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13 リューナの用意した華やかなドレス ユーティスの帰還

 金のように綺麗な輝きのベージュのドレス。水色に花の刺繍の施された高級そうなドレス。濃淡のついた淡い紫の布地にたくさんのギャザーの入ったふんわりとしたドレス。その他にも10数点のドレスが並んでいた。

 教会の客人用の宿舎の一室。ドレスは、リューナがシャーリーマリーローズのパーティのために用意した物だ。

「わたくしのお勧めは金のドレスですわ。シャーリーマリーローズ様の知性豊かな存在感を華やかに押し出します!」

 リューナは金のドレスをシャーリーマリーローズの胸に当てて言った。いつものおっとりと優雅な雰囲気のリューナより、少し興奮している。

(リューナ様、お洋服がお好きなのね)

「水色のドレスはシャーリーマリーローズの優しさを強調します。優雅な曲線、少しウエストが細い作りです。シャーリーマリーローズ様の体型ならば、お似合いですわ」

 シャーリーマリーローズの体は全身細く、ウエストも細いが、胸も細い。鏡の前に立たされてドレスを当てられるたびに、自分に似合うのかわからなくて動揺した。けれども、

(リューナ様がとても褒めて下さっている)

 そのことにもドキドキしていた。

その時、リューナがシャーリーマリーローズの手首に気がついた。

「シャーリーマリーローズ様……このアザと擦り傷は……⁉︎」

 シャーリーマリーローズは、ハッとした。昨日の連れ去りで怒りと興奮状態が続いていて、すっかり忘れていた。痛みはほとんど無いのだけれど、青いアザと擦り傷の跡は残っている。

「縄で縛られていた跡です……。この手は人に見せるものではありませんでした、手袋をすればよかった。申し訳ありません」

 リューナは心配そうな顔をする。

「痛くありませんか?」

 シャーリーマリーローズは笑って手を振った。

「いえ、大丈夫です。そんなに心配なさらないでください」

 リューナの顔が怒りに染まる。

「あの人たち、許せませんわ、天罰が下れば良いのに!」

「今は、無事にダンスパーティを終えることだけ考えています。公爵家の子息、生徒会長のご指示で、皆様に私を見ていただく重要な機会です。私は姉たちと男爵家の後継をめぐって対立していますが……、私が男爵となるには、世の中の皆様が私へ与えてくださる評価が大事です」

「……そうでした」

 リューナはしゅん、とした。

「シャーリーマリーローズ様が素晴らしい人柄なのは間違いありません。なのに、シャーリーマリーローズ様の姉君たちの嘘にみんな騙されてしまう。生徒会長だって、ひどいやり方です。世の中、自分ができないことを棚に上げて、誰かの悪い噂話ばかりする人間が多すぎます」

 リューナがこのような発言をしたのは初めてだった。リューナは日頃、このような人を非難することを口にしない。シャーリーマリーローズはリューナの言葉を、リューナの本心だと感じた。けれど、心に秘めて外には出さないのだろう。その気高い精神に触れて、リューナのことをとても美しいと思った。

「そうですね、世の中の人がリューナ様のようにみんな、優しく強く美しいお人柄だったら良いのに」

 しみじみとシャーリーマリーローズが話すと、リューナがびっくりした顔で赤面した。

「……シャーリーマリーローズ様にそのように仰っていただくと、照れますわ」

 両手を頬に当てる姿が可愛らしい。

 シャーリーマリーローズにとっては、世界はもともと、冷たいものである。10年の間、塔に閉じ込められているのを誰も助けてはくれなかった。だから、冷たい人間にはある意味、慣れている。多少の怒りはあるものの、そんなに傷つきはしない。

 ただし、母が優しく暖かかった記憶はあるし、塔の中で読んだ物語の中の、志のある素晴らしい人物に憧れてもいた。ユーティスやリューナのような人間が世の中にいるのは奇跡かと思っていたところもあるが、昨日出会った農民の親子エイムとサム、修道士ドースのような、親切な人の存在を知ることができて嬉しかった。

 もしかしたら、世界には良い人たちもたくさんいるのかもしれない。それは今、前を向いて戦っていく希望になるのだけれど、

(暖かい人たちに触れるたび、もしかしたら私は弱くなってしまうかもしれないな)

 そんなことをシャーリーマリーローズは思った。

(暖かい人に触れるたび、冷たい人への嫌悪感が膨れ上がってしまう)

 リューナはしばらくして、頬から手を離し、深呼吸をした。

「怒りは、美容と健康によくありません。心を冷静に、対処しなければ」

「はい」

 シャーリーマリーローズは同意した。美容と健康、という言葉が心に残った。

(リューナ様はすごく美しいのに、美しくあろうと心がけていらっしゃるのですね) 

 ひょっとして、美しい人は美しくあろうとするから美しいのだろうか。それはそうかもしれないけれど、シャーリーマリーローズは鏡の中の自分を見てもともとの素材の違いを感じた。リューナのように輝く黄金の髪は持っていなかった。

 けれども、少しでも、リューナのその美しい心、行いを見習いたいとシャーリーマリーローズは思った。

「シャーリーマリーローズ様の素晴らしさはきっと皆様にも伝わります。きっと」

 リューナはそういって、再度、並べたドレスを見直して、言った。

「シャーリーマリーローズ様、今回のパーティはひじまでを覆う手袋を使いましょう。この、白い手袋はシャーリーマリーローズ様の偽りない真っさらな心。これに合わせるドレスはこちらです」

 リューナが取り上げたのは灰色のドレスだった。少し肩の開き方が広くて、ウエストに大きなリボンが付いている。他のドレスの様な、たくさんのフリルや切り替え、細かなリボンは無く、シンプルな作りになっていた。そのシンプルな所がシャーリーマリーローズは気に入った。

「そのドレス、好きです!」

 思わずシャーリーマリーローズは声を上げた。リューナがどれを選ぼうとも、リューナが勧めるドレスを着るつもりでいたのだけど、自分の好きなドレスだったので嬉しくなったのだ。リューナは微笑んだ。

「よかった。そうと決まったら、こちらに着替えてください、シャーリーマリーローズ様。髪も整えましょうね。わたくしの髪を整えてくれる侍女を、今日は連れてまいりました」

 部屋の隅にいたリューナの侍女が会釈した。堅実そうな女性である。リューナの侍女なので、当然、信用して良いのだろう。自分でもリューナのような美しい髪に近づけるのだろうか。シャーリーマリーローズはそう思って、少しワクワクした。 その時、ドアがコンコン、とノックされた。

「どうぞ」

 リューナが答えると、ドアを開けたのは修道士のケインだった。

「司祭様の馬車が戻りました」

 それを聞いたシャーリーマリーローズは、思わず体が動いた。

「今、司祭様はどちらに⁉︎」 



 シャーリーマリーローズは走らないように、けれど走る気持ちで教会の庭へ歩いた。ユーティスに会える。

(早くユーティス様の顔を見たい)

 木々が並ぶ教会の庭の先に、数人の修道士の姿が見えた。その中に、ユーティスがいる。シャーリーマリーローズがその姿を捉えた時、ユーティスもこちらに気がついた。

「シャーリーマリーローズ!」

 ユーティスはシャーリーマリーローズの方へ走ってくる。そのまま、彼はシャーリーマリーローズを抱きしめた。

 シャーリーマリーローズは、胸がいっぱいになる。

「教会の者から、昨日あなたが教会からいなくなったと聞きました。何事かあったのですね、ご無事でよかった」

 そう、この声だ。低く柔らかなこの声。ユーティスの声。シャーリーマリーローズの目から涙がこぼれ出した。

「はい、不注意からひどい目に遭いましたが、良い人たちに助けられて、ここへ戻ることができました」

 ユーティスはシャーリーマリーローズの涙声に気がついた。背中へ回した腕を離し、顔を覗き込む。その顔はひどく動揺している。ユーティスはシャーリーマリーローズの手を引いた。

「そこへ、座ってください」

 すぐ近くのベンチにシャーリーマリーローズを座らせる。ユーティスも隣に座った。シャーリーマリーローズは呼吸を整え、しばらくしてから、昨日起こったことを全てユーティスに説明した。そして、自分の手をぎゅっと握り込んだ。

「今日はダンスパーティがあります。リューナ様にダンスを習い、ドレスまで準備していただきました。私、ダンスパーティに出ます」

 ユーティスはシャーリーマリーローズの決意の眼差しに気がついた。

「———あなたは本当に、呆れるほど、心の強い人ですね。私は怒りを抑えるのに精一杯です」

 ユーティスはそう言って、しばらく考えた。

「あなたを1人にしてしまった。私の責任です……。その手首の傷も、私のせいです」

「いいえ、ユーティス様のせいではありません。これは、私と家族の問題です」

 シャーリーマリーローズは否定した。シャーリーマリーローズが10年過ごした塔を出て男爵家を継ぐ宣言をして以来、姉たちが自分に何かひどいことをして来ないか、その心配はずっとあった。でも、教会の中は塔の中よりずっと安全な印象で、気を抜いていた。そしてどこか、姉たちが命に関わるひどいことまでは実行できないのではないかと思っていた。

 あの姉たちは、シャーリーマリーローズが塔の中で粗末な服と食事を与えられ、一人きりで閉じ込められていたことを無視し続けた。そして、シャーリーマリーローズに関する嘘を言いふらした。そして今回、彼女たちの従兄弟に指示してシャーリーマリーローズを連れ去り監禁しようとした———けれど、臆病で卑怯なだけの者たちだ。2人は、それ以上ひどいことをする度胸などないと思っていた。実際、監禁が目的で殺すつもりまでは無かったのではないかと思う。

 ただし2人はいつもシャーリーマリーローズに対して、勝手に死んでくれたらいいのに、という悪意の気持ちを抱えているように思う。その悪意を矮小化せず、もっと、警戒するべきだった。今回のことは、一歩間違えば、どこかで自分の命が絶たれる何かが起こった可能性もある。

 姉たちに対する気持ちを改めなければいけない。加害してこなければ良いのに、と思うだけでは彼らの攻撃を止められない。

 けれども、それはもう終わったことでもある。事件は起こった。そして、シャーリーマリーローズは彼女たちの悪意に負けなかった。

 ユーティスは言った。

「あなたの姉君たちには、これ以上何の悪事も行わせはしません。私の権限で、2人を学校から追放します。モルボフ様もドース修道士も、あなたが彼女たちから受けた被害の証人に成ってくれるでしょう」

 シャーリーマリーローズはうなづいた。

「はい」

 そして、立ち上がった。

「ずっと、塔の中で1人で生きていて、いつまでこんな日々が続くのか、……死ぬまでかもしれないと、思っていました」

 シャーリーマリーローズは胸に手を当て、目を閉じた。

 その時、風が吹いた。

 優しい風が、シャーリーマリーローズの頬を撫でて去っていく。

「いいえ、妖精は一緒にいてくれた。そう、そして、ユーティス様に会えた。だから、私は戦おうと思いました。姉たちに、負けたくない。」

 キラキラとした光がシャーリーマリーローズの周りを駆け巡る。

「そうよ、シャーリーマリーローズ、長い名前の子」

 リリが一瞬現れ、すぐにすっと消えた。

 すでに、男爵家の相続争いはシャーリーマリーローズの勝利だ。なぜなら、相手は犯罪行為を行ったのだから。姉たちは失格だ。勝ったのだ。

「私、男爵になります」

 ユーティスがシャーリーマリーローズの隣に立った。

「はい。間違いなく、あなたの勝利です」

 シャーリーマリーローズは強気に笑った。

「ふふ。これから、パーティへ出ます。塔で過ごしていた間、パーティに出られるなんて夢見てもいませんでした。リューナ様が用意してくださったドレスもすごく素敵で……」

 ふと、シャーリーマリーローズは思った。リューティスは司祭。修道士たちはパーティには参加するのだろうか。

「あの、ユーティス様は、パーティには行かれますか……?」

「はい。私も公爵家から招待されています。いつもパーティでは、ワインを飲んだら帰っていますが」

 シャーリーマリーローズはユーティスがパーティに行くことを知って、少し恥ずかしいけれど、思ったことを言ってみた。

「その……、ドレス……見てもらえませんか? リューナ様の侍女が髪も整えて下さるそうです。きっと綺麗な髪に……いえ、私がリューナ様のように美しくなることは無いのはわかっているのですけれど!」

 赤面するシャーリーマリーローズに、ユーティスまで顔を赤らめた。そして、シャーリーマリーローズを見つめて言った。

「あなたが1番美しい。シャーリーマリーローズ」

 シャーリーマリーローズはこれ以上ないくらいに赤くなった。そのシャーリーマリーローズの手を、ユーティスはそっと捕まえた。

「ドレス姿を楽しみにします」

 シャーリーマリーローズは本当に、幸せだと思った。もう、父や継母、姉たちに苦しめられた日々は終わった。そしてユーティスがいる。そうだ、リューナも先ほどの部屋で待ってくれているだろう。

 これから、きっといいことが続いていくはず。

「パーティで会いしましょう」

「はい」

 ユーティスがシャーリーマリーローズの手の甲に口付けして、手を離す。

 シャーリーマリーローズはリューナの待つ宿舎へと歩き出した。

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