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9 ユーティスの不在 シャーリーマリーローズの危機

「兄のいる場所がわかりました」

 教会の庭。ユーティスはシャーリーマリーローズに言った。

「兄に面会しなければ、シャーリーマリーローズ様との婚約を正式なものにできません。それで、兄に会いたいのですが……兄はここしばらく、伯爵家に不在です。国王の指示で動いているらしい、という家族の話なのですが、行き先は家族も知らない様子でした」

 ユーティスは少し疲れた目をしていたが、興奮した様子で話した。

「それで私は、伯爵家配下の者に探りを入れました。兄はここから少し離れた、ある場所にいるようです。どこかは、あなたにも言えませんが……、これから向かおうと思っています」

 シャーリーマリーローズは驚いた。

「今から……ですか?」

 空は遠くが赤くなり始めている。夕方だ。シャーリーマリーローズは毎日ダンスパーティの練習をしていて、パーティはもう2日後に迫っていた。

「急がないと、兄はまた移動をしてしまうかもしれません。これから日が暮れるまで馬で走って、宿に泊まり、明日の早朝からまた馬で走って———、うん、多分、明日、兄に会えます」

「そんな、危ないです。無理なさらないでください」

 シャーリーマリーローズはとても心配になったけれど、ユーティスは計画を変えるつもりが無さそうだった。

「大丈夫です。一応、従者も数名つけます。私の不在の間のあなたのことは、ケインに頼みました」

 ユーティスはシャーリーマリーローズの手を取った。

「私と、結婚して下さい。シャーリーマリーローズ様」

 何度目かのその言葉に、シャーリーマリーローズは、うなづいた。

「はい」

 それを聞くと、ユーティスは嬉しそうに笑い、シャーリーマリーローズの手に口付けした。

「行って参ります」

 手への口付けに、びっくりしてシャーリーマリーローズは赤面して固まってしまう。そのまま、くるりと向きを変え、ユーティスは行ってしまった。




 翌朝。ユーティスを心配してよく眠れなかったシャーリーマリーローズは、いつもより早く目が覚めた。不安だった。つい先頃、父と継母も旅先で亡くなったばかりである。馬が暴走し、崖から落ちての事故だった。シャーリーマリーローズを塔に閉じ込めていた父と継母が死亡したため、シャーリーマリーローズは今こうして教会で過ごし、学校へ行けるのだけれど。

(ユーティス様は大丈夫)

 そう思いたいのだけれど、夕方に慌てて出て行った事はとても心配だった。

 シャーリーマリーローズは箒を手に教会の聖堂に入った。

 長椅子がいくつか並んでいる。そこを通り過ぎて正面中央の聖母の像へ歩み寄る。穏やかな微笑みを浮かべる聖母の像に祈った。

(ユーティス様がご無事で戻られますように)

 それが済むと、シャーリーマリーローズは床を放棄で掃除し始めた。隅から隅まで掃いて、埃を集めていく。そうしているうちに、妖精たちが集まってきて周囲がキラキラと光った。

 床の埃を外へ掃き出したら、次は雑巾掛けだ。硬く絞った雑巾で椅子を拭いてゆく。シャーリーマリーローズがせっせと座面を拭いていると、聖堂の扉が開いた。

「誰もいない? 中に入って」

 聞き覚えのある女の声だ。シャーリーマリーローズはしゃがんで掃除をしていたので、椅子に隠れてお互いが見えない。立ち上がって挨拶するべきかも、と一瞬思ったけれど、顔を合わせたくない気持ちが勝ってしまって立ち上がれなかった。

「いいわね、シャーリーマリーローズを捕まえて、何日か、閉じ込めるの」

 女はそのまま話し出した。それは、シャーリーマリーローズの姉の声だった。2人のうち、どちらの声だったかはわからない。シャーリーマリーローズは、そんなに彼女たちと話す機会があったわけでは無いから。

(私を……捕まえて閉じ込める⁉︎)

そんな恐ろしいことを言うのは、姉たちのうちのどちらかに違いなかった。

「教会の中で、恐ろしいことを言うな、あんたは」

 男の声がした。言い方からすると、貴族の上品さは無いような感じがする。

「私が男爵になったら、従兄弟のあなたにも利益がある。貴方の商売には、貴族との繋がりが欲しいはずでしょ」

「そりゃそうだ。わかってるよ」

「世間の信用、裁判員の信用をあの子が失えばいいの。自分勝手なシャーリーマリーローズは勉強に嫌気がさして、学校から逃亡。ダンスパーティにも出ない———ってなれば、私たち姉妹のどちらかが男爵位を相続できる」

 従兄弟、という言葉でシャーリーマリーローズは気がついた。確か、継母は父と結婚する以前に商人の家に嫁いでいて、姉たちもそこで生まれている。そこにいる男は、その商人の家の者、と言うことだろうか。

「大丈夫、少し、閉じ込めるだけよ。それだけで、私たちに有利にできる」

 しばらくの沈黙があった。

 シャーリーマリーローズは、姉は、やはり継母と同じような人間なのだと思った。シャーリーマリーローズのことを社会的に殺そうとしている。それなのに、殺す事はしない。人間として、とても小さくて、卑怯な人間だ。

「……わかったよ。まあ、どこかの倉庫にでも入れときゃいいだろ。問題は、俺はその妹の顔も知らないし、どこでどう捕まえるかだろ?」

 男は姉に従うようだった。けれどもまだ、顔を知られていないこともわかった。姉たちの企みをユーティスに知らせたら、姉たちやこの男を懲らしめることができるかもしれない。———ところが、今、ユーティスは教会を離れ不在である。数日、戻らないかもしれない。シャーリーマリーローズは焦った。

「どうやら、昨日、司祭様がどこかへお出かけになったみたいなの。今が、絶好の機会だわ。私たちが、あの子を誘導して人目につかないところへ連れていく」

 シャーリーマリーローズはこの会話を、ずっと中腰のままで聞いていた。椅子の座面を拭いている最中に彼らがここへ現れたせいだ。

(今、見つかったら危ない)

 怖くなって、震え出してしまう。音を立ててはだめ。けれど、足が限界に近づいていた。

(音を立てずに、膝を床に着こう……)

 ゆっくりと、体を降ろす。音を立てずに、膝が、床に着いた。

 シャーリーマリーローズは一瞬、ほっとした。

「ちょっと待て、なんだあれ……バケツ? 掃除道具か。誰かいるのか?」

 男が歩く音がする。こちらに近づいてくる。シャーリーマリーローズは移動して隠れようか、音を立てずにここに留まった方が良いか、迷った。中腰をし続けていて、足が疲れている。

「———あっ」

 男が声を上げた。ここにいることに気付かれた。シャーリーマリーローズは逃げようと立ち上がって走り出したが、それに姉が気がついて、道を塞いだ。

「誰⁉︎ 話を聞いたの⁉︎」

 手を広げて扉の前に立つ姉が、走ってくる者が誰かに気づいた。

「シャーリーマリーローズ⁉︎  シャーリーマリーローズよ! 捕まえて!」

 シャーリーマリーローズは姉をかわして扉を開けようとしたが、姉に腕を掴まれた。そこへ追いついた男もやってくる。

「———ふ、はははは!」

 シャーリーマリーローズの背後から腕をガシッと掴んだ男が、笑い出した。姉も笑う。

「まさかここで、あなたを捕まえられるなんて! 早起きした甲斐があったわ。これはきっと運命ね。私たちの方が、男爵に相応しいと、天がお導きになったのだわ!」

 シャーリーマリーローズの顔面は蒼白になった。

(助けを呼ばなきゃ)

 そうは思うものの、声が出ない。

「さあ、一緒に歩いてちょうだい。じゃなきゃ、ここで殺してしまうわ」

 男がシャーリーマリーローズの前へ短刀を出した。

 姉が聖堂の扉を開ける。外にはもう1人の姉が立っていた。

「セレナ、都合よく、シャーリーマリーローズがここにいたわ」

「ええっ⁉︎ すごい幸運。私たちついてるのね!」

「ええそうよ。仲良く話しながら、馬車に乗りましょう」

 仕方なくシャーリーマリーローズは姉たちに従って歩いた。途中、誰か司祭とすれ違ったが、危機に気づいてもらうことはできなかった。そのまま、馬車に乗せられる。姉は馬車には乗らず、こう言った。

「眠らせて。後は、頼んだわ」

 男の出したハンカチに、姉は薬を垂らした。

(眠り薬———⁉︎)

 シャーリーマリーローズの口元にハンカチが当てられる。その瞬間、シャーリーマリーローズは気を失った。




 手が痛い———。

 石の床の上で目を覚ましたシャーリーマリーローズは、自分の手が縄で縛られていることを知った。足首も、縛られている。口にも布が当てられていて、助けを呼ぶ声を出すことができない。

 大きくはない部屋だ。大中小、色々な木箱がいくつかある。大きな扉と、閉じられた窓が一つ。

(倉庫に閉じ込めるって言ってた)

 シャーリーマリーローズは体を起こして、周囲を観察した。

 起きたことを思い返し、現実と照らし合わせる。教会で姉たちに捕まり、眠り薬で眠らされてここへ連れてこられた———これは、夢ではなく、現実のようだ。どれくらい眠っていたのかはわからない。窓の隙間の向こうから差し込む光は、昼間であることを教えてくれる。自分は眠らされたまま、どれくらいの距離を移動したのだろう。

 立ち上がることはできそうだった。ゆっくりと腰を持ち上げ、立った。そこから、跳ねるようにして移動して、扉へ近づく。扉の向こうの気配を探ろうと扉に耳を当ててみた。ガラガラと何か車輪のような音、人の声……怒鳴り合うように話す大人の男の声がする気がする。

 ここが倉庫だとすると、もしかすると倉庫の立ち並ぶ地域で、外では荷の上げ下げをしているのかもしれない。そこにいる者たちは、果たして、シャーリーマリーローズの敵か味方か。 

 ここから出られないのだろうか。絶望しかけたシャーリーマリーローズの前に、チカチカと光が現れた。

「目が覚めたのね」

 妖精、リリだった。リリはいつもと違い、少し怒ったような顔をしていた。

(リリ)

 名前を呼びたかったが、口元の布のせいで、ふがふが、と言う音にしかならなかった。

 シャーリーマリーローズの手の周りに、チカチカとした光と共に風が吹いた。きつく結ばれていたはずの縄が、するりと解ける。妖精のイタズラだ。

 手が自由になったシャーリーマリーローズは、口に当てられた布を探って、解いて取り去った。

「ありがとうリリ!」

「呑気な子ね。あなたの運命がここまでかどうか、あなた次第よ」

 不機嫌な言い方をして、妖精は消えてしまった。

 窮地に妖精たちが現れて、助かった気持ちがしたけれど、未だ窮地の最中だった。縄で縛られていた手が赤く、少し腫れている。シャーリーマリーローズはしゃがんで足の縄も解こうとしたが、結び目が硬くてなかなか手で解けない。そうしているうちに姉の従兄弟だというあの男が来たら、せっかく妖精たちがくれたチャンスをふいにしてしまう。焦る気持ちと戦いながら、シャーリーマリーローズは結び目と格闘した。手が、震えそうになる。

(落ち着いて。あの人たちは私を放置する気がする、誰も、来ない)

 一度、深呼吸をして結び目に手をかける。指に力を入れて、結び目をほぐす。何度も力を入れるうちに、結び目が緩んだ。シャーリーマリーローズは足の縄を取り去った。

 手足は自由になった。次は脱出を考える。扉に力をかけたけれど、動かなかった。外に鍵をかけられているのだろう。そうすると、あとは窓だ。

 窓はシャーリーマリーローズの背よりずっと高い所にある。辺りにある木箱を運んで積み上げたら窓に届くかもしれない。

 試しに中ぐらいの木箱を持ち上げようとしたら、重くて動きそうになかった。

(何が入ってるんだろう?)

 そう思いながら周囲をよく観察すると、あちらの木箱の上に金槌が置いてあるのに気がついた。その使い方は本で読んだことがあった。平らな面で釘を打ち、二股の方で釘を抜く。

 シャーリーマリーローズは木箱の蓋を留めている釘に金槌を差し込んだ。

(確か……テコの原理で)

 蓋の面に対して斜めの方向に力をかけると、釘が抜けた。

(やった!)

 同じようにして、蓋を留めている釘を抜く。釘を抜いた蓋に手をかけると、蓋が外れた。中身は———、

(燭台)

 鉄でできた燭台は見た目より重い。シャーリーマリーローズは中に入った二つの燭台を掴んで、外へ出した。

(重いけど持てる)

 ならば、なぜ木箱はこんなに重いのか。木箱自体の重さなのだろうか。シャーリーマリーローズは木箱を観察して、ある事に気づいた。

(内側の床の面が、外側の底より高い気がする……?)

 箱の中の、底の木に手をかけると、外すことができた。本来の、脱出する目的から横道にずれてしまっているが、知的好奇心が湧いていた。3枚に分かれた板を外し去ると、その下から出てきたのは、

(金貨⁉︎)

 箱が重いわけだ、とシャーリーマリーローズは思った。底に、隠すように金貨が入っているということは、これは、隠したい金貨なのだろう。

(何らかの悪事に使われてるお金かも……)

 完全に知的好奇心に負けてしまったシャーリーマリーローズは、そこにある木箱を片っ端から開けてみた。

 獅子の毛皮の絨毯。曲線の美しい植物模様の花瓶。金の皿。象牙の万年筆。

 どれも高級品だ。貴族しか持たないものだろう。シャーリーマリーローズは、10年閉じ込められた塔から出た日、男爵家の広間で見た家具を思い出した。

(こういうの、継母様が好きそう……)

 そして、これらは本当に、継母へ届ける商品の可能性もある。姉たちの従兄弟の男が、自分をここに閉じ込めた。ここはおそらく、男の持ち物の倉庫だろう。

(男爵家の経営はうまくいっていない、と、ユーティス様とリューナ様は言ってた)

 それなのに、あの大広間にはあんなに贅沢な家具が並んでいた。

 シャーリーマリーローズの中に、怒りが込み上げる。たくさんの金貨の幾つかをむんずと掴んで、ドレスの中に仕舞い込んだ。この倉庫がどこにあるのかわからない。身一つで脱出したのでは心許ない。

 それから、中身を取り出して軽くなった木箱を窓の前に積み上げた。

 足元に気をつけながら一段、一段木箱を上がっていくと、窓に手が届いた。閉じられた窓のルーバーを、左右に開く。———と、外が見えた。そこには、同じくらいの高さの建物がいくつか続いていた。おそらく、倉庫だと思われる。

「違う違う、この荷物はあっちの倉庫だ!」

「どけどけ、通せ!」

「急げ、間に合わないぞ!」

 いくつもの男たちの声が聞こえる。作業をしている者たちがたくさんいるようだった。彼らに助けを求めるべきか、見つからないようにするべきか、シャーリーマリーローズは迷った。一旦、窓を閉じて離れる。 

 なんて説明して、どうして貰えばいいのか。信じてもらえるのか。それより何より、女の子が1人では危ない気がする。大声を上げる男たちが怖かった。

(見つからないように、ここを脱出しよう)

 シャーリーマリーローズは再度窓を開けて外を観察した。人の行き来のない面に窓があるようだ。窓の高さを確認する。下には雑草が生えていてクッションにはなりそうだが、少し高い。跳んで無事でいられるか自信の無い高さだ。

 少しためらわれたけれど、シャーリーマリーローズは決心した。窓から出て、壁に足を掛けながら、ゆっくり体を降ろして地面との距離を縮める。

 エイっと飛び降りた。

 尻餅をついて、少し痛かったが、怪我をするほどではなかった。草の中にうもったシャーリーマリーローズは、草に感謝した。起き上がり、人に見つからないように移動を開始する。

 どうやら、倉庫の扉の方には道が敷かれていて、男たちが荷台で樽や木箱を運んでいるようだ。今シャーリーマリーローズの居る裏側は整備されておらず、草が茂っている。少し先に林が見える。草をかき分けて進み、木々の中へたどり着いた。

 倉庫の向こうの道、その向こうには川があるようだ。川から運んで来た荷物を荷上げしているのかもしれない。

(川沿いに行けば、街に辿り着くはず)

 シャーリーマリーローズは、歩き出した。

読んでくださってありがとうございます

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