との婚約を言い出したり。スカーレットとの婚約を破棄して聖女と婚約させる理由は何だ。侯爵家を遠ざけたいなら最初から婚約しなければいいし、キルテが言った通りに嫌がらせとしてわざわざ婚約して捨てるという手段を取ったのだったら。
(無能過ぎじゃねーか? 何だパーティーで婚約破棄って。王家の醜聞をわざわざ広めるのかよ。他の何かに操られていると言われた方がしっくりくるぞ)
「好きに言うのはいい。自由に動いてもいい。だが、それなら自分の力で全てを解決してみせろ。他を操る、魅了する。そのくらいの強さをみせてみればいいんだ。そんなこともできないなら――――大人しく黙っていろってんだよ」
「姐さん……」
リアの声に少し感情的になりすぎた、とキルテは息を吐く。
キルテは、別に品行方正に生きろだとか、国のために生きろだなんて思ってはいない。ただ、自分の選択に責任を持てと思っているだけだ。その権力や地位を冠するのであれば、それに見合うだけの働きをしろと、筋を通せと言っているだけだ。それが難しいなら、そうなるために行動を起こせと。そう思っているだけなのだ。
(それすらやらねーでグダグダ言うヤツが、嫌いだ)
キルテは今まで生きてきた中で漠然と抱いてきた感情を明確に思った。
「侯爵家は王国全体はともかく、自分の家の人間を魔物化から救うために動いている可能性が高い。で、2週間後に王宮で行われるパーティーっていうのはシヨウからの依頼を果たすには丁度いい舞台なんだよ。侯爵家にはパーティーに潜入するために協力を仰ぎに行く」
「依頼って……」
「聖女の殺害だ。王女の婚約も発表するなら帝国の関係者や他国の関係者もいるだろ。そんな状況で聖樹を燃やして聖女たちを襲う。そうすると、どうなる」
「王国の王族と貴族たちが魔物化する、ということですね」
シザの言葉にキルテは頷いた。聖女が自分で瘴気を浄化できる、というのが懸念点だが他国の人間に王国の王侯貴族が魔物化するということを広められればいいのだ。
「……そうなりゃ、国家転覆じゃねえか」
「はは、そーだな。だがこのままだと平民は皆王侯貴族の餌になるぞ。そもそも私たちがやらなくても帝国はやる。不穏分子をそのままにしておくほど、帝国は甘くない。それに――」
(エンジたちの教会も何を企んでいるかわからねーしな)
「スカーレットを救うためには、どっちにしろパーティーには潜り込む必要があるだろ」
「そりゃあ、そうだが」
「嫌なら今ここで手を引け。私は王国のやり方、考え方が気に入らん。それに、約束したことを破棄するのは性に合わない。関わると決めたのは自分だ。私は、最後までやるぞ」
キルテは既に決めていた。キルテがキルテとして、自由に生きるために。そして、シヨウとの、女との約束を果たすために。どんな選択をしようとも、どんな結果になろうとも、最後までこの依頼に関わると。
だが、それを他の人間に強要するつもりはない。
「――――キルテ。俺もやるぞ」
「隊長、」
「ステラは弱くないし、俺が助けに行ったら怒るかもしれないがな。俺は、ステラと共に生きるために、例え国を滅ぼそうとも進むことを止めることはしない」
笑顔のままでそう言ったソルに、紅炎隊の面々が視線を向ける。
「俺は、ステラが好きだ。愛してる。ステラと一緒にいるために、何でもする。それが俺の、俺の人生の選択だ。そう、生きると決めている。だから、お前たちも自分で決めろ。どう、生きるか。何を人生の中で成すのか。何を選ぶのか。俺は、お前らが何を選ぼうとも受け入れる。ただ、後悔だけはするなよ!」
その言葉には、魔力は宿っていない。宿っていないはずなのに。
(――――こいつらの、熱に浮かされたような顔は何だ)
「隊長、僕たちも一緒に行きますよ」
「ったくお前はいつも勝手だな。……けど俺たちも中途半端にここで降りるわけにはいかねえだろ」
「ほんと、ほんと。ステラおねーちゃんも、ソルにーちゃんも大事な仲間。俺たちには血の繋がった家族もいないしね。王国の貴族とか王族とか知らないし。あ、でもステラおねーちゃんの家族は気になるかも」
「……愚問」
4人の答えに、キルテは目を細める。魔法が掛かっているわけではない。魔力が込められているわけでもない。けれども、この流れを何度も見ている。
(気のせいか? だが、何か違和感を感じるのは確かだ)
ソルは、悪い奴ではないとキルテも思う。他人に影響を与える人間だ。どこか運や、流れを引き寄せる人間にも見える。
(ソルの勘、というものをこいつらは疑いもなく信じている。ソルがやることが結果的に最善を選んでいると当然のように思っている)
それが、リーダーとしての資質だと言われてしまえばキルテは何も言えない。語るだけの経験も、知識もないからだ。言ってしまえばこの違和感だって、キルテの勘だ。だが、キルテはソルという人間を異質に感じている。シヨウにも似たような感覚を覚えるが、それよりも異質感が強い。それこそ、魔物のような――――。
(いや、考えても仕方がない。今はこいつらが協力してくれた方がいーだろ)
「……言ってなかったけど、帝国はこの国の平民の受け入れを予定しているらしいぞ。王侯貴族を魔物として狩ることになったとしても、そのままこの国で死んでくれ、なんてことにはならない。もちろん、奴隷として受け入れるわけじゃないからな」
今まで黙っていたジェイドが口を挟む。それを聞いて一番ホッとしていたのは、リアだった。他の人間も頷いて良かったと話している。
「――――決まりだな。まずは侯爵家に行って協力を取り付ける。そして私は王宮で行われるパーティーで聖女を殺す」
「では、僕たちは修道院の聖樹を燃やす方を担当すればいいんですかね」
「ああ、修道院の案内はリア。お前に頼みたい」
「わかりました、姐さん」
細かいところを詰めると出ていく紅炎隊の男たち。リアは食事を作るために部屋を出ていく。部屋に残ったのは、キルテとジェイドだった。
「死神の旦那」
「なんだ」
キルテを呼んだジェイドは、ソルたちが出て行ったドアを見ながら口を開いた。
「あのソルって人さ、ちょっと旦那たちに似てるよ」
「私と、シヨウに?」
うん、と頷いたジェイドは椅子に座ったまま天井を見上げた。椅子と床から軋む音が聞こえる。ユラユラと椅子を前後に揺らしながらジェイドは言葉を続ける。
「何て言うかな……。自分の選択を疑いもしない……ってのとは違うけど、とにかく道を決めたらどんな苦難があろうとも力技で進もうとする感じがさ。なあんか、似てる気がするんだよね。ほら、死神の旦那も言ってたじゃん『真に変わりたいなら、進むしかない』ってさ」
「……まあ、否定はしないが」
「でも、その選択の理由っていうか根っこの部分? それがさ、自分の欲っていうよりは――――」
音を立てながら立ち上がったジェイドは、ベッドに座ったままのキルテを見下ろした。いつかの夜とは、逆の状態だ。
「――――愛、っていうヤツが理由になってる気がするんだよね」
ジェイドは、初めて会った時からしたら随分と短くなった髪を掻いた。その姿は、成長期の少年の姿にしては成熟した人間の雰囲気を醸し出していた。
「恋は盲目って言うけどさ、愛はそれよりも怖いよ。常識や理性を手放さずに、それでもそうと決めたことをやり遂げるまで止まらない。進み続けるってのはさ」
「……だが、そうしなければ得られないなら。進むしかねーだろ」
「そういうところだよ! 死神の旦那! 普通ならそこで立ち止まるところなんだって」
「そーいうもんか」
「そーいうもん、そーいうもん。旦那たちがちょおっと可笑しいんだよ。すこぉし人間の枠からはみ出てるんだよ」
そこまで言わなくてもいいだろ、とキルテは思いながらずっと気になっていたことを口に出した。
「つーか、何で私まで『旦那』のままなんだよ。さすがに私の性別はもうわかってるよな」
キルテに背を向けたジェイドは、ドアをくぐりながら肩越しに視線を寄こす。そして、まるで捨て台詞かのように言葉を投げてから逃げるように部屋を出て行った。
「――――俺、尊敬する人間には敬意を込めて『旦那』呼びするって決めてんだ。散々クソったれにそう呼ばされてたからな。これからは自分が認めた人間しかそう呼ばないんだよ!」
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