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14 公爵家のダンスパーティ ユーティスの抱擁

 そこは、広く整えられた庭だった。花壇には春の花がたくさん咲いている。刈り込まれた低木。落ち葉の無い石畳の通路。中央には池があり、女神の彫像、貴族の男性の胸像などが配置されている。これら全て、公爵家の権威を示していた。

 ダンスパーティに招待された者たちが続々と公爵家を訪れている。シャーリーマリーローズはリューナの用意したドレスを身に纏っていた。長い髪は、三つ編みを施した優雅なお団子に結い上げてもらった。着慣れないので少しふわふわとした心持ちがしている。それ以上に、この素晴らしい庭園に集まる人々の姿に、興味深々で興奮気味だった。

 皆、華やかな服装だ。赤や紫、黄色に水色、色とりどりのドレス。髪を結い上げていたり、後ろの髪を下ろしていて、それが風に揺れるのも良い。学校でも生徒たちの髪型を見るたびに、色々な結い方があるのだなあと感心していたのだけれど、今日の髪型は皆一段と手が込んだものだった。

 男性も、黒、紺、白、薄茶色、刺繍も入っていたり、薔薇を胸に刺していたり、教会で見かける人々より凛々しい装いだ。

(これが貴族の社交場なのね)

 シャーリーマリーローズはそうして人だかりの隅で行き交う人を眺めていた。

「シャーリーマリーローズ様」

 後ろから呼びかけられて、シャーリーマリーローズは振り返った。

 ユーティスだ。彼は他の着飾った者とは違い、いつも通りの司祭の服を着ていた。ユーティスはシャーリーマリーローズの方へ歩み寄って言った。

「なんて素晴らしい。これぞ、あなたにこそ似合うドレス。リューナ様はあなたに1番似合う服をご用意下さったのですね」

 シャーリーマリーローズは自分からユーティスにドレスを見て欲しいと言ったものの、実際に今ユーティスにドレス姿を見られて、少し恥ずかしくなってしまった。顔が赤くなる。

「あ、ありがとうございます。そう、リューナ様はとてもセンスが良くて……」

「髪も似合っています。そうだ、あなたが望むのであれば、あなたの日頃の身の回りを手伝う女性を雇います。いかがですか?」

 ユーティスの申し出に、シャーリーマリーローズは首を振った。

「いえ、そんな……お掃除もしたいので髪も服もすぐ崩れてしまうかもしれないし……」

 シャーリーマリーローズは少し考える。そして気づく。

「私、もっと日頃から綺麗にしたほうが良いのでしょうか⁉︎」

 これにはユーティスが驚いた。

「いいえ、すみません、そんな意味ではありません! 日頃のあなたも純粋で美しく、問題はありません。……もし、他の令嬢たちのように、日頃からおめかしをしたい気持ちがあるのであれば———と思ったものですから」

 そう言って、ユーティスは笑った。

「掃除がしたいから侍女は必要無い———なんて。あなたのそういうところが、好きです。ああでも、必要な時には言ってください」

 シャーリーマリーローズはユーティスに近づいて、周囲に聞こえないように小さな声で話した。

「私にとって、掃除は妖精たちとの遊びなんです」

「そうなのですか」

 ユーティスは納得した。そよそよと風が吹く。妖精たちも同意したようだ。

 その時、周囲の人がざわつき始めたのに2人は気づいた。皆、門の方をチラチラと伺っている。

「誰かが門番と揉めてるらしい」

「誰? どうして?」

 ざわつく中から声が聞こえる。

 これを聞いて、ユーティスは門の見える所へ歩いた。シャーリーマリーローズも後についていく。

 門には2人の着飾った女性と、2人を通さないように仁王立ちする3人の門番の姿が見えた。

「あれは……」

 ユーティスが呟く。シャーリーマリーローズも気づいた。

「お姉様たち……!」

 一瞬、心がキュッと締め付けられた。今日、パーティで出会うだろうと覚悟はしていたのだけれど、昨日の恐怖が蘇る。

「そこにいてください、シャーリーマリーローズ様」

 そう言って、ユーティスは門の方へ行こうとした。

「ユーティス様。私も行きます」

 シャーリーマリーローズはユーティスに並ぶ。

(負けない、負けない……!)

 少し青ざめた顔で、シャーリーマリーローズは決意した。ユーティスはうなづいた。

 門番の方まで、ユーティスとシャーリーマリーローズは歩いていく。すると、姉たちが2人の姿に気がついた。

「シャーリーマリーローズ⁉︎ どうしてここに……⁉︎」

「倉庫に閉じ込めているはずなのに⁉︎」

 それを聞いて、ユーティスには怒りが湧き上がった。けれども、彼は冷静だった。

「———門番。なぜ、彼女たちと揉めているのですか?」

「これは———、司祭様。ルース男爵家の令嬢、パリス様セレーナ様は通してはならない、と、主人からの言いつけがありました。それで、お帰りくださいと申し上げたのですが……」 

 シャーリーマリーローズは驚いた。

(公爵様が、2人に公爵家への入城を禁止した……? なぜ)

 そこへ、近づいてくる者があった。

「噂はもう、公爵家へも届いていますよ」

 振り返るとそれは、公爵家の子息であり、学校の生徒会長も務める、レオンカークだった。煌びやかに金の刺繍の施された白いスーツを着こなしている。圧倒的な存在感だ。

「司祭様が2人を学校から追放する手続きを始めたそうですね。どのような理由でその判断をされたのかはわかりませんが、ここでお聞かせいただいても?」

 レオンカークは睨むような表情でユーティスに聞いた。ユーティスはレオンカークの方へ向き直る。

「セレーナ、パリスの両令嬢は、ここにいるシャーリーマリーローズ様を連れ去り、教会から離れた所にある倉庫に監禁しました」

 レオンカークは驚く。

「監禁……? 昨日、学校では、そのシャーリーマリーローズは学校から逃げ出して街で遊んでいる、という噂話が広がっていたようだが」

「それは、その2人の広めた嘘です」

 姉たちが声を上げる。

「シャーリーマリーローズが街に遊びに行ったのは本当です!」

「その子は、私たちを陥れようとしてる」

「そうよ、そっちこそ、嘘よ!」

「男爵家を手に入れようとして、司祭様まで、嘘で私たちにひどいことをしようとしています」

「助けてください、生徒会長」

 助けを求められたレオンカークは、ふん、と笑った。

「私が、お前たちと、司祭の、どちらを信じると思う?」 

 冷たい響きに、場が凍りつく。生まれながら上に立つ者が持つ、天性の威圧感。

「今、公爵家と伯爵家は微妙な立ち位置にある。———が、しかし、司祭様の人間性は誰もが認める物だ。誰の賄賂も受け取らず、中立で、公正」

 言いながら、レオンカークはやはりユーティスを睨んでいる。

「この件、証拠はあるのですか? 司祭様」

 ユーティスは睨まれていても、怯む様子がない。

「シャーリーマリーローズ様の証言がほとんどです。彼女が監禁された倉庫から逃げ出し、農民に助けられ、フォルスの街に辿り着いてからは、そこで遭遇したドース修道士、ロン伯爵家モルボフ老翁の証言もいただけるはずです」

「……モルボフ老翁は知っている。名誉のある武人だな。だが——1人で、監禁された倉庫から逃げて教会まで戻ったというのか? そんなことができる令嬢がいるとは思えないが」

「ええ、本当に、幸運だったとしか思えません」

 レオンカークは少し、考える様な表情をした。

 シャーリーマリーローズは、一歩進み出た。

「あの……、先ほど、姉たちが言ったことを門番が覚えていたら」

 ユーティスが意図することに気がついた。

「そうでした。先ほど、2人はシャーリーマリーローズ様を見て、倉庫に閉じ込めているはずなのに、どうしてここにいるのか、と言いました。シャーリーマリーローズ様の監禁を知っているのは間違いありません」

 レオンカークは門番に尋ねた。

「お前たち、それを聞いたか?」 

 門番たちは顔を合わせて、答えた。

「聞きました。こちらの令嬢たちは確かに、そのように言っていました」

 これを聞いて、レオンカークはうなづいた。そして、両手を肩まで上げた。

「面白くない。令嬢たちの言う様に、司祭様が悪さをしていたら、伯爵家につけ入る隙が見えるかもと思ったが」

 ユーティスは少し笑った。

「あなたこそ、公正な人だ。口ではそう言っていても、願っているのは平和なのでは?」

 レオンカークはこのユーティスの指摘に、不意をつかれた様だった。けれども、再び冷たい表情を取り戻して言った。

「私は平和のために、澱んでいるもの全て、排除する」

 ユーティスは言った。

「———赦しは必要ない、と?」

「必要ない。悪人は悪人でしかない」

 レオンカークはそう言って、手を振った。

「招待客は全て揃ったようだ。門を閉ざせ」

 門番はシャーリーマリーローズの姉たちを門の外に押し出し、鉄の重そうな門を閉じた。最後に見えた2人の顔はこれ以上ないほどに青ざめていた。学校からも公爵家からも追い出されたのだ。社交界にも居場所は無くなったに等しいだろう。   

 レオンカークはシャーリーマリーローズをじっと見た。

「どうやら、あの2人は男爵家の跡継ぎにはなれないようだ。さてそれで? お前はどうなのだろうな?」

 シャーリーマリーローズはこの生徒会長を恐れていたけれど、ここまで支えてくれたユーティスとリューナのために、逃げ出すわけには行かないと思った。

「私はまだ様々なことが勉強できていません。でも、これからも、学び続けます」

 レオンカークは冷たく笑った。

「ついて来い。貴族たちにお前を紹介してやろう。受け入れられるか、笑われるかはお前次第だ」

 そのまま、レオンカークは門の前でのこの会話を眺めているパーティの招待客たちの方へ歩いていく。シャーリーマリーローズは戸惑いながらも、その後を遅れないように追いかけた。

「生徒会長、セレーナとパリスに、何かあったのですか?」 

 紫のスーツを着た少年が、恐々と声をかけた。

「罪を犯した。学校からは追放される。公爵家も2人の出入りを認めない」

 レオンカークは短く答えた。それを聞いた周囲の者たちが驚く。

「犯罪……⁉︎ 一体どんな……」

「それから、昨日、2人がシャーリーマリーローズ嬢に関して流した噂は、虚言だ」

「虚言……」

「昨日あの子が学校にいなかったのは遊びに出てて……みたいな、あれ?」 

 ざわ、ざわと周囲の人々が話す声に、シャーリーマリーローズは緊張した。あまりよい視線を向けられていないからだ。けれど、レオンカークが言うことは絶対、という空気も感じる。

 レオンカークは人の輪を抜けて、数段の階段を登り、奥の広場に立った。

「シャーリーマリーローズ嬢をみんなに紹介する」

 慌てて、シャーリーマリーローズもレオンカークの隣に並ぶ。リューナに教えてもらった、令嬢のお辞儀をする。

「ルース男爵家の令嬢だ。今日初めて、パーティに参加する」

 レオンカークはそう言って、脇に控えている音楽隊に合図を送った。十数人の楽器を持った者たちが、演奏を始める。ゆったりとした曲調だ。

 シャーリーマリーローズはレオンカークがこちらに挨拶のポーズを取ったことに気づき、挨拶を返した。

(今からダンスを始めるおつもりなのね)

 招待客たちの注目の集まる中、シャーリーマリーローズは差し出されたレオンカークの手を取った。

 リューナの指導を思い返す。姿勢を正しく、指先まで美しく。シャーリーマリーローズはダンスを覚えたてで、早い振りや難しい振りはできない。それでもできる動作を、一つ一つを丁寧に踊ることをリューナから教わったのだ。

 音に合わせて、優雅に柔らかく見えるように、踊る。レオンカークのダンスが力強く、優しいことにシャーリーマリーローズは気がついた。

 先ほどのユーティスとの会話も聞いていて感じたけれど、この人物は悪い人では無いのかもしれない。シャーリーマリーローズを失敗させようとして今踊っているのでは無い様な気がする。

(ゆっくりな曲を選んで下さった……?)

 風が心地よく吹き過ぎていく。妖精たちの愛情も感じながら、シャーリーマリーローズは、しっかり気を抜かず、最後まで丁寧に踊り上げた。

 演奏が終わり、レオンカークが招待客たちに向く。シャーリーマリーローズは深く挨拶のポーズを取った。

 招待客たちは一斉に拍手を送る。そして、なかなか拍手は終わらなかった。

 シャーリーマリーローズはやり遂げられたことに興奮していた。

 レオンカークはシャーリーマリーローズに言った。

「公爵家はお前を男爵家の後継候補と認めよう。精々、励め」 

 シャーリーマリーローズはその言葉に感極まりながら答えた。

「ありがとうございます……!」

 シャーリーマリーローズは、レオンカークに試されていたのだ。出されたダンスという課題を乗り切ったことで、認められた。公爵家の子息で生徒会長であるレオンカークに認められたということは、学校、貴族社会に認められたことになる。

(私、男爵になれるのかもしれない) 

 胸がいっぱいになった。

 レオンカークは招待客たちを連れて屋敷の中へ歩いて行った。残ったシャーリーマリーローズはユーティスの姿を探した。彼は今の踊りを見てくれただろうか。けれどシャーリーマリーローズは、たくさんの貴族たちの中に、ユーティスを見つけられなかった。彼はいつもの司祭の服を着ていた。他の人たちとは服装が違うし、見逃したとも思えない。

(どこかでお仕事されているのかしら……)

 先ほどのダンスは見てもらえなかったのだろうか。少しだけ、残念に思った。

 招待客たちはみんな、屋敷の中へ入ってゆく。シャーリーマリーローズも最後までパーティに参加しなければならない。屋敷に入ることにした。

 公爵邸の庭の豪華さ、素晴らしさにも驚いたが、屋敷の中のパーティ広間も美しかった。大理石の床、細かな彫刻のされたアーチを描く窓。壁面には金の装飾が施されている。

 貴族たちにワインの入ったグラスが配られた。シャーリーマリーローズもワインを受け取る。

 中央の段の上に、老紳士が立った。美しい深い青のマントをつけている。胸元には輝く紋章。威厳のある強い眼差し。きっと、公爵その人だろうとシャーリーマリーローズは思った。その隣に、ユーティスが現れた。彼の姿を見つけて、シャーリーマリーローズはホッとした。

 公爵が貴族たちに話し始める。

「今宵、集まってくれて感謝する。冬が終わり、暖かく素晴らしい春が来た。じきに、葡萄も芽吹く。豊かな収穫を祈って、飲もう」

 公爵がグラスを持ち上げ、一同それに習った。そしてそれぞれワインに口をつける。それを合図に、楽器隊の音楽の演奏が始まり、貴族たちも歓談し始めた。

「学校で、リューナ嬢が君に熱心に指導していると弟から聞いたよ」

 不意に話しかけられて、シャーリーマリーローズは少し驚いた。若い貴族の男性が2人並んでこちらを向いている。

「はい」

 シャーリーマリーローズは頷いた。

「僕は去年学校を出たが、男爵家のパリスとセリーナは知っている。彼女たちはおしゃべりだが、君はあまり似てない様だね」

 2人は継母の連れ子で、父と継母は従姉妹同士だ。全く血が繋がっていないわけでは無いが、似ていないのも当然だ。それをこの場で説明すべきか、シャーリーマリーローズは一瞬迷った。迷っているうちに別の男が話しだした。

「勉強もできるって噂だろ? パリスとセリーナにそんな印象ないし、本当に似てないね」

 シャーリーマリーローズはどう答えるのがよいのか困ってしまった。そこへ、若い女性が現れる。

「あなたたち知らないのね、男爵家の後妻の連れ子なのよ、あの2人」

「……へえ?」

「あの子達、何かやらかしたみたい。生徒会長に門前払いされてた」

「今日は2人がいないと思ったら、そんなことがあったのか⁉︎」

 周りに人が集まり始めた。みんな若い。学校の生徒か、卒業間もない年齢ぐらいの者たちだ。

「何があったの?」

 女性たちはシャーリーマリーローズに聞いた。シャーリーマリーローズはこれにも、どう答えたら良いのか、すぐには思いつかない。困っていると、誰か若い男性が言った。

「レオンカーク様はパリスとセレーナが罪を犯した、と仰った。学校を追放されるらしい」

「罪を犯した……一体、何を……⁉︎」

 周囲の人間がみんな驚いてざわつき出した。シャーリーマリーローズは焦った。ユーティスに話したように、話すべきだろうか。

(楽しむべきパーティの最中に、昨日の出来事を話して良いのかしら?)

 「おい、お前たち」

 学校の生徒たちが集まっているのに気づいた、年配の男性が声をかけた。

「公爵様のパーティだぞ。場を白けさせるな。挨拶にいけ」

 注意された生徒たちは慌ててその場を解散した。シャーリーマリーローズも、逃げるように移動した。

 シャーリーマリーローズが父と継母に塔に閉じ込められ十年を過ごしたことは、病気がちだったという嘘で誤魔化すことができている。今度は姉たちによるシャーリーマリーローズの連れ去り、監禁だ。これはすでに教会やレオンカークにも知られているので、隠しようは無い。男爵家にとっては、どちらも世間に知られると評判を落とすことでしかない。   

 テラスに出て1人になったシャーリーマリーローズは、ため息をついた。少し落ち着いてからは、再度誰かに聞かれたら、正直に昨日の出来事を話すしかない、と考えた。

 昨日の出来事は、シャーリーマリーローズの証言がほとんどで、証拠を出せと言われても難しい。自分の話を信じてもらうしかない。だとしたら、自分の話がコロコロと変わってしまうのはいけない。

(しっかりしなきゃ)

 姉たちとの男爵位を巡る争いには勝利したように思うけれど、まだ男爵になれることが決まったわけではない。レオンカークも、シャーリーマリーローズを男爵の後継候補として認める、と言った。裁判で決定するまでは、まだ候補でしかない。自分が何か問題を起こして貴族社会から失格と思われたら、最悪の場合、後継無しとして男爵家が取り潰される可能性もある。

 そう言えば———、シャーリーマリーローズは、思い出した。昨日からこのダンスパーティに出なければならないと気持ちを集中させていたので、忘れていた。

(ユーティス様は伯爵様に会いに行って、戻ってこられたのだった)

 ユーティスは伯爵家の人間である。シャーリーマリーローズと結婚をするためには伯爵家当主に結婚を認められなければならない。そのためユーティスは急いで伯爵に会うため数日前の夕方に教会を飛び出して行ったのだ。

(それで、伯爵様に会えたのか、結婚の話を認めていただけたのか……ユーティス様から聞いてないわ)

 今朝からずっと、シャーリーマリーローズの連れ去りの件、ダンスパーティの件でいっぱいいっぱいだった。けれど、ドレスを見て褒めてくれていた時なども、ユーティスは特別、変わった様子もなかった。伯爵との面会が悪い結果だったわけでは無い気がするけれど、シャーリーマリーローズは少し不安になった。自分の運の無さには自分でも呆れる。まさか、結婚が認められなかったという可能性もあるのだろうか……。

「シャーリーマリーローズ様」

 少し遠くから呼びかける声に、シャーリーマリーローズは振り返った。そこにいたのは、ユーティスだった。

「ユーティス様」

 シャーリーマリーローズはユーティスの姿を見ることができて嬉しくなった。いつもと変わらず、落ち着いた佇まいで、シャーリーマリーローズに笑顔を向けてくれる。やはり、その笑顔は、司祭として壇上に立つ時のものより柔らかい。

「お仕事は宜しいのですか?」

 シャーリーマリーローズが尋ねると、ユーティスは言った。

「ええ。ワインを飲みましたので、おしまいです」

「教会に戻られるのですか?」

「戻る時は、あなたと一緒に」

 ドレス姿のシャーリーマリーローズは、少しそわそわしてしまう。日が暮れ始めて、肩に少し冷たい風が当たる。今までダンスパーティに向かう闘志で気持ちがいっぱいだったのだけれど、いつもより肌の露出が大きい服を着ていることを、恥ずかしいと思い始めた。おまけに、ここは社交の場。若者たちが未来の結婚相手を探している場所でもあることは知っていた。 

「シャーリーマリーローズ様」

 ユーティスがこちらをじっと見て声をかけた。

「はいっ」

 シャーリーマリーローズは思わず、上ずった声で答えてしまう。

 ユーティスはそれに気がついたかどうか、シャーリーマリーローズの手を取った。

「一昨日、兄の伯爵に、会うことができました。伯爵は、私たちの結婚を支援してくださるそうです」

 シャーリーマリーローズは、胸が弾けそうなくらい、ドキドキしていた。 

 ユーティスはシャーリーマリーローズの瞳をじっと見つめながら、言葉を続けた。

「シャーリーマリーローズ様、私と結婚してください」

 本当に、今にも心臓が弾け飛んでしまいそうだった。シャーリーマリーローズはそれでも、うなづいた。顔は真っ赤に染まっていた。自分も伝えなければいけないと思った。

「ユーティス様といると、私、すごくドキドキして、おかしいんです。……でも、ユーティス様がいてくださると思ったら、頑張れるのです」

 一生懸命、心を落ち着かせて、おかしなことを言わないように、と思うのだけれど、やっぱりおかしなことを言っているような気がした。深く息を吸って、大事なことを口にした。

「ユーティス様が好きです」

 ユーティスがシャーリーマリーローズを抱きしめた。強く。ぎゅっと。

「私も、あなたが好きです、シャーリーマリーローズ様」

 こんなに幸せなことが世界にはあるのだ。シャーリーマリーローズはユーティスに包まれながら、思った。

 この瞬間が永遠に続きますように。

読んでくださってありがとうございます。

次回は、11月21日(金)15時頃に投稿予定です。

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