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16 明日に向かう風

 男爵家で過ごすようになったシャーリーマリーローズは、朝一番に馬車に乗り、学校へ向かうようになっていた。教会に到着し馬車を降りると、そこでは丁度リューナも馬車から降り立ったところだった。

「おはようございます、シャーリーマリーローズ様。今日は進級テストの結果が出ますね」

 柔らかな微笑みに、シャーリーマリーローズも挨拶を返す。

「おはようございます、リューナ様。私もリューナ様と一緒に進級できると良いのですが」

 シャーリーマリーローズは緊張していた。春に初めて学校へ通うことになり、姉たちとの事件、生徒会長レオンカークに指示された初めてのダンスパーティへの課題、などもあり、シャーリーマリーローズにとっては目まぐるしい日々だった。

 そしてその指導をしてくれたのはリューナである。年下の素晴らしい伯爵家の令嬢。リューナがシャーリーマリーローズに使ってくれた時間、優しさ、親切、暖かさ、全てに感謝している。

 進級したい。精一杯やってきたつもりだったけれど、いかんせん、初めての学校。学年途中からの編入だ。年下の同級生たちに、追いつけただろうか。

 シャーリーマリーローズとリューナ、2人は学舎へ入って廊下を歩いていた。すると、前からこちらへ歩いていたのは刺繍の授業を担当していた厳しい女教師だ。ぺこりとお辞儀をして通り過ぎようとしたところ、彼女に声をかけられた。

「シャーリーマリーローズ様。刺繍は学校で初めて習ったようですが、課題の刺繍作品、初めてにしてはよくできていました」

 その声かけにシャーリーマリーローズはびっくりしながら返事する。

「ありがとうございます。リューナ様が教えてくださったおかげです」

「そのようですね。リューナ様の作品はこれまで初等部の生徒が作ったどの作品より美しく、感動いたしました。指導までお上手だなんて、素晴らしい」

「ありがとうございます。シャーリーマリーローズ様にお付き合いして、たくさん針を刺しました。褒めていただけて嬉しいです」

 リューナがにっこりと微笑んだ。いつにも増して、美しく輝く姿に、シャーリーマリーローズは惚れ惚れとした。

「進級後のクラスでまたお会いしましょう」

 そう言い残して、女教師はそのまま去って行った。

「うふふ。進級、できるみたいですね」

 リューナはシャーリーマリーローズにそう言ったけれど、シャーリーマリーローズはまだ不安だった。

「今のは……リューナ様の進級のお話かもしれません。……でも、刺繍の課題は合格できたのでしょうか」

 しばらくして、教室には全ての生徒が揃った。みんな、少し緊張した面持ちだった。進級できない生徒はこの後、個別に呼び出される、というのが通例らしい。呼び出しをされないことをみんなが祈っていた。

「シャーリーマリーローズ様はお勉強がお出来になるから、落第と言うことは無いのでは?」

「そうです。それで、刺繍も合格しているようならば、問題なさそう」

 女生徒の2人がシャーリーマリーローズに話しかける。シャーリーマリーローズはダンスパーティが終わった後から、少しずつクラスの生徒たちと話すことができるようになっていた。

「はい。そうだと良いのですけれど……。皆さんと進級できますように」

 シャーリーマリーローズは手を組み、祈るようなポーズをした。

「大丈夫ですよ」

 リューナも笑った。

 教室に、修道士であり教師であるケインが入ってきた。ケインはそのまま教壇に立つ。

「皆様、おはようございます。今日は初等部最後の授業になります。このクラスの全員の、進級が決まりました」

 その言葉に、クラス中がわっと湧いた。シャーリーマリーローズも嬉しくて飛び上がりそうだった。

「皆さんと進級できます!」

 シャーリーマリーローズは周囲の生徒に言った。

「はい! 進級後も一緒に頑張りましょう」

 リューナとシャーリーマリーローズは手に手を取って喜んだ。

 学校は今日をもって学年の授業を終了し、夏休みに入る。そして、このクラスの生徒たちは皆、秋から高等部へ進学するのだ。





 学年が終了してすぐの、ある日。男爵家の庭にバラが咲いている。季節は初夏だ。庭にテーブルと椅子が置かれており、シャーリーマリーローズはそこへリューナを案内した。

「そちらへどうぞ、リューナ様」

 シャーリーマリーローズは紅茶の入ったティーポットを手に取り、ティーカップへと注ぎ出す。

「父の残した贅沢品はほとんど売り払ってしまったのですが、紅茶のセットだけは残しました。ユーティス様が紅茶をお好きで、紅茶は日々のちょっとしたご褒美に良いかと思って」

「贅沢品を全て売り払ってしまうなんて……お二人らしいです。私も贅沢は控えなければならないと日々思います」

 リューナはそう言いながら、シャーリーマリーローズから渡された紅茶のカップに口をつける。シャーリーマリーローズは慌てて、言葉を探した。

「リューナ様は、贅沢をしすぎているとは思いません。将来きっと、この国の繁栄のために尽くしてくださるのですから」

 リューナは近く、フィレネ公爵家の後継ぎと婚約をするらしい。世の中への影響力の強い立ち位置だ。将来、きっと素晴らしい公爵夫人となるだろう。

「そうなるよう、努力します。……でも、少し羨ましい。ユーティス様のような方と結婚できること。私が婚約する予定の方は、まだお会いしたこともありません」

 リューナは少し不安そうに言った。リューナにも不安な気持ちはある。シャーリーマリーローズは意外に思った。けれど、努力なくして今のリューナは無いのかもしれない。リューナは美しい。その美しさは彼女が様々な欲を抑え、乗り越えて来たからこその美しさなのだろう。

「リューナ様は誰からも愛される存在です。きっと、未来の旦那様とも幸せにお暮らしになります」

 少し社交辞令のように聞こえそうな台詞だなと思いながら、シャーリーマリーローズは心からそう思った。

 リューナは少し照れたように笑った。

 そこに、皿を持ったユーティスが現れた。彼は司祭の服ではなく、薄茶色の華美でない貴族の服を着ている。

「ドースさんに手伝ってもらって、得意のクッキーを焼きました」

 そう言って、皿をテーブルに置いた。そのままシャーリーマリーローズの隣に座る。リューナがクッキーを見て喜んだ。

「わ、嬉しい。ユーティス様の焼くクッキーはとても美味しくて、大好きです。いただきます」

「どうぞ。ちょうど、この庭にハーブが育っていて、それを使いました。教会で菜園を管理していましたが、ここでも、やってみたいですね」

「菜園、良いですね、私もやってみたいです!」

 シャーリーマリーローズもうなづいた。

「あの事件で農民の親子から葡萄栽培の話を聞いて、植物の育て方に興味を持ちました。それからその方面の読書を進めているのですが、この地方の発展のためにも、栽培方法の研究をしていくのは良いことではないかと思っています」

「それは素敵。たくさん収穫できるようになったら、みんなを幸せにできるはず」

 リューナも同意し、クッキーに手を伸ばした。リューナは本当にユーティスのクッキーが好物のようだ。とても嬉しそうに小さな口で食べる仕草が愛らしい。

 シャーリーマリーローズはユーティスに紅茶を淹れて、ティーカップを渡した。

「紅茶は初めて飲んだ時、少し苦いと思って美味しさがわからなかったのですが、こうして楽しく過ごす時間に甘いお菓子と共にいただくと、幸せな気持ちになるのですね」

 ユーティスのクッキーを食べながら、シャーリーマリーローズは言った。少し甘くて、ハーブの香りが漂う。

 ユーティスがある日教えてくれたのだけれど、ユーティスのハーブ入りクッキーは妖精が教えてくれたものだという。ユーティスには妖精の煌めきが見えている。雑草の中にキラキラと輝いて見えるところがあって、その葉っぱを摘むととてもよい香りがした。それからハーブ類に興味を持つようになって、美味しいハーブ入りクッキーを作るに至った、と。

 シャーリーマリーローズの人生も、妖精が導いてくれたような気がする。塔の中に閉じ込められていた時から、ずっとそばにいてくれた妖精たち。彼らの気まぐれなのだろうけれど、彼らのおかげでこのテーブルへ辿り着けた。

 妖精たちには感謝しても、し足りない。

(お掃除しよう、妖精たちと一緒に)

 そう、シャーリーマリーローズは思った。





 時はまた過ぎ、秋。男爵家には貴族たちが集まっていた。皆、少し控え目な正装である。本日の主役は結婚する2人であるためだ。

 シャーリーマリーローズは部屋で準備を進めていた。真っ白なドレスを身に纏い、緊張と高揚感で頬を赤く染めていた。集まった招待客の中には伯爵家の者、学校のクラスメイト、教会でユーティスを慕っていた修道士たちもいる。ここにいる者たちがみんな、ユーティスとシャーリーマリーローズ結婚を、祝福してくれる。

 2人はこれから、手に手を取って、共に暮らし、男爵家の苦境を乗り越えてゆかねばならない。けれど、2人であれば乗り越えられる、と誰もが期待していた。

 今年の葡萄の収穫は豊作であったようだ。シャーリーマリーローズは連れ去りの事件があった時に助けてもらった農民のエイム親子から、葡萄を買い取った。宴席にはこれを使った搾りたてのジュースが配られた。

 グラスに注がれた甘く、酸っぱい紫色のジュースを飲んで、シャーリーマリーローズはとても幸せな気持ちになった。

 そこへ、ユーティスが現れる。

「あなたのためにあるドレスですね。純白に輝いています」

 シャーリーマリーローズはユーティスの姿に胸が高鳴った。ユーティスも白いタキシードを着ていて、なんとも美しい。2人の衣装はリューナが用意したものだった。白い生地に白い刺繍が施されている。優美なラインは柔らかさと高貴さを演出していた。

「ずっと、私は1人きりで塔の中にいて……こんな日が来るなんて、思っていませんでした。あまりにも、幸せです」 

 ユーティスはシャーリーマリーローズの手を取って、そっと抱き寄せ、口付けした。

「私も幸せです」

 ユーティスは優しく言った。

「私は、少し人生に疲れていたのです。嘘と真実、裏切りと愛、答えの見つからない世界の中、心は彷徨っていました。けれど、あなたと出会って、一本の道が見えた。世の中は変わらないかもしれないけれど、あなたとなら、そこを歩いていける」

「はい」

 2人はぎゅっと抱き合った。そして、しばらくしてユーティスは言った。

「さあ、皆さんに会いに行きましょう」

 シャーリーマリーローズはうなづき、ユーティスに手を引かれながら、庭で待つ招待客のもとへ歩き出した。

 風がふっとシャーリーマリーローズとユーティスの周りを駆け巡る。キラキラと輝いている。

「シャーリーマリーローズ、名前の長い子」

 妖精のリリだ。姿を現した彼女は、イタズラっ子の笑顔を見せた。

「これからも、あなたがあなたの道を選んでいくのよ」

 ユーティスも妖精の気配に気が付いて、シャーリーマリーローズと目を合わせて笑った。

 シャーリーマリーローズは幸せいっぱいになった。

「ありがとうリリ」

 風はキラキラと輝きながら空の方へ消えていった。 

最終回です

読んでくださった方々のおかげで、初めて長い小説をかくことができました

改めまして、ありがとうございます

自分の中で、ファンタジー度の低いシンプルなものを書いてみようと思って作ったお話でした

次作は魔法世界で色々練ってみようかなんて考えています

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