第12話 地獄の沙汰も強さ次第
そこは、さながら地獄だった。
(地獄を見たことなんてないが……寝起きに見るもんじゃねーな)
キルテが意識を取りもどすと、視界にまず入ったのは血にまみれた丸いナニカだった。片方の目玉が抉られ、頭頂部がへこんでいるそれはおそらく男の頭だろう。腐敗した甘い匂いが鼻について離れない。周りを見渡そうとしたキルテだったが、体を動かすことが出来ない。目を細めて顔を何とか動かす。そのおかげでわかったことは、キルテの四肢がちぎれていること。周りもキルテ同様にどこかしらが行方不明の体ばかりということだ。行方を探そうにも数が多すぎてどうにもならなそうだ。キルテはそんな屍が積み重なった山の上で寝ているらしい。辺りは暗く、上からはポタポタと血が落ちてくる。ここが根源とやらなのか。現実ではないようだが、何かの魔物の胃の中と言われた方がしっくりくる場所だ。
とにかく魔力を吸収するために動かなければならない。そうキルテが考えた時、甲高い叫び声がつんざいた。
(っ、なんだこれは)
ガンガンと頭に響くのはおびただしい数の悲鳴。殺意、恐怖、怨念、後悔……。様々な負の感情がキルテの体を強制的に犯していく。四肢のない体は震え、目からは勝手に涙が溢れてくる。心臓が握り潰されたかのように痛み、開いたままの口からは涎が垂れて血と混じる。
頭の中で叫ぶ怨嗟に、キルテは何も出来ずに意識を失った。
*
『ああ、どうして! どうしてこんなことに!』
『あいつが憎い。なゼ俺がこんな姿にならなければいけないんだ』
『いやだいやだいやだいやだいやだいやだ』
『あの女、私、わたし、ワタシのほうが、美しいのに、どう、どうして! どうしてえぇ!?』
『……かえりたい。だれか、だれか…………たすけて。……おかあさん』
あれからどれだけの時間が過ぎたのか。そもそもこの空間に時間という概念はあるのか。キルテは油断するとすぐに飛びそうになる意識を必死に掴みながら考える。しかし、それも長く続かず怨嗟に喘ぎ、意識を飛ばし、止まぬ声に飛び起きるのを繰り返す。何とか魔力を吸収しても怨嗟が酷くなるだけ。おそらくキルテに干渉しているのも魔力ではある。だが質が違いすぎて取り込んでも毒にしかなってないのだ。
(くそ、勝手に入って来る感情のせいで死にたくなるなんて……想定してねーっての)
自死したくなるだけではない。殺戮衝動、破壊衝動……おそらく聖樹に取り込まれた魔力の元となったモノたちの感情が絶えずキルテを侵食している。そのせいでここを抜け出すための策を考えることすら難しい。
(憎い、殺したい……。違う、ここから抜ける。…………つらい、寂しい。もう……死にたい。だれか)
「たすけ――――」
キルテは自分のか細い声を耳にした瞬間、口を閉じた。勢いのあまり歯が痛むがそれを無視して唇を噛む。口の中は既に鉄の匂いで満たされている。しかし、新しく出来た傷からは気持ち悪いほど生温い血が流れて匂いも増していく。
「私は…………助けなんて、救いなんて……求めない」
ただの強がりと他人は言うのかもしれない。楽な方へ流れることを拒否する馬鹿な奴だと。そんな辛い目に遭ったところで何かが変わるのかと。そもそも助けを呼んで、救いを求めて解決するのならばいいのではないのか。
それでも、決めてしまったのだ。そう生きると、覚えていなくとも決めたのだから。自由に、どんな選択も出来るように、強くなるのだと。それを曲げることなんて、キルテには出来なかった。
「……はっ、あいつは怒るかもしれないがな」
思い出すのはシヨウの顔。あの端正な顔を歪めてキルテに小言を言うのだろうか。それとも慌てふためいてこちらに駆け寄って来るだろうか。リアも涙を浮かべながら大して痛くない拳でキルテの背を叩くかもしれない。彼女は存外キルテのことを好いているようだから。監獄の連中は、どうだろうか。ソルはあの無駄に大きい声で叫んで煩いかもしれない。他の奴らはキルテの状態を見てドン引く姿が目に浮かぶ。
(……改めて考えると、変な奴らばかりだな)
今回の件で出会った人間を思い浮かべる。怨嗟は絶えず響くが、ここ数か月の自分の交流関係に笑えるくらいの余裕は出来た。匂いフェチの変態帝国将軍に舎弟を名乗る修道女、冤罪で監獄にぶち込まれた魔物狩り。殺し屋としての他人との付き合いがその人間の死に際、しかも人生を終わらせる立場だったキルテにとって彼らとの交流は異質。
(しかも……好きな奴まで出来るなんて、想像すらしなかった)
キルテは、強さだけを求めて生きてきた。
恋だの愛だのは、邪魔なものだと思っていた。他人と関わることは自分の弱みを作るのだと、特別な存在どころか話し相手すら碌にいなかった。けれども今、少しでも正気でいられる理由は、キルテがこれまでに切り捨ててきた他人との繋がりだ。過去の自分では得られなかったことだ。
――――それを強さと言わず、何と言う。
『アタシは何も出来ずに時間だけがただ過ぎて行くのが怖かったんです。弱いままの、何も出来ない自分が、嫌だったんです』
(そうだな、ここで寝てるだけじゃ何も変わらない)
『ここで断ったら俺の志は死ぬ。それは俺の鼓動が止まるのと大して変わらない! だからキルテの依頼を断るつもりはない!』
(お前の幼馴染とは話が合いそうだ)
『キルテさん。君が強さにこだわるのも、1人で何とかしようとするのも、否定はしないよ。そんな君を尊敬しているし、カッコいいとも思ってる』
(そうだろ。私はカッコいいんだよ。そのまま惚れてくれてもいいんだぞ)
『でも、一緒に立つことくらい――――共に戦うことくらい、僕に許してよ。こう見えてリードするのも、されるのも得意なんだよ』
「――――一緒に踊るには、まず着替えないとな」
キルテは顎を引いて自分の体を見る。そこでようやく自分が今着ているのが修道服であることに気が付いた。暗いうえに血濡れていたため仕事着と同様に全身真っ黒、というよりも赤黒い。仕事着の方には色々と仕込んでいたため、キルテの目を通すと逆に見えずらくなるので実際には真っ黒どころか眩しいほどなのだ。それがないのだから、仕事着であるはずがない。そもそも仕事着を着ていたらこの状態になる事態にはなっていないかもしれない。そのことに思い立たない時点で、キルテは正気でなかった。
そんなことを考えていたキルテは、胸元で僅かにチラつく光に目を奪われた。服の下で光るそれは、周囲を照らすほどの光ではなかったため今まで気づきもしなかったのだろう。
その光の正体に感づいたキルテは、手を動かそうとした。しかし、動かす腕が左右ともに行方不明のままであることを思い出して舌を打つ。
「……クソッたれ、既にこんな体なんだ。なりふり構ってられるか!」
キルテは周囲を見渡すと、芋虫のように這って移動する。頭と心臓、それ以外にも体中が痛むがキルテは気にしなかった。ただ目的のものまで時間がかかろうとも動きを止めることなく少しづつ近づいた。
ようやく目当てのものの場所まで来たキルテは、ソレ――魔物の屍の腕を見つめる。魔物の腕は、キルテを襲った子供と同じように腕全体が刃になっていた。キルテは上半身だけ反るように身を起こすと、刃が胸元に来るように位置を調整する。
――――そして、刃の上を滑らせるように体を引いた。
「――――っ、いってえ!」
思っていたよりも刃は鋭さを維持していたらしく、キルテの服だけでなく皮膚まで裂いた。血がドクドクと流れるが、キルテの目は胸元から転がり落ちたものに引きつけられる。
「……見つからないように下着の中に入れといたのが裏目に出たな」
シヨウのように紐などを通して首にかけても良かったが、修道院長たちに見られる可能性を少しでも低くしたかった。そのため下着の中に突っ込むという選択をしたのだが、そのせいで取り出すのにも一苦労だ。前提として両腕が使えない状況など、治癒魔法を使うキルテは考えもしなかったというのもあるが。袋か何かに入れて持ち歩くべきだったかもしれない。
「いや、それだと落ちた時に無くしたかもな」
体を倒して転がった指輪に顔を近づける。指輪を見ると魔力が光となって輝いている。魔道具として刻まれた魔法は展開されていないのにも関わらず、ほんのりと熱を感じるくらいには魔力が巡っていた。
「この魔力……シヨウか?」
この指輪はシヨウの持つ指輪と対の魔道具だ。見覚えのある魔力は、本当にシヨウのものかもしれない。もしくは、この状況下でキルテがそう思いたいだけの可能性も捨てきれないが。
「そう言えば、今頃は大会か……いや、既に終わっているのか? 現実ではどれだけ時間が経っているんだか」
長く息を吐いたキルテは、早くここから出る手立てを考えなければと顔を顰めた。指輪が見つかったのは上々。しかし、指輪をどう使うかまでは考えられていなかった。
「魔力を吸収ってもな……さすがに魔道具に宿る魔力を奪ったことはないぞ。食うわけにもいかねーし。そもそもこれは記憶を奪う魔道具で――――」
はたと言葉を止めたキルテはもう一度指輪を見つめた。目を細めて、上から、横から指輪を舐めるように見た。
「いけ……るか? 対人間が出来たんだから魔物相手でも……いや、魔物っつーか怨念とか魂みたいなもんだろうけど」
そもそもこの空間で魔道具を使うことが出来るのか。いや、キルテがそう思っているだけで本当はここが現実世界なのかもしれない。だが、そうすると四肢をもがれて魔物の血を浴びて、治癒魔法もなしにまだ生きていることが可笑しい気もする。
キルテは仰向けになって目を閉じる。思い返すのは指輪について。シヨウに渡された時、指輪の説明は受けていた。今キルテが持っている指輪は、指定した記憶を抜き取り保管する魔道具だ。指輪を回しながら念じるだけで記憶を奪える魔道具だが、その操作の簡易さと記憶を奪うという悪事にも使える道具であることから、その製作方法などは一部の人間を除いて秘密になっているらしい。その魔道具をなぜシヨウが知っていて、尚且つそれを使うことが出来るのか。キルテは当然疑問に思ったが、帝国の国家的秘密に当たるので一緒に帝国へ来るのならば教えると言われてしまえば、口を閉ざすしかない。
「…………あーくそ! 考えててもわからねえ。やるしかねーだろ」
キルテは体を揺らしながら叫ぶ。今のキルテは、ヤケクソにも見えるかもしれない。しかし、キルテは元から何かを頭で考えるよりも自分の直観に従って行動してきた人間だ。ここで悩んでいても仕方がない。キルテは、自分の直観へ賭けることにした。
――――キルテの頭に響く怨念の記憶を指輪で奪う。記憶を奪われれば怨嗟も抑えられて真っさらに近い魔力になるはず。
「救いが必要なら右に、必要なければ左、だったよな。左に回して記憶が戻ったんだから右に回せばいいはずだ」
記憶を探りながらそう言ったキルテは、寝転がった状態で固まった。
「…………どうやって回せと?」
何度も言うが今、キルテの四肢は行方不明だ。その状態でどのように指輪を回すのか。ぐぐぐ、と唸ったキルテは、舌を打ってから今度こそヤケクソな気持ちで叫んだ。
「ええい! どーとでもなりやがれ!」
キルテは、転がったままの指輪の向きを確認してから口に含んだ。そして、口内で指輪を転がしながら舌を動かす。血液と唾液で滑るし、舌も上手く動かせない。キルテは数分間、寝転がった状態でモゴモゴと指輪を回そうとするが、一向に回る気配がない。
(…………シヨウならすぐ回せそうだな)
キルテは、シヨウにされた口移しを思い出した。こんなところで恋愛経験の無さが足を引っ張るとは思ってもみなかったキルテである。
何事も経験だな、と少し冷静になったキルテは歯で指輪を軽く抑えながら舌を動かした。
――――カチリ。
(よし、回った!)
そう心の中で叫んだ瞬間、キルテは指輪を吐き出した。指輪を中心に魔力が巡る。魔力の流れを感じながら、ひたすら念じる。すると、周囲にも魔力が満ちて魔法が展開される。魔素列が指輪を中心として円状に広がり、その輪が大きくなればなるほど、頭に響く怨嗟は小さくなっていく。
(上手くいったみてーだな……)
魔物たちの怨念や思念も対象の範囲内であったらしい。周囲に転がっている屍たちが浄化されていく。浄化が進むごとに明るくなる空間。浄化された魔力がキルテに降り注ぐ。キルテは、それを余すことなく吸収し治癒魔法のためにすぐに使う。ゆっくりとだが、キルテの四肢が再生されていく。この空間が特別なのか、莫大な魔力を使っているからか。通常では時間が経過しすぎて治癒が難しい状態のはずだが、キルテの体は問題なく再生を続けていた。
キルテは生えた腕で上体を起こして、辺りを見渡す。
「……地獄の崩壊、か」
周囲に積まれていた屍が、血が、そして空間そのものが崩れていく。下を見ればキルテの体も足から砂のように消えていく。やはりこの空間は、現実世界とはズレた異空間なのだろう。あの女が言った通り、ここは魔力の塊。いわば魂が彷徨う空間なのだろう。指輪に魔力を使われたために空間自体が崩壊を始めたらしい。その対象はキルテも含まれる。
キルテは吐き出した指輪を拾い上げて握りしめた。その手も既に半分以上透けている。
「…………結果的に、またあいつに助けられたな」
森での一件でも、今回の件でも、キルテが助けを求めていないのにも限らずシヨウの存在が結果的に自分の窮地を救っている。キルテは、眉間にシワを寄せながらも諦めたかのように笑った。
「他の人間を助けられるのもまた強さだ……なんてことを言いそうだな。あいつは」
シヨウはキルテの持っていない強さを持っている。シヨウと出会う前のキルテは見向きもしなかった強さだ。そう考えるとキルテを変化させたのもまた、シヨウの強さや力と言っていいものなのだろう。
――――その強さに、酷く焦がれる。
「はぁ……私をこんな風にしたんだ。責任を取ってもらうぞ、シヨウ」
シヨウと共にいるためにも、自由に生きるためにも。キルテは迷って、悩んでいる場合ではないのだ。ここで全てを投げ捨てて、諦めるわけにはいかないのだ。
指輪を顔に近づけたキルテは、崩れる身に流れを任せながらそう呟いた。
――――そしてその一瞬後に、キルテの体は魔力の粒子となってその場から消えた。
*
体が何だか重い。特に、顔に何かが乗っているようで凄まじい違和感を感じる。
(……なんか、モサモサしてねーか)
キルテは、重い瞼をゆっくりと上げた。すると視界に入ってきたのは黒い何か。それはモゾモゾとキルテの顔の上で体を動かしながらか細い声で鳴いていた。
「お前……っ、けほっけほ」
「ププププ! プピ〜〜〜〜!!」
一転して大きな声で泣き出したのは、ププちゃんだった。キルテの顔の上で足踏みをしながら涙をいくつも落としている。その雫を受け止めながらキルテは周囲を見渡した。年季の入った扉に簡素な机と椅子。窓際に置かれた花瓶。キルテが横たわるベッド。物の少なさは修道院の寮とほとんど変わりないが、どこか女性らしさを感じる部屋だ。
「ここ、どこだ」
「プププ! プッピ〜」
「……いや、わかんねーよ」
何かを伝えようとしているのはわかるが、その何かがわからない。キルテは、痛む頭に手を当てた。そのまま息を吐いて、はたと動きを止めた。自分の手を見つめる。
「治ってる……」
キルテの腕は痛みもなく簡単に動かすことができた。あの鎧の魔物に肩を刺されたはずだが、怪我は治っているらしい。両腕だけでなく両足も問題なく動かすことができそうだ。ただ体全体が鉛のように重い。しかし重いだけである程度休んだら普通に動ける程度の体調だということが感覚的にわかる。
「あそこから出られたのか……」
キルテは無事にあの異空間から、そして聖堂から出ることができたらしい。それに怪我も治癒されている。あの女が言っていたことは正しかったようだ。
「それはいい。問題は……ここがどこなのかということだな」
「プゥ?」
「お前がここにいる時点でそこまで警戒しなくてもよさそうだが」
すり寄るププちゃんを撫でていると、音を立てて扉が開かれる。
「鳥ちゃん、姐さんの様子はどうで――――」
「リア、か?」
扉を開けて入ってきたのは、桶を持ったリアだった。彼女はキルテと目が合うとビシリと動きを止めた。次いで手元の桶を手放してキルテの寝るベッドに突っ込んで来る。
「姐さーーーーーーん!!」
「うっ! ……リア、離せ」
「嫌です。離しません。アタシがどれだけ心配したと思ってるんですか! あれだけ、あれだけ出発前に無理しないでって言ったのに。もう! もう! 姐さんの分からず屋!」
ボタボタと落ちてくるのはキルテに上から抱き着くリアの涙だ。顔をくしゃりと歪めて募るリアに、キルテは文句を飲みこみ背をあやすかのように撫でてやる。
「その……なんだ、心配かけて悪かったな」
「ひっく、ぐす。……素直すぎて逆に怖いです。ほんとに姐さんですか?」
「お望みならその脳天に拳をくれてやるが?」
「すみません!」
すぐさま体を離して頭を下げるリアに、キルテは小さく笑う。軽くリアの体に目を通すが、異常はなさそうだ。
「おい、ここはどこ――」
「リア! 俺のパンツがどこに行ったか知らないか!」
キルテの声を遮るように部屋に飛び込んできたのは腰にタオルだけを巻いたほぼ全裸状態のソル。こいつもいつも通りにやけに大きな声と、大きな目で存在自体が煩い。ソルの体も一応確認するが、やはり異常は見られない。
「……お前らいつの間にそういう関係に」
「違います! いや、そもそもそういう関係って何ですか姐さん!」
「おーキルテ起きたのか! 今俺はリアの家で世話になっていてな! 色々と他にも世話をしてもらっているんだ! リア、それで俺のパンツがどこにあるか知っているか!」
「ソルさん、お願いですから黙っててください。あと部屋からも出て行ってください」
「なぜだ!?」
目の前で騒ぐ2人を何も言わずに見ていると、扉が3回叩かれる。
「隊長、レディの前ではしたないですよ――」
「てめえのパンツくらい、てめえで管理しろ――」
「お前たちも、いるのか」
笑みを浮かべたシザと、呆れたように頭を掻くクロザが部屋に入ってきてキルテと視線が合う。2人して黙ったかと思うと無言でソルに近づく。そしてシザが頭に、クロザが腹に拳をめり込ませた。
「――っ、痛い!」
「この馬鹿! 何でこいつが起きたのにそんな恰好で突っ立ってんだよ!」
「リアさんのように泣けとは言いませんが、空気読めなさすぎですよ、さすがに」
「ま、まあまあ2人とも。そのくらいで……」
うずくまるソルに拳を握る2人。いつの間にかキルテの傍から離れてそれを諫めるリア。
キルテは上体を起こして4人を見渡してから、何回か咳をした。4人の視線がキルテに向く。
「……遊んでないで、説明しろ」
「う、すみません姐さん。えっと、説明ですよね。どこから話しましょうか……」
「まず、ここはどこで私は何日眠ってた。そして何故お前たちがここにいる。特に囚人どもは何で脱獄してんだよ」
視線を泳がせるリアに、キルテは質問を重ねた。
「えっと、まずここはアタシの家の、アタシの部屋です。姐さんがここに来たのが大会の2日後で、そこから1週間眠っていました」
「……王都から少し離れたところにあるって言ってたお前の実家か」
「はい。そしてここにアタシがいるのは、大会会場から王都に向かっていた時に偶然ソルさんたちと出会って……彼らが気を失った姐さんを連れて困っていたので家に案内したんです」
シザが差し出した椅子に礼を言って座ったリアは、目元を拭いながらそう説明した。
「待て、こいつらが私を連れていたのか?」
「僕たちも驚きましたよ。監獄で聞き覚えのある鳥の声が聞こえたと思ったら、隊長が飛び出しまして」
「何があったと聞く俺たち無視して、他の2人も叩き起こしての脱走劇。ま、事前に鍵の開け方や抜け道も調査済みだったから何とかなったけどな。この馬鹿の突拍子のない行動にはいつもウンザリするぜ」
「すまない! でもそうするべきだと感じたからな! それにそいつがキルテの危険を必死に伝えていた。それを無視することは出来ないし、仲間を見殺しにするわけがないだろう!」
ププちゃんを指して胸を張るソル。何でお前がわかるのか。そう思いながらキルテは、腹のあたりで寝ているププちゃんに視線を落とす。
「こいつが? 監獄まで行ったのか」
「ええ。ただ監獄と修道院は地下通路で繋がっていたらしく、キルテさんはその通路の途中で気を失っていたんですよ。僕たちは案内通りに通路を進んで、あなたを見つけてから外に出ました」
「……よく、無事に出られたな」
「詳しくはわからねえが、監獄で何か問題が起きたらしくてな。看守どもはその対応でバタバタしてたからその隙に監獄を抜け出した。修道院の方もほとんど人がいなかったしな」
「いやあ、無事でよかったな!」
最後に雑にまとめたソルに、視線を向ける。そしてソルを呆れた目で見ながらも一歩下がって立っている2人。傍らに座って未だに眉を下げているリア。
キルテは4人にしっかりと視線を送ってから、頭を下げた。すぐにリアの驚いた声が上がる。
「ね、姐さん!?」
「お前たちのおかげで私はこうして生きている。――――ありがとう」
ここまで連れてきたこともだが、あの異空間でキルテの正気を繋ぎとめてくれたのはこいつらとシヨウの存在だ。キルテはそのことに対して素直に感謝していたし、言葉にするべきだとも思った。
「か、顔を上げてください! アタシはただ家を貸しただけで何も……」
「僕たちも確かにあなたを連れだしましたが、どさくさに紛れて自分たちも脱獄していますしね。礼はその子に言ってあげてください」
「……ああ」
眠るププちゃんを撫でながら、キルテは頷く。確かに一番の功労者は、こいつかもしれない。キルテの魔法だからこそ、場所を特定できたのだろう。そこからどうやって監獄までの通路を探せたのか。なぜキルテの魔力は尽きかけていたのに、ププちゃんの体は維持できていたのか。疑問はまだあるが、今はそれよりもやることがある。
「――――お前たちに、頼みがある。だがそれはお前たちに危険をもたらすかもしれない。断ってもいい。だが、私は……私だけではどうにも出来ないことなんだ。だから、話を聞いて欲しい」
再び頭を下げたキルテの手を、少しカサついた手が握る。
「……姐さん、アタシは姐さんの助けになるのなら、自分の出来ることならやりますよ。だって姐さんの舎弟ですから」
「まあ、僕たちもあなたから仕事を請け負った身です。依頼の延長なら喜んで受け付けますよ」
「めんどくせーが、ウチの馬鹿隊長は既にどうするか、決めてるらしいからな」
3人の言葉に、キルテはリアの手を握り返した。
「――――キルテ、言っただろう? 立場は違えど俺はキルテのことを仲間だと思ってる。仲間の頼みを俺は断らない!」
腕を組んでそう叫ぶソルに、キルテは息をついた。柄にもなく、緊張していたらしい。
「すまない。……感謝する」
「おう! 気にするな!」
大きく口を開けて笑うソルに、キルテも笑う。その表情が珍しいのか、ソル以外からの視線が刺さる。
「ゴホン……そうだな、お前らを巻き込むのは気にしないことにする。だが、お前の恰好は気にするぞ。仮にも年頃の女の前で全裸はどーなんだ」
キルテが指さしたのは、床に落ちたタオル。4人の視線が床に、そしてゆっくりと上がっていく。
「きゃあああああああああ!!!!」
「この馬鹿! 早くタオル拾え!」
「さすがに最悪ですよ、隊長。副隊長に何て言われるか……」
「ははは! 悪い悪い!」
一段と騒がしくなった部屋に、キルテは大声で笑った。
*
「――――成程、つまりこの国の王侯貴族は魔物になり得る存在で、聖樹は彼らの持つ杖を介して瘴気を浄化する役割を持っている。聖女様は魔物の中でも上位種で浄化作用のある杖が必要ない存在。キルテさんは、その聖女様を暗殺するために修道院に潜り込んだ殺し屋であると」
「お前があの『死神』だったのかよ……ただもんじゃねーとは思ってだが、思ってた以上の大物じゃねえか」
「驚愕」
「ね~。殺し屋に会ったのは初めて」
現在、リアの部屋にてジノとユラも含めてキルテの事情を話している。椅子に座るのはリアだけで、他の男5人は床に何も敷かずに座っていた。ソルもしっかりと服を着ている。
キルテが殺し屋であること。帝国の将軍からの依頼で聖女を殺すために修道院へ潜入したこと。潜入後、分かった杖と魔物化について。そしてキルテを襲った子供とエンジの存在。異空間での女からの言葉。
簡潔にそれらを話したキルテは、思ったよりも軽い周囲の反応に眉を寄せる。
「……それだけか?」
「あなたが殺し屋であることについてですか? まあ確かに驚きましたけど、納得もしたといいますか」
「俺たちも別に聖人君主なわけじゃねえ。殺人鬼なら一緒に仕事をするのも遠慮したいが、あんたは仕事として殺しをやってたんだろ。しかも貴族連中を殺してたんなら、ある意味俺らと同業者じゃねえか」
「クロザの言い方はあれですが、間違ってはいませんね。それに今のあなたは殺し屋を続けるつもりはないのでしょう?」
シザの言葉にキルテは頷いた。
「なら、少なくとも僕から言うことはありません。人間誰しも人に大声で言えない過去はあるものです」
「……そういうものか」
「そういうもの、そういうもの~」
「同意」
ユラとジノの言葉にキルテは首を傾げる。そして先ほどから黙っているリアの方へ視線を向けた。
「リア」
「……なんで姐さんが不安そうな顔をしているんですか」
「そんな顔、してるか」
「アタシにはそう見えます。……姐さんが殺し屋で、依頼のために修道院に来たのは……正直、ショックじゃないって言ったら嘘になります」
「なら――」
「でも! 姐さんはいつだってアタシに優しかったです。治癒魔法をかけてくれたり、教えてくれました。それは、それは決して依頼のためにやった演技ではないと、アタシは思うんです。殺しは、勿論いけない事だと思っていますけど……姐さんには姐さんの、事情があったのだとも思います」
リアはキルテの目を見つめてくる。茶色の瞳が真っすぐキルテを貫く。
「でも! 姐さんの助けになりたい! その思いは変わりません!」
むん! と両手を握って鼻を鳴らすリアに、キルテは手を伸ばす。そして彼女の頭を撫でて笑った。
「ありがとう。頼もしいよ」
「ね、姐さん!」
顔を赤くするリアに、キルテはミラのことを思い出す。彼女は確かにリアと顔の雰囲気が似ていたが、リアの方が照れ屋で反応が面白い。
(ミラは、子供を揶揄う方が好きだったからな)
「……私が殺し屋だということもそうだが、貴族たちが魔物になるだなんて話、よく呑みこめたな」
ふと過った疑問にキルテが言う。彼らからはそのことについての反応が薄い。普通、あり得ないだとか、嘘だろとか、そんな言葉が出るのではないだろうか。
「ああ、それは……」
「この本を読んだから」
シザの言葉を遮り、キルテに答えたのはユラだった。彼は両手で持った本をキルテに向けて掲げている。その本はお世辞にも綺麗とは言えない状態で、全体的に汚れているし破れている箇所もあるようだ。
「なんだ、その本は」
「地下通路の間に隠し部屋のような部屋がありまして。そこにあった本、というよりも日記なんです。ユラはいつでも本を手放さないような本の虫でしてね。眠るか本を読んでいるんですが……監獄で読める本も限られてたせいか、その時本に飢えていまして」
「本の気配がするってんで隠し部屋を探し当てたってわけだ。そんで発掘したのがそれだ」
「悪癖」
「だってこの本、誰かに読んで欲しいって泣いてたんだもん」
「ユラは、本のことが大好きだもんな!」
本を抱きしめて言うユラに、ソルが頭を撫でる。それに対して少し顔を顰めたユラは、おずおずと本をキルテに差し出す。
「多分、一番読んでもらいたかったのはキルテねーちゃんだと思う」
「私に?」
本を受け取ったキルテに、ユラは頷く。確かに本には魔力が宿っているようだが、キルテには本が泣いているという感覚はわからない。視界に映るのはさして大きくもない魔力の残滓。そこに込められたものをキルテは感じることが出来なかった。
(シヨウなら、何かを嗅いだかもしれないな)
そう思いながら、キルテはボロボロの表紙をめくった。
数多くの作品の中から選んで読んでくださり、ありがとうございます。
この話を読んだ感想や評価など「与えてやんよ」という方がいらっしゃいましたら、頂けると大変ありがたいです。小説を書く上での参考、糧にさせて頂きます。




